街 球体 ペンギン
紡ごう。愛を。勇気を。
今、空をみて私達は掲げよう。
明日、今日。日々を過ごしていくために。
生きて生きて生きていくために。
命を愛を勇気を。
紡ごう。私達で。
この両手とこの両目が私達の誓い。
何があろうとなかろうと過ごしていく。
それが誓い。少なくともこの瞬間の。
だから生かして。生きるを感じさせて。
お願いですお願いです。神様。
私達のお願い。せめての。
だから、だからお願いです。
生きたい。ただそれだけ。
難しいけどお願い。それだけ。
気球をみたことはあるだろうか。わたしはない。
空を飛びたいならあなたは乗る。気球に乗る。
わたしはなかったのかな。そんなこと。当たり前に空を飛びたいとかそういう。
まあでも怖いとかかな。そらから落ちたら怖いじゃん。痛いじゃん。
痛み。わたしを殺す。死ね。
なぜこんなに怖れるの。ただ痛いだけ。それだけなんだよ。
まあわかるよね。そういうものだから。痛いと死ぬから。死なないように痛み、感じるから。
だから生きていられるのかな。生きるってそういうことかな。
じゃあ嫌。生きるって嫌。そういうことならば。
降りたい。飛び降りたい。生きるってそうなんだから。
降りる。飛び降りる。頭はさかさま。早く早く。意識はのぼり。まだいきてる。いきてるよ。
なぜいきてるの。なぜ死ねないの。飛び降りれたら死ねるんじゃないの。なぜ生きたまま落ちないといけないの。
わたしって死ねないんだ。
こんなことじゃだめなんだね。
死ぬこともそうなんだ。わたしは死ねないんだ。
生きて。生きて。生きて。
決まっている。命は決まっている。
わたしは死ねず生きれず時が来るまでただ過ごす。泡をふきながら浅く暗く薄い水のなかをただ。
嫌だな。そう思うけれど。どうしようもない。そうであった。
だから歩く。わたしは歩く。空をみながら歩く。
なにかないかな。わたしを救ってくれないかな。
わたしの世界を破壊して。
そう思ってただみるだけ。
でも日々は過ぎる。空をみながら地面を地上にただいる。明日にいきたい。そう思いながら。
どうして生きているの。死ねないの。ずっとずっと。
何か起こったことあったっけ。あったかも。世界は騒ぐ。私は耳を塞ぐ。聴こえない。聴こえない。そういうこと。
わたしはそうしないと無理。生きるって無理。だからそうする。それだけが私の反抗。世界への反抗。だから聴いてよ。攻撃しているんだから。
そんなことないの。こんなもの攻撃じゃないの?
わからない。なにが生きる? 難しい。わからないから当たり前。
どこに確かなものがあるの。確か。不確か。どうなの。教えて。教えてよ。
空をみる。なにもない。嘘だよね。そういうことにしないで。
ただ過ごしていた。まったくのゆめのなかで。
実際は地面のうえにちょっとたっているだけだったんだけど。仕方ないよね。そう思ってる。
ただ歩き。
なにかあるのかな。
目がいいのかわるいのか。
みえている世界が浮いている。
触れても触れずとも揺らいでる。
ほんとうにここ?
わからない。
私はただ歩く。歩いて。
どこにいくの?
