深夜の会議
勇者召喚の儀が行われたその日の夜、城内にある1室で、密かに会議が行われていた。参加者は、メアリー王女、宰相、魔術師団長、騎士団長、誠の侍女の5人だ。会議の内容は、勇者候補についてということは、言うまでないだろう。
「いくつか問題点はありますが、召喚については、成功だと言えると考えています」
宰相が口火を切った。他の参加者もそこは認めているようだ。
そのあとも一番大きな問題を除いて、宰相から報告が続いていく。
それぞれも現場にいたこともあり、スムーズに話が進んでいたのだが、
「最後に、誠・横田についてになります」
その名前が出た瞬間、侍女を除く参加者の顔に影が差した。
「まずは、エリザ。報告を頼む」
エリザと呼ばれた侍女がすっと静かに立ち上がり報告を始めた。
「誠殿が、皆様と別れてからでよろしいですね。
皆様と別れてから、部屋へ案内し、部屋の機能について説明致しました。言葉が通じませんので、身振り手振りでの説明になったのですが、思いのほか速く理解して頂けました。下手をすれば、言葉が通じる方よりも理解が速かったかもしれません。もうこの時点ですでにかなり頭が良いこと、状況判断能力が高いことを推察するができました。
そのあとは、イスに腰かけ、私が用意したお茶をひと口飲んだあと目を閉じて、しばらく瞑想されていました。
瞑想の後は、柔軟運動、部屋の中でできる運動を動けなくなるまで続け、体力回復がするまで瞑想し、回復すれば、また柔軟運動から繰り返し行っておられました。これは、恵美殿が部屋に訪れるまで、約8時間繰り返されていました。途中、食事のために声をかける隙すら一切見つけることはできませんでした。
そして、恵美殿との会話中に、私が用意した料理を召し上がられました。会話の内容は、異世界言語でしたのでわかりませんが、特に親密な様子もなく普通の教師と生徒の関係だと判断致しました。
恵美殿が帰られた後は、入浴されました。そのとき、入浴の介助を称して私から性的行為に及ぶと、ごく自然に受け入れて頂けました。その後は就寝されて、今に至っております」
エリザの報告を聞き、それぞれが思い思いの表情を浮かべ思案しているが、最初に口を開いたのは騎士団長だった。
「もう少し鍛錬の内容を騎士団との比較も入れて詳しく説明してくれ」
「部屋の中でできる運動ですので、腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットなどです。わが国の騎士団の調練と比べると誠殿の鍛錬の方がかなり厳しいです。通常の調練でなく、新人や隊長に行われる特別調練だと考えるとわかりやすいかもしれません」
「出来ないことがわかっているのに、ただ根性をつけるために行われる、アレか?」
「そうです。体の痛めつけ方は、アレに近いものがあります。誠殿は能力値が低いので、まったく同じ内容であれば、できる騎士もいるとは思いますが」
「逆に言えば、できない騎士のほうが多いということだな」
「そうなります。8時間です。普通ではありません」
「お前が言うのだから、間違いないのだろうが……」
騎士団長はそう呟いて黙りこんでしまった。
「魔力はどうだ?」
次に声に出したのは、魔術師団長だ。
「私には、誠殿がそんな多くの魔力を持っているようには感じることはできませんでした。良くて100。見習いの騎士程度でしょうか。他の勇者候補のような不安定さがないことは気になりましたが、その程度です」
「ほう、すでに魔力を制御しているということか?」
「そこはわかりません。スキルの力なのか、本人の資質なのか、判断できておりません。ただ魔力が安定しているという事実しかわかっておりません。そのことに係わることでこちらから質問があるのですがよろしいですか?」
「スキル霊能についてか?」
エリザに質問に対して応えたのは、宰相だった。
「はい、そうです」
「そうだな。先に結論を言おう。わからないだ。まず城内にいる司書に調べさせてはいるが、まず発見できないだろうと言われた。そして、勇者候補たちに聞き取りを行ったが、誠殿も含め、そういった言葉はあるが存在は微妙と言ったもののようだ。わかりやすく言うと、この世界で言うところの錬金術のようなものみたいだな。まぁ言葉の意味は違うがな」
