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「おはよう、リコリスさん」
朝起きると、清々しいまでに晴れやかな笑顔をしたルークがこちらを見て言った。
「お、おはようございます。随分とサッパリした顔をしてますね」
「そうだね。たくさん寝たのかな? とても気分が良いんだ」
「そ、それは良かったです。ちなみに、昨日の事は覚えてますか?」
そう言うと、ルークは顎に手を当てて首を傾げる。
「店主と少し話した記憶はあるんだけど、途中から記憶がなくて。リコリスさんに迷惑かけちゃったかな?」
小一時間に及ぶ自己主張は、やはり全く覚えていないらしい。
「えっと、大丈夫です」
「大丈夫って意味が良く分からないけど……」
「はい、大丈夫です」
「それはどういう」
「そんな事より、上司は帰ってきませんが今日戻るんですよね? 定期便の時間まで町で情報を集めないといけませんね。その前に朝食を食べましょう」
ルークの言葉を遮って矢継ぎ早に言った。無表情だが察して欲しい。
「え? うん、そうだね。ところで、昨晩は……」
「身支度をするので、下で少し待っていてくださいね」
ぐいぐいと背中を押して、ルークを部屋の外へと追いやり、扉を閉めた。
ルークに酒を与えてはいけないという事が、ここ数日で一番重要な情報かもしれない。
深い溜め息をつき、私は支度を始めた。
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「困っておるよ。地方の薬草が届かないわい。素材がなくては調合することも出来んし、とはいえ生活していかないといけんでな、必然的に薬は高くなっとる」
「聞くところによると、最近は魔物討伐より護衛仕事の方が儲かるらしい。普段アルミスからあまり動かない冒険者も結構移動しているようで、うちの宿も恩恵に預かってるよ」
「この町の端に畑を持っていてね。作った物を売っているだけだからだからあまり影響はないわ」
「町で集められる材料なんてたかが知れてるからな。食材の価格が上がって、一部出せないメニューも出てきてるぜ」
町を回って話を聞くと、大きくはないが少しずつ問題が出ているようだ。きっとアグーラ以外も同じ状況だろう。
「うーん、微妙に戦争の影響が出つつあるんでしょうか」
「なんとも言えないね。いつ戦争が始まるかも分からないし。とりあえずは、物流が滞ってもルメス内で生活できるような基盤を作らないと今後困りそうだ」
ルークが口をへの字に曲げて言った。
ルメスはある程度生活できるようになってはいるが、まだまだ町で完結できるような状態ではない。
忙しい生活は続きそうだ。
「さて、最後にギルドへ行こうか。一日しか経ってないからお互い大した情報もないだろうけど、挨拶がてらね」
「そうですね、次はいつアグーラに来るか分かりませんし」
ルークに頷き、ギルドへと足を向けた。
ギルドの扉を開けると、サラが笑顔で近づいてきた。
「こんにちは。もしかして、もう発つの?」
「はい、夜の定期便に乗ります」
「そうなのね。もう少し長居すると思っていたのだけど」
「なんだかんだ言ってもルメスが心配でね。上司から連絡もないし、先に帰ろうという話になったんだ」
「なるほど。そしたら……ちょっと上で待ってもらえますか? 仕事を片付けてすぐに行きます」
サラが少し思案気に辺りを見回して言った。
「あれ、今日はカウンターで話すんじゃないんですね」
受付のカウンターを見て言うと、サラが少し困った顔をした。
「えぇ、ちょっとね。案内するわ」
「分かりました」
理由はきっと後で話してくれるだろう。頷いてサラへ二階へ案内してもらった。
通された部屋は応接室の様で、調度品に少し金をかけているようだ。ふかふかなソファーに腰掛けながら、ルークを見て言った。
「何か重要な情報でも手に入ったのでしょうか?」
「さぁ、どうだろう。単純に他の利用者に目を付けられないように配慮してくれただけかもしれないよ」
前回話をしに来た時の事を思い出して苦笑する。
「確かにそうかもしれませんね」
私の隣にルークが腰掛けて言った。
「まだ時間はあるし、ゆっくり待たせてもらおうか」
「そうですね」
そう言ってソファーに体を沈めた。
「お待たせしてごめんなさい」
三十分ほどの時間が経ち、瞼が落ちそうなタイミングでサラが扉を開いた。
「いえ、こちらも約束なしに来てますし」
ルークが苦笑しながら言った。全く眠気に襲われなかったようだ。
この沈み心地が良いソファーに惑わされないとは、なかなかの強者である。いや、昨晩ぐっすり寝たせいか。
「さて、それでは情報交換しましょうか」
対面のソファーに腰掛けてサラが言った。
「こちらはそこまで情報がないんですが……」
そう言ってルークが集めた情報を話す。それに加えて、私が酒場で聞いた話を補足した。もちろん、ルークの悪酔いした話を省く優しさくらいは持ち合わせている。
「確かに最近こちらへ移動してくる冒険者も多い気はしていました。町中でも見かけるし、うちのギルドでいつも紹介している宿もかなりの率で埋まっていますし」
基本的に冒険者はアルミスから出る事が少ない。
アルミスはタナスに近い土地で、魔物が多いため、依頼受注からの討伐や素材の持ち運びなどを考えるとアルミスを拠点にすると効率が良いのだ。
冒険者がアルミスを離れるということは他でも魔物の出現が増えているか、護衛業務の方が余程儲かるということだろう。
「平時だと経済的に冒険者が移動する事は喜ばしい事だけど……このタイミングだと漠然とした不安があるね」
