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反逆の狼煙

 誠たちがこの世界に召喚されてから14日目の夜、誠の部屋に10日ぶりに恵美先生が訪れてきた。


「横田君、元気だった? ごめんね、なかなか顔を出すことができなくて」


 テーブルの席に着き、侍女のエリザがお茶を用意しくれたところで、恵美が話し始めた。


「はい、元気です。先生は顔色が悪いですが、何かありましたか?」


「えっ、そんなに酷い顔をしてるかな……」

 

 恵美はそう言って、何度も顔を触り確かめている。


「酷い顔ではありません。疲れが溜まっているようです。そろそろ多くの問題が出てくる頃ですし、教師という立場であれば大変だと思います」


「やっぱり、横田君は私が何をしにきたのか、わかっているのね。一番大変なあなたを放っておいた私があなたに相談するなんて虫のいい話なんだけど……」


 恵美はチラチラとエリザを見つつそう呟いた。


「僕の考えている問題が先生の相談内容であれば、エリザさんにも聞いてもらうべきです。それ以前に、エリザさんは日本語がわかりませんので、気にする必要がありません」


「あっ、そっか。私、今、日本語で喋っていたのね。それにエリザさんに聞いてもらうべきって、どうしてなの?」


「僕には解決策がありません。しかし、エリザさんからこの国の上の人に伝われば解決できることがあるかもしれません。話すだけでも楽になるかもしれませんが、解決を望むのであれば、エリザさんにも聞いてもらうべきです」


誠にとって、今回のことは、降ってわいたチャンスなのだ。自分の生命の安全を保障させるため、自分の有能性をメアリーたち上層部に証明するいい機会なのだ。是非とも、エリザには、メッセンジャーになってもらわなければならないのだ。


「横田君がそういうのなら、きっとそうなのよね。じゃエリザさんにも相談しようかな。……エリザさん、相談したいことがあるのですが、聞いて頂けますか?」


 誠の言語習熟に協力していた恵美にとって 意識さえすれば大陸共通語のスキルを使うことは慣れたものだが、恵美が話しやすいように誠の隣にエリザが座ってから会話が再開されたのだが、


「えっと、何から話せばいいんだろう……」


 恵美はいきなり詰まってしまった。


「大分、混乱されているようですね。僕からわかる範囲で問題点を挙げていきましょうか?」


 行き詰る恵美に誠は助けを出した。


「ありがとう。お願いできるかな」


「はい、一番の問題は、ホームシックです」


「えっと、それが一番なの?」


「先生にとっては違うかもしれませんが、解決するのに一番難しい問題だと思います。とりあえず順番に挙げていきますので、足りない分は後で付け足してください」


「わかったわ」


「まずは、今挙げたホームシック。次に冒険者になりたい者が現れた。次に職業レベル上昇による能力値の格差。次に戦闘や戦争に対する忌避感。次に落ちこぼれのはずの僕が部屋でサボっている。最後にこれらが原因でクラスがバラバラである。最後が先生にとっての一番の問題ですね。何か付け足す問題はありますか?」


「凄いわね。私の一番の問題もわかっているし、それが一番じゃない理由も今のでわかったわ。それに、何も解決していないのに、なんだかスッキリしたわ」


「そういうものです。話せば楽になるというのは、こういうことを言うのではないでしょうか。他に問題点はないですか」


「あっ、そうね。えっと、長谷川くんにリーダーの資質がないって言われたわ」


「誰に言われたのですか? 長谷川くん本人じゃないですよね」


「本人じゃないわ。この国の人よ」


「じゃ違います。先生と同じです。クラスがバラバラである。もしくは、勇者候補がバラバラである。というところを問題にして、リーダーの資質がないと言っておられると思うのですが、前に挙げたほとんどの問題は、長谷川くんに関係ないですよね。どちらかと言えば、この国が解決すべき問題ですよね。責任転嫁です」


「えっと、横田くん。エリザさんが聞いているのに、そんなことを言っていいの?」


「エリザさん、何か問題がありますか?」


「いえ、誠殿の仰せのとおりです。わが国の責任でございます」


「だそうです。安心してください」


「なぜ大丈夫だと思ったの。今の横田くんの話って国政批判に近いよね」


「違います。僕は、ただ事実を述べただけです。何も批判していません」


「そう言われるとそうなんだけど……でも今の話を聞いていたら、横田くんならすべて解決できそうなんだけど」


 恵美のこの言葉に、エリザも頷いているが、


「できません。長谷川くんの話も解決していません。解決するのは、この国の人たちです」


「たしかにそうね。あと横田くんの話でわからなかったのが、ホームシックが一番の問題であるって言ってたけど、なんで一番問題なの?」


「元の世界に帰りたいので、帰るために努力している人はホームシックとは呼ばないと思うのです。先生も含めて、ほとんどの生徒がこれでしょう。そして、帰りたいのに、帰るための努力をしていないまたはできなくなってしまった人をホームシックと呼んでいると思うのです。問題は、時間の経過とともに、前者の割合が減り、後者の割合が増えるということです。絶望を経験すれば、帰りたいのに、努力することを諦めてしまうでしょう」


「そうね。……そして、解決策が帰ることしかないのね」


「解決策は、それしかないですね。誤魔化すことはいろいろできるでしょうけど」


「誤魔化す? 例えば?」


「男なら女を与えればいいです。そして、『私のために魔王を倒してくだい』とでもその女性に言ってもらえれば、大概の男は、しばらくは頑張るでしょう。また絶望すれば諦めると思いますが。だから、『誤魔化す』です」


「お、女……」

 