電車は今日も時間通りにくる。ひとはいない。いてもほんのちょっと。
ドアが開きゆっくりと入る。忘れないようにはやく。すぐ閉まっちゃうからね。
電車は誰もいない。みんな座ってゆったりと。どこをみているの。どこもみてない。旅じゃないんだね。交流なんだね。だれもみないように過ごすっていう。
もっともっと色々みれたらいいんだけどね。知らない人わからない人が一緒だからね。そういうせかいが一番になってしまうんだね。
悲しいよ。泣いちゃうよ。
でも泣けない。泣きたくなるけど泣けない。少し悲しい。それだけ。
思い込み。泣かないといけないという。そういう。
嫌だ。私が嫌だ。
ガタンガタン。電車は揺れる。進む。どこにいく。
「線路があるからね」
行き先はわかって。なんかつまらないね。行き先知れずがいいね。
「とんちんかん」
なにからなにまでそういう案配であった。
どこにいけば感じればわたしは変われるの。得られるの。
わたしは欲しいのか。死にたいのか。わからない。
「生きたいんでしょ」
生きたい。生きたいよ。わかってる。生きたいからこうやって血が乱雑と乱れるのだ。蓋をして、せねば生きられないと。わたしはわたしを守った。そういう振りをするから。
叫び。ただ生きていれば叫びなど生まれない。
蓋を蓋を蓋を開けよう。解放しよう。わたしはわたしとしてそのまま生きよう。
それができたのならどれだけ簡単に生きられるのだろう。生きることができるのだろう。
難しい。自分を守り自分を守り。自分とは。
意見。主張。あほみたい。わたしを維持しなければいなくなる程度なら殺しちまえ。蓋を開けてしまえ。
でも怖い。わたしがいなくなるなんて。わたしがみえなくなんて嫌。
死にたくない。生きたい。矛盾して矛盾して神経が乱れる。
はやく開ければいい。
それができたらわたしはここにいない。それだけ。
だからあなたは生きられないのです。
そんなのわかってるさ。でも、でも。
でもなんていらないんだよね。不要なんだね。生きるに不要。
遠すぎる。わたしには足りない。足りないけど人でいたい。わたしでいたい。わがまま?
どうなんだろう。結局逃れられないの? わたしは人から逃れられないの?
どれだけ足掻こうが問題や欠けってずっと瞬間に出会い続けるの?
生きるってなに? わかんない。だから吐く。死ぬ。そしてなんでもない。そうでしかなかった。
どうしようもないの末に救いはあるのかな。要らないことばをつぶやき続ければあなたは救ってくれるのかな。
神様。白い羽根を羽ばたかせる天使。祈っていれば救ってくれるの? わたしを地上に引き上げてくれるの?
そんな訳ないよね。それに地上は嫌。天上にいきたいな。天使と逢えるなら。わたしの腕を握って引き上げてわたしを天使にしてください。人間は嫌だ。嫌なんだ。
だめかな。人間でしかいられないの。わたしが血を吐き泥と雨にまみれて死んだとしてもあなたたちはみることもせずしることもなく。それならばわたしは死ぬだけ。派手に確実に死ぬ。堅実に。それだけ。
不可能じゃないでしょ。それぐらい。だからわたしは死ぬよ。それぐらいだからする。みておけ天使。わたしは死ぬから堅実に。
だからわたしを天使に。天使に。
わがまま? でもこうしたのはあなたたちでしょ? 違うの、そうじゃないの? どういうこと?
神様助けて。こんなわたしを救ってください。みえないものに縋りついてしまうわたしを許してください。ごめんなさい。嘘だけどつぶやくしかないわたしを。
なぜどうしようもないんだろう。ただいきていくしか道がないんだってそんなの理不尽だ。
理不尽じゃないせかい。せかいはここにしかないのなら理不尽ってなんなんだろう。
存在しない思い込み。そうでしかない。そう思い込むしかいきられない。
生きるのは難しい。あまりに足りないわたしたちには難しい。
「せめてもの救いをわたしに」
そう願うがなにもない。ただ過ぎ去っていくだけ。
わたしはつぶやきつぶやき、次第に暗転としていく。もう生きてはいけない。そう思って生きるしかない私自身をみながら。
