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「まずは再確認させてください。こちらから手を出さなければ何もしない。町を封鎖して、その代わり新鮮な食材を調達してくれる、という事ですか?」
「そうですね。あ、あと住居も欲しいです」
「それは準備します。食料に関しては、調達するにしても限度がありませんか?」
「そりゃ、全てを賄うのは不可能です。ただ、封鎖する事で徴収もなくなりますし、この町は新鮮な食べ物があまりないんでしょう?」
「それはそうですけど」
「まぁ俺たちの集める食材は、趣向品程度に思っていてください。一番重要なのは、この前来てたような奴らを俺らで追い払うって事です」
役所の会議室で、イルたち人狼と役所の職員が顔を合わせている。ルークとイルが向かい合って座り、その後ろに各人員が控えている状況だ。
ちなみに、ジーニャはこの場に居ない。会議を乱しそうだからと自ら参加を辞退したのだ。
緊迫した空気ではあるが、モニカがじっとしていられないらしくウロウロしていて、ケルンの視線がそれを追って動いているのが気になってしまう。
「そんな事をしたら、ヘリウス王国から独立するような形になってしまいます」
「その言い方は分かりやすいですね。そうそう、独立。ここは海も山も畑もあるし、困らないんじゃないですか?」
「そうなるとヘリウス王国の庇護がなくなってしまうじゃないですか。正直な話、あなたたち魔族を信用なんてしてません。いつ襲われてもおかしくない状況なんですし」
ルークの言葉にイルが目を丸くする。
「庇護なんて必要あります? 助けてもらえてないじゃないですか。まぁいつ襲われるか不安な気持ちも分かりますけど、俺たちはそんなつもりないですし。それに、最悪は魔族に無理矢理従わせられてたとでも言えば戻れるんじゃないですか?」
投げやりに言われたその言葉に、今度はルークが、というよりルメスサイドの全員が驚く。
「えっ、それを魔族のあなたが言うんですか?」
ルークが驚きをそのまま声に乗せ、頬杖をつくイルに言った。
「俺たち人狼は、魔王様の命令だから動いてますが、後の事はどうでもいいです」
魔族の中で戦争というものは、そんなに軽いものなのだろうか。
勇者と魔王が出てくる話は大抵魔王を倒さなければ終わらない。
つまり、戦争に負けるという事は魔王が死ぬという事になると思うのだが、イルたちは勝敗を全く気にしていないようだった。
「魔族が負けたら根絶やしにされるかもしれないんですよ?」
ルークがそう言うと、イルは鼻で笑った。
「人族が魔族を根絶やしになんて出来るわけがないでしょう。今までの歴史でそんな事ができましたか? 根絶やしにできる程の持久力が人族には足りませんよ。逆も然りです。お互いがお互いを根絶やしになんて出来ないんですから」
「イルさんってスレてますね」
つまらなさそうに言ったイルを見て、つい口を挟んでしまった。
「リコリス、それは褒めてませんよね?」
「個人的には褒めてます。大好物です」
「言っている意味が分からないことが分かりました」
そんな応酬をしながらルメスメンバーの顔色を伺う。
戦争に対する考え方の違いが大きすぎてフリーズしてしまっているようだ。
「……と、ところで最初に伺いましたが、魔族側の目的は? 今の条件だとそちらに何も利点がないと思いますが」
真っ先にフリーズ状態から立ち直ったルークが言うと、イルが眉間に皺を寄せる。険しく見えるその表情に焦ったルークが息を飲んだ。
「あぁ、すみません。利点という意味が分からなくて。俺たちはさっきも言った通り魔王様の命令で動いてるので」
「それはどういった内容だったの聞いても?」
ルークが問うと、イルが首を傾げ、後ろに控える人狼たちに話しかけた。
「これって言っていいんですかね?」
「いーんじゃない? 言うなとは言われてないし」
「イルの好きにしたら」
レヴィとハンクに続き、最年長であろう老人も頷く。
「魔王様はそれくらいで怒るようなお方ではないわい」
「それもそうですね。魔王様からは、ルメスという町に一刻も早く行き、町を封鎖しろと命令されました」
「それだけ、ですか?」
イルが顎に手を当てて首を捻る。
「うーん、あと人族が死なないようにとも」
「……どういう事でしょう」
今度はルークがこちらを振り返り、職員に助けを求める視線を投げる。
「な、なんとも」
そう答えるのが精一杯だった。
例えば何かの儀式に人族の命が必要で、それまでは生かしておけという意味かもしれない。
例えばルメス全体を人質にしたいのかもしれない。
ただ、受け取り様によっては、守れと聞こえなくもないわけだが。
魔王が何を考えているのか全く分からない。
「だから、俺たちは人族を殺すつもりはありません。ただ、当然やられたらやり返しはします」
