深夜の会議3
本日は予定にはなかったのだが、急遽、メアリー王女殿下、宰相、魔導士団長、騎士団長が集まり深夜の会議が開催された。その参加者の表情は、一様に暗い。
「完全にやられましたわ。彼はやはり危険です。早急に処分すべきでは? できれば、あの案も私たちが考えたことにできないのでしょうか?」
最初に、メアリーが怒りを滲ませた声を上げた。メアリーは、前回、宰相から王位継承の目が残っていると言われ、もう自分が女王になるのだといろいろ勘違いを起こして拗らせてしまっている。注意を促されていたにも拘わらず、周りに集ってくる甘言を囁く者に踊らされているのだろう。宰相は、物事に対する視野の狭いメアリーに、王としての考え方と視点を持ってもらいたかったのに上手く伝っていなかったようだ。
「殿下、少し落ち着いてください。それも1つの手ですが、こちらの案にするには、最低でも恵美殿も処分しなければなりません。今はまだ、安易に手を下す時期ではありません」
宰相がメアリーの怒りを諌めにかかるが、あまり効果がなかったようだ。
「治癒術士の1人ぐらいどうってことはないでしょう。こちらのそういう甘い態度が彼らを増長させているのです。1度きっちり厳格な行動を取って、どちらが上なのかはっきりとわからせるべきなのです」
「たしかに、その通りなのですが、増長しているのは誠殿以外の勇者候補たちです。それに釘を刺す案を出してきたのが誠殿です。処分を下す前に考えなければならないことが残っているはずです」
「えっ!!……考えなければならないことって何ですか?」
別にメアリーは頭が悪いわけではない。説明すればちゃんとわかってくれる。考える癖がついていないだけなのだ。王女として、小さい時から言われた事を言われた通りに素直に演じるように教育されてきた弊害であろう。宰相はこれを何とかしたいのだが、上手くいっていない。しかし、自分の話も聞いてもらえるので少しは救われている。
「まず、我々にとって一番の問題は何ですか?」
「勇者候補をコントロールできていないということですか?」
「それは、誠殿も言っておられるように、いくつもの問題を1つに纏めたものです。我々の一番の問題は、異世界人である勇者候補特有の問題を我々では予測できていないということです。簡単に言うと、我々は、異世界人の感性を理解できていないということです。そして、勇者候補たちも、我々の感性を理解できていないということです。
殿下に先ほどの話を吹き込んだ者たちはそれができるのでしょうか? もしできるのであれば、ぜひともお願いしたいですね」
「いえ、できないでしょう。できないから今の状態なのですね」
「そのとおりです。殿下に吹き込んだ者たちが言っていることは、我々にとっては当たり前のことですが、勇者候補たちには理解できないことでしょう。そして、また問題が起きるでしょう。そしたら、また処分するのですか? そんなこと続けては、すぐに全員を処分してしまうことになるでしょう。ご理解頂けましたか?」
「はい、あの者たちが言っていたことでは失敗してしまうのですね。では、どうすればいいのですか?」
「そうですね。できるだけ早く、お互いに感性を理解しあえるようになるか、少なくとも、こちらが向こうの感性を理解できるようにならなければなりません。
そして、我々は、この2週間、それをやってきたのです。勇者候補から反発が予想されますので、わが国のやり方や考えを無理に押し付けず、異世界人をやり方や考えを理解しようしてきたのです。今の段階では、それが、まだ不十分なので続ける予定でした。
しかし、このタイミングで、誠殿は、どちらの感性にも当て嵌まった案を出してきたのです。
これが、勇者候補も含めた我々の現状です。ご理解頂けましたか?」
「はい。……でも、どうして彼はそんな案を出せたのでしょうか。彼は軟禁されていますので、他の勇者候補と比べて、私たちと接する機会がほとんどない上に、こちらに召喚されたときは、こちらの言葉すら理解していなかったのですよね」
「彼は、元から特別な感性を持っていたとしか言えませんね。本来、人は、生まれ育った国や地域、そして種族のやり方や考え方に影響されるはずなのです。実際のところは、国や種族を1つに纏めるために、洗脳まがいの教育が行われているのです。いわゆる、国民性や種族性を培うということですね。もちろん、これはこの世界だけの話ではありません。どちらかと言えば、異世界人である勇者候補たちは、日本という国から我々よりももっとしっかりとした教育を受けております。
しかし、彼はその影響を受けていないように見受けられます。このような中途半端な表現になるのは、彼が日本という国のやり方や考え方を理解しているからです。そして、驚くべきことに、彼はわが国のやり方や考え方すら理解しつつあるということです。殿下が仰せられたように、軟禁された上に、2週間前まで、この世界の言葉さえ知らなかったにも拘わらずに、です」