時間は過ぎ去り私になにを残しただろう。
この手のひらの上にはなにが積もっているのだろう。
手を出す。確かめる。なに。一体なにが。
なにも。
当たり前だ。手を出していなかったんだから。この時間上に私の手は出されていなかった。もしなにかが降っていたとして、それを受け止められる器を私は出していなかった。
私は頭の上を確かめる。たとえ手のひらを出していなかったとしても頭の上になら。そんな願望を。
あった。少しだけ積もっていた。私の頭に粉。白い粉。雪じゃない。くすりでも。
わたしはやさしくゆるくつまむ。顔の前で離す。溢れる。やさしく溶けていく。
わたしは魔法と呼ぶ。夢と呼ぶ。嘘と呼ぶ。白い粉はもうない。わたしが拾えなかったもの。拾わなかったもの。その残骸。
果たして拾っていたのならそれは夢になっていたのだろうか。魔法に嘘に。
わたしが今まで拾ってこられたもの。なにも拾ってなどいなかったわたしが。
それを考えると胸が苦しくなる。耐えられない。
わたしは無理だったから辞めた。手をだすのを辞めた。
こんなわたしにも許してくれるだろうか。嘘よ夢よ魔法よ。わたしを許してくれるだろうか。
泣いてしまう。わたしが泣いて良いはずないのに。泣きたいのは、泣いているのは嘘だろう。夢に魔法にならざるを得なかった現実だろう。
生きたい。生きたい。生きたいならば。わたしは誓う。溶けてしまった嘘と夢、魔法に誓う。あなたたちの生命はわたしがいま知っています。あなたたちにそうせざるを得なかった私は憶えています。だから、だから。わたしが再びあなたたちと同じ彼らを拾い握り締めそして立っていられるようになった時。その時は必ずあなたたちを背負い生きます。死にません。殺しません。あなたの生命を握り締めて生きます。だから安心して。大丈夫。わたしは生きますから。だから。
私は少し歩き出せるようなそんな気がした。手をだす。粉が降っている。私の手のひらに舞い落ちる。私はやさしく受け止め握り締める。魂を。生命を。力を。私は受け止め立ち上がる。生きていきますから。あなたたちの分も。
だから大丈夫。今までの私もこれからの私も。生きていくから大丈夫。
少しずつ。一歩一歩歩いていく。それだけ。わたしにできること。わたしのせめて。
「この円はいつ完成するのかね」
「完成することがあるのかな」
私たちの街。息をして電車に乗ってしゃぼん玉を飛ばす街。
街は生きていた。私たちと同じように生きている。息をして風邪引いてくしゃみする。街も人間なのかな。
この街は円、丸い球体。あまりに足りなさすぎる球体。中身も外面も穴だらけ。あまりに脆い球体。
私たちが暮らす街の中心に彼はいる。彼を私たちは守っている。見守っている。彼と共に生きる為に。私たちがこの街に暮らせるように。
「あまりにボコボコだ」
水のなか。液体の中で彼は暮らしている。寝ているのだろうか。いびきが水面を響かせている。
「街って可愛いね」
「まあね」
街は大きく、その癖へっぽこで。でもそんなこと気にしていないのかいつもただここに居座っている。どっしりしてもちもちでかわいい。
「ここにいると落ち着くね」
「うん」
街は私たちを守っていてくれる。大いなる球体として私たちのすぐそばで見守っていてくれる。
「あたたかい」
わたしはそう呟いた。
「にゃ〜」
優香はねこになっている。わたしもなろうか。
「だめ〜」
優香は猫の威嚇、引っかきのポーズをわたしに示す。
「なんでなのさ」
「猫は私の特権である」
ずるい。ずるいよ、そんなのー。
「時が来れば洋子も猫になるさ」
「そうはいうが」
ずるい。羨ましい。
「はい」
猫耳だ。
「予行練習」
頭の上に猫耳。
「恥ずかしいよ〜」
行き交う人が私を見ている。こんなのダメ〜。
「似合っている。猫の中の猫だ」
優香はいうが。
「恥ずかしいからダメ」
私は外す。こんなことはもっと大人になってから。
「大人になったら着けてくれるんだー」
失言。
「大人になってからも駄目」
