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深夜の会議2

 誠たちは、異世界に召喚されてから4日目を迎えていた。

 その中でも誠だけは、与えられた部屋から出ることも許されず、室内での鍛錬を続けていた。


(師匠、お聞きしたいことがあるのですが)


(我が弟子よ。何が聞きたい。この偉大なる師匠が何でも答えてやろう)


 師匠は、この3日間でかなり怪しい方向へ成長していた。


(はい、ありがとうございます。私の身体能力が少し上がっているように感じるのですが、この上昇を誤魔化すことはできないでしょうか)


(お前の言いたいことはわかるが、もっと詳しく話せ)


(はい。この国の私に対する方針が変わる可能性が出てきました。であれば、転職によって職業に就くことになるでしょう。職業に就けば能力値が上がる可能性があるのですよね。逆にいえば、上がらない可能性もあります。ということは、能力値が上がっても上がっていないように見せかけることができないかと考えました)


(結論から言おう。できる。しかし、なぜ隠す。お前とっては、逆に高く見せる方がいいのではないのか)


(それは戦闘職の場合です。私は他の勇者候補から距離を置きたいと考えています。能力値さえ低ければ、文官の道もあるのではないかと考えています。もちろん、鍛錬は続けます)


(なるほどな、あいつ等ウザいからな。俺もお前の立場なら、あいつ等から距離を置きたいと考えるだろう。それに、お前はまだ基礎を固める段階だ。実戦はまだまだ必要ないからな。いいだろう、教えてやろう。魔力操作のいい鍛錬になるしな)


(そうなのですね。よろしくお願いします)


(おお、任せろ。お前は魔力で身体強化ができるのだろう。その逆をすればいい。デバフって奴だな。ただし気を付けろ。あのメイドは、相手の能力値を測る目を持っている。戦闘勘って奴だな。だから急激にはやるな。ゆっくりと少しだけだ。それも魔力操作のいい鍛錬になる。やれ)


 こうしてこの日も、誠は鍛錬を続け、恵美とエリザの協力による異世界言語の習熟を行い、そして、今日はエリザとは別の女を抱いて過ぎていった。



 この日の深夜、前回と同じメンバーで2回目の会議が行われていた。


「明日から勇者候補による実技訓練が始まるわけですが、いろいろな問題が表に出てきました。ここで1度洗い直したいと思います。

 まず始めに、健二殿に期待していた他の勇者候補に対する統率があまり上手くいっていません。健二殿本人は、やる気はあるし自信もあるようなのですが、この国から離れ冒険者になりたいという勇者候補が数名ですが現れました。この者たちは魔王討伐の目的から外れるわけではないと申しておりますが、莫大な予算をかけて行った勇者召喚です。簡単に認めるわけにはいきません。それにもしこの国を離れた場合、確実に他国に囲われるでしょう。それだけは避けなければなりません。実際、城内に居ても、いつ他国に攫われるかわからない状態です。できる限り気を付けてはいますが、完璧とは言えません。これも問題の1つでしょう。

 さて、この離脱者がでる可能性について、皆様にお伺いしたいのです。何かご意見はないでしょうか?」


 今日も宰相の言葉から始まったが、進行役というのもこのメンバーなら宰相が適任だろう。


「冒険者になるのなら認めてやりたいところだが、宰相が言ったように他国に取られるだろう。引き止めるのが無理なら処分してしまえ」


「俺も魔導士団長と同じ意見ですな」


「そんな簡単に……もし大量の離脱者が出れば、どうするのですか?」


 魔導士団長と騎士団長はあっさり切り捨てることを望んだが、それに対してメアリーは少し焦って聞き返した。しかし、それに答えたのは宰相だった。


「殿下は少し勘違いをされているようです。団長のお二人は、勇者の召喚には元々反対だったのです。実際、今の段階でも消極的賛成と言ったところでしょうか」


「じゃ誰が言い出して、誰が賛成しているの?」 


「もちろん陛下がお望みになられ、すべてものが賛成しております」


「えっ!! どういうこと?」


 メアリーは自分の感情をだんだんと押さえきれなくなってきた。自分が信じていたものがすべて嘘だったように思えたからだ。


「このままでは私たちも困ってしまいますので、少しご説明致しましょうか。殿下には、まだ王位継承の目が残っているということにお気付きですか?」


「何を言っているの。次代の王は兄上でしょ。すでに、王太子に任命されているじゃない」


「その通りです。しかし、王太子というのは王位継承権が第1位というだけであって、王ではないのです。過去の歴史を見てもわかるように何度も覆されているのです。実際、前回の勇者召喚では、その時代の第一王女が勇者様とご婚姻なされて女王となられました。そして、今回の勇者召喚は、メアリー殿下の主導の下に行われております。この意味はご説明するまでもないでしょう。

