それは月が落ちてきそうなほどに大きく、そして真っ赤に染まって見えた夜のこと。
"新たな魔王が誕生した"
その第一報は、国王であるレヴァン・ヘーリウスへともたらされた。
勇者が命を賭して魔王を倒したのはそう遠くない三十年ほど前の話であり、新たな魔王の誕生は今までの歴史からしてあまりにも早い。
「そうか、ご苦労だった。ゆっくり体を休めよ」
止まりかけた己の心臓に叱咤し、目の前で跪く調査部隊へ言葉をかけられたのは国王としての矜持だろう。
「はっ! 夜分遅くに失礼いたしました!」
ドアが閉まる音を片隅で聴きつつ、ゆっくりと目を閉じる。
――先代の魔王は異常なほどに殺生を好む王だった。
それまで、人族と魔族は友好とは言えないまでも不干渉が暗黙のルールになっており、それなりの均衡を保っていた。
にも関わらず、先代の魔王が誕生して最初に起こした行動は、人族を殺した数で階級を定めるという告達。
その日から。
地獄を見ているかのような殺戮が至る所で行われた。
人族にとっては唐突に起きた戦争である。各領の統率や準備がスムーズにいくはずもなく、数日で万を超す被害が報告されたのだった。
父である前国王は、日に日に増える被害報告に苦渋の決断を行った。それは、ここヘリウス王国の全勢力を魔王討伐につぎ込むという、前代未聞の大規模戦闘だった。
当時も今もその決断に批判的な意見は多いが、レヴァンは英断だったと信じて疑わない。決断がもう少し遅ければ人口が激減し、対抗策も取れず種の危機に晒されていただろう。
当時受けた大きな被害は、今も爪痕を残している。そう、まだ三十年前の話なのだ。
次の魔王が誕生するまでに最低百年は猶予があり、その間は人族にも平穏な日々が訪れるはずだった。
先ほどの報告があるまで、そう思っていた――。
「さて、今代の魔王はどう出るのか……」
窓から空を仰ぎながら独りごちる。
これからの行く末を暗示しているかのように、赤い月が不気味に浮かんでいた。