 恵美はそう呟いて、顔を赤くして俯いてしまった。


「先生が抱かれる必要はありません。だいたい抱かれてしまえば、意味がありません。それに必要ならこの国が用意してくれます」


「えっ、エリザさん、そうなの?」


「もちろんです。しかし、誠殿、抱かれると意味がないとはどういうことですか?」


 エリザは、恵美の質問には即答したが、少し顔を引き攣らせて誠に問いかけた。それも仕方がない。自分や他の女も誠に抱かれているのだから。


「男の立場からいうと、抱いてしまうと欲望が満たされます。そして、もっと求める、別の女を求める、多くの女を求める。欲望はいくらでも肥大していきます。それに一々応えていくことは、経費の無駄です。それをするよりも、あともう1歩で抱けそうなのに、抱けない状態。いわゆる、生殺し状態を作りあげれば、男はより長い期間頑張るのではないでしょうか。匙加減は難しいでしょうが、そういった専門の方もいるのではないですか」


「そ、そうですね」


 エリザは焦っていた。自分たちが立てた方策がすべて間違っているような気がして、すぐに見直したい。いや、誠に見直してもらいとそう考えていた。そのためにも、いくら焦っていても、今、ここを離れるわけにはいかない。


「結局、接待? キャバ嬢みたいな人を用意すればいいってこと?」


「そういうことですが、始めに言いました通り、これは誤魔化しているだけです。諦めるまでの時間が延びるだけです。何の解決にもなっていません」


「そうね。今のは男子の話よね。女子にも何かないかな。今、諦めている子は、女の子なの」


「女性のことは、先生の方がわかると思うのですが、安直なのは、酒や薬でしょうか。これも匙加減が難しいですね。溺れさせると再起不能ですから。あとは、帰りたい気持ちを諦めさせるというのはどうでしょう?」


「ごめんなさい、酒と薬は無しでお願い。……帰りたい気持ちを諦めさせるってどういうこと? さっきと逆じゃないの」


「逆ではないです。意味が違います。さっきのは、帰るための努力を諦めさせないです。

 少し学術的になりますが、日本人の民族性において、女性の自家へ帰属意識は弱いです。昔から女性は他家へ嫁ぐことが当たり前でした。もう民族意識レベルにまで刷り込まれている可能性があります。ですから、こちらで好きな男性との幸せな家庭を築くことができれば、元の世界、いわゆる自家を捨てることが可能なのではないかと考えました。現代の女子高生に当てはまるのかどうかはわかりません。しかし、先生ぐらい年代であれば、理解はできるのではないでしょうか」


「なんか言葉に棘を感じるんだけど、理解はできるわ。それに、私も高校生の頃は、家に帰るのが当たり前で、他家へ嫁いで家を離れることは想像はしても、実感としてはなかったわね。でも、横田くんの言いたいことはわかったわ」


「しかしこれも、もしできたとしても、何かのきっかけでまたホームシックになる可能性もあります。これもただの誤魔化しです。何の解決にもないっていません。だからこそ、一番の問題であると考えたのです」


「結局、特効薬の用意が難しくて、今は対処療法しか用意できないってことね。じゃ他はどうなの? 横田くんには無理でも、この国の人ならできることがあるのよね?」


「当事者本人次第というところもあるのですが、順番に行きましょうか。

 まず、冒険者になりたい者がいるということですが、なぜ国が認めてくれないのか本人たちはわかっていないのではないでしょうか? もしわかっていれば、そんなことを現代の日本の高校生が言い出すはずがないのです」


「どういうこと、私も噂でしか聞いたことがないけど、彼らはファンタジー小説やゲームに影響されているんじゃないの?」


「たしかにそうでしょう。しかし、少し調べて考えれば、普通はわかります。

 僕たちがこの世界に来てから2週間が経ちました。いったいその間に、どの程度の費用が使われたと思っているのですか? きっと僕たちが来る前からかなりの用意がされていたでしょう。そして、これから魔王討伐まで、どれだけの費用がかかるのでしょうか? そして、なぜ、それだけの費用をかけて勇者召喚の儀が行われたのでしょうか? それは、もちろんそれ以上の利益があるからです。しかし、この国を離れて冒険者になることを認めてしまうと、利益の回収ができなくなるのです。

 他にもあります。この国を離れるということは、他国に仕える可能性、囚われる可能性が出てくるのです。言い換えれば、他国に戦力を奪われるということになるのです。この世界には、奴隷制度があるのはご存知ですか? 隷属の首輪という魔道具があるそうです。それを着けると命令には絶対に服従するようになるようです。他国からみれば、勇者候補を捕らえて、隷属の首輪を着けてしまえば、その戦力を自分たちの自由にすることができるのです。

 それに……」


 話を続けようとした誠を遮って、恵美が声をかけた。


「ちょっと、横田くん。話が続きそうなんだけど、少しいいかな?」


「はい、どうぞ」


「今、話を聞いていて、思い出したのだけの。その奴隷制度があることは、座学で聞いて知っているんだけど、それで自分たちもその奴隷にされて、無理やり戦わされたり、待遇が悪くなったりするんじゃないかと、心配している子もいるの。これも問題よね?」


「たしかに奴隷にされるのであれば、問題ですね」


「えっと、どういうことかな?」


「僕の思い違いかもしれないので、エリザさんにも聞いて頂きたいのですけど、よっぽどのことがないかぎり、この国によって奴隷にされることはないと思っています。この国の国民にとって、勇者とはこの国の希望の象徴でなければならないのです。過去の歴史もそうなっていますから間違いないでしょう。だから、勇者もしくは勇者候補を国民にお披露目する機会が必ず来ます。その時に、勇者の首に隷属の首輪が着いていたら、国民がどう思うでしょうか? きっと、この国にとって都合悪いことをいろいろ考えることでしょう。下手をすれば、この国は内側から潰れます。それを踏まえて、今のところ、勇者に隷属の首輪を着ける方が着けないよりもリスクが高いと考えています。このリスクがどちらに振れるかは、今後の勇者候補の行動次第だと思います。どうですか、エリザさん?」