誠が日本の影響を受けていないのは、本人の特性かもしれない。しかし、この世界やこの国のやり方や考え方が理解できているのは、師匠や他の霊たちのおかげである。これも、本人の特性とだと言われればそうなのであろう。
「では、その特性を持つ彼に助けてもらうほういいということですね」
「そうですね。我々が異世界人の感性を理解し、勇者候補たちがわが国のやり方や考え方を理解するまでは、彼に助けてもらう方がいいですね。それに、彼の出してきた提案は、そういったことも上手く含まれていますね」
「ということは、実質、彼に主導権を奪われるということですよね」
「実際に、今回、彼はかなり強引に主導権を奪いにきました。まるで、彼が主導権を奪いに来たことを私たちに気付かせるようにしているのではないかと私は感じたぐらいです。彼の今回の提案や言葉運びを見ている限り、彼は謀略家の気質を持っています。謀略家の謀略とは、策略であることを相手に気付かせずに策略に嵌めるはずなのに、今回、彼は策略を私たちに気付かせるようにした節があります。我々が異世界人の感性を理解できていない今なら、きっと、彼は策略であることを私たちに気付かせずに主導権を奪えたはずなのに、です。
ですから、彼が策略を私たちに気付かせるようにした意味があるはずなのです。何が目的か彼に聞いてみないとわかりませんが、主導権が欲しくて今回の策略を組んだわけでないということはわかります。
どなたか彼の目的に気付いた方は、居られませんか?」
「あの……彼にとって主導権は、目的ではなく手段であるということですよね」
宰相は全体に聞いたのだが、メアリーはもう一度確認を入れた。
「その通りです。それで、彼の目的はお分かりになりますか?」
「いえ、わかりません」
「そうですか。……どなたか……」
「おいおい、宰相、本気で言ってんのか!!」
ここで、魔導士団長の声があがった。
「えっ」
魔導士団長の勢いに、宰相は言葉を詰まらせた。
「メアリー殿下に教育しているだけかと思えば、本気でわかってなかったのか。彼は自分の主張を何度も入れているだろう? ワシらは、彼に何をしようしていた?」
「ああ、すみません、わかりました。殺されたくなかったのですね」
「そうだ。だいたい、こんなの彼にとっては策略でもなんでもない。ただの手紙だろ。たしかに、宰相が言うように、彼は、ワシらに気付かれずに主導権を奪うことぐらい簡単にできるだろう。それは、ワシも認める。そして、今回、彼が言いたかったことは、『僕は、役に立ちますので、命を助けてください』だ。まぁ、ちなみに、『お前らが、助けてくれないのなら王太子殿下の下へ行きます』という脅しも付いてるがな」
「あの……どうして、彼は、こんな回りくどいことをしたのですか?」
ここで、またメアリーから質問が入った。
「それはですね、殿下。もし、今回の彼からの提案がない状態で、彼に、役に立つので命を助けてくださいとお願いされて、殿下は、彼の言葉を聞き入れますか?」
「すみません、わかりました。聞き入れません。だから、彼は、ご自身の有用性を証明するために、このような手段に出たわけですね」
「そのとおりです。……宰相、わかってると思うが一応言っておく。彼を処分するとか考えるなよ。もう手遅れだ。彼は自分の有用性を証明した。そして、彼には、権力に対する欲望もなければ、功名心もない。こんな使える奴、他にはおらん。今回の資料もエリザたちが作ったのだろう。もし、ワシらが彼を切ろうとしたら、エリザたちは、彼を王太子殿下の下へ連れていくだろう。エリザたちは、ワシらのために働いておるのではない。国のために働いておるのだ」
魔導士団長は、本気で宰相に言っているわけではない。メアリー王女が変な気を起こさないように釘を刺しているのだ。
「承知致しております」
普段は政治で争っているが、もう長い付き合いだ。宰相も魔導士団長の言いたいことはわかっている。そのため、素直にそして真摯に頭を下げた。その様子を見守っていたメアリーは目を見開いて驚いていた。国王陛下や王女である自分たち王族以外に頭を下げる宰相を始めて見たからだ。メアリーに強く印象付けられたのなら、茶番とは言え、頭を下げた甲斐はあっただろう。騎士団長も長い付き合いだ。二人の茶番であることには気付いている。まったく気にしていない様子だ。
「では、彼の扱いはどうなるのでしょう?」
先ほどの驚きから少し回復して、メアリーが質問した。応えるのは、宰相だ。
「彼には、勇者候補のコントロールをやってもらうことになるでしょう。しばらく彼に主導権を預ける形になりますが、我々には、異世界人の感性を理解するための時間が必要です。彼には、その時間を稼いでもらうことになります」
「では、彼が勇者候補のリーダーになるのですか?」
