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水中にから浮上するような感覚の中、徐々に意識が覚醒する。
聴覚が小鳥のさえずりを捕らえ、目を開けた。
「ふあぁ~、朝かぁ」
目をこすりながら上体を起こす。布団を被ってしっかりとベッドに入っていた。どうやら夢オチである。
随分とリアルな夢だったが、相当参っていたのだろう。
「そうだよね、本当に人族かって、人族に決まってるじゃん。今更人族じゃありませんでしたーなんてオプション要らないし。そんなものよりもっと強力な魔法とか、なんか、こう役に立つものを……」
不機嫌に呟きながら、ベッドから出るために掛け布団をめくる。
「ん~……」
寝ぼけてそう声を出したのは、ベッドに潜り込んでいたイルだった。
「◎△$♪×¥●&%#?!」
声にならない悲鳴を上げる。
耳障りな音だったのか、イルは眉間に皺を寄せながらのっそりと起き上がった。
「……あ、おはよう」
「いやいやいや、おはよう、じゃないでしょう!? 普通に考えておかしいでしょ! どうしてイルさんと一緒に寝てるの私!」
イルが大きな欠伸をしながら、眠たそうな目で私を見る。
「リコリスが急に倒れたので、ベッドに寝かせてあげようと思ったら、暖かくて、つい。最近野宿ばかりだったので」
「優しい中にチラ見える自己中感がすごいですよ!」
男の人とベッドで一晩を共にするなんて破廉恥すぎる。いや人という扱いで良いのだろうかは謎だが。
それにしても、どうやら私は倒れたらしい。
という事は、昨日の話は夢ではなかったようだ。
イルの話し方が巧すぎて、一種の催眠状態に陥ったのかもしれない。
単に疲れていただけかもしれないが。
「そう言えば、お腹空きましたね。食べ物ないんでしたっけ?」
昨日の話もベッドで共に寝たことも、イルは全く気にしていないようだ。魔族はみんな一つのベッドで寝ているなんて可能性もあるのだろうか。
「た、食べ物は、そうですね、あまりないです」
「じゃあ狩にでも行きますか。みんな動きたいだろうし」
これで私が誘拐したなんて事になっていたらどうするつもりなのだろう。魔族を誘拐とかちょっとよく分からないけど。
そもそも昨日の話はどこに落ち着いたのか。
「リコリス、早くしないと準備しないと置いて行きますよ?」
混乱する私にイルが投げかける。
「いっそ置いて行ってください」
「言い方を間違えました。早くしないとその格好のまま連れて行きますよ?」
指された指を伝って頭を下に動かす。そう、昨夜は洋服を脱ぎ捨ててベッドにダイブしたわけで。
「◎△$♪×¥●&%#?!」
二度目の悲鳴と共に、枕をイルへと投げつけた。
「早く準備してくださいね〜」
軽く避けて窓に向かいながら、イルは楽しそうに手を振った。窓はドアではないのに。
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「リコリスさん! どこ行ってたんですか!」
海藻を頭と背中で背負いながら歩く私に、ルークが凄い剣幕で近づいてきた。後ろから追ってきている役所の面々は、近づくにつれて顔がにやけている。
「えっと、ちょっと山と海に」
「……」
ずぶ濡れの私を見て、ルークは言葉が出ないようだ。代わりにミランダが口を開いた。
「リコリスさん、朝から居ないから心配してましたのよ」
口元を押さえながらそう言うミランダの反応は、見覚えがある。どこかのギルドの綺麗なお姉さんもそうやって笑いを堪えていた。
「すみません、イルさんたちに連れ回されてまして」
「魔族に?」
ジーニャが明らかな嫌悪を顔に貼り付けて私を見る。
「おいおい、大丈夫なのかよ」
ラウロがそう言いつつ、さり気なくジーニャの視線を遮ってくれた事にほっとした。
ジーニャは魔族の事になると、人が変わった様に冷たい反応をする。大体の人族は魔族を嫌っているが、ジーニャの反応は度を越している気がする。理由を聞こうにも、なかなか聞けずにいるが。
「それ、何持ってんだ?」
「人族の食糧が尽きかけている話をしたら、イルさんたちが集めてくれました。私では運びきれないので、とりあえず持てるだけ持ってきたんですが」
朝、イルに連れられて向かった先には人狼たちがいた。
彼らは昨日の出来事をまるで気にしておらず、事が起こる前と同じ様に接してきたのだ。
人族の食糧を集めるとイルが言った時も、文句一つ言わずに各々が動いた。
狩に出たレヴィたちや、魚を捕まえに海へ潜ったハンクたち。
最初はイルに隠れていた私も、気付けばモニカとケルンと共に海藻を集めていた。
それが力で統制されている魔族という生き物なのか、単純に過ぎ去った事は気にしないのか。
知性がない訳ではないと分かった以上、切り替えの速さも魔族と人族の大きな違いかもしれない。
そんなこんなで人狼は数時間で沢山の食糧を集めてくれたのだった。
「魔族が人族に食糧を?」
ルークが眉間に皺を寄せながら言った。やはりあの事件のせいで、イルたち人狼の印象は最悪である。
私はと言われると、彼らをただ悪いだけの魔族だと思えなくなっていた。
「確かに彼らは魔族ですが、食べ物を貰わないなんて事が出来る程、今のルメスに余裕はないと思います」
あくまでも主観ではなく客観的に意見する。ルメスの食糧事情は逼迫しているのだ。
「その食べ物が安全という保証はありませんわ」
珍しく厳しい顔でミランダが言う。ジーニャ程ではないが、故郷を襲撃されたミランダにも思うところはあるようだ。
「確かに、安全という保証はありません。でも、彼らには力があります。食べ物にわざわざ仕掛けをするより直接皆殺しにした方が早くないですか?」
「た、確かに」
そう言ったカイトの口から涎が垂れている。
ルメスではまだ漁猟を行えない。農業へ力を入れていた為、船着場などの設備が間に合っていないからだ。
狩をしている暇もなかったので、新鮮な魚や肉は久しぶりに見る物だった。
「ルークさん、彼らと話してみませんか? 魔族に占拠されたとしても、生き抜かなければいけないんですよね」
しっかりとルークの目を見て言う。これは私たちの戦いだ。
「そう、ですね」
「ルークさん! リコリスさんも何を言っているんですか? 相手は魔族ですよ!」
ジーニャが鬼の形相で叫ぶ。彼女がここまで感情を出すのは初めてだ。
「ジーニャ、落ち着け」
ラウロが言うと、ジーニャの感情が更に爆発する。
「ラウロまで魔族に頼るつもり? お師匠様の事、忘れたの?」
ラウロが拳を握り、感情を押し殺した声で一言。
「忘れる訳ないだろ」
「じゃあ何で……」
「俺たちは何千人もの運命を握ってるんだぞ。個人の感情で町の人たちが飢え死ぬのを黙って見てるつもりか?」
「……っ!」
多分、ジーニャも分かっているのだ。ただ感情が追いつかないだけで。
飛び出したジーニャを、誰も追いかける事が出来なかった。
「ジーニャの事は少しほっといてやってくれない? あいつも頭が冷えたら戻ってくるだろうし」
視線を下に、頭を掻きながら言うラウロにルークが頷く。
「分かりました。一先ず、住民に魔族の事を伝える準備をしましょう。出来るだけ早く公表しましょう」
その言葉に、今度は全員が頷いた。