私は猫耳を優香に押しつけ地面に置いていたカバンを持ち退散する。
「ああ待ってー」
そう優香はいうが構ってらんない。私は執念深いのだ。
「リボミタン奢るから」
「失言?」
「違います。本当です」
優香は私の前。
「帰りの自動販売機で買おう」
やった。私は心の中でガッツポーズ。
「よかったね洋ちゃん」
「なにもよくありません」
そういって帰路につく私たち。街は呼吸している。人は行き交う。街のなかで一緒に暮らす球体。私たちは暮らしていた。この街で生きていた。
私と優香は同級生。同じクラスで同じクラブだ。
「帰宅部でしょー」
と優香はいうが。大事なことなのだ、これは。
「一緒だからー?」
違います。そんなのではない。
「私と一緒。私と一緒」
しつこいです優香さん。
「私と同じクラブだよ洋子。よかったね」
そういって走っていく。放課後、空気が澄んだアスファルトの上を走っていく。
「この野郎まちやがれー」
優香はわかっている。私が追いかけるのをわかっている。だから追いかける? 違う。
「私は怒っているのよー」
「しりませんー」
そういって私たちは駅まで走っていった。息が上がり汗をかきお疲れモード。仕方ないのでコンビニでレモンティーを買った。ひとつのレモンティー。二人で飲んだ。電車が来るまでの間一緒に飲んだ。暇つぶしでもある。断じてそうではない。
「カップルかわたしたち」
「違います」
ただ待っていた。そういう時間であった。
「今日もいくのね」
「あったりしき」
わたしたちはいく。あの巨大なモール。その中の彼に会いに。
「電車代が嵩む」
彼女の財布からはほこりだけ。
「あなた財布なんて使ってないでしょ」
「なぜ知っておる」
「当たり前でしょ」
優香はスマホのなかにお財布。便利ってやつだ。
「落としたら大変だけどね」
そういって実演する優香。そんなことしたらスマホが壊れてしまう。
「大丈夫。こいつの硬さは異常だから。亀の甲羅ですら負けてしまった」
そういって亀とスマホとの決闘動画を見せてくる優香。ああ亀さん頑張って。スマホになんか負けてはいかん。駄目、駄目…あ、ああ。なんで。…
「酷いわ誰がしたの」
「だれかしらないひと」
そうしてる間に電車はくる。放課後、学校に用はない学生が乗った電車。
「行こう洋子。落ち込んでないで」
優香はもう電車に乗っている。
「荷物ちゃんと持ってね」
「うん」
私も遅れて電車に乗る。閉まる。そして動きだす。少し揺れてそしていく。前へ進む。
「気をつけるから」
「なにを」
「ああいうの」
そういってただ乗っていた。特に話すことなくドアの近く二人で立っていた。
電車はモールのなかへ。ショッピングモールのなかに駅がある。
「近代的だなー」
また優香。
「近代的なやつはいいよねー」
「うんいい」
「やっぱり時代は近代的だなー」
そうらしい。
「どこがいいの」
きくんだけど。
「近代的なところ」
っていう。
「わかんないよー」
そういうが。
「近代的だからね」
といわれ
「パニックになります」
「はい氷」
頭の上に。
「冷やしなさい。そういう時は」
そうはいいますが。
『ドアが開きます。ご注意ください』
着いた。私たちは床に下ろしていたカバンをしっかりと持ち電車を降りた。
球体が先かモールが先か。起源はわたしたちには推測が限界。どっちが正しいかどうかなんてその日毎に変わる。当たり前。
「まあでも球体の周りにモールを建てるなんて近代的だよ。なかなかに素晴らしい」
世間の流れはそうであった。
「憩いの場として設定されておる」
柔らかいモフッとした椅子の上。私たちは座り円を見ていた。
「ここにくると落ち着くからね」
彼は街。街に暮らすわたしたちが彼をみて安らぐなんて当たり前。だってこんなに穏やかなんですから。
液体は球体の周りを包み込み、私たちは周りを行き交い、ただその柔らかさに心を穏やかに。ここは街一のスポット。
「当たり前の落ち着き」