「はい、その通りです」


 エリザは素直に返事をしたが、誠に少し脅されていることに気づいていた。気づかれていなければ、誠も脅した甲斐がないだろう。


「今のところ大丈夫なのはわかったわ。でも、それは他国でも同じではないの?」


「それは違います。勇者とはこの国の勇者であって、この世界の勇者ではないのです。勇者召喚陣はこの国にしかありません。この国によって召喚された勇者は、この国のために戦うのであって、決して他国のために戦うわけではないのです。だからこそ、勇者とは、この国にとって希望の象徴なのです。これは想像ですが、他国にとって勇者とは、危険な兵器でしかないと思っているのではないでしょうか」


「そうなのね。……でも、どうして横田くんは、この世界や国の情勢に詳しいの? エリザさんに聞いたの?」


「本や資料を読んだからです」


 誠はそう言って、テーブルの端に積まれた本に目を向けた。もちろん、本だけの知識ではない。師匠や他の霊からも常に情報は集めている。そして、霊から集めた情報を他の者に知られないようにする術は、元の世界に居る頃から培ってきた技術だ。バレるはずがない。誠が必要以上のことは喋らず、感情を表に出さないのは、この技術が影響いていることは言うまでもない。喋りすぎればボロも出るし、感情が表に出れば知らないはずのこと知っていると相手に気付かれてしまうからだ。


「そうなのね。私は何をしていたんだろ。座学で聞いた話に満足して、何も調べようとしていなかったわ」


「今からでも遅くはないのではないでしょうか。情報はこの世界でも大切です。先生たちなら、書庫にも自由に行けるのではないですか」


「そうか、今からでも遅くないのか。……なんか、横田くんの方が先生みたいね」


「今はそれでいいのではないでしょうか。先生は相談する側で、僕はされる側です。立場でいえば何も問題ありません」


「たしかにそうね。じゃお言葉に甘えて、続きいいかな?」


「はい。少し、僕と先生との間に知識の差ありそうなので、質問しながら進めてもよろしいですか」


「そうね。それでお願いできるかな」


「はい。先生たちは、今、どのくらいの強さかわかっていますか? そして、勇者とはどのくらい強いのかわかっていますか?」


「私たちは、一般の騎士ぐらいの強さだと聞いたわ。勇者の強さは想像もできないわ」


「ではもう少し、勇者とは何か知っていますか?」


「この国の希望の象徴なのよね?」


「そういう意味ではありません。強さの意味で聞いたのです。たぶん、わかっておられないようなので答えます。勇者とはステータスの職業の1つです」


「えっ、そうだったの? じゃこの世界の人でもなれるの?」


「正確にいえば、この世界の人でもなれる可能性があるだけです。これは僕たちも一緒です。なれる可能性があるだけです。だから候補なのです」


「そうだったのね」


「はい。それで勇者とは4次職です。僕は知りませんが、たぶん皆さんの職業は2次職です。そして、職業レベルを上げて、ある一定のラインまで能力値を成長させると、3次職に転職することができます。そしてまた、3次職の職業レベルを上げて、ある一定のラインまで能力値を成長させると、4次職に転職することができます。その4次職に転職する時に、選択肢の中に勇者があると勇者を選択することができます。ただし、どうすれば選択肢に勇者が現れるのか、詳しい条件はわかっていません。これは、勇者だけではありません。すべての職業に言えることです。しかし、たとえば、2次職である魔術士が、3次職に転職するとき、選択肢の中に生産系の3次職である上級鍛冶士がでることはほとんどありません。逆に、2次職である鍛冶士が、3次職に転職するとき、選択肢の中に戦闘系の3次職である魔導士がでることはほとんどありません。本人の適正によって、選択肢が変わると言われています。ここまでは、いいですか?」


「一応、レベルを上げて転職する話とかはサラッと聞いていたんだけど、そこまで詳しくは知らなかったわ」


「今、知れて良かったのではないでしょうか。大事な事なので、もっと詳しく話します。

 能力値を一定のラインまで成長させると転職できるといいましたが、一応、目安の数値があります。個人差はありますが、2次職で、能力値の平均が100。3次職で能力値の平均が1000。4次職で能力値の平均が10000と言われています。あくまでも、目安であり、平均値ではあるのですが、これで、勇者の強さを想定することができます。勇者の能力値の平均が1万以上であることはわかると思います。

 そして、この世界の人間の限界は、能力値の平均で5千だと言われています。1万を超えるような人間は、神話や伝説、御伽話に出て来るような人たちだけのようです。このことから、騎士団長や魔導士団長が5千ぐらいなのではないかと推測できます。騎士や魔導士は職業であり3次職です。全員ではないでしょうが、能力値の平均が1000を超えている騎士団員や魔道師団員はいると考えられます。ここまで、話せばわかると思うのですが能力値の平均が100というのは、騎士団員のなかでも見習い程度だと予測できます。これは、エリザさんには聞けません。完全な国家機密ですからね。ただし、目に付く情報と言葉からこの程度ことは予測できます。

 如何ですか? 自分たちの強さと勇者の強さを実感することができたのではないでしょうか」


「そうね。私たちって、そんなに大したことがなかったのね」


 恵美は、今の話を聞いて落ち込んでしまった。生徒たちの手前、気をつけていたが、恵美もなんだかんだと言って少し浮かれていたのだ。元の世界にはなかった魔術が使えるようになり、かなり身体能力も上がっていたのだから仕方がないと言えば、仕方がないのだが。