きっぱりと言い切るその態度に、昨日の事件が思い出される。
職員の顔が硬くなっていた。
「分かりました。今の内容を公表してもいいですか? 出来れば魔族の皆さん全員に登壇して頂きたいのですが。誤って人族が手を出して関係が悪化するのも避けたいですし」
通常なら断る内容だろう。顔がバレれば狙われる可能性も高くなるのだ。
「別にいいですよ」
あっさりと了承したイルに、こめかみを押さえる。彼らは自分たちが危険に晒されるかもしれない事を理解しているのだろうか。
と、魔族の心配をしている自分に自嘲した。
「では、それで準備を進めます」
***********
臨時に行った集会の出だしは地獄絵図だった。
アルミスの村が襲撃された事は周知の事実で、混乱した住民が逃げ出そうとしたのだ。
人狼に変身したレヴィが大きな遠吠えをする事で、良くも悪くも人々が固まり、その隙に話を進めた。
一応聞いてくれはしたが、住民からすると前触れなく魔族に負けていたのだ。豆鉄砲を食らった気分だろう。後々荒れるかもしれない。
ただ、命の危険がない事と食糧の条件が功を奏したのか、声を上げる人は少なかった。
魔族を倒す力もなく、明日の食事にも困っているこの状況で、反旗を翻す方が難しい。王からの徴収が厳しすぎた事も大きく影響している。
また、イルが話しをしてくれた事で、知性も無くただ本能で人間を殺しているという魔族に対する認識を塗り替えられたと思う。
当分は混乱するだろうが、なんとかギリギリの綱渡りを成功させることが出来たようだった。
「はぁ〜なんとかなりましたね」
集会が終わり、役所のソファーに沈みながら息を吐く。
「これからまた忙しくなるけどね」
ルークも珍しくだらしない格好でソファーに身を預けていた。
「そうですね、当面は安全そうなので、まずは食べ物を配りましょう。お腹一杯食べられるように。お腹が満たさると人は心に余裕ができます」
「それってリコリスさんだけじゃ……」
そんなやり取りをしていると、イルが部屋に入ってきた。窓から。
「リコリス、そろそろ住む所に案内してくれないですか?」
「え、もうですか」
「じゃないと、またリコリスのベッドで寝ますよ」
「えっ!?」
イルの言葉にルークが飛び起きる。
「勘弁してください、ホント、マジで。心臓に悪すぎます」
「り、リコリスさん、何かされたんですか!?」
興奮したルークにガシッと肩を掴まれ、ブンブンと揺すられる。
「ちょ、ルークさん、やめ、う……」
「やめてあげてくださいよ。リコリスが苦しそうですよ」
にやけながら言うイルに、ルークは口を開きかけたが、何も言わずに私を解放した。
「うぅ……危うく女の子が口にしてはいけない擬音を出すところでした」
「さぁ、助けてあげたんですからさっさと行動してください。モニカがうるさいんです」
「分かりましたよ、モニカちゃんの為に動きますよ」
少々ふらつきながら立ち上がる。
ルークに視線を向けると、ぎこちないながらも笑顔を見せた。最初に私が名指しされた時とは雲泥の差だ。
少しずつ改善されている魔族への認識に、不思議と嬉しさが込み上げる。
魔族は凶暴で怖いかもしれない。でも、イルたちはちゃんと話せば怖くない。
今はそれで十分だ。
「イルさん、行きますよ。こっちから出てください。そこは窓です」
そう言ってドアを開けると、窓から降りて近づいてきた。ちゃんとドアから出られるじゃないか。
「なんでニヤニヤしてるんですか」
怪訝な顔をして言われたので、営業スマイルで誤魔化す。
「いえ、別に」
部屋を出てイルの隣を歩く。二人っきりになると、自然と思い出されるのは昨晩の言葉。
≪リコリス、君は本当に人族ですか?≫
なぜそう思ったのか。なぜそれを私に聞いたのか。しっかりと確かめなければならない。
「モニカとケルンが随分リコリスに懐いてるみたいだけど、どうやって手懐けたんですか?」
考え込んでいたので、一瞬反応が遅れる。
「え?」
「いや、リコリスリコリスうるさくてね」
今はまだ話す時ではないだろう。先延ばしにしたい気持ちがない訳ではないが。
人族に決まってる、と思いつつ、そんな事を聞かれる理由が思いつかず、もしかして、万が一、という気持ちが消えないのだ。
考えれば考えるほど程、深みに嵌っていきそうなので頭を切り替える。
「あぁ、大したことないですよ。今朝海藻を集めている時に競争したり、キレイな貝殻探したりしただけです」
「なるほど」
「子どもの喜ぶ遊びは、人族も魔族も変わらないんですね」
そう言うと、イルが不思議そうな顔をした。
「リコリスだって子どもじゃないですか」
「え。私、一応成人してますけど」
「えっ?」
イルが立ち止まる。
「えっ?」
私も立ち止まる。
「すみません。俺、リコリスは完全に子どもだと思ってました。外見的にも体型的にも」
とりあえず拳を振るったが、当たらないので余計に腹立たしくなっただけだった。