「詐欺に使われるような、騙されていることに気付いていない人のみが信じていることですね」
「そこまではきつくないようだがな。嘘だとわかっていてその存在を楽しむ、娯楽のようなものらしい。この表現が正しいのかもわからんが」
「わかるような気がします。それで実際のところ、何ができるのですか?」
「ああそうだな。霊を見たり、霊の声が聞こえたり、その霊を祓ったりできるらしい」
「でもそういう方は、この世界にもいますよね」
「ああそうだ。しかし、向こう世界では、一般的にそういった者を認めていないらしいのだ。魔王はもちろん魔物もいないような世界だからな。それも仕方ないのかもしれん」
「わかりました。今の情報も踏まえて、観察を続けていきます」
「ああ、それで頼む。……ところで、魔導士団長にお聞きしたいのですが、誠殿のあの魔力値で何ができるのですか?」
ここで、宰相から魔導士団長に質問が入った。
「それは、危険性についてのことだな」
「そのとおりです」
「簡単に言うと、いくら魔力値が高いとはいえ、彼の知力と精神力は30そこそこだ。魔術1発の威力はそう大したものではない。子供や老人なら1発で死ぬかもしれん。しかし、大人ならダメージ受けるだろうが、死ぬことはない。その程度だと考えている」
「しかし、8000を超える魔力があれば、かなりの数を撃てるのではないのですか?」
「そのへんも含めて先ほど質問したのだがな。他の勇者候補なら、誠殿が撃てるであろう限界の魔術を1発も撃つことはできん。魔力制御が甘いから、魔力が100あっても足りんのだ。逆にワシなら、その程度の魔術を使うのに魔力を10も必要とせん」
「なるほど。誠殿の魔力制御能力によって、危険度は大きく変わるということですね」
「そういうことだ。それに彼らの世界には魔術はなかったようなので、彼が魔力制御の存在を、さらには鍛錬法を知っているとは思えん」
「だから、危険性はそう高くはないと」
「今のままであればな。ただし、彼は職業に就いておらんのだろう。もし転職で魔術士あるいは3次職の魔導士になれば、かなり能力値が上昇するだろう。これは他の職業でも一緒だな」
「彼の選択肢に魔導士が出る可能性はありますか?」
「あるな。ワシは、その上の賢者が出る可能性もあると思っておるのだ」
「えっ!! 魔導士団長、本気で言っているのですか?」
「まぁリスクの共有の観点から考えて、このメンバーなら言ってもいいだろう。彼の魔力値は、ワシより上だ」
「もしかしてとは思っていたのですが、こうはっきりと言われると改めて考えさせられますね」
今の話を聞いて、全員の表情がさらに暗くなった。
「あのう、方針を変更するというのは、どうでしょうか」
ここで、メアリー王女から声が上がった。
「殿下、どういうことでしょう」
それに宰相が返事を返す。
「今のところ、誠さんに関して排除もしくは敵対することを前提に話を進めていますが、それを味方もしくは協力者といった形で話を進めることはできないのですか?」
「いや、しかし、あの称号は不味いでしょう。他の勇者候補には絶対に、できれば本人にも知られたくないことですからね」
「本人は気にするでしょうか? もしかしたら納得してくれるかもしれませんよ。少なくとも恵美さんやあと何名かの勇者候補は本心では囚われの身であると思っているはずです。ただ、それを表に出すとこちらが気分を害するので、本心を押さえこんでいるだけです。これには、皆さんも気付いていますよね」
メアリーは自分の問いかけに全員が頷いたところで、続けて話し始めた。
「であれば、誠さんも本心を押し殺して、こちらに合わせてくれる可能性が残っているのではないでしょうか。もちろん、何か問題が生じれば、処分するという前提は付けますが、これは他の勇者候補も同じですよね」
「私もそれを考えなかったわけではなかったのですが……団長のお二人はどうお考えですか?」
宰相は自分では結論を出さず、騎士団長と魔導士団長に話を振ったが、
「そういうことであれば、うちの団員の性根を叩きなおすためにも、すぐに騎士団に入れるべきだな」