「そういうことです。そして、さらに将来、伝説の力を持った勇者になる可能性があるのです。他国が放っておくはずがありません。他国にとっては、まだ強くない、今がチャンスなのです。強くなってからでは、手を付けられませんからね。それがわかっていれば、今、この国を離れるようなことは考えるはずがないのです」


「なるほどね。これって、野村くんたちに話してもいいのかな?」


 恵美は、誠から国家機密だとまで言われた内容を話していいのか判断が付かず、エリザに尋ねた。


「あくまでも、誠殿や恵美殿の考えとして話して頂くのは構いませんが、あまり風潮していい内容ではないのは確かです」


 エリザとしてもこう言うのが精一杯であろう。もちろん、内容を認めるわけにはいかないし、風潮されるのも困るのだ。恵美がこれを話すことによって、野村たちが冒険者になるのを諦めてくれるのなら仕方ないと許容しているだけなのだ。


「僕は、野村くんたちがそう考えるのが可笑しいと言っただけで、解決策はまだ提示していないのですが」


 ここで誠からエリザにとっての救い手が入った。


「えっ!! 何かあるのですか?」


 エリザは驚いて、声を上げてしまった。


「確実とは言えませんが、野村くんたちは知らないはずです。たぶん大丈夫でしょう。

 冒険者になるためには、冒険者ギルドに登録する必要があります。

 そして、冒険者ギルドとは、仕事の依頼人とその依頼を受ける冒険者との仲介業務を行う組織です。ギルドは、依頼人から受けた依頼を難易度によってランク分けします。そのランクには、上位から並べてA~Fまであります。特別な依頼にはSやSSと言ったものもあるようですが、通常ではそのような依頼はないようです。

 つぎに、冒険者もギルドによってランク付けされます。始めは、最下位であるFランクからのスタートとなります。冒険者は自分のランクと同じ難易度のランクの依頼までしか受けることができません。Fランクの冒険者であれば、Fランクの依頼しか受けられないということです。Eランクの冒険者であれば、EランクとFランクの依頼を受けることができるのですが、慣例上、後輩の仕事であるFランクの依頼を受けることはあまりいいことではないようです。これはDランクなっても、Cランクなっても同じようです。指名依頼のようなことがなければ、普通の冒険者は、この慣例に従っているようです。

 まずFランクの依頼ですが、これは誰もができる簡単な仕事が多いようです。報酬もそれに合わせ子供のお小遣い程度のようです。しかも、中に悪質なものもあるようで、到底1日や2日で終わらないような依頼もあるようです。そうした依頼の見極めも先輩から教えてもらったり、自分で失敗したりしながら身に付けていくようです。もちろん、少ない労力でより多くの報酬を受け取ることのできる依頼もあるようです。ですから、冒険者たちは朝早くからよりお得な依頼を求めて殺到するようです。それによって、その日の労働と報酬が決まるのですから当然と言えるでしょう。そして、冒険者のランクをEランクに昇格させるためには、Fランクの依頼を最低でも半年間続けなければならないようです。最低でもと付いているのでわかると思いますが、依頼を1度も失敗せずに、毎日最低1つの依頼をこなすことできればの話です。これも仕方がありません。どんな割の合わない仕事でも必ずやり遂げるという信頼を得るには必要な期間であると僕は思います。

 そして、Eランクの依頼もFランクの依頼とあまり内容は変わらないようです。街中でできる安全な仕事です。ただしFランクに比べ難易度が少し上がり、報酬も少し多めといったところのようです。ここまで来て、やっと1日働いて、最低限の1日の生活ができる程度になるようです。もちろん、Dランクに昇格するためには、最低でも半年はかかるようです。ここでも信用の積み重ねが必要とされているのでしょう。この世界の冒険者たちは、通常10~12歳ぐらいからFランクの冒険者としてのスタートを切り、この世界の成人である15歳までに、Dランクの冒険者になることを目指して頑張っているのです。例外はありません。信用のない人に仕事を任せる人がいないのは当然のことです。

 ここまで話せば、先生はもうおわかりですよね。エリザさんにとっては当たり前の話かもしれませんが、僕たち異世界人は、こんな生活には耐えられないのです。野村くんたちは、Dランクの依頼が最低ランクの依頼だと考えているはずです。もしくは、数日でDランク以上になれると考えているはずです。もし、教官の中に元冒険者の方が居られるのなら、その方から今の話を実体験とともに野村くんたちに伝えれば、冒険者になることを簡単に諦めてくれると思います」


「俄かには信じられないのですが、なぜ、その方たちはDランクの依頼が最低ランクと考えたり、簡単にDランク以上になれると考えているのですか?」


「僕の説明で理解して頂けるかわからないのですが、説明してみます。

 僕たちの世界では、異世界転移や異世界転生といったジャンルの物語が一部の間で人気があります。その物語の主人公は、異世界に来る際、特別な力を与えられることが多いです。いろいろなパターンがあるのですが。そして、異世界で冒険者になることが多いです。それから、冒険者になった主人公は短期間で力を付け、大きな依頼をこなして信用を得て、異世界で大活躍するという王道パターンがあります。それに自分を当てはめているのだと思います。ですよね、先生?」


「そうね。私も横田くんの考えで合っていると思います」


「そうですか……たしかに、皆様は勇者候補ですからこの世界の主人公です。そして、特別な力を神から授かっておられます。今の話の出だしと一致しますね。そこからの勘違いというわけですか……

 しかし、こちらにリスクもありませんし、試してみる価値はありますね。もし、これで引き止めに成功すれば、誠殿には、報酬をお約束致します」


「僕に害のないものであれば、頂きます」


「横田くん。そこは、少し遠慮するとかはないのかな?」


 あまりにもあっさりと報酬をもらう約束をしている誠に、恵美は少し戸惑いながらも忠告をいれた。普通の日本人の感覚なら、ここは遠慮するところかもしれないが、誠は違う。ここで遠慮すると、穿った見方をされる可能性があるからだ。こちらの意図をある程度わかりやすくしているのだ。


