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モブな私としましては。  作者: ちょこ
田舎者の私としましては。
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 「わぁ~すごい!」


 両手で持っていた荷物を落としそうになり、慌てて抱えなおした。


 馬車を乗り継いで一週間。太陽が頭上でお昼時を知らせる中、リコリスは首都アグーラへ降り立った。

 先が見えないほど真っ直ぐ伸びた広い道。両脇には色とりどりの果物や食べ物を売っている屋台が所狭しと並んでいて、昼食を求める人で溢れかえっている。村では絶対に見られない光景だ。

 屋台を眺めている人や、大声で客引きをしている店主、屋台特有のにおい、人の笑い声、喧騒。


 アグーラという町は、そのすべてで五感を刺激してきた。


 「おい邪魔だ! つっ立ってんじゃねぇよ!」


 「す、すみません……」


 後ろから大声で怒鳴られ、慌てて道の端へと移動する。

 珍しいものばかりでもっといろいろと見て回りたかったが、まずは当初の目的を果たさねばなるまい。


 そう、就職の相談へーー。




**********




 私はリコリス・モネ・メルクーリ。この世界に生まれて十五年。就職相談のため、ヘリウス王国の首都アグーラへとやってきた。前世の就職が大失敗だったので、この世界で失敗はしたくない。


 この世界、という表現は妙なものだが、私は前世の記憶がある。所謂“転生者”だ。


 転生をはっきりと自覚したのは、両親に誕生日を祝ってもらった五歳の時。五の倍数で盛大なお祝いをするらしいこの世界で、初めて誕生日ケーキが用意された。

 蝋燭を見つめていた時、急に前世での出来事がフラッシュバックして、私は蝋燭を吹き消す前に意識を失ってしまった。

 起きてからは脳内が大混乱。

 そもそも自宅のベッドで死んだように(本当に死んでしまったようだが)寝ていたはずが、起きたら知らない世界の五歳児になっていたのだ。

 言葉はイマイチ分からないし、両親は美形だし、その美形が作るご飯は破滅的にまずいし。

 数日引きこもってはみたものの変化はなく、過去は過去と割り切ることにした。悩んでいても明日はくるし、お腹は減るのだ。切り替えは早いに限る。


 もちろん、前世の家族や少ない友だちの事が頭をかすめる事は何度もあった。でもどうにもならないのだ。きっと元の世界では死んでいるのだろうし、この世界で悔いなく生きることが、今私にできる事だ。

 そう、トイレにウォシュレットがないのも、ポテチが食べられないのも、ゲームができないのも、なんとか乗り越えた私に怖いものはない。いや両親の作る食事はこわい。

 お隣さんのおいしい料理があったから生きてこれたということは特筆すべき点だろう。




閑話休題。


 


 町の中心へ進んだその先、元貴族街の手前にそのギルドはあった。そこそこの大きさで、そこそこの古さ、そして、そこそこの人々が入っていく。何がそこそこかは自分の首を絞めることになるので割愛しよう。


 入る前に一呼吸し、勢いよくドアを開いた。


 入る前からなんとなくそんな気はしていたが、ギルドの中は少々薄暗く、少々空気も悪かった。

 正面には募集の張り紙が乱雑に貼ってあり、右手にある机と椅子はフリースペースだろうか。左手にはカウンターがあり、その向こうには受付嬢らしき人たちが座っている。募集の張り紙を見ている人やフリースペースで雑談をしてる人がちらほらいるが、全体の雰囲気がなんとなくパッとしない。

 哀愁漂っているような……。

 就職氷河期という言葉が頭を過ぎったが、不吉なワードなので顔をブンブン振って忘れることにする。


「いらっしゃい、ご利用は初めてですか?」


 声のする方向へ顔を向け、思わず息を飲む。

 綺麗な女性だった。


 すっきりとした輪郭に、少しつり上がった青い目、鼻筋は通っておりキリッとした顔立ちをしていた。可愛いより綺麗が断然似合うその女性は、肩にかかるダークブルーの髪を耳にかけながら、問いかけてきた。


 「は、はい。成人したので就職の相談に来ました」


 「なるほど、それではこちらへどうぞ」


 少し緊張しながら応えると、その女性は微笑みながらカウンターにある空席を指した。

 背負った大きなリュックサックと抱えていた荷物をそのままに、椅子へ腰掛ける。お尻が少ししか乗らなかったが、気合いでカバー。カウンターの向こう側にはその女性が座った。


 「改めまして、私はサラと申します。このギルドであなたのような就職希望者へ、仕事の斡旋を行なっています」


 「わ、私はリコリス・モネ・メルクーリです。趣味はえ、絵を描くことで、将来の夢はお嫁さんで、えっと、仕事選びは間違えたくないです! よろしくお願いします!」


 ガコンッ! と強烈な打撃音が響いた。


 勢いよくお辞儀をしたところで頭をカウンターへ強打。涙目でおでこをさすりながらサラを見ると、口を手で押さえながらプルプルしている。私が抱えていた荷物からリンゴが落ちたところで、サラはお腹を抱えて笑った。


 「げ、元気が良くてステキよ、メルクーリさん。ふふふっ」


 顔をリンゴより真っ赤に染める事になってしまったが、掴みはOKという事にしておこう。


 「さて、メルクーリさんは成人されてるんでしたよね? 村で適性検査は受けられましたか?」


 大分笑ったあげく、赤くなったおでこをチラチラ見て口元を押さえるのが気にかかるところではあるが、職務は全うしてくれるようだ。


 「適性検査って魔力があるかどうかの検査ですよね? 村にはそういった設備が無くてまだやってないんです」


 そう、この世界は魔法という素晴らしいものがあるのだ。

 それを知った時、たくさんの呪文を適当に唱えて何かできないかを検証したのは決して恥ずべき行為ではない。みんなやるはずだ。


 「なるほど、それでしたら適性検査と適性試験を合わせて受けていただくことになります。内容を簡単に説明しますね」


 魔法には火・水・風・土・光・闇・無の七属性がある。どの属性か、どんな魔法が使えるか、魔力の総量はどのくらいか、という魔法に関する検査を行うのが適性検査。成人してからでないと属性や魔力が安定しないため、成人のお祝いと共に行うのが一般的だ。

 読み書きや計算など、前世で言うSPIのようなテストを受けるのが適性試験。これは就職ギルドのみで行っていて、斡旋先へ紹介するにあたって必要となるらしい。

 その二つの結果によって、適切な就職先を紹介してくれるという話だった。


 「それでは明日、午前に適性試験、昼食後に適性検査を行います。適性検査後は面談も兼ねてますので、その際に希望があれば教えてください」


 「はい、よろしくお願いします!」


 ガコンッ!


 おでこに二回分の恥を乗せた大きなたんこぶができた。

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