師匠フレデリック・ノーマン
しばらくは隔日投稿です。
残された誠は、侍女の案内で、勇者召喚の間のある神殿を出て、神殿のすぐそばに建つ城に入り、そのなかにある1室に通された。
その部屋には、柔らかく肌触りのいい布団が用意されたベッドに、しっかりした造りのテーブルやイス、タンスなどの家具、簡単なキッチン、シャワーも備え付けられた風呂場に、ウォシュレット付きの水洗トイレがあった。日本で言うところのちょっと大きめでちょっと高級な1Kのマンションの1室のような感じだ。機能もすべて魔導具で、侍女による身振り手振りの説明で理解することもできた。このまま侍女付きで、ここに住めるのなら、十分に高待遇であろう。
その侍女は、テーブルにお茶とお茶菓子を用意し、部屋の隅に静かに立っている。言葉が通じないのだから仕方ないだろう。
誠はイスに腰掛け、お茶をひと口飲み、一息ついたところで、目を閉じて心の中で呟いた。
(少しお伺いしたいのですが、宜しいですか)
(お、お前、俺が見えるのか!!)
誠の心の中に、少し慌てた男の声が響いた。
(ええ、もちろん。だから、繋いでみたのです)
(繋いだ?)
(そうです。私はこの国の言葉がわかりません。それ以前に、繋がなければ霊とは話をすることはできませんから)
(じゃ繋げば、メアリーとも話せたのではないのか?)
(いえ、私が繋げるのは、霊のみです。それに、話せるというよりもお互いに感情をぶつけ合っているような状態です。上手く言葉にはできないのですが)
(なるほどな。頭のいい奴はその感情から上手く言葉を読み取ることができるが、馬鹿には無理ってことだな。それで、このなかで一番頭の良さそうな俺を選んだわけか)
(説明はその通りなのですが、あなたを選んだのは、別の理由です)
(いや、そこも肯定しておけよ。まぁいい。では、なぜ俺を選んだ?)
(始めからここに来るまで、ずっと傍で私を見ていたのが、あなただけだったのと、何かを知っているような雰囲気が出ていたからです)
(たしかに、俺はいろいろ知っている。でも、わからないこともある。お前は何者だ!!)
(そんな激しく何者だと言われても、横田誠ですとしか応えようがないのです)
(ああそうか。お前、何も知らなかったな。始めから俺が詳しく説明するといろいろお前に不都合が出そうだから、まずは、お前と一緒にこの世界に来た奴らが体験したことから話してやろう)
(わかりました。お願いします)
この後、この霊による説明が続いた。メアリーと健二の会話。メアリーと恵美の会話。魔導士団長の話。そして、誠に係わる話が済んだところで、
(ここまでは、いいか? これが、お前の連れたちが認識している事情だ)
(わかりました。私たちは、魔王を討伐するために、勇者候補として、異世界のこのフリット王国に召喚された。しかし、私には本来神から付与されるはずだったスキルがないということですね)
(おお、完璧だ。まぁスキルだけじゃないんだが、お前の連れたちはそう認識しているはずだ。王国側が必死で隠しているからな)
(王国に何か不都合なことでもあったのですか?)
(そのあたりも含めて、俺の知っていることを今から説明してやる。だから、お前の力も後でちゃんと説明してくれよ。気になって眠れなくなるからな)
(わかりました。でも、あなたは眠る必要などないでしょ)
(ホント、冗談の通じねえ奴だな。まぁいい。……実はな。この勇者召喚陣ってのは、俺が作ったんだ)
(そうなんですね)
(いや、もっと驚けよ!! いや、驚いてくれよ!! 凄いことなんだぞ!!)
(たしかに、私が知る限り、異世界への移動なんて成功させた人はおりません)
(もういい。なんか疲れてきた……ああ、わかってる。霊は疲れないと言いたいんだろ。……お前、友達いないだろ?)