いっぱいの人。座ったり立ったり和んだり。それぞれがそれぞれの過ごし方。円はただ見守りわたしたちに生きていても大丈夫だと、そう示すかのように動かずただ息をしている。
「ここって空気がいい」
そう思う。
「こういうところだからじゃない?」
「近代的ではないの?」
優香は穏やかな顔でこちらを見、
「近代的というかさー、守護天使? わたしを包んでくれるー?」
確かに護られている。天使だ円は。
「すきだねここ」
「わたしも」
ただ過ごす。放課後わたしたちは過ごす。そうやって時間は過ぎていく。たくさんの人。彼らもそうなのかな。みんな落ち着いて、穏やかで。そうやって生きられる。ここでは。この球体の前では。
「だからっていつまでも続くわけじゃないんだよね。この時間」
優香は一言一言ただ綴るように呟く。
「どうしたらいいんだろうね。まったく」
そういうけれど。
「ただこの時間を楽しむしかないんじゃ」
「楽しむもよくわかんないや」
優香はカバンを持ち
「わたしはもういくよ」
といって歩き出した。
わたしはまだここにいたかったけど優香が先に帰るなら話は別だ。荷物を持ち、円をみてついていく。
「まだいたいんじゃないの」
「別にまた今度」
そういってモールを歩く。女子高生。アイスを持って歩いている。
私たちは歩く。早足。少し早い。私は優香についていく。駅にいくんだよね。
何もいわずただまっすぐ。私たちは歩いていた。人はみんなゆったりと。
そうやって歩いているうちに駅に着き優香はスマホで通りわたしはチケットを買い改札を抜けた。
電車は来ていた。わたしは少し走り優香が入っている車両へ急ぐ。
「はやくー」
まあ間に合う。そんなギリギリではない。
「よかったね」
「まあね」
電車は動きそして私たちは座りただ待つだけ。駅に着くまで。待っていた。
私たちの地域は円から遠い。同じ街なのにね。なんでだろう。
「身分不相応なのよ。この街は」
そう優香はいう。だから円はあんなに欠けていると。球という体をとれていないと。
「なら身の丈にあった生活をすれば街も充たされるのかな」
あまりに欠けて欠けて…。せっかくの円が台なしだ。
「もしそうならこの街はなくなるわね。私たちは死んじゃうね」
「なんで」
優香はキュッと口を尖らせていう「わたしたちがいるから街があるのよ」って。
どうしたらいいんだろう。わたしたちはどうすればいいんだろう。
「生きるか死ぬか。それとも街からでるか」
カッターナイフが手首に。わたしの向かい側の席。優香は制服の袖をあげてカッターナイフを。
「やめて」
「死ぬしかない」
そういって手首を、手首を。
ポタッポタッ。大きな滴。血が盛大に。
「こんなんじゃ死ねないのよ」
泣いている。優香は泣いている。
「生きられないし死ねないしそうならばどうすればいい? 存在しないようにそうすれば」
街からでればいい。街から。
「私たちには無理でしょ。できるなら生きられる。死ねる」
街のそと。守ってくれない。円はそこにはいない。迫られる、現実を。
「生きたい生きたい生きたいよー」
わたしも生きたい。生きたい。生きたい。声に出ず。
「わたしたちはこの誰もいない電車に乗るのが精一杯」
誰もいない車掌さん以外はわたしたちが二人。車両は五つ。人はわたしたちだけ。そんな電車で生きていく。
「生きたいよー」
叫び。誰かきいてよ。
「なぜ生きれないの。わたしは弱いの」
神様。女神様。私たちのもとに天使を。
「もう駄目だ。もう駄目だ」
せめての祈り。届いて。
「死にたい死にたい」
電車に二人。まだ駅には着かない。ただこうやって生きるしか。
ポタッ、ポタッ。音が響く。無言。血の音だけ。
どうしようもない。窓を開ける。
風の音。風の声。痛い。冷たい。わたしはすぐさま閉める。
「どうしようもないのね」
優香はそういい頭を抱えていた。
何か答えが欲しい。この状況を抜け出せる。そんな答え。
簡単なのかな。モールでアイスクリームを食べるのも簡単なのかな。ぶらぶらゆっくりと歩くのも簡単なのかな。それとも私たちみたいに苦しんで泣いて蔑んでその末に至れたのかな。そうならばいいのに。教えてもらうのに。答え。私たちには果てなく遠いそんな答え。