「そうね。食料問題も含めて、いつ悪い方へ転がってもおかしくないわ」
「先行きが分からない事ほど、人が不安になる事はないし。せめていつ戦争が始まるか分かれば良いんだけど」
ルークの言葉にサラが頷いて、口を開いた。
「この部屋に通したのは、聞かれたくない事があったからなのよ。これからどうなるか分からない以上、信用している人たちとは出来る限り情報を共有しておいた方が良いと思って」
サラがルークを見る。
ルークが真剣な顔をして頷いた。
「それはありがたい事です」
この二人には、信用に足る事情があるらしい。まだ数ヶ月の付き合いである私は、居心地の悪さを感じた。
「あの、私も聞いて大丈夫なのでしょうか?」
小さく手を挙げて確認する。
「むしろ聞いてもらった方がいいね。リコリスさんの知恵を借りる事になるかもしれないし」
ルークが私を見て言い、サラに視線を戻して先を促す。
「これは娼婦の友人から聞いた情報なのですが……魔王が誕生したのは数年前らしいのです。まだ前国王がご健在だった時ですね。なぜこのタイミングで誕生した事になったのか、なぜ今戦争を行うのか、その辺りがはっきりしません」
「娼婦のご友人ですか」
ルークが顎に手を当てて宙を見る。
「情報は正確だと思います。地位の高い人がお忍びで来る高級店ですしね。服を脱ぐと心のガードも緩くなるものですよ」
「なるほど」
顔を大きく縦に振る。前世で言う銀座の高級クラブみたいなものか、と妙に納得してしまった。
茶目っ気たっぷりにウインクをしてるサラを見て、ルークがため息を吐く。
「男がみんな馬鹿だと言われてる気分になるよ」
「そうは言ってないわ。責任ある仕事ほど、息抜きは必要ですよね」
「物は言い様だね」
二人のやり取りに乾いた笑みを浮かべつつ、サラの情報を吟味する。
前国王は聡明なイメージがあるので、魔王誕生を隠していたとなると相応の理由があるはずだ。
国民を恐怖に陥れないために隠したのか、混乱を招かない為に隠したのか。
もしくは、公表しなくても問題ない理由があったのかもしれない。
前者の場合、国王から発表されずに他の人間、例えば冒険者や商人が魔王の存在に気づいて噂を広めてしまったら。はっきりとしない情報故に、国民全体に恐怖と不安の感情が蔓延しかねない。
後者の場合、前者と同じではあるが、例えば誕生した魔王と国王が密約を交わしたり、何かしらの対策を取っていれば可能性はある。
前魔王の恐怖が残っている今、あえて公表せずに不干渉を貫いた方が国民のためだ。
そこまで考えて、ふと不可解な事に気付いた。
「あの、常識だったら申し訳ないのですが、魔王が誕生したってなぜ分かるんですか? タナスからわざわざ使者が来るわけでもないでしょうし」
その言葉に二人は少し驚いたように顔を見合わせた。
「そうか、でもリコリスさんくらいだと知らないかもね」
ルークが困ったような笑みを浮かべながら言う。
「常識ってほどではありませんが、魔王が誕生すると対となる勇者も誕生するのです。勇者が誕生する事で、この国は魔王の存在を知ることができています」
「あの金髪イケメン勇者か……。あれ、でも勇者は私より年上に見えましたけど?」
もしあれで一桁の年齢だったら、異世界ファンタジーとはいえ笑えない冗談だ。
「誕生、と言っても産まれるわけではなく……そうですね、目覚めるという言葉の方が近いかもしれません。魔王が先なのか、勇者が先なのかは確認しようがないので不明ですが」
サラが苦笑しながら説明してくれた。
「付け加えると、勇者になるまで本人も勇者だと知らないんだ。ある日突然勇者になるらしい」
ルークが補足する。
なるほど、あの勇者もなかなか不運な様だ。急に魔王と戦えと言われても、私だったら全力で断りたい。
「なるほど。うーん、つまり勇者の存在も伏せられてたということですね」
「そうなるね」
もしかしたら、勇者の説得や精神的な配慮をして発表を数年遅らせたのかもしれない。
考えても分からない事ばかりだ。
「サラさん、他に目ぼしい情報はあった?」
ルークも考えに行き詰まったのだろう。足掛かりを求めてサラに問う。
「他には、そうですね。やはり他の町でも徴収が行われているようです」
「モネもですか!?」
つい大声を出してしまった。両親は大丈夫だろうか。
故郷のモネは人口も少なく、小さな村がいくつかある程度で、ほぼ自給自足の生活をしている。徴収なんてされたら冬を越せなくなってしまう。
「メルクーリさん、安心して。モネでは徴収されてないと聞いているわ。今のところ、人口が少なすぎる所は除かれているみたいよ」
「そ、そうですか」
どかっと浮かせていた腰を落とす。
とはいえ、これからの事を考えると、あまり楽観的にもなれないのだが。
「集めた物資は全て王宮にあるようだけど、戦争がいつ始まるかも分からないし、あまり計画的とは言えないわね」
サラが眉間に皺を寄せて窓の外を見る。私とルークもその視線を追って見ると、外は街灯が灯るほど暗くなっていた。
「た、大変だ! リコリスさん、馬車に乗り遅れてしまうよ!」
ルークが慌てて立ち上がる。
「つい話し込んでしまったわね。ここからならまだ間に合いますよ。これからは頻繁に連絡を取り合いましょう」
「そうですね、慌ただしくてすみませんが、行きますね。ありがとうございました」
言うが早く、ルークは部屋を出てしまった。出遅れた私は、まごまごと荷物を纏めてドアを目指す。
「あ、ありがとうございました!」
ドアを出る前に振り返ってお辞儀をし、口元の緩んだサラに見送られながら走ってルークを追った。




