四杯目 小説家は新作に悩む
人って悩むことあるよね。
でも悩むことはいいことだ。
悩めることはそれだけ考えられていることだ。
そして自分で答えを見つけられるはずだ。
もし見つけられなかったらカフェへおいで。
一緒に悩んであげる。
あんずちゃんに会ってから数日が経つ。
私は忙しい日常の中でも喜びや嬉しさを感じていた。
このカフェの優しい雰囲気も気に入っている。
ここには優しいママとご主人が居てその二人が優しい雰囲気を作っている。
人によってその作れる雰囲気は違うのだ。
優しい二人だから作れるのだ。
こんな優しいカフェが増えてくれればいいなと思うのだった。
そんなことを考えていたある昼下がりの日。
お客様が出入りが少なくなり、休憩時間にのんびりする。
すると一人の男性が息を切らしながらお店に入ってきた。
私はびっくりし、それでもお客様だから「いらっしゃいませ」と言った。
すると男性は顔をあげ、私に言葉をかける。
「休憩中だったらすまない。ママはいる?」
「ママはちょっと出掛けていまして」
「そうか。ならここで待たせてもらってもいいかな?」
「あ、はい。どうぞ」
「失礼するよ」
そう言って男性は好きな席に座る。
「なにかお飲み物はいかがですか?」
「コーヒーをお願いできるかな?」
「はい。かしこまりました。」
「休憩中にすまないね。」
「いいえ」
私はオーダーをとり、席を外す。
私はコーヒーを淹れる。
「お待たせしました。」
「ありがとう」
男性はコーヒーを飲む。
「おいしい」
「ありがとうございます」
「君、名前は?」
「あきらといいます。」
「宜しくね。あきらちゃん」
「はい」
「ちょっと話でもしないか?君も座ったら」
「いいですか?」
「君だって今、暇だろ?」
「はい」
「なら、問題ない。座って」
「はい」
私は男性にすすめられて席に座る。
そして男性が話をする。
「ここのママとは古い付き合いでね。最近は忙しくてなかなかこのカフェに来られなかったんだ」
「そうなんですか。お仕事は何されているんですか?」
「小説家だよ。一応ね」
「小説家!?」
「君は「さざなみの丘」っていう本を知っているか?」
「はい、読みました。主人公と幼馴染みのじれったい恋の話ですよね?」
「それを書いたのが僕なんだ」
「えっー!?」
「鎧戸誠。本名は城戸四郎と言います。」
「うそー!?」
「本当だよ。君は面白いね」
「私、大ファンなんです。もしかして「鎧の翼」もそうですか?」
「そうだよ。よく知ってるね」
「はい!あれも読んだんですけどすごく分かりやすくて読みやすかったです」
「ありがとう」
「そんな凄い人がどうしてここに?」
「別に凄い人ではないけどね。実はね。悩みを相談したくてここに来たんだ」
「悩み?」
「そうだよ」
「そうなんですか」
「小説家をやっていると色々な悩みが増えてきてね。今日も編集者が来たんだけど逃げてきたんだ」
「だから息を切らしていたんですね」
「すまなかったね。お見苦しい所を見せてしまって」
「いえいえ。ゆっくりしていってください」
「ありがとう」
「もし、良かったらなんですけどサイン下さい」
「いいよ。何枚でも書いてあげるよ」
「いいんですか?」
「色紙持ってるからそこに書いてあげるよ」
「ありがとうございます」
城戸先生がすらすらとサインを書いてくれる。
そのサインはとっても達筆だった。
「はい」
「ありがとうございます。大切にしますね」
「いいえ」
「君はこのカフェは好き?」
「はい、大好きです」
「俺もだよ」
そう言って城戸先生はコーヒーを飲む。
私は城戸先生を見つめていた。
「ただいまー」
「あっ!城戸先生、ママが帰ってきました」
「そうみたいだね」
「連れてきますね」
「お願い」
私は席を外し、ママの所に向かう。
「ママ、お帰りなさい」
「あきらちゃん。ごめんね。遅くなっちゃって」
「買い出し、ありがとうございます」
「いえいえ」
「ママにお客様が来ているんですが」