「何を言うておる。彼は将来の賢者候補だ。騎士団などで遊んでいる暇はない。すぐに魔導士団に入れるべきだ」
二人は、メアリーに案にかなり積極的な賛成という考えのようだ。誠の取り合いによる喧嘩を始めてしまった。
「お二人は元々誠さんを排除する考えだったはずなのに、どういうことなのでしょう?」
メアリーは二人の喧嘩を横目に、少し戸惑いながら宰相に話しかけた。
「まぁお二人は武人ですから、誠殿に何か光るものが見えるのでしょう。それを潰すのは惜しいということなのでしょうが、私のような文官の立場で言えば、まだ危険性の方が高い今の状態では、排除と結論を出したいところなのです。そして、お二人は立場上、武人でありながら文官でもあるということです」
「そういうことなのですね。でも光るものってなんですか? 誠さんは職業に就いていませんので能力値に関しては改善の余地がありますが、スキルはよくわかっていない霊能しかありません。将来性で言えば他の勇者候補の方が高いのではないのですか?」
「たしかにスキルというものは大事です。しかし、これも立場や見方によって少し変わるのです。スキルというのは、早熟または始めの1歩が容易いと言い換えてもいいのかもしれません。ある一定のラインまでは容易く到達することはできるのですが、そこから先に進むには、本人の弛まぬ努力が必要なのです。逆に言えば、スキルは努力しなくてもある一定ラインまでは力を発揮することできるということです。そして、誠殿には努力する才能がある。私の意見としてはこういったところです。お二人が誠殿に何を見ているのかは私にはわかりません」
「では、私の案は保留という形がいいのかしら?」
「いえ、問題の先送りというのはあまりよろしくありません。少し進めましょう。まず一番の問題である言葉が通じないということを解決しつつ、それと平行して誠殿の人間性を調査する。その結果を踏まえて、もう一度結論を出すというのがいいのではないでしょうか」
「そうね……お二人はどうかしら?」
「俺はそれで構いません」
「ワシもです」
「では、方針が決まったところで、今できることをもう少し進めておきましょう。エリザ、お前は誠殿に抱かれたのだろう。何か情を感じたり、精神的な距離が縮まったと感じたりしなかったのか?」
宰相は、話を進めるためにエリザに問いかけた。
「まったくそういったことはございません」
「どういうことだ?」
「そうですね……例えば、宰相閣下は娼館で娼婦を抱いて、娼婦に情が移りますか?」
「ないな。……あぁ、そういうことか。お前を、こちらから提供するサービスもしくは待遇の一部だと捉えているのか」
「実際のところその通りなのですが、もっと言えば、部屋の備品や設備の一部と考えているのではないでしょうか」
「そんなに酷い扱いだったのか?」
「いえ、行為中は逆です。誠殿は、女性の扱いにかなり慣れておられます。いえ、この表現は正しくありませんね。女性の体の扱いに慣れておられます。しかし、行為後、元の関係に自然と戻られました」
「元の関係とは?」
「客室の客人とその客室に用意されたメイドです。これは私の主観ですが、言葉が通じればもう少し距離を縮めることはできると思うのですが、如何でしょうか?」
「そこも問題なのだが、何か案はあるのか?」
「はい。恵美殿に協力していただく必要がありますが、まずは、恵美殿が誠殿に話しかけます。そして、同じ言葉を恵美殿が私に話しかけます。その時に発せられるこちらの言葉を誠殿に覚えて頂きます。それを繰り返せば、言葉を理解して頂くことは可能だと考えています」
「そうだな、そうしてくれ。あとは人間性の確認だが、誠殿本人に関しては、引き続きエリザお前に頼む。ついでに距離を縮める努力も頼む。お前の判断で他の女を使っても構わん。女の好みなどもあるかもしれん。ただし、お前は心配ないだろうが情は移させるなよ。まだ排除の可能性は高いと私は考えているからな。あとは、勇者候補からの聞き取りに関してはこちらでやる。……皆さん、こんなところで宜しいでしょうか」
こうしてこの夜の会議は終了した。この方針の変換が、この後この世界にどのような影響を及ぼすのかはまだ誰も知らないのであった。