 ですから、メアリー殿下には、もっと王族として王としての資質を養って頂かなければ、私たちは困ってしまうのです」


「なるほど、覚悟を決めろということね」


「いえ、そういうことではございません」


「えっ」


「先ほども申し上げましたが、メアリー殿下にも王位継承の目が残っているという段階です。まだ覚悟を決めるとかそういう段階ではございません。私が申し上げたいことは、王になられる可能性のあるメアリー殿下には、王の視点と考え方を身に付けて頂きたいということです。王には王としての視点があり、宰相である私には、文官の長である宰相としての視点あり、団長のお二人には、武官の長である団長としての視点があり、立場のあるものには、その立場としての視点があるということです」


「わかったわ。私には、見えていないものがあるということね。何が見えていないの、教えてくれるのよね」


「もちろんです。私たち臣下はそのためにもいるのですから。

 では、始めからご説明致します。勇者召喚の話が議題に上がったのは、勇者召喚の間の勇者召喚陣が召喚可能になったからです。この召喚可能になるには、前回召喚もしくは送還されてから500年から600年の時が必要だと言われています。前回の勇者召喚は約600年前ですので伝承通りということになります。しかし、議題には上がりましたが、武官側からすぐに反対の意見が出ました。たしかに利権の問題もあったでしょうが、見ず知らずの異世界人に自分たちの命を預けることはできない。そのような者を信用できないということです。実際に、戦場で命を賭けて戦うのは武官である彼らです。彼らの視点に立てば、間違った意見ではありません。

 ここまでは、よろしいですか?」


「ええ、彼らが反対する理由は理解できたわ。視点を持つというのは、こういうことだったのね」


「はい、そのとおりです。

 では次に、今もそうですが、わが国は、他国との領土争いが膠着し、魔王討伐の目処も立たない状況に陥っております。その打開策として、陛下が勇者召喚を望まれました。そして、陛下がお決めになられたのならば、我々臣下は、それぞれの立場の責任において、その決定に従い、最良の結果を出すための行動を起こさなければなりません。ここで、勘違いなされては困るのですが、我々臣下は、王の決断に対して盲目的にまたは義務的に従っているわけではありません。あくまでも、それぞれの立場の責任において従っているのです。諫言を行うことも我々臣下の責任です。

 例えば、前回の会議で、メアリー殿下は誠殿に対する行動方針の変更をご提案なされました。そして、そのご提案が通り、そのご提案に合わせ、その後の我々の行動の変更を決めました。このように、方針の変更や決定を行うのが王の仕事だと考えて頂ければわかりやすいかもしれません。こういったことを会議の場で提案することは我々の立場では難しいのです。方針や指針というものを変更するということは、別の立場の者の協力も必要となります。会議の前段階で話を通しておけば、会議の場での提案も可能となりますが、あまりいいことではないしょう。

 これからは、自分たちの利得ための提案や行動を行う多くの者がメアリー殿下に近づいてくるでしょう。本当にその提案や行動がこの国のためになるのか、よく考えてご判断なされますようお願い申し上げます」


「ええ、わかったわ。ありがとう。気を付けます」


 ここでメアリーへの教育は終了し、元の話に戻ることになった。

 そこで、離脱者の存在を認めないこと、勇者候補にやる気を起こさせるための座学での様子を踏まえた実技訓練の内容の見直し、ストレスを解消するための勇者候補(誠を除く)に対する拘束の緩和(町へ出るなど)、健二に対するリーダーとしての資質調査などが決定された。あと、人間同士が戦う戦争に対する忌避感にどう対処するかという問題が課題と残された。

 そして、また最後にまわされた問題は、誠に関するものである。


「誠殿の人間性についてですが、まずは、こちらから他の勇者候補に行った聞き取り調査の結果を報告致します。学業は優秀で、運動能力も高く、グループリーダーとしての資質も備え、一部の生徒を除き生徒や教師からの評判も高かったようです。しかし、まったく他人とコミュニケーションを取っていなかったようです」


「コミュニケーションを取らずに、どうやってリーダーをするのですか?」


 宰相の報告に対して、メアリーが質問をした。


「そうですね。他の勇者候補の話によると、グループに出された課題を遂行する上で、メンバー個々の能力を見極め、的確に仕事を割り振り、最上の結果も持って課題を遂行していたようです。そういった学業や作業に係わることは話をするようですが、プライベートなことはもちろん。感情に係わることも一切話すことはなかったようです」