(はい)
(即答かよ!! ……まぁ説明を続ける。この勇者召喚陣には、異世界からこの世界へ人を召喚するだけでなく、対象人物のステータスに能力を上書きすることができるんだ。その上書きの内容だが、職業は本人の適正を見て選択されている。そして、称号には、神に選ばれし者。スキルには、大陸共通語と職業にあったスキルが2つ。能力値は、オール100だ。ここまではいいか?)
(はい)
(まぁ確認するまでもないか。俺と一緒でお前も頭良さそうだからな)
(……)
(おい、なんか言えよ。俺が恥ずかしいだろ)
(はい、今ぐらいのことであれば、理解できます)
(……もういい。で、だな。なぜか、お前には上書きされた様子がない。なにか心当たりはないか?)
(召喚中に何か体に入って来ようとしていたのを玄武が弾いてくれました)
(ああ、そのお前の後ろにいる亀に蛇が生えたみたいな奴だな。っていうか、なんでお前、高位精霊を4体も引き連れているんだ!!)
(こいつ等ですか。高位精霊というのはよくわかりませんが、私の守護霊です。私が生まれたときに、親から引き継いだようです)
(なるほど、先祖代々の秘術って奴か)
(はい)
(まぁ高位精霊については、後でまた説明する)
(はい)
(……で、だ。お前の上書きされていないステータスなんだが……)
名前 :誠・横田
年齢 :16歳
職業 :不詳
称号 :異世界人・囚われし者
スキル:霊能
能力値
生命力:532
魔力 :8794
筋力 :34
体力 :36
俊敏 :33
知力 :31
精神力:32
器用 :30
(これが、お前のステータスだ。ちなみに、ステータスカードのシステムを作ったのも、俺だ)
(はい)
(はい、じゃない!! それに、何を素直に受け入れているのだ。100歩譲って俺のことはいい。せめて、職業不詳のところは、つっこめよ!!)
(しかし、私の職業は不詳です)
(ああ、すまん。お前、この世界の職業のシステムを知らなかったな。この世界でも、生まれてすぐの時は、不詳だ。その後、転職のできる施設で、1次職を選ぶんだ。選ぶと言っても、本人の才能に左右されるがな。ここで一番の問題なのが、職業がなければ、職業レベルを上げることができないから、能力値が上がらんということだ。頑張って運動すれば、多少は筋力値や体力値などが上がるが、知れたものだろう。簡単に言うと、この世界では、職業が大事だということだ)
(はい)
(……まぁいい。それで王国にとって問題になるのが、言語スキルがないのも問題だが、称号の囚われし者だ。本来は、それが神に選ばれし者に上書きされるはずだったのに、そのままになっている。これが他のものに知られると根底が崩れる可能性がある)
(はい、そうですね。お前たちは神に選ばれたのであって、私たちが拉致したわけではない。ということですね)
(そういうことだ。……ここからは俺の予想だが、お前は、しばらく監禁状態が続くだろう。そして、頃合を見て消される)
(はい、私もそう思います。こんなイレギュラー殺してしまうにかぎります。ただ、先生や他の生徒への影響を考えると、しばらく様子を見るしかないという状態ですね)
(ああ、まったくその通りだ。客観的意見をありがとう。……で、この話を聞いてお前自身はどう思っているんだ?)
(どうと言うのは、死にたくないとか逃げ出したいとか、そういうことですか?)
(まぁそれもあるか。いや、少しは俺の責任もあるのだが、この国の理不尽に対して、怒りや憎しみといった感情は湧いて来ないのか?)
(まぁ事故みたいなものですから。それにまだ生きています、なるようになるのでは)
(お前、本当に16歳か? 俺は1000歳と言われても信じるぞ。達観しすぎだろう)
(たしかに16歳だと思います。……ところで、あなたの話はここまでですか?)
(まだ続きはあるんだが、お前の能力にも係わってくる。少し聞かせてくれ。霊能ってのは、なんだ?)
(霊能ですか……一言で説明するのは難しいので、順番に説明していきます)
(ああ、頼む)
(私たちの世界でも、あまり信じられていないのですが、霊力という力があります。その霊力で何ができるのかと言うと、今やっているように、亡くなったにも係わらず、この世に留まっている魂を感じたり、その魂と意思の疎通を行い成仏させ天に返したり、この世から消滅させたりすることができます)
(もしかして、俺も消滅、もしくは天に返そうとしているのか?)