「自分に害のあるものはいりませんが、利のあるものは貰える時に貰っておかないと、後で生活に困ることになります」


「たしかにそうね。私も気を付けないといけないわね」


「先生は先生で、僕は僕です。今はあまり難しく考えない方がいいと思います」


「それもそうね。問題を減らしに来ているのに、増やしてはいけないということよね」


「そういうことです。では、続けていきましょう。

 次に、職業レベル上昇による能力値の格差についてですが、これは時間で解決する問題ですね。職業レベルは、職業にあった行動を起こさないと基本的には上がりません。まだ実戦訓練が始まっていないのですから、戦闘職のレベルが上がらないのは当然です。実戦訓練が始まれば、解決する問題です」


「そうなんだろうけど、レベルが上がってない理由がわかっているから、早く実戦訓練に行きたいと言っているの。教官の方はまだ早いと言っておられるんだけどね。

 あと、私からはちょっと言いにくいの。私は治癒術士なんだけど、レベルが上がって能力値が上がっているの。だから、私が諌めるのは、なかなか難しくて……」


「なるほど。教官の方がそう言っておられるということは、まだ技術が実戦に耐えられないということでしょう。

 解決策ですが、技術の大切さを無理にでもわからせるしかないですね。能力値が平均50の国軍の兵士と模擬戦でもさせれば、いいのではないでしょうか。できれば、その兵士は戦闘系スキルを持ってない者を選ぶべきです。もちろん言い訳をさせないためです。

 エリザさん、用意できますか?」


「はい、可能であると思います」


「では、解決です」


「えっ!! 戦闘系スキルのない能力値が平均50の兵士に私たちは勝てないの?」


 恵美は、驚いて聞き返してしまった。


「当然です。国軍の兵士なのですから。毎日鍛錬を行い、実戦経験もあるでしょう。実戦に出ても生き残って帰ってくることができる人たちです。そんな人たちに、実戦訓練ですら生きて帰ってこれないと言われている者が勝てるわけありません」


「私たちって、今、実戦訓練に出ると生きて帰って来れないの?」


「はい。生きて帰ってこれるのなら、すぐにでも実戦訓練に行くでしょう。というよりも、行くべきです。そのほうがレベルも上がりますし経験も積むことができるのですから」


「そうなのね。……私たちってその程度なの?」


「ずっと言っていることですが、今はそうです。先生たちには、この世界の人たちよりも、素質があるのは間違いないのでしょう。この国の僕たちに対する対応を考えればわかりますよね。この世界の平民の方たちと比べて、かなりいい暮らしをさせて貰っているはずです。しかし、素質があっても磨かなければ光りません。これは、元の世界でも同じですよね」


「そうね……なんか勘違いしてたみたい」


「わかってもらえて良かったです。では、続けていきます。

 次に戦闘や戦争に対する忌避感についてですが、これは慣れというしかないのではないでしょうか。もし元の世界に帰りたいのであれば、避けることのできないことです。そして、僕たちは、帰ることを諦めて、この城での生活も捨て、この世界で静かに暮らしていくことはできません。称号に異世界人と神に選ばれし者がありますからね。誰かに見つかれば、そく奴隷生活の始まりです。

 避けることができないのであれば、行為後のケアを考えた方が建設的ですね」


「そうなるのね……そういう時のケアとか、どうすればいいのかな」


「一般的なのは、性行為、酒、薬ですね。でも、僕はあまり心配ないのではないかと思っています。みんな、少なからず、自分たちはこの世界で特別な存在だと認識していると思うんですよね。一番まともそうな先生ですらそうでしたから。それが免罪符として働くと僕は考えています」


「なんだか、すごく傲慢な考えだと思うんだけど、自分でもそう思ってしまえそうで怖いわね」


「たしかに、傲慢な考え方だとは思いますが、自分の中で、そうやって折り合いを付けられることは良いことだと僕は思います」


「その時になってみないとわからないけど、そういった免罪符も有効だということはわかったわ。ありがとう」


「今は先生だけでも、戦闘や戦争を避けることはできないということを理解できていればいいのではないでしょうか。

 では、最後ですが。落ちこぼれのはずの僕が部屋でサボっている、ですが、事実ですから、どうしようもないですよね」


「でも、先生としては、横田くんに落ち度があるわけではないのに、みんなが横田くんのことを悪く言うのは納得できないんだけど」


「ある程度の数の人が集まれば、今回の僕のような蔑まれる存在が発生するのは自然なことである。というのを教師である先生は知っていますよね。今回は、部屋に軟禁されていて、他の生徒と会うことのない僕がその対象であって良かったと思えばいいのではないでしょうか。もし僕がその対象から外れると、別の人に移りますよね。たぶん、戦闘に参加しないであろう生産職の生徒か、戦闘が苦手な戦闘職の生徒がその対象になるでしょう。そうなることを思えば、1番マシな状況であると言えますよね」


「やっぱり強いのね、横田くん。教師である私がなんとかしないといけないのに、これも甘えることになるわね」


「気にし過ぎですね。僕はこういう問題が発生しているのではないかと予測していただけで、先生が肯定するまでは、実際に発生しているか確認のしようがなかったはずです。もし先生が始めに否定していれば、実際に発生していても、僕にとっては発生していないことになりますよね。僕にとっては、その程度のことなのです」


「そうだったのね。私って、今の状況がまったく見えていないのね」


「だからこそ、僕に相談しにきたのですよね。そして、さっきまで、今の状況がまったく見えていないということにすら気付いていなかったのです。それに気付けただけでも、1歩進んだことになります。ちなみに僕も、他の生徒も、この国の人も、今の状況がまったく見えていません」


