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恵美との再会

 コンコンと扉をノックする音が、誠が軟禁された部屋の中に響いた。誠が鍛錬を止め侍女を見ると彼女は黙って頷いてくれた。彼女が対応してくれるのだろう。


「どうぞ」


 侍女が扉を開け恵美を向かえ入れた。

 恵美は1歩部屋に入ったところで立ち止まり、イスに腰掛けた誠と恵美のすぐ傍ですまして立っている侍女を何度も見比べ、難しい表情を浮かべている。自分の生徒ある16歳の少年と年頃の女性が1つの部屋の中でずっと過ごしていたことに思うところがあるのだろう。


「少しお伺いしてもよろしいですか?」


 恵美は迷った挙句、侍女に声をかけた。誠に確認をとっても簡単にはぐらかされそうだと思ったからだ。


「横田君は、この時間まで何をしていたのですか」


「部屋の中で、できる運動と休憩を繰り返されていました」


 侍女は素直に見たままの状況を答えたのだが、


「へ、部屋の中で、できる運動と休憩の繰り返し? い、今まで?」


 恵美は、少し言葉に詰まりながら質問を返した。


「はい、この部屋に入ってから今まで約8時間、ずっと何度も何度も行っておられました」


「8時間? 何度も何度も……」


 恵美は顔を赤らめて俯かせ、言葉尻は消えていった。


「あの、何か勘違いされているようですが、言葉そのままの意味です。柔軟に、腕立て、腹筋、背筋、スクワット等です」


「運動って、そういうことね」


「はい。あと、こちらからも1つよろしいでしょうか?」


「ええ、もちろんです」


「誠殿のお食事はどのように致したらよろしいでしょうか?」


「まだ食べてないってことなのね」


「侍女として情けない話ですが、言葉も通じず、声をかけるタイミングも見つけられず、少し困っていたのです」


「そうよね……でも、横田君、休憩もしていたのでしょ?」


「はい。しかし休憩ではなく瞑想だった場合、お邪魔することになってしまいます」


「そうね。言葉通じないから確認できないのね。わかったわ。とりあえず、夕食の用意をお願いします。私は食べてきたのでいりません」


「畏まりました」


 侍女はそう言って頭を下げ、部屋に備えられたキッチンに向かっていった。



 恵美が席に着くと侍女がすぐに新しいお茶を用意してくれた。


「横田君、どう? 何か不満はない? 食事も摂っていなかったみたいだけど」


 誠と話をするためにいろいろ考えてきたのだろう。出だしはスムーズに始まった。


「今のところは、特にありません」


「そう。……でも食事は?」


「先生が注文してくれましたよね。侍女の方が何をしているかは見ればわかります。あと、食材を用意していただければ、自分で作ると伝えてもらえますか」


「わ、わかったわ。……横田君、料理もできるのね?」


 恵美は、誠の的確な答えに学校時代の彼の様子を思い出していた。学校時代とはいっても、この世界にきてまだ1日も経っていないのだが、あまりにも現実離れした事態の連続で、今朝まで学校にいたことが遠い過去のように感じられていた。

 だからと言って会話を止めるわけにはいかない。無理に質問を付け足したのだが、


「できると言っても、自分が食べる分だけです。人に出すようなものは作れません」


 見事な拒絶である。

 

 そして、温めるだけになっていたのだろう。誠の前には侍女によってすでに料理が並べられている。


「どうぞ、食べてね。今までの事を説明するから食べながら聞いてくれるかな」


「はい」


 こうして恵美から説明が始まったが、召喚されてから誠と恵美たちが別れるまでの話が終わる頃には、誠の食事は終了し、テーブルはきれいに片付けられ、あたらしいお茶が用意されていた。


「どうかな。ここまでで質問はあるかな」


「ありません」


 そっけない答えだが、これも仕方がない。恵美は教師なのだから、人に教えたり説明したりするのが仕事なのだ。慌てて混乱している状態を抜けだせば、ちゃんと説明することはできるのだ。


「じゃそれ以降の話ね」


「はい」


 まずは謁見の間での話から始まった。

 王様だから当たり前なのだが、かなり傲慢な人のようだ。にもかかわらず、一部の生徒はなぜか対等であろうし、恵美自身はかなりハラハラしたようだ。一部の生徒とは、長谷川健二のことだろう。言われなくてもわかる。

 王国側としては、1度上下関係をはっきりさせるために行った国王陛下への謁見だったのだが、失敗に終わったようだ。要注意人物を早い段階で見つける事ができて、その点については良かったのではないだろうか。

 

 そのあと、昼食を摂り、別室にて細かな説明があったようだ。

 まず明日から3日間、座学によってこの世界の事やこの国の情勢、他国との関係、魔王と魔族と魔物ついてなどを習うようだ。これらついては、すでに師匠から話を聞いているので、誠には座学は必要がないだが、恵美は教えに来るつもりのようだ。迷惑な話だ。

