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モブな私としましては。  作者: ちょこ
懐疑的な私としましては。
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22

 「さて、案内してもらいましょうか」


 イルの掛け声で集まった人狼は、全部で十二名だった。

 先ほど突如現れたモニカに始まり、布の少ない女性らしい体つきをした美女に、不貞腐れた顔をした少年、図体のでかい寡黙そうな男に、大量の本を背負った青年、腰の曲がった老人、エトセトラ。共通点で言えば、イルを除いて全員髪が白いという事くらいだろうか。

 老若男女の集まりで、とてもこの人員でルメスを襲ったとは思えない。


 「子どもでも老人でも人族の二倍、変身すれば三倍は身体能力が高いですよ」


 心を読まれたかのと驚き振り返ると、意地の悪そうな顔をしたイルと目が合った。


 「人狼は心も読めるんですか」


 「そんなわけないでしょう。君の顔があまりにも分かり易い表情をしていたもんだから、ついね」


 「デスヨネー」


 空笑いする。心まで読めたら反則だ。


 それにしても、アルミスで襲撃された村の事を考えるとこうやって魔族と会話できている状況が驚きである。もっと知性が無く、本能に身を任せた野蛮な集団だと思っていた。

 多少の冗談が通じるとはいえ何が逆鱗に触れるか分からないこの状況では、細心の注意を払わなければならない。私の行動や言動一つでルメスが血の海になるかもしれないのだ。


 そんな事を考えていると、モニカが私の顔を覗き込んできた。人狼とはいえ見た目はとても可愛い子どもなので、ついつい笑顔になってしまう。

 モニカはそのまま不思議そうにすんすんと鼻を動かすと、顔を顰めた。


 「イル兄、この人のにお」


 「モニカ。今はそれより食べ物の方が大事だろう? ちょっと海に行ってくれないか?」


 「え? 海に行っていいの? やったー!」


 笑顔のまま固まる。


 (今イルさんあからさまに話題変えたよね!? 臭いって思われてる!? 気を遣われた!?)


 時折、子どもは素直故に大人を激しく傷つける。

 人狼の鼻は人族よりも優れているはずなので、もしかすると私は物凄く臭いのかもしれない。

 自分の臭いは分からないと言うし、もしや最初に助けてもらった時からキツイ臭いを出していたのだろうか。むしろずっと臭いという恥を晒し続けているのかもしれない。そもそも、ルークと初めて会ったときも、いや、ギルドで試験を受けた時、いやいや生まれた時から――。


 「ところで、リコリス。あれ、リコリスー?」


 目の前で手を振るイルに気付き、慌てて素直な対応をする。


 「は、はい、ナンデショウ。私、そろそろお風呂に入ろうと思っているのでさっさとお役目を終えたいのですが」


 「お風呂? 当分君の役目は終わらないですよ」


 「デスヨネー」


 本日何度目かの空笑いを浮かべ、自分の臭いを嗅いでみる。全く分からん。


 「何してるんですか。とりあえずモニカとケルンを海に連れて行きたいんですが」


 呆れた顔をしながら、飛び跳ねるモニカと不貞腐れている少年を指して言った。彼がケルンと言うらしい。


 「俺、ガキじゃないんだから海なんかで喜ばないぞ」


 「嘘つけー、ケルン海に行きたがってたじゃん!」


 「そんなこと一言も言ってねーし!」


 「じゃあケルンは行かないの?」


 「俺は別に行きたくないけど、イル兄が行けって言ったら行くさ!」


 ぎゃーぎゃーと言い合っている様子を、他の人狼たちが微笑ましく見守っている。そこだけ抜き取れば、人族と何も変わらないのだが。


 複雑な気分で眺めていると、背後で急にドスンと大きな音と共に悲鳴が聞こえた。


 驚いて振り返ると、まずこちらを向いて無表情に立っているイルが見えた。

 そして、その後ろに鋭い牙で人を食い殺そうとしている獣の姿が。


 一瞬にして、その場の空気が変わった。


 「……何の真似ですか」


 先程までの様子が嘘のように、無表情に問うその姿は話に聞く魔族その物で。

 体が、心が、底の方から冷えて震える。


 「き、貴様らが俺たちの親を、仲間を殺したんだ! この魔族め!!」


 「なるほど、亡き者たちの元へ行きたいんですか」


 ゆっくりと男の方へ振り向くイルに、別の場所から魔法が放たれた。


 (当たる……!)


