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「わぁ〜すごいねイル兄!」
「アタシの趣味には合わないなー」
「無駄な調度品が多い」
「あまり文句を言うものでないぞ」
人狼たちを町の中心から少し離れた屋敷に案内した。その屋敷の持ち主は既に亡くなって売りに出ているのだが、夜な夜なお金を数える声が聞こえるとか、金庫が開かないとか、心霊的な理由から買い手がつかなかった所謂いわくつき物件である。
「本当にここでいいんですか?」
「構いません。立地も広さも申し分ないですし、そもそも俺たち人狼はそういう話なんて信じてませんし」
五感が鋭い人狼は、そういった抽象的な想像をするのはないらしい。
「ねーねーリコリス、拾った貝殻で何か作るんだよね? やろーよー」
「俺もたくさん拾ってきた!」
「ケルンはそんな事しないって言ってたじゃん! リコリスは私と作るの!」
「そんな事言ってない! リコリスは俺に教えてくれるんだもん!」
モニカとケルンがくっ付いてくる。モテ期到来である。二人で私の両腕を引っ張るのだが、これが笑えない。引っ張る力がかなり強いのだ。
「ちょっと、二人とも、私そろそろ裂けそう」
「こらこら、モニカもケルンも、その辺にしときなさい。リコリスが真っ二つになっちゃいますよ。それに先に俺がリコリスとお話ししますからね」
パンパンと手を叩いてイルが言うと、二人は大人しく腕を離した。
「イル兄ばっかりずるいー」
モニカがほっぺを膨らましてプイッとそっぽを向く。
「すぐに話終わらせるから、外で遊んでおいで。レヴィ、ハンク、面倒見てあげてください」
「りょーかい」
「はい」
レヴィがそう言って二人の手を取り、引きずりながら外へ連れ出す。ハンクが心配そうにその後に続いた。
姉御肌のレヴィと物静かなハンクは一見相性が悪そうだが、意外とバランスが良いのかもしれない。
「前々から思ってたんですけど、イルさんたちは家族なんですか?」
四人を見送ってからイルに視線を戻す。
「うーん、厳密には違うんですけど、ざっくり言うとそうです」
「完全に面倒くさがりましたね?」
「はい、ちょっと。そんな事よりも、話さなければいけない事があるでしょう」
イルが真剣な表情をして続けた。
「俺がリコリスに聞いた内容を覚えてますか?」
もちろん、忘れるはずがない。忘れたいとは思っていたが。
「私が人族なのか、という話ですよね」
「そうです。ロンド、リコリスからはやっぱり?」
「えぇ、匂います」
「えっ」
ロンドと呼ばれた老人は、眉毛も髭も立派に育てており、目も口も毛で隠れてしまっていた。その為に表情は見えないが、ここでまた臭いをディスられるのか。
また自分を嗅いでみるが、やはり分からない。
「人族には分からないと思いますよ。俺たちが人狼だから、人狼にしか分からない匂いです」
「あの、そんなに臭いですか? というか、臭いのと人族かどうかって何か関係あるんですか?」
恥を忍んで聞くと、イルが一瞬きょとんとする。そして、何かに気付いたように笑い出した。
「あぁ、ごめんなさい。そういう意味で言ってないんですよ。これを言葉にすると、そうだなぁ。雰囲気、かなぁ」
頭を横に倒す。言っている事がイマイチ理解出来ない。
「雰囲気を匂いという情報に変換して嗅ぎ取る、という感覚ですかね。鼻の利く俺たち人狼だからこそ得られる情報です」
「難しい事を言いますね……」
雰囲気というのは、オーラみたいなものだろうか。そしたらもう少し良い表現をしていただきたい。臭うと言われて誤解するのは当然の流れだ。
「リコリスから微かにだけど、俺たちに馴染みのある独特な匂いがするんですよ」
ただの臭いでなかったという事実に安心する。良かった、私は臭い訳ではないようだ。
「独特と言いますと?」
そうなると、なぜたかが匂いで疑いを持ったのか気になってきた。
「んー、魔族には魔族の、人族には人族の匂いがあるんです。もちろん、個人差はあるんですが、系統は同じと言いますか」
「はぁ」
生返事になってしまう。考えても理解出来る内容ではなさそうだ。
「分かりやすく言うと……花の匂いと果物の匂いは違うでしょう? でも花は種類が違っても花の匂いに変わりはないし、もちろん果物も」
「あー、それなら何となく分かります」
「例えば、人族が花の匂いで魔族が果物の匂いだったとすると、リコリスからは花の匂いに混じって違う匂いもするんですよ」
「果物の匂いがするって事ですか?」
血が混じっているという事だろうか。でも、両親もその両親も純人族な筈だし、そもそも人族と魔族の混血なんて聞いた事もない。
「それが果物でもない、第三の匂いなんです」
「ほー、何かとの混血って事ですか」
魔族ではなのか、ではなく、本当に人族なのか、と聞かれた事に納得する。なるほどそういう理由だったのか。
