横田誠
本日2話目です。
しばらくそれぞれに歓談が続くなか、水晶球の乗った台座の前では最後の生徒が立っていたが、魔導士団長の様子がおかしい。カードを見つめたまま固まっているのだ。その様子に最初に声をかけたのはメアリーだった。
「魔法師団長、何か問題でもありましたか?」
「あっいえ……あっしかし……ここではちょっと……」
言いよどむ魔道師団長に、何か気付いたメアリーも黙ってしまった。最後の生徒は前を向いたまままったく身じろぎもしないのだが……
「おい!! 横田!! 何があった?」
沈黙を破ったのは、やはり健二だった。
「いや、わからない」
横田と呼ばれた少年は、ゆっくりと健二に顔を向け、そっけなくそう応えた。その態度に、健二は苛立ちを覚えたがいつものことだ。
この少年、横田誠と言うのだが少し変わっている。学業優秀、スポーツ万能、見た目も整っている。まぁそこまではいいだろう。しかし、まったく人と係わろうとしない。挨拶すれば返してくれるし、話しかければちゃんと応えてくれる。グループ活動などでは、与えられた仕事を完璧にこなし、そのリーダーをすれば、他のメンバーの能力を見極め、上手く仕事を割り振り、課題を完璧以上にこなしてしまう。そのため、グループとしても、それぞれ個人としても、かなりいい成績を修められるので、グループわけではいつも一番人気なのだ。しかし、自分からは絶対に誰とも話そうとしないのだ。いつも学校では1人なのだ。誰も会話を続けることができない。そんな生徒なのだ。
そんな誠を健二は気に入らない。
健二もまた誠と出会うまでは、常に何事においても一番だった。さらにいつもクラスの中心で、誰とでも仲良くなれると自分では思っている。周りは少しウザい奴だと思っているのだが……だからこそ、自分が誠に負けていると認めるだけでも許せないのに、誠は、ライバル視しようが、仲良く話しかけようが、言葉で強く当たろうが無視をするわけではないが、求める反応が返ってこないのだ。そして、健二に残されたのは、クラスカースト第一位の座のみ。完全に馬鹿にされているように感じているからしょうがない。
「健二さん、少し落ち着いて頂けますか?」
そんな健二にメアリーは声をかけた。
「いえ、僕はいつも冷静です。何があったのでしょうか?」
健二はそう応えたが、誰がどう見ても落ち着いていない。
「私が確認してきますので、健二さんはしばらくここでお待ちください」
「いえ、僕も一緒にいきます」
「いえ、健二さんは、ここでお待ちください!!」
二人とも何かに気付いているのだろうが、2度目の強い制止に健二は逆らえず、メアリーは1人で誠の元へ歩いていった。
「魔導士団長、どうしたのですか」
「まずは、こちらをご覧ください」
メアリーの問いに、魔導士団長は誠のステータスカードを見せながら応えた。
「なっ!! なんですか、この数値!!」
「いや、そこもなのですが、他にもいろいろ問題がありまして……まずはスキルをご覧ください」
「霊能?……初めて聞くスキルなのですが、魔導士団長はご存知ですか?」
「いえ、知りません。宰相にも確認したのですが、知らないようです。それよりももっと大事なことが、彼にはないのですよ」
「何がないのですか?」
「他の皆さんにあった大陸共通語のスキルが……」
「えっ……ということは」
「たぶんそこの彼は、ワシたちの話している言葉を理解していないはずです」
「でも彼には、まったく慌てた様子もないのですが……」
メアリーはそう言って誠の方に顔を向けたが、何の感情もない表情でただ見つめ返してくるだけだった。
「そうですね。何度も話しかけたのですが、ただ首をかしげるばかりで。これは仮説になるのですが、先ほど健二殿が誠殿に話しかけた時に、彼は何か言葉を返していました。私には聞き取れませんでしたが。ですので、異世界人同士であれば、異世界語で話はできるのではないかと考えております」
水晶球の置かれた台座から離れたところで、待たされている恵美と他の生徒たちは、メアリーたちの会話が聞こえないため、それぞれに小声で話し合っている。それぞれの生徒の表情は違うが、だいたいは『誠だけ神に力を与えられなかった』そんな内容の話だ。
と、そこで、
「恵美さん!! 1人で来てください!!」
メアリーから恵美に声がかかった。恵美は心配だったのだろう、他の生徒を待たせ、誠の元に駆け寄っていった。
「横田君、何かあったの?」
「何がなんだかさっぱりわからなくて」
恵美の問いに誠はすぐに応えたが。
「何がわからないの? 何がわからないのかがわからないと、先生も答えようがないわ」
「こちらの方々が何を話しているのかが、わかりません」