「この国の人も? えっ、また。エリザさんの前でこんな話をしてもいいの?」


「これも事実ですから、問題ありません。もし、気付いていないのなら、かなり重症です」


「どうして、そう思ったの」


「いくつもあるのですが、1つに纏めると、僕たちをコントロールできていないということです。

 先生の話を聞いている限り、僕たちは、この世界に召喚されてから、僕が水晶球に触れるまでは、かなり上手く誘導されていました。いくつもの状況を予測していたのでしょう。一番最初のイレギュラーは僕ですね。大変申し訳ないかぎりです。でも、僕を隔離することによって、被害は最小限に抑えられたと僕は思っています。

 しかし、その後が良くないですね。異世界人のことをまったく知らないというのが原因ではあるのですが、問題が発生するのに任せ、すべて後手にまわってします。本来、問題とは、事前に察知して避けなければいけないものなのに、問題が発生するままに任せている。こんなことでコントロールできるわけがありません。この国がもっとしっかりしていれば、先生は今のように苦労する必要はなかったはずです。今、先生が苦労しているのは、この国の責任です。

 もし、この国が僕たちを上手くコントロールできていれば、僕たちは、魔王倒して元の世界に帰るまで、何の疑問も持たず、この国に言われるがままにやっていれば良かったはずなのです」


「そ、そうなのね。……エ、エリザさん、なんかごめんなさい」


 恵美は、誠が言っていることはすごく良く理解できるのだが、理解できるからこそ、思わずエリザに謝ってしまった。


「凄く耳の痛い話ですが、それだけに、誠殿が言っておられることが正しいということです。……誠殿なら、今の状況をどう打開するか、よろしければご助言頂けないでしょうか」


 エリザから見て、今、この国で一番状況が見えているであろう誠に、これを聞かずに、この話し合いを終わらせるわけにはいかなかった。もう完全に、誠の術中に嵌ってしまっている。


「はい。……このような混沌とした状況に今なっている原因は、僕たちの身分が不確定であるからです。この国は、身分制度が確立しているにもかかわらず、僕たちの身分は、勇者候補様という、最低でもこの600年存在しなかった、この国にとってもよくわからない身分であるのが問題です。謁見の間での話を聞く限り、国王陛下よりも下なのでしょう。そして、王位継承権第1位の王太子殿下よりも下なのでしょう。しかし、王位継承権第2位のメアリー王女殿下よりも下なのでしょうか、上なのでしょうか、対等なのでしょうか。このあたりからあやふやですよね。僕から見れば、下であることはわかります。でも、他の勇者候補、特に長谷川くんなんかはどう思っているでしょうか。長谷川くんは、国王陛下にすら対等であろうとしたようです。

 いろいろ勇者候補から情報を集めているでしょうから、僕たちの世界に身分制度がないのはご存知なのでしょう。しかし、こんなものに無理に合わせようとする必要はないのです。ここは、僕たちの世界の日本ではありません。ここは、国王陛下を頂点とした君主国家であるフリット王国です。であるにかかわらず、中途半端に合わせようとするから可笑しくなるのです。

 最初は何でもいいと思うのです。貴族の爵位だろうと、武官の官位だろうと。1度はっきりと身分を確定させて、この国の枠組みにはめ込めばいいのです。そうすれば、少なくとも一般の武官や文官の方たちが働きやすくなるでしょう。どうしても、僕たちに気を使いたければ、メアリー王女殿下と三役の方が、あくまでも上の立場から気を使えばいいのです。

 これをすれば、少しはコントロールできるようになるでしょう」


「ご助言ありがとうございます。しかし、もう一歩お願いできないでしょうか? 私共では、勇者候補様たちがどの程度の身分で納得して頂けるのか、判断しかねるところがあるのです。誠殿が明言を避けられておられるのは、重々承知致しております。上の者には、誠殿が求めたという形には、決してならないようにお伝えします。できれば、ご助言頂けないでしょうか?」


「えっと、ちょっといいですか。……横田くん。エリザさんの言ってること、どういう意味か聞いてもいいかな?」


「はい。わかりやすく言うと、エリザさんは、勇者者候補の身分を僕に決めて欲しいのです。しかし、僕が決めると僕もしくは勇者候補全員がその身分を求めたことになります。僕たちが求めてその身分を得た場合、僕たちはそれ相応の見返りを支払わなければならなくなってしまいます。その求められる見返りが僕だけであれば構いません。しかし、そんな甘くはないでしょう。全員にかかってくると思います。その場合は、高い確率で軍事行動となるでしょう。その中には他国への侵略もあるかもしれません。僕はそんな約束はできないと無言で伝えていたのです。

 しかし、この国からその身分を与えられたという形になれば、見返りは発生しません。もっと言えば、この国からお願いされてその身分なったとなれば、逆に見返りを求めることができます。

 先生はどうすればいいと思いますか?」


「私? 知らない間に凄い駆け引きがあったことはわかったわ。それに、横田くんがまだ明言を避けていることもわかったわ。でも、これって、凄く大事なことよね。みんなと相談するのがいいのかな」


「答えが予測できるので、相談しないほうがいいと思います。あくまでも予測ですが、長谷川くんと野村くんたちが『見返りを求める』を選択するでしょう。そうなるとクラス全体がそれに流されます」


「じゃ、見返りを求めると選択するのがいいの?」


「それを避けたほうがいいから、僕は相談しないほうがいいと言ったのです。それを選択すると、これから僕たちとこの国が何かを話し合うとき、すべてに今のような駆け引きが発生します。そして、僕たちはこの国のいいように見返りを求められるでしょう」