「そんなのないよ。無理だよ。わたしたちは一生こう。この場所で腐っていくしかないの」
優香は床にべたつき泣きしゃぶっている。わたしはただみているしかない。
「この可能性を秘めた若い身体もなにに熟することなく枯れていく。ふにゅふにゅ。熟したことないからすぐ腐って捨てられるわ。そういう人生よ。わたしたちって」
「でもあるよ。きっとあるよ」
諦めたくなかった。どうにかして、どうにかして。そうやってなんとか凌ぎ続けていたならば。何か手がかりぐらいは。
「そんなのわたしには無理。耐え難い」
「そのためのわたしでしょ」
わたしは手をだす。優香の目の前。
「あなただけじゃ厳しくてもわたしがいる。駄目でも支えてあげる。本当に無理な時もおぶってあげる。だからいこうよ。少しでも前へ」
優香は手を出さない。ただみているだけだ。
「大丈夫だよ。絶対にみつかるよ。だから大丈夫。一緒にいこうよ」
「無理よ。わたしたちには無理だわ。無理だからこうなっているんだわ。不可能だ。不可能だ」
そういって優香はまたカッターナイフを。
「駄目それ以上‼︎」
本当に死んでしまう。
「でも、でも」
「熟れ若き乙女になるんでしょ。まだまだ鍛えれるし熟れられるよ。うちのお姉ちゃんだってそうだったから大丈夫。わたしよりブスだったのに今じゃ人生謳歌しているよ。だから大丈夫。私よりはるかにかわいい優香なら大丈夫」
「ほんとう?」
「あったりしき」
わたしは抱く。やさしく。温かく。
「手、手当てしないと」
「うん」
わたしはカバンの中から救急セットをだして手当てする。
「手だして」
血まみれ。少し深い。
「まったくもう無理をしよって」
「ごめんなさい」
「わたしに謝るもんじゃないよ」
淡々たんたん。ただ淡々と。
「まあこんなもんでどうだろ」
「ありがとう」
わたしは手当てした方の手をゆったりと握りゆっくりと立つ。優香もゆっくりと。
「顔もまったくの荒れ放題」
私はハンカチで
「かわいい顔が台なし」
顔を拭いてあげる。
「かわいくないよー。ぶすだよ。暗黒だよー」
「うちの姉ちゃんより?」
「そうだよー」
「嘘つきー」
「嘘じゃないよー」
照れ笑い。顔が赤くなっている。
「顔が証明しておる」
優香の顔はもっと赤くなり
「私の顔も嘘つきなの。ほんとなの」
照れ笑い。
「やっぱりかわいい優香だ」
違う〜。そういう声。
私は笑う。よかった。にっこり。
「元気元気。笑った顔が一番だよ」
「恥ずかしいこと言わないで」
「だってほんとうだもん。ほら座ろう?」
わたしは手を握ったまま歩く。優香はついてくる。二人並んで座る。こんな電車だからね。座り放題。
「楽だね」
「うん」
わたしたちはただ真っ直ぐ前をみていた。川。長い川。街のなか、私たちが暮らす場所と円が暮らす場所を別ける長い川。橋の上を走っていた。電車の音が響く。川面が煌めいている。鳥が飛んでいる。水平線を太陽が進んでいる。あまりにきらびやかな。
「私たちも生きているよ。しっかりと」
手を握る。ぎゅーとやさしく。
「一歩一歩で大丈夫さ。こうやって握手できるんだから」
目を見ている。涙の跡がまだ残っている優香の顔。
「やっぱりかわいい優香」
「かわいくないもん」
「だから大丈夫。手を握れるんだから大丈夫」
「大丈夫ばっか」
「大丈夫だかんね」
「そう?」
「そう」
そういってただ過ごす。大丈夫。息してる。座ってる。陽を浴びてる。柱と柱の間を行き交う陽を感じてる。鳥も飛んでるし、川をみれているし。だから大丈夫。遠くてもみえなくてもいける。生きていけるんだ。
優香とわたし。しっかりと生きてるよ。誰もしらなくてもわたしたちはいきている。この握手が証拠。
あたたかく、やさしい。優香と洋子の握手。誰にも感じることのできない私たちだけの温度。
「眠たいね」
「寝よっか」