「お客様?」
「城戸四郎さんって方が」
「あぁー。きーちゃんね」
「ちょっと待っててもらえる?」
「はい」
そうするとママは厨房に入るのだった。
しばらくするとママが城戸先生の所にやってくる。
「きーちゃん。久しぶりね」
「ママ、久しぶり」
「なかなか来てくれないから心配してたのよ」
「仕事がたまっていてね。今日はママに会いたくて逃げてきた」
「駄目よ。売れっ子小説家なんだから」
「やめてくれよ。ママ」
「うふふ」
「しばらくあきらちゃんと話をしていたんだ」
「そうなの?」
「彼女が俺の小説を読んでいるみたいでね。こんな若い子が読んでくれて嬉しいよ」
「まぁー。それはよかったね」
「うん」
「それでママに相談があるんだけどカフェの方は大丈夫?」
「今日はお客様が出入りが少ないから大丈夫。なんなら貸切にしてもいいわよ」
「ありがとう。貸切にしてもらえる?」
「はい」
「あきらちゃん。今日は貸切にするから早めに帰っていいわよ」
「はい、分かりました」
「なんならあきらちゃんも残って先生の悩みを聞く?」
「えっ?」
「先生が駄目じゃないなら」
「それは頼もしいな。あきらちゃん。嫌じゃなかったら話を聞いてくれる?」
「はい」
「じゃあ、決まりね。もし貸切でもお客様が入ってきたら接客よろしくね」
「はい」
私とママは城戸先生のいる席に座った。
そして話が始まる。
「悩みって何?」
「実はね。編集者からまた新作を頼まれていてね。またジャンルを勝手に決められてたんだ」
「そうなの」
「そうなんですか」
「そのジャンルが今まで書いたことのないもので困っているんだ」
「ジャンルはなんですか?」
「日常」
「日常をテーマにした小説を書いてほしいって言われたんだ」
「今まで恋愛小説とか推理小説とかはなんとか書いてきたけど日常をテーマにした小説はなかなか難しくて」
「ネタ作りにも悩んでいるんだ。どうしたらいいって感じでね」
「なるほどね」
「うーん」
「ごめんね。難しい悩みで。僕の悩みはそれなんだ」
私とママはしばらく考える。
日常をテーマにした小説かぁー。
何がいいんだろう?
今まで当たり前のように過ごしていたから難しいなぁー。
私もママの顔を見るとママも難しそうな顔をしている。
ママも色々、考えているんだなぁ。
そう感じた。
しばらく考えると私はあることを思いつく。
あ、そうだ!
「あの、私、考えたんですけど」
「なに?あきらちゃん」
「城戸先生の好きなものや好きな場所を書けばいいと思いました。私は」
「えっ?」
「ここはいい町ですし、人も優しい。城戸先生が出会ったものでもいいんですよね?」
「それはまぁ。」
「だったらこの町を題材にした小説で勝負してみませんか?共感できるところもありますし」
「あきらちゃん」
「はい」
「そうだね!それで書いてみるよ」
「私の意見でいいんでしょうか?」
「簡単に考えればそうだと思う。難しく考えすぎていたのかもしれない」
「そうね。難しく考えすぎてはいけないわよね」
「よし。それでいこう」
「さっそく帰って書いてみるよ!いい小説が書けそうだ」
「良かったですね」
「ありがとう。あきらちゃん。ママ」
「いえいえ」
城戸先生はお会計すると風のように走っていった。
私とママは城戸先生が見えなくなるまでお見送りする。
城戸先生が見えなくなるとカフェに入る。
「城戸先生、良かったですね」
「またいい作品を書いてくれるといいわね」
「はい。楽しみです。出来たら買いにいきます」
「それを聞いたらきーちゃん、喜ぶわね」
「はい」
「それにしてもあきらちゃんは今日一番輝いていたわね」
「えっ?」
「あんな風に相談にのれるのは良いことだわ」
「あ、ありがとうございます」
「私も相談にのるのは卒業かしら」
「ママ、そんな悲しいこと言わないでください」
「ごめんごめん。冗談よ」
ママは笑う。
私もつられて笑うのだった。
城戸先生には頑張ってほしいなぁ。
そう思う私だった。