「そういう単純な話でもないんですけどね。その匂いを持っているのは、今で言うと多分二人だけなんです」
複雑な表現を浮かべるイルに、何となく嫌な予感がする。魔族でも人族でもない匂いだとすると、もしかして知性のない生き物との掛け合わせとか、無機物との掛け合わせとか。
そんな特別は欲しくないわけだが。
「あ、でも私の他にももう一人いるんですよね? それってどんな人なんですか?」
「魔王様です」
間髪入れずに返されたその名詞に息を詰まらせる。
「……は?」
「魔王様です」
口を開けたまま固まった。
頭の隅で大切な事だから二回言ったのだろうか、なんてくだらない事を考えてしまうくらいには混乱している。
「正確に言うと、歴代の魔王様ですね。その魔王様が守れと言ったルメスに魔王様と同じ匂いを纏う人族がいた。そしたら、人族かを疑うのは必然だと思いませんか?」
当然と言われれば当然かもしれないしが、私には全く身に覚えがない。
「えーっと、ちょっと整理させてください。まず、歴代の魔王様は魔族以外の匂いを持っているという事ですか?」
「そうです」
力強く頷くイルを見て疑問が浮かぶ。
「何故歴代の魔王がその匂いを持っていると言い切れるんですか?」
匂いに関しては書物や口伝で残す事は出来ないだろう。もしその匂いを読んだ人が理解できるように表現できる人狼が居たなら小説家にでもなるべきだ。
「人狼はそこそこ長生きなんですよ。魔王様の誕生は百年単位ですが、初代魔王様の時代に産まれた人狼は、魔王様が代替わりをしても生きています。なので、二代目の時代に産まれた人狼に、初代と同じ匂いがすると言えば、今度は二代目の時代に産まれた人狼が、三代目の時代に産まれた人狼に伝える。その繰り返しで今の人狼まで伝わってるということです」
つまり口頭伝承らしい。
魔族はただただ残忍な種族だと思っていたが、彼らにも思考力があり、歴史があり、感情があるのだ。イルたちと関わるようになって、魔族にも魔族の営みがあるという事を改めて理解した。
なぜ分かり合えないのだろうか。ただ、種族が違うというだけなのに。
「あの、分かります?」
イルの声ではっとする。思考が逸れて沈黙してしまっていた。
「あ、すみません。なぜ私からそんな匂いがするんでしょう?」
「それが分からないから直接聞いたんです。実は隠し持った強大な力を有してたりしないですか?」
就職ギルドで魔力判定した時の事を思い出す。なかなかに悲しい結果だったので、もし覆るなら覆してほしいくらいだ。
「隠したい過去はたくさんありますが、力は持って無さそうですけど」
イルが憐れむような顔をして頷く。
「ですよね。人狼は相手の力量も大体であれば匂いで判別できるんですが、リコリスからは残念な匂いしかしません」
「じゃあ聞かないでください。というか残念って言わないでください」
これは誰も得をしない会話だ。
「初めて人族でその匂いを持ってる人が居たから、何か手がかりになる事があるんじゃないかと思ったんですけど、逆に謎が深まりました。種族や魔力量の関係でその匂いが出る訳じゃないんですね」
「はぁ、なんか役に立たなくてすみません」
「まぁ、そういう理由からリコリスは少し特別なんです。モニカやケルンも知った匂いを出すリコリスだから懐いてるわけです」
「なるほど。魔王と何か関係があったりするんですかねぇ。魔王は産まれてから数年でしたっけ?」
確か魔王が誕生したのはそれくらいだったはずだ。サラが言っていた。
「魔王様は確かに魔王になってから日が浅いですが、齢五十を越えてますよ」
「そ、そうなんですか?」
もしかすると勇者と同様、急に魔王に目覚めるのかもしれない。私ももしや急に魔王に目覚めたりしないよな……。
「はい。それまで普通に生きていた普通の魔族が、急に魔力量が増えて魔王になります」
「それは、なんとも不思議な現象ですね。魔王は魔力量で決まるんですか?」
急に魔力量が増える、というのが不思議だ。私も可能性があるのだろうか。
「魔力量と質ですね。魔族じゃないような質。リコリスから漂う匂いを濃厚にした感じです。その元が何なのか、未だ解明されていない謎ですけど」
イルが少し投げやりに言った。
「それって、私が人族ながら魔王になる素質を持ってるって言ってます?」
そう言うと、イルが驚いたように私を見た。
「その可能性は考えてませんでした。でも、魔王が同時期に二人現れる事もありませんでしたし、人族なのに魔王って、もう存在が意味不明ですよ」
「で、ですよね〜。しまった、変なフラグを立ててしまった……」
フラグを回収しない事で有名な私だが、このフラグだけは自主的に回避したい。
「そろそろお話終わった〜?」
モニカとケルンがドアから顔を出したことで、もやもやした状態のまま話を切り上げる事になったのだった。