 そして、4日目から実技の訓練が始まり、ひと月からふた月ほどで実戦訓練になるようだ。このあたりは、個人による成長差も出てくる可能性が高いので、はっきりとした日程は立てられていないようだ。

 最後に、実戦訓練が終了次第、魔王討伐の計画が進められるようだ。


 あとは待遇についてだが、この部屋のように1人1部屋宛がわれ、使用人も付くようだ。しかし、この部屋とは違い、男子生徒には男の、女子生徒には女の使用人が付くようだ。きっと、先生からの要望だろう。ここでも、侍女に願い出ていたが、軽く流されていた。食事は別室にて、誠を除く異世界人全員が纏まって摂るらしい。今食べた食事もそうだが、普通に美味しい。誠にとってはなにも問題がない。


「みんなに関しては、こんな感じね。横田君は、しばらくこのままこの部屋にいて欲しいそうよ」


「わかりました。なにも問題はありません」 


「そうなの? 神に選ばれたとはいえ、私たちが望んでこの世界に来たわけではないわよね。何か思うところはないの? それに横田君は、みんなよりもかなり自由が制限されているのよ。これは、生徒たちみんなに聞いていることなの。答えてくれるかな」


「僕は、この世界のことをまだ良く知りません。なので、元いた世界とこの世界を比べることはできません。少なくとも今わかっていることは、この部屋の生活環境は元の世界と同等であること。食事に関しても特に問題はないこと。ゆえに、今の生活がずっと続くのであれば、問題はないということです。何せずにこの生活が維持できるはずがないので、何か仕事をしたいと考えているのですが、何ができるのかまだわかりませんので、もうしばらく考えたいと思っています」


「えっと、ちょっと待ってね……横田君は、生活の現状に満足していて、その生活を守るために、仕事をしたいということかな?」


「そのとおりです。仕事に関しては、言葉の問題もありますし、なかなか難しいとは思いますが、なんとかするつもりです」


「素晴らしい回答なんだけど、私たちの仕事は、魔王を討伐することよね? あれ? なんか先生、間違ってる?」


 恵美は、今の誠の回答を聞くまで魔王討伐以外にできることなど考えてもいなかった。しかし、言われてみればそのとおりである。魔王を討伐するまでは、元の世界に帰れないと言われているので、それまでの間、人によっては別の仕事もあるのではないかと気付かされたのだ。だからと言って、他の生徒に伝えることには戸惑ってしまうだが。


「その通りだと思います。しかし、僕は、皆さんと違って身体能力は上がっていません。だから、戦闘などは無理だと考えているのですが」


「えっそうなの!! 横田君の能力値は100じゃないの?」


「ステータスカードというのを頂いておりませんので、確認していませんが、少なくとも自分の体を確認したかぎり、元いた世界の自分と同じ身体能力だと判断したのですが」


「そうだったのね。私自身は、身体能力が上がっているのをはっきりと感じ取れているから、横田君がそう感じるのなら、きっとそうなんでしょうね。そのあたりも含めて、この国の人に私が相談してみるわ」


「よろしくお願いします」


「あと、最後になるんだけど、この国の人から横田君に聞いて欲しいと頼まれたことがあるの。これは私たちも聞かれたことなんだけど、霊能って言葉を知ってる?」


「レーノーですか。漢字に直せる言葉ですか?」


「ああ、ごめんなさい。幽霊の霊に能力の能で、霊能よ」


「それなら、言葉は知っています。幽霊とかの存在を信じるのか信じないのかみたいな話ですか?」


「そういうことも含めて、聞きたいそうよ。私たちの世界での客観的な扱いについては、私も含めてみんなが話しているわ。インチキだったり、詐欺だったり。バラエティ番組で面白可笑しく扱ったり。そういった情報はもう十分に集まっているんじゃないかな。それよりもそれぞれの主観を聞きたいのだと思うの」


「はい。僕はそういった存在を見たことはありません。しかし、存在を否定するつもりもありません。人はすべてが見えているわけではありません。そして、すべてを知っているわけでもありません。もっと言えば、見えていないものや知らないことの方が多いと考えています。そういった見えていないものや知らないことの中に霊能という言葉も含まれるのではないかと考えています。まぁ、一言で言えば、わからないということです」


「その通りよね。まったく主観的な意見だとは思えないけど、横田君らしい回答よね。ありがとう。……じゃ私は行くわね。食材についてはちゃんと伝えておくから心配しないでね。あと、明日もまた来るから何かあればその時に伝えてくれるかな」


「はい、ありがとうございます」


 恵美を見送った後、誠は風呂に入り、寝ることにした。



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