表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブな私としましては。  作者: ちょこ
田舎者の私としましては。
3/50

2

 ギルドを出た後、紹介してもらった宿へと向かった。


 「と、ここかな?」


 豚と牛を掛け合わせ、大切な何かを引いたような看板が目印が目に入った。紹介された"ブモ亭"だ。


 「すみませーん、ギルドからの紹介で来たのですが……」


 ドアを開けると、からんからーんと慎ましやかに鐘が鳴った。看板に似合わない、純喫茶の様なお出迎えだ。


 「あら、あなたがリコリスちゃんね!」


 パタパタと足音を立てながら、奥から女性が笑顔で現れた。カーキ色に白のエプロン、メイドのような服を着た膨よかな女性である。


 「初めまして、私はここの店主兼料理人のモアよ。よろしくね」


 「リコリス・モネ・メルクーリです。しばらくの間お世話になります。よろしくお願いします!」


 そう言ってお辞儀をした。

 顔を上げるとモアが頬に手を当てながらうっとりこちらを見ていた。


 「サラさんに聞いた通り、可愛らしい子ね。アグーラにいる間はここが家だと思って寛いでちょうだい。さあ、お部屋に案内しますね」


 「ありがとうございます」


 案内された部屋は、正面に窓があり、左手にベッド、右手に机と椅子があるシンプルな部屋だった。全体的に少し古いが掃除が隅々まで行き届いており、住み心地は良さそうだ。

 ベッドに転がろうとしたところでハッと気づく。お昼ご飯をまだ食べていなかったのだ。許されざる状況である。気づいてしまったせいで、今にも空腹で倒れそうだ。

 慌てて小さいポシェットを携えて町に出た。きっと首都だから美味しい物で溢れているはず。




 涎を拭きながら意気揚々と出かけて数時間。




 「か、完全に迷った……」


 今に至る。裏路地を歩き回ったせいで、大通りへ出れなくなっていた。

 迷った時は動かない方がいい、という話をよく聞くが、それは探してくれる人がいるからこぞ成り立つわけで。詰まる所、私は自力でどうにかするしかない。

 辺りは既に薄暗くなっており、あと数時間もすると身動きが取れなくなるだろう。


 「なんでこんな事に……少し食い意地張っただけじゃん、裏路地に美味しいお店があるって聞いてどうしても食べたくなった私が悪いの? 結局たどり着けない上にこんなに迷って帰れるかわからんし……というかこういう時って、厳つい悪者が『よぉお嬢ちゃん、こんな夜中にどうしたんだ?』って襲って寄ってきて、おいしくいただかれちゃう展開だよね。あぁそれにしても、あのトルテおいしかったなぁ」


 薄暗い不気味な路地で一人ごちる。喋っていないと恐怖に心が折れそうだからだ。半透明の人成らざる者たちが出てきそうな雰囲気である。

 陽が完全に沈み、辺りは真っ暗。もうこのまま死ぬかもしれない、飢え死にだけはしたくない、と泣きそうになった頃、人の気配が近づいてきた。


 「よぉお嬢ちゃん、こんな夜中にどうしたんだ?」


 がっつりとした体つきの厳つい男が話しかけてきた。

 先ほど立てたフラグが回収されようとしているような展開。このまま襲われてしまうかもしれない。が何より――。




 「だあわわわあああああ! だずげてぐだざいーーーーー!!」




 一人でいることへの恐怖心が勝ったのだった。




**********




 「で、あんなところにいたわけか」


 出会った厳つい悪者、もとい、ダンディなおじ様は、アランと名乗った。アランは私の鬼気迫る救援要請に若干引きながら応じてくれたのだった。


 つれてこられた酒場はあまりいい客層ではなさそうだが、皆楽しそうに飲んでいる。どうやらアランはこの店の常連らしく、何人かから挨拶をされていた。


 「はい、お見苦しいところをお見せしました……」


 鼻水と涙で顔中がベタベタになっていた私は、全てを綺麗に拭いて椅子に小さくなりながらホットミルクを飲んでいる。


 「気をつけろよ、夜の路地裏は危ないんだ。子どもにだって分かる事だぞ?」


 アランは呆れた顔をして額に手を当てている。


 「あ、はい、何も言えません、おっしゃる通りです。ちょっとばっかり、食への興味が上回ったといいますか……あ、睨まないでください、もう裏路地へは行きません」


 「本当に気をつけろよ。最近、この国の情勢は良くないんだからな」


 呆れ顔は崩さず、アランの吊り上った目が私を射る。


 短髪の白と黒が入り混じった髪はもみあげが顎までつながっており、さながらライオンのようだ。筋肉隆々の体つきや鋭い目つきも相まって、大変危険そうな印象を受ける。実際は荒っぽいなりにも優しいが。


「はい。助けていただき、ありがとうございました!」


 ガコンッ!