メアリーが的外れなことを聞いてきたが、ずっと考えることを放棄させられてきたのだ。すぐに思慮深くなれるはずがない。
「彼が担当するのは後方支援となるでしょう。それもまったく戦闘と関係のない城内からという形になるでしょう。実際に何をしてもらうのかとなると、彼と話してみないとわかりません。明日、朝一番に私が会いに行くつもりです。その時に話を詰めることができるでしょう。
早ければ明日の夕方には、遅くとも明後日の朝には、メアリー王女親衛隊の任命式を行いたいと考えています。官位ですので、謁見の間の王前である必要はありません。メアリー王女殿下が直々に勇者候補たちを任命して頂くことになるでしょう。その心積もりでお願いします」
宰相は経験から来る直感なのか、少なくとも明日は、誠をメアリーに会わせたくないと考えている。そのため、メアリーの意識を誠から遠ざけさせているのだ。
「殿下は、メアリー王女親衛隊の任命式のためにも、ゆっくりとなされるのがいいのではないでしょうか。宰相には、ワシがついていきますので、何も心配なされる必要はありません」
さらに、魔導士団長からダメ押しのフォローが入った。このあたりは阿吽の呼吸だ。
「そうね、私の大事な親衛隊だものね。しっかり準備しないといけないわよね」
少し煽りすぎたかもしれないが、誠から意識がズレたので、今は問題ないだろう。
「それに合わせてというわけには行きませんが、王太子殿下の親衛隊のようなものを内示にて発表する形を取りたいと考えています」
「それが、彼が言っていた兄上への対応になるのですね」
「王太子殿下とご相談もしなければなりません。内部での調整も必要です。すぐにとはいきませんが、できるだけ早く対応したいと考えています」
「でもなぜ、彼はこんないろいろなことを考えて、いろいろなことができるのでしょうか。他の勇者候補には、彼のような人は居ませんよね。感性における特異性だけではないですよね」
メアリーは誠のことが気になるようだ。メアリーの中では、勇者と結婚して自分が女王になることが確定している。その勇者ができるだけ優秀であるにこしたことはない。勇者であれば強いのだから、優秀である誠が勇者になってくれればいいのにと少し思っているのだ。
「彼には、他の勇者候補と比べて、時間があるということでしょうか。軟禁している私が言うのもなんですが、1日中、自由に過ごすことができます。他の勇者候補たちは、日中、座学に実技訓練にと忙しく過ごしております。そうしますと疲れもあるでしょう。なかなか時間を作ることができません。そのためではないでしょうか?」
宰相はこう言っているが、誠が、毎日室内で他の勇者候補よりも辛い鍛錬を長時間に渡って繰り返しているのを知っている。メアリーの意識が誠から離れるように誘導しているのだが、なかなか手強いようだ。
「でも、軟禁されて情報が遮断された状態で、さらに、本や資料を読んだとは言え、その言語を理解していなかったのですよね。やっぱり凄くないですか?」
やはりメアリーも集中して考えれば、頭は悪くないのだ。
「その点に関しては凄いと思います。恵美殿に聞いた話によりますと、彼は元の世界にいる頃から、3言語の読み書きができたようです。この世界の言葉で、4言語目のようです。私たちのように、1言語の読み書きしかできないものに比べると効率的に習熟することができるのではないでしょうか。ちなみに、他の勇者候補も2言語は読み書きできたようです。スキルがありますが、大陸共通語もいれれば、3言語ということになりますね」
「そうなのね。勇者候補ってみんな凄いのですね」
さすがは宰相である、少し誤魔化せている。
「彼らの母国である日本では、6歳から9年間、義務教育という教育を全国民が受ける事のできる権利があるようです。その後も3年間、ほとんどの者が自主的教育を受けるようです。ちなみに、彼らは今、この段階だそうです。さらに、そこから約半分者が後4年間、自主的に教育を受けるようです。ですから、国民の約半分がおよそ22歳から働くようです」
「凄いところなのですね」
「この国でも、まったく同じ制度をとは、なかなかいきませんが、反映できることは反映していきたいと考えおります」
「宰相も、やはり異世界について詳しくなっているのですね」
「これは私の仕事に直結する部分もございます。それに、できるだけ早く勇者候補たちの感性を理解するためには、こういった基礎の知識が必要になると考えております」
「私も頑張らないといけないわね」
もう遅い時間だ、メアリーはだんだん眠たくなっている。話も上手く反れている。締め時だろう。
「そうですね。まず、殿下には、メアリー王女親衛隊の任命式を頑張って頂きたいと考えています。……では、何か追加でご質問などございませんでしょうか?」
これで、急遽開催された深夜会議が終了した。上層部にとっては大きな騒動であったが、この国と誠にとっては、良かったのではないだろうか。