「また極端な人間ですね。それで、どうして評判が良くなるのですか?」


「それは、グループ分けの際、同じグループになれば、いい成績を修めることができるからだそうです。一部嫉妬している者も居ますので信憑性は高いと考えてはいるのですが、はっきり言えば、今回の調査では人間性は見えてこなかったということです」


「では、仲の良かった友達とかも居なかったということですか?」


「はい、その通りです」


「良い様に言えば、優等生でありながら、感情的になることはないと言えますね」


「はいその通りです。しかし、逆にいえば、優秀でありながら、何を考えているのかわからないとも言えます。一言いえば、危険人物ですね」


「宰相は、かなり厳しい評価を下しますね」


「意識してやっていることです。一人ぐらい否定的な意見を述べる者がいないと会議になりませんから」


「ありがとうございます。やはり、今の話だけでは判断がつきませんね」


「そうですね。実際に接している者に聞いてみましょう。エリザ、今の話も踏まえて、報告を頼む」


「はい。まず、彼が優秀であるということは否定しようもありません。1日2時間程度、恵美殿の協力で言語の習熟に取り組んで頂いておりますが、3日目にして、すでに通常のコミュニケーションをとるのに問題ないレベルまで習熟されております。多少発音の可笑しなところはありますが、すぐに修正なされることでしょう。さらに文字を覚えるために読書もなされております。もう恵美殿の協力を必要としないと判断致しております。如何致しましょうか?」


「少し聞いてはいたが、それほどか……恵美殿には私から話しておこう。できるだけお前とコミュニケーションを取って欲しいからな。今の話では、お前とコミュニケーションを取っている節があったのだが、取れているということなのか」


「言語を習熟するために必要な会話はなされていますが、それ以外は部屋で過ごす上で必要最低限のことのみ話されるだけです」


「まだ早いかもしれないが、お前から話しかけてはいないのか?」


「少し話しかけましたが、普通に返答がありました。先ほどのご報告通り、その言葉には一切の感情が乗っていないように感じられました。あまり警戒されるのも良くありませんので、今のところ深い内容は避けております」


「それでいい。……だが、お前の話し振りからすると気付かれているか」


「はい。私が間諜であることは、今思えば、始めから気付かれていたように感じます。逆に、まったく気付いていない他の勇者候補の方が可笑しいのではないでしょうか」


「たしかにな。何の疑いもなくベラベラ喋ってくれているみたいだからな。まぁあの年頃なら異性に免疫がなくても仕方ないのかもしれんが、勇者として大丈夫なのかと心配になってくるな。政治的な利用はしばらく名前だけにしておくか」


「はい。他国以前に自国の貴族に飲まれるか、つけ込まれるかしそうですね」


「お前は、他の勇者候補には辛辣だな。そんなに誠殿のことを気に入ったか」


「いえ、他の勇者候補があまりにも酷すぎるのです」


「まぁそういうことにしておいてやろう。……さて、今、エリザから報告がありましたように、誠殿は優秀であることは間違いないようです。あと、これは初日から言われていたことですが、高い状況判断能力を持っているのも間違いないでしょう。人間性に関しては、エリザの報告からも読み取ることはできませんが、この人間性がないというのも彼の特徴なのではないかと考えております。このエリザが気に入っているようですから、そう悪い人間ではないのかもしれません」


 宰相から報告に対する総括があったところで、魔導士団長から声が上がった。


「おい、宰相!! お前、さっき言ってたことと違うじゃねぇか。1人ぐらい否定的意見を述べなければ、会議にならんと言ってたじゃねぇか。実際、お前が認めてしまうと議論の余地がなくなるんだ」


「わかってはいるのですが、あんまり否定して、エリザと二人で逃げ出したら、どうするのですか?」


「そんなことは致しません!!」


 宰相の珍しい冗談に真剣に答えるエリザ。もう場の雰囲気は大分緩くなってしまっている。


「そんなことはわかっている。そんなお前が気に入っている男だからこそ、悪く思えないのだ」


「……」


 宰相の言葉に、エリザは黙ってすましている。この沈黙は肯定である。エリザには否定するつもりも更々ないのだろうが。


「それで結局はどうしたらいいのですか?」


 ここでメアリーから質問が入った。


「そうですね。騎士団長の意見も聞いておきたいのですが、どうですか?」


「現状維持だな」


 宰相の質問に、騎士団長はあっさりとした答えを返した。


「私も同じ意見です。勇者召喚の儀からまだ4日です。見えていないこともまだ多くあるでしょう。問題が1つ軽くなったと考えてもいいのではないでしょうか。まだまだ楽観はできませんが、少し余裕を持つことも大切です。誠殿のことは、しばらくエリザに任せていいのではないかと私は考えています。皆様、如何でしょうか?」


 宰相の問いに全員が頷いたところで、この日の会議は終わりを告げた。




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