 シーンと静まる酒場。

 誰が喧嘩を始めたのかと皆がキョロキョロする中、私はおでこを抑えた。本日三度目の強打……。

 目の前で見ていたアランは一瞬目を丸くした後、口を大きく開けて豪快に笑った。


 「ガーハッハッハ! なかなかいい音だったぞ!」


 酒場の視線がアランに集まり、その向かいの私へと移った。状況を理解したのか、酒場全体が笑いに包まれ、私の顔は真っ赤になった。




**********




 「悪かった、そんなに怒るなよ」


 酒のせいかなかなか止まない笑いの嵐からそそくさと逃げ、場所は路地裏から大通りへ出た所。アランが宿まで案内してくれたのだった。


 「別に、いいですけどね! 笑われ慣れてるからいいですけどね!」


 頬を膨らませながらぷいっと顔を背ける。アランにはお世話になってばかりだったが、おでこ強打一日分の鬱憤が今出てきたのだ。


 「行きたがってた裏路地の店、今度連れてってや――「許します! 喜んで許します!」


 くるりと後ろを向き、アランへ満面の笑みを浮かべる。


 「……現金なやつだな」


 との小声は聞こえなかったことにして、ニコニコとスキップしながら大通りを進む。豚と牛を掛け合わせたような看板が目印の目的地、まだ一度も寝泊りしていないが、恋しく感じるブモ亭はすぐそこだった。


 「あの、いろいろとありがとうございました。アグーラへは今日きたばかりで、本当に助かりました」


 そう言ってペコリと頭を下げる。机がない今、私のおでこに死角はない。


 「いいってことよ、まあなんだ、この辺も最近は物騒だからな。気をつけろよ。じゃあなお嬢ちゃん」


 「はい、ありがとうございます! あ、裏路地のお店、忘れないでくださいね!」


 去ってゆく背に感謝と留意を投げると、背中を向けたままヒラヒラと手を振ってくれた。

 ダンディなおじ様と美味しい食べ物は大好物です。見た目に反して優しいというギャップは萌え要素だ。


 (それにしても……)


 アランが度々口にしていた情勢が良くない、というワードが引っかかった。

 そんなに物騒なイメージはないのだがーー。


 「あらリコリスちゃん、随分と夜遊びしたのね」


 扉の鐘に反応したのか、宿に入るとモアがひょっこり厨房から顔を出した。


 「夜遊びと言いますか、いろいろありまして……」


 「モアさーん! こっちビール足りてないよ!」


 一階が食事処であるこの宿は、夜でも賑わっていた。

 ビールを要求した客は、赤い顔をしてジョッキを振っている。


 「まったく、飲みすぎね。明日がつらくなるわよ? もうやめておきなさいな」


 「俺は客だぞ! 飲みたいだけ飲ませろーーー!」


 「この前それで朝までここで寝てたじゃないのさ。反省しなさい」


 モアが呆れた顔をして言った。


 「ちぇー、モアさんのケチ!」


 「あんたの為だよ! まったく」


 客が拗ねた顔をしながら、モアをジト目で見ていた。モアの人柄か、常連客が多いようだ。


 「おばさんごめん! 皿割っちまった!」


 「はいはいお待ち、危ないから触らないでおいて。すぐ片付けますからね」


 忙しそうなので挨拶もそこそこに、桶一杯の水を貰って二階へと上がった。部屋に入り、とりあえずベッドへとダイブ。


 「つ、疲れた……」


 明日は運命の適正試験。この世界での生が充実するかは、これに全てがかかっていると言っても過言ではない。ノージョブノーライフ。

 明るく美味しく元気よく生きるため、決して失敗してはいけないのだ。フラグではない。


 そんな事を考えながら、ぐっすり眠ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