 目をぎゅっと瞑る。

 しかし、数秒立っても魔法が当たった音がしないので、ゆっくりと目を開けると、組み伏せられている人族が増えていた。


 「浅はかだな。俺はお前たちよりも上の立場の者に話を付けたはずだが?」


 「そんなもん知るか! お前たちに従うくらいなら死んだ方がマシだ!!」


 「ただこの町に置いてもらうだけなんですが、そうですか」


 イルがそう言うと、男を襲っていた狼たちが動く。

 バキッという音と共に、その男の腕が通常の可動域を越えて曲がり、大きな悲鳴が上がった。


 呼吸が止まる。何かしなければいけないのに、人生で初めて体験する本当の恐怖に声も手も出ない。目の前で魔族が人族を殺そうとしているのに。


 「レヴィ、ハンク、その辺に」


 イルの一言で、二体の獣は人型に戻っていく。布の少なかった女性と、本を持っていた青年だった。


 呻く人族に一度冷たい視線を投げ、私へと向き直る。


 「リコリス、忠告しておきます。俺たちは人族を積極的に殺そうとはしない。ただ、身の危険があればその限りではありません」


 無表情のイルが低い声で言う。何も答えられないでいると、再び口を開いた。


 「今回はこれくらいにしておきます。ですが、もし人族に死人が出たら、それは統制できなかった君たちの責任ですよ」




***********




 硬直する私を置いて、人狼たちは去って行った。

 どれくらい経っただろうか。長いようで短かったかもしれない。

 襲われた人たちの呻き声で我に返って役所へ走った。

 私だけでは抱えることができない。

 襲われた人たちも、人狼が赤児の腕を捻るように人の腕を捻った事実も。


 要領を得ない私の言葉だったが、カイトとラウロが付いてきて、男たちを診療所へと運んでくれた。

 後から気づいたが、彼らは雇った警備兵だった。捕らえられた彼らは知っているが、この町の住民はまだ魔族に負けた事を知らないのだ。


 「リコリスさん、大丈夫でしたか? 暖かい物でも用意しましょう」


 「……ありがとうございます」


 ひと段落ついて、役所のソファーへと沈み込む。

 ルークが入れてくれた暖かい蜂蜜入りのミルクを飲みながら一息つくと、自然と涙が溢れてきた。


 「……本当に大丈夫ですか?」


 ルークが心配そうに隣に腰かけた。持っているカップを見ながら呟く。


 「人が、殺されそうになってました」


 「そうですね」


 「私は、何も、出来ませんでした」


 「はい」


 「人を助けるどころか、怖くて、怖くて、何も考えられないくらい怖くて」


 「そうですよね」


 「どうしたら助かるか、って、自分のこ、しか……!」


 言葉にならない嗚咽になっていく。

 そんな私の背中をゆっくりとさすりながら、ルークが口を開いた。


 「それでいいんです。彼らは自らの意思で魔族に立ち向かったんですから。リコリスさんが背負う事ではありません」


 顔を上げる事が出来ず、ただ、泣く。

 そんな私に、ゆっくりと言い聞かせるようにルークが続けた。


 「リコリスさん。僕は彼らが死ぬより、リコリスさんが死ぬ方が何百倍も悲しいです。まずは自分を、そして、手の届く範囲の人を。全ての人を救おうとしないでください」


 ルークが言っている事は正しい。強力な魔法が使える訳でもなければ、勇者でもなく、私は弱い。


 ただ、人助けはモラルでありプライドだった。

 それは生まれ変わっても変わらないと思っていたのに、目の前で実際に暴力的なまでの力を見せつけられると、それら全てがハリボテだった事に気づく。


 「私は傲慢、ですね。人を助けられると思っていました」


 そう溢すと、ルークは柔らかく笑った。


 「助けられますよ。これからね。今のルメスに彼らを倒す力はありません。熟練の警備兵が一瞬で倒されてしまうくらい、彼らは強い。少しでも多くの人たちが生き延びられる方法を考えましょう」


 「……はい」


 「もしかしたら、その間に魔王が倒されるかもしれないし、援軍が来るかもしれない。この先どのくらいこの状況が続くか分かりませんが、生き抜きましょう」


 顔を上げると目が合った。


 「それが、僕たちの戦いです」


 力強くそう言い切ったルークは、凛々しく、頼もしい顔つきをしていた。




 自宅へと戻った私は、汚れた服を脱ぎ捨ててベッドへと倒れこんだ。

 一日に色々な事が起こりすぎて、処理オーバーである。


 「そのまま寝ると風邪を引きますよ」


 突然の声に心臓が飛び跳ねた。


 「こんばんは、リコリス」


 「……こんばんは、イルさん」


 窓枠に腰をかけてこちらに笑顔を向けるイルを見て、長い長い一日が、まだ終わっていない事を悟ったのだった。

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