「えっ、どういうこと? 横田君、こちらの魔道師団長さんの説明を聞いてなかったの?」
「魔道師団長?」
二人のまったく噛み合っていない会話が続くなか、メアリーから声がかかった。
「恵美さん、こちらの話を聞いて頂けますか?」
「はい、何ですか?」
「今、こちらでわかっていることを説明させて頂きます。こちらの誠さんには、皆さんがお持ちの大陸共通語のスキルがありません。ですので、彼には私たちの言葉がわからないようです。恵美さんたち異世界人は、私のようなこちらの世界の者に意識を向けているときは、スキルが発動され、こちらの言葉を話し、異世界人同士では、異世界の言葉を話しているようなのです」
「えっ、そうなの?」
メアリーの説明を聞いて、恵美は思わず、誠に問いかけてしまった。
「何がですか?」
「あっ、ごめんなさい。……じゃ、説明するわね。横田君には、みんながもらった大陸共通語のスキルがないそうです。そのため、こちらの世界の言葉を理解することができません」
「そうなんですね」
「えっ、もしかして気付いていたの? 何で言わないの?」
「周りを見ていれば、それくらいの事はわかります。でも確証がありませんでしたから。あとスキルとか言われても、なんのことだかわかりません。ゲームとかの話ですか?」
「ゲ、ゲーム? いえ、違うわ。現実だと思うの。実際のところ夢であって欲しいけどね。ああ、そうか、横田君は、始めからメアリー様の言葉もまったく理解していないのよね?」
「メアリー様とは、そちらの女性の事ですか?」
「ああ、そうか……私も混乱していて上手く説明できるかわからないのだけど……」
「はい。でも、いいのですか? みんな、待っていますけど。何か予定があるなら先に進める方がいいのではないですか」
「そ、そうね。……メアリー様、この後のご予定は?」
恵美は、誠に促され、メアリーに問いかけた。
「はい、この後は、謁見の間で国王陛下に拝謁して頂きます。その後、簡単なこれからの流れと皆さんの待遇についての説明があります。誠さんへの説明は、お済ですか?」
「すみません、言葉以外のことまったく説明できていません。私自身、混乱していて上手く説明する自信がなくて……」
「そうですね。困りましてね……1つ提案があるのですが、誠さんは言葉が通じませんので、この後の説明もあまり意味がありません。1度こちらの別室にてお預かりして、休憩して頂くというのはどうでしょう。恵美さんもこの後の説明を聞いて頂き、少し気持ちを落ち着けてから誠さんにもう1度説明して頂くというのは、どうでしょうか?」
「そうですね……それがいいのかな。あの子たちと横田君を一緒にするのも問題ありそうだし……横田君にも確認してみます。……横田君、聞いてくれる?」
「はい、なんでしょう?」
「えっ、本当にこちらの言葉がわからないの?」
「はい、わかりませんが」
「なんで、そんないつも通りの自然体でいられるの? なんか1人慌てている私が馬鹿みたいじゃない」
「なにか慌てるような問題でもありましたか?」
「いや、言葉が通じないのよね?」
「僕が話せるのは、日本語、英語、ドイツ語ぐらいです。その他の国の言葉は元々話すことはできません」
「えっ、横田君、ドイツ語も話せるの?」
「はい。医学部に行くなら必要かと思いまして」
「ああ、そうね。横田君の成績ならどこでも行けそうね」
「まぁ、僕自身の努力次第だとは思いますが」
「うん、素晴らしい答えだわ。っていうよりも、横田君って、ちゃんと自分から話すこともできるのね」
「いつも受け答えには、気を付けているつもりなのですが」
「そうなんだけど、いつも一言二言で終わってしまうから」
「それは、それ以上話す必要がないからではないですか」
「たしかに、そうだったかもしれないわね。……いえ、こんな話をしている場合じゃないの。これからの予定だけど、いいかな?」
「はい」
「私も含めてみんなは、これから謁見の間でこの国の王様に会うみたい。その後、これからの事や待遇についての説明があるみたいなの。でも、横田君は言葉がわからないから、別室で休憩しているのがいいのではないかとメアリー様が仰られているの。私も横田君は、他のみんなと一緒にいるよりも、別でいる方がいいと思うの」
「なるほど、僕はイレギュラーですか。わかりました。そうさせて頂きます」
「ホント、理解が速いわね。なんで、横田君がイレギュラーなの。私が一番相談したい相手なのに……ごめんなさい、愚痴を言うつもりはなかったのに、でも、あとで私が必ず説明に行くから待っていてね」
「はい。お待ちしております」
こうして、誠と恵美の会話は終了し すぐに誠と1人の侍女、10名ほどの騎士を残して、すべての人が勇者召喚の間から出て行った。