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そんなこんなで一ヶ月。
「ま、まずは……まずは、仕事の整理をしましょう! しろ! させてくれ!!」
朝礼でそう叫んだ私の目元には、暗い影が落ちていた。つまり隈である。
基本的に職員全員が参加するこの朝礼は、仕事の申し送りや連絡事項の連絡が主である。
職員は現在六名。おっと、上司を加えて七名だ。
一ヶ月で名前で呼び合う程度には仲良くなった職員達の、人となりも分かってきた。
小柄でボブのジーニャは物静かな雰囲気だが、なかなかに痺れる物言いをするギャップのある職員だ。特にラウロへの当たりが強い。
羨ましい豊満ボディを持っているミランダは、夜の町で客引きをしてそうに見えるが、話し方からしてどこか良いところのお嬢様かもしれない。接客がピカイチだ。
ジーニャによく弄られているラウロには、お調子者で大雑把。ただ、気配りはとてもできる青年で、待っている利用者を和ませたりしているところをよく目にした。
脳筋とはこいつの事かと思ってしまうくらいに単純なカインは、素直故に職人達から好かれているようだ。役所の力仕事は全てカインが担当してくれているので、とても助かっている。
私の叫びに対し、ジーニャは表情を変えず、ミランダは苦笑し、ラウロは面白いものを見るような顔で私を見ていた。カインは難しい顔をしているが、多分意味が分かっていないのだろう。
この一ヶ月、下手をすると前世以上の地獄だった。
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「まずは簡単に、書類整理からお願いします。過去の物になるので、月毎に大体で括ってくれればいいですよ」
建物の案内と人の紹介を一通りしてもらい、一息ついたところで書類整理をすることになった。
「はい、頑張ります」
「あ、そういえばメルクーリさんの魔法はグルーでしたよね。書類整理にはうってつけの魔法です、有効活用してください」
魔法、なんと素敵な響きだろうか。
「そうですよね! そうします、頑張ります!」
若干引き気味のルークを尻目に、大きく振りかぶって魔法を発動……できるはずもなく。
「あの、そういえばなんですが、私魔法の使い方分からないです」
心底呆れたという顔のルークに教えて貰いながら練習したが、その日のうちに使えるようになった。魔法の才能がある訳ではなく、簡単な魔法というだけだが。
まずは体を流れる魔力を指先に集め、紙束に触れる。そして、集めた力を指先から紙束へ流し込むと、あら不思議。
「く、くっ付いた、だと……!?」
紙をめくると、指で触れた部分だけが元々一枚の分厚い紙であったかのようにくっ付いていた。どういう原理なのか全くの不明である。
この世界の魔法は、恐ろしい事に全てイメージなのだ。
もちろん、私は体に魔力が流れている気もしなければ紙束がくっ付くとも思えないのだが、イメージをするとできてしまった。
科学的に考えると、天地がひっくり返ってもあり得ない現象である。
なぜこんな事がまかり通るのか気になる事は確かだが、魔法というロマンに科学は不要だ。考えてはならない。
どうせ理解も納得もできないだろう。
翌日から、魔法が使えるということ自体が新鮮な私は、 喜んでたくさんの資料を整理、まとめていた。
この世界を詳しく知る為、ある程度中身を見ており、せっかくなので内容と月別に分けてみた。
「これは分かりやすい! メルクーリ君、すごいね」
ルークはもちろんのこと、上司にも褒められ、持て囃され、乗せられ、気づけば上司や職員個人の書類整理も行っている状態。
「あ、あの、これって私の仕事じゃないと思うんですけど……」
「メルクーリ君の仕事だよ。人数少ないから助けあわないとね」
いつも椅子に踏ん反り返って座っているだけの上司に抗議するも、軽くあしらわれてしまう。
なんでこうなった。
そんな中、増えまくった書類整理から逃れようと表のカウンター周りをうろうろしていると、受付で罵声が聞こえた。
そちらへ視線を向けると、縮こまっているミランダと、顔を真っ赤にしているパンパンな……もとい、プンプンな男性が。
「どうしました?」
私が声をかけると、ミランダは泣きそうになりながら言った。
「ええ、実は……」
どうやら申請されたはずの書類がなかなか見つからないらしい。新規店舗の申請書らしいのだが、基本的に書類は種類分けしておらず、なかなか見つからないとの事。
「なるほど。ちょっと失礼しますね」
私は書類整理で培った技術を遺憾なく発揮。魔物の素材で出来たゴムサックのような物を駆使し、目を丸くしているミランダを尻目にサクサクと紙をめくる。
ちなみにこのゴムサックは私が創り出した一品で、モンスターサックという。ネーミングセンスが無いとは言わせない。
「あ、これですね。大変お待たせしました」
該当の申請書を見つけてぽかんとしている男性に渡す。
「それでは失礼します」
そう声をかけて、受付を後にした。
この話が広がり、メルクーリは魔法の様にすごいスピードで書類を探す事ができる、と変な噂になってしまった。気づけば受付も手伝う事に……。
「あ、あの、これって私の仕事じゃないと思」
「メルクーリ君の仕事だよ。人数少ないから助けあわないとね」
椅子に踏ん反り返って座っているだけくせに上から目線で言う上司に、軽く苛つきながら溜息をはく。
なんでこうなった。
書類整理と受付の紙地獄から逃れようと、お使いを頼まれて店を訪ねようとした時の事。
「ま、迷った……」
気づけばぐるぐると同じ所を回っていて、お昼を外で食べがてら役所を出たにも関わらず陽が落ちてしまった。
なんとか目的地に辿り着き、用を済ませて役所に戻った時には営業時間が終了していた。お使いだけがその日の仕事なはずもなく、もちろん残業だ。セルフブラック万歳。
翌日、よれよれになりながら地図の提案をしたところ、賞賛され、持て囃され、乗せられ、気づけば私が作ることになっていた。
「あ、あの、さすがにこれって私の仕事じゃ」
「メルクーリ君の仕事だよ。人数少ないから助けあわないとね」
もう椅子も体の一部というレベルで座っているだけの上司が育てているでっぷりとしたお腹を思う存分殴りたいが、深呼吸して我慢する。
なんでこうなった。
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そんなこんなで鼠算式に仕事が増え、気づけばダークサイドに堕ちかける手前まで追い詰められてしまった。過労死反対。
そして、冒頭に至る。