(まったくそのつもりはありません。もしお望みでしたら、可能な限り手伝いますが、そんなつもりはないですよね?)
(ああ、今のところ、そんなつもりはまったくないな。伊達に1万年以上もこの世に留まっていない)
(かなり強い恨みか未練をお持ちなのですね。私たちの世界では、どんなに強い恨みや未練を持っていても、100年ぐらいが限界なのですが)
(こっちでもそうだ。大体100年ほどで恨みや未練が消え、自然と天に返っていくな)
(私は魂を消滅させるのは嫌いなので、よほどの事がない限り成仏できるようにお手伝いしています)
(そのよほど事とは?)
(本来亡くなった方の魂は、恨みや未練を残してこの世に留まっていても、この世に干渉することはできません。あなたもそうですよね?)
(そうた。……ああ、わかった。悪霊だな。意思をなくしたいくつもの魂が1つに集まって、この世に害をなす存在。それを成仏させることはできないんだな)
(そのとおりです。私たちの世界では、禍魂、荒魂と呼ばれているのですが、悪霊と呼ばれることもあります)
(そっちでは、それが普通なのか? こっちの世界では、俺たちのような魂もあまり関係なく消滅させられるんだが)
(いえ、私たちの世界でも、同じです。しかし私は本職ではありませんので、基本的に無干渉です。ただし、私に協力してくれた魂には出来る限りのことをしているだけです)
(なるほどな。協力って、この世に干渉できない俺たちに何ができるんだ?)
(情報収集です)
(そうか、今やっているようなことか。まぁ俺たちほど優れた間諜はいないからな。でも意思の疎通ができないと無理だよな。そっちの世界には、お前みたいに、繋がれる奴は多いのか? こっちには、見える奴はたまにいるが、繋がれる奴になんかいないんだが)
(私たちの世界でも、同じです。見えたり声が聞こえたりする人はたまにいますが、繋がって意思の疎通ができる人には、会ったことはありません)
(やはり向こうの世界でも、お前は特別か。……他には、何かできないのか?)
(そうですね。……今は見せることはできませんが、肉体を強化したり、固めて剣にしたり、撃ち出したりすることができます)
(ああ、メイドな。気をつけろ、アイツはただのメイドじゃない。間諜だ)
(ええ、わかっています)
(まぁ今さらか。……その撃ち出した霊力を火や水や土や風に変化させたりはできないのか?)
(土はやったことはないのですが、他はできますからできると思います)
(やはりな。俺の仮説が正しければ、お前の霊力は、この世界の魔力だ。まぁ気付いていただろうがな)
(そうですね。確証はありませんでしたが)
(そこでだ。お前、俺の修行を受けてみるつもりはないか?)
(しばらく暇そうですし、よろしくお願いします)
(お前なぁ。俺を誰だと思っているんだ?)
(いえ、知りません)
(あっすまん。自己紹介がまだだったな。俺は、大賢者フレデリック・ノーマン。有史以来、最高の能力を持つ男だった)
(はい)
(いや、はいって……、もっと詳しくいうと、俺は、今の時代でいうところの古代人だった。1万年前に滅んでしまったが、古代文明という今よりもはるかに発展した文明があったんだ。その時代でも、俺は1番だった。……今でも俺の名前は残っているんだぞ……凄くないか?)
(はい、凄いです)
(お前、信じてないだろう)
(そんなことはありません。繋がっているのですから本当か嘘かは、すぐわかります)
(ああ、そうだったな。……まぁそんな俺に修行を付けてもらえるんだ。光栄に思えよ)
(はい、よろしくお願いします)
(お前、俺を馬鹿にしているのか……あぁ、たしかに、繋がっているからよくわかるな。馬鹿にもしていなければ、喜んでもいない。なんの感情もないな。お前、本当に生きているのか?)
(はい、生きています)
こうして、フレデリックによる誠の修行が始まった。