「でも、横田くんが対応すれば、大丈夫なんじゃないの」


「今回、僕が優位に話を進められているのは、この国が混乱しているからです。たまたま、その隙を突けただけです。僕は16歳のただの学生です。毎日、言葉で戦っておられるこの国の政治家の方々に勝てるわけがありません。……まだ納得しておられないようなので、べつの視点でご説明します。僕はその担当から外されます。隔離されている、今がまさにその状態ですよね。この国にとっては、僕が隔離されているこの現状を維持するだけでいいのです」


「じゃ、見返りが発生しない選択がいいのかな。他国への侵略とかは、今はまだ考えたくないし」


「そうですね。今回に関しては、エリザさんから十分な誠意が感じられますので、互いに見返りは発生しないというところがいいのではないかと、僕も思います」


「本当に、誠殿は慎重ですね」


 ここで、エリザが感心して声を上げた。


「今の私との会話でも、エリザさんとの駆け引きが続いていたということですか?」


 恵美は疑問に思って、エリザの言葉にこう返した。


「私というか、この国に対しては牽制ですね。それよりも、今の駆け引きは他の勇者候補に対してのものですね。もし、誠殿がお1人で決めて、勇者候補の身分が確定すると、他の勇者候補からかなりの反発が予想されます。しかし、今のように恵美殿が決めたという建前があれば、その反発はかなり抑えられるのではないでしょうか」


「そうね。きっとそうなるでしょうね。やっぱり、横田くんはいろいろ考えているのね。……あっごめんなさい、私が口挟んで」


「いえ、私も恵美殿も誠殿に上手く誘導されているのでしょう。……では誠殿、本命のお答えをお願いできますでしょうか?」


「はい。今のこの国の方針で考えれば、長谷川くん、もしくはそれに代わる誰か1人に爵位もしくは階位を与え、その者に他の勇者候補を管理させるという選択が行われるでしょう。そして、国全体を見れば、これで上手く回り出すでしょう。しかし、勇者候補だけに視点を向ければ、問題が残ります。この国の人には理解されにくいとは思うのですが、僕たちが住んでいた国には、国民はすべて平等であるという理念がありました。僕たちの中から誰か1人を特別に扱うという形は、今の僕たちにとって、なかなか受け入れにくいことです。しかし、僕たちは若いですので柔軟性が残っているはずです。時間をかければ、この国の理念を理解できるはずです。結論を言えば、誰か1人を特別に扱うのは、今はまだ早いということです。厳密にいえば、勇者に転職できた者でいいのではないでしょうか。

 このこと踏まえて考えれば、この国の誰か、まぁ今回はメアリー王女殿下がいいでしょうか。殿下をトップに据えた、すべての勇者候補が同列の階位を持っている戦闘部隊を用意すればいいのではないでしょうか。

 そして、この戦闘部隊の地位ですが、今現在であれば、騎士団と魔道師団の下でもいいのですが、話を聞いている限り、近い将来、この2つの団に所属する団員よりも勇者候補個人の能力が上がると予測できます。ですから騎士団と魔導士団と同列でもいいのではないでしょうか。もちろん、その2つの団の団長と同列なのはメアリー王女殿下です。勇者候補の地位については、次に纏めて話します。

 次に、勇者候補たちに、この国の理念を教育するためにも、3次職になれば、準騎士爵を与えるというのは如何でしょうか。この程度であれば、国内からの反発も少ないでしょう。その上、勇者候補たちも努力して貴族になれたと実感するのではないでしょうか。爵位に就いた後は、この国の基準に合わせて、功績に応じた陞爵なり報酬なりを与えればいいのではないでしょうか。お互いのためにも、間違っても恒久的な爵位を与えるべきではありません。1代限りの爵位にするべきです。

 あと、気になるのが部隊の名称です。この国の考えで言えば、僕たちが魔王を討伐して元の世界へ帰った後は、この戦闘部隊は解散させたいはずですよね。しかし、どうしても、せっかく新しくできた部隊を解散させるのは惜しいと考える者が出てくるでしょう。僕たちが居なくなれば、41枠が空くわけですから。あと、名称というのは、勇者候補や国民にとってはモチベーションに影響を与え、他国に対しては抑止力に影響を与えることになるでしょう。ですから、気を付けて選ぶべきだと考えています」


 ここで、一旦誠の説明が終わったが、まだエリザはここで許す気はないようだ。


「ありがとうございます。私では判断しかねますので、上の者にお伝え致します。しかし、そこまで状況理解しておられる、誠殿に部隊の名称の案を頂きたいのですが、よろしいでしょうか」


「はい。勇者軍団や勇者部隊など、勇者を冠する名称は、この国が僕たちのことを勇者候補と呼んでいることからもわかるように、避けるべきなのでしょう。これは、実際に誰かが勇者に転職してから変更すればいいだけの話です。それも踏まえて、名称に一人歩きをさせる訳にはいきませんので、段階を踏むべきだと考えています。

 訓練段階にある勇者候補はまだ強くありません。大層な名称を付けると蔑称となる可能性が高いので、訓練中は、メアリー王女親衛隊など、ありふれた名称がいいのではないでしょうか。この名称であれば、メアリー王女殿下の一声でいつでも解散させることができる可能性を残すことができます。

 次に、勇者候補が実戦訓練を終え最低限の実力を付けた後、実際に魔の領域に侵攻すると思われるのですが、そこで名称を魔王討伐特務隊と変更するのは如何でしょうか。この名称でしたら、魔王を討伐すれば部隊を解散できるでしょう。さらに、勇者候補たちは、この名称から人間同士の戦いである他国との戦争に参加しなくてもいいと感じるのではないでしょうか。

 最後に、必要に応じて、誰かが勇者に転職してから、勇者を冠する名称に変更すればいいのではないでしょうか」


 これで、誠からの提案はすべて終わりなのだが、少し穴のある提案であることは否めない。誠は、自分たちが魔王を討伐できる可能性が高くないと考えている。しかし、恵美が話を聞いているので、意識的に魔王討伐に失敗した場合の話をしていないのだ。このことには、エリザも気付いているので問題ないだろう。


「ありがとうございます。上の者にはできるかぎり正確にお伝え致します。しかし、追加でお伺いしたいことが出てくるかもしれません。その折には、ご協力お願い致します。もちろん、この件に関しても報酬を別途ご用意致します。私見ではございますが、誠殿にとって害がなく利のあるものとなるとこの国では判断がつかない可能性もございます。できれば、誠殿からご希望を出されてはと愚考致します」


「はい、考えておきます」


「よろしくお願い致します。……では、恵美殿、追加で何かご相談はございますでしょうか」


「今は大丈夫です。横田くん、エリザさん、ありがとうございました」


 恵美のための相談会はこれで終了した。恵美は、最後に口では大丈夫と言ったがぜんぜん大丈夫ではなかった。ここへ来る前に悩んでいた問題については多くが解決しそうで大丈夫なのだが、新たに悩ましい問題が出てきた。あまりに多くの知識と情報を集めていた誠に対して、この2週間で自分は何をしてきたのか思い悩んでしまうのだ。誠は、それに気付けたのなら今からそれをやればいいと言ってくれたのだが、果たして彼に追いつけるのであろうかとまた悩んでしまう。しばらく、この悩みから開放されることはないのだろうと思いながら、恵美は部屋を出て行った。これが小さな嫉妬であると気付かぬままに。



「誠殿、改めてお伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」


 エリザは、恵美が部屋から離れたのを確認してから誠に声をかけた。


「はい、報酬の話ですね」


 誠は、エリザの聞きたい内容が、魔王討伐に失敗したときの対応についてのことだということは、もちろんわかっているのだが、この失敗したときというは自分たちが死ぬときだ。自分が死んだ後の対応など、自分には関係がないと思わせているのだ。


「えっ、あ、それもお願い致します」


「何か違いましたか? 王太子殿下への対応ですか?」


 この王太子は、誠が霊たちから調べたかぎり、傲慢で嫉妬心や猜疑心の強い男だと思っている。対応を間違えると自分の命が危ないと思っているのに、調べたかぎりこの国は何の対応もしていないようなのだ。


「王太子殿下?……あっ」


 エリザも誠に言われて気が付いた。上層部の会議で、王女殿下に王位継承の目が出てきたという話をしていたにも係わらず、何の対応もしていない。宰相あたりが考えているかもしれないが、今、動いていない時点でもう遅いのだ。勇者候補の問題に追われ、視野が狭くなっていたのが原因ではあるが、かなり杜撰あることは間違いない。

そんな心理状態であるエリザには、誠の本当の意図が伝わっていない。


「ちょうどいいタイミングなのかもしれません。もし、勇者候補の戦闘部隊を創設するなら、そのときに少し組織の改変も行えばいいのではないでしょうか」


「そうですね。これも上の者に伝えておきます」


 自分たちの杜撰さをもう誤魔化せる状況ではない。エリザは素直に認めるしかなかった。

 恵美との会話を聞いているときは、自分の予想通り、やはり凄い男だと関心していたのだが、ここまで来ると、この男はいったい何を知っていて、何が見えていて、何を考えているのかがわからない。いや、この男が何を知っているのかは確認している。この男は部屋の外に出ることを許可されていない。そして、必要最低限のことしか話をしない。自分がこの部屋を離れるときは、自分の信用できる部下がこの男を観察しているのだが、その部下とも必要最低限のことしか話をしないと報告を受けている。そのため、この部屋に届けられる本や資料からしか知識を得ることができないはずなのだ。限られた情報からすべて予測しているということはわかるのだが、それだけに少し恐怖のようなものを感じてしまう。認めたくはないが畏怖という感覚が一番近いのかもしれない。

 

 エリザがそんなことを考えていると、誠は話を進め始めた。


「報酬の件ですが、先生がいるところでは話しづらかったので、お願いします。

 まずは、勇者候補の戦闘部隊が結成された場合、その戦闘部隊への不参加を希望致します。

 後もう1つは、魔術を使える訓練場の使用許可です。改めて言うまでもないとは思いますが、いろいろと問題が発生することが予想できますので、他の勇者候補と顔を合わせない形で実現することを希望致します」


 前者は、いろいろと面倒事が増えることが予想できるのと、無駄に死にたくないからである。後者は 魔力操作に対する負荷をそろそろ増やしたいのだが、この部屋を含む城内では、基本的に属性魔術の使用不能の結界が常時張られているからである。

どちらにしても、死にたくないとアピールしているのだ。


「畏まりました。しかし、誠殿は魔術を使えるのですか?」


 誠の希望するこの2つは納得できるものではあるのだが、これを確認せずにはいられなかった。


「自分がどういったスキルを持っているかわかりませんが、本に書いてあるかぎり、スキルがなくても使用できるようなので、鍛錬だけでも始めてみようかと考えています」


「そうだったのですね。……他に話がなければ、私は報告に参ろうかと思っているのですが、よろしいでしょうか」

 

 エリザは、誠なら例え魔術を使えたとしてもこう伝えるであろうと思いながらも、この部屋を出る了承を求めた。すぐにでも報告に行かなければならないのも間違いではないだが、誠に対して、畏怖を感じている今の自分では冷静な判断ができないと思い、この部屋から離れたくなったのだ。

 

 エリザは、誠の了承を得て、部屋の外で待機する部下と入れ替わりで外へ出たところで、ほっとため息をついた。




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