いうまでもなく優香はもう寝ている。いつものことだがあまりに早い。わたしは寝るのが苦手だがまあ寝れる。ここでなら簡単当たり前。ほらこういっているうちに…。もう寝た。夕日が柱と柱の間から差し込んでくる電車のなか、優香と洋子、私たちは寝た。ただ寝た。誰もいない私たち二人の車両で。手を握りながら。
駅舎はボロけている。ペンキが剥がれて草ボーボーで。無人駅であった。やりたい放題である。
「まあなにもしないけどね」
そういって優香は普通に改札を通る。私も通る。チケットを箱に入れてっと。
「全く箱の中にはなにが入っているんだろうね」
「駄目」
お金など入っておらぬ。だからやめなされ。
「入ってるかもなのになー」
「駄目です」
優香は全くもってがっかりだ、私の業務を停止するとは全くの問題だというポーズで私を見る。
「早く帰りましょう」
お腹が空いていた。だから帰るのだ。
「うん。じゃあね」
優香は自転車。私は歩き。道が反対でここでのお別れ。
「お大事にしなよ」
「お互いにね」
そういって別れる次第。
ただ歩く。私の家はそれなりの遠さ。自転車ないからね仕方ない。姉さんがね乗っているやつしかないんだよ。私には貸してくれないんだよ。まったくもってってやつだ。
「ペンペン」
ペンギンが歩いている。野良だ。
「ペンペン」
田んぼの中を歩いている。わらが足に絡んでいる。
「ペンペン」
ああ、転んだ。転んだよ。
「ペンペン」
起ち上がらないな。もう駄目か。
「ペンペン」
一人で立ち上がりなさい。一人じゃないと意味がない。
「ペンペン」
がんばりなさい。達者でな。わたしはいくよ。お腹すいたからね。またね。
「ペンペン」
「ただいま」
当たり前の返事。玄関の鈴が響く。
「ペンギンさん…」
彼は一人で立ち上がれただろうか。気になる気になる。
椅子に座って思案。考える人のポーズ。
野生なんだからね。わたしが今手伝ってあの体験をまったくの誤解で進ませるのはいけないこと。でも、でもなのだ。わたしは出会ってしまい助けたいと思ったのだから。そういうケースを重んじてしまうのはよくないことでは。ペンギンさんを救うことが一番ではないか。したいのだからしよう。そうだ。そうに決まってる。
わたしは飛び出した。靴を履き玄関を開けて。
とにかく走る。ペンギンさん待ってて。わたしが助けるから。待ってて。
「ペンペン」
ペンギンさんお生憎。骨になるまでこの体勢も。
「助けにきたよ。救助だよ」
「ペンペン」
こんなわら如きに負けるとかなんていうペンギンだ。
「あまりに脆いよペンギンさん。もっとお勉強が必要だ」
「ペンペン」
ペンギンさん起ち上がる。もう大丈夫。
「これでいい。すべていい」
「ペンペン」
ペンギンさん体当たり。わたしは飛ばされる。キャッ。
「なにするのペンギンさん」
逃げる逃げるペンギンさん。そういう生き物か。
「まあいいや。うん」
わたしは汚れを払い帰宅する。
ペンギンペンギンペンギン。
私は頑張る。ああいうちょっとしたことはもう起こらないように。
「やりたきゃやる。他の提示があってもやりたいならば」
越えて超えてただやろう。それだけであった。
「手帳に書いておこう」
『やりたきゃやる。そんだけ』
ただ書いた。そんだけ。
「そりゃあ難儀なこともあったもんだ」
電車のなか。誰もいない二人だけ。お話タイム。
「でもまあペンギンがね。野良なんているもんか」
優香は首をかしげる。街にペンギンおかしいか。
「まあいるんだったらいるんだろうがね。私はそんなにペンギンに詳しいわけじゃないからね」
「動物園から脱走?」
「そうならいいけどね」
優香は空を指差す。
「空から飛んできたとしたら」
「なんで浮いた話だ」
損した時間というやつだ。まったくだ。
「なんでさ。別にあり得るだろう」
そうはいうが。
「ペンギンさんがいるならいるでそれでいいよ。ペンギンさんがなに起こしても大丈夫だよ。受け入れるよ」
「街を破壊しても?」
「受け入れて反撃する」
そういうこと。当たり前の対応。
「まあいいか。ペンギンがわたしたちの生活に関わってくるわけじゃないし」
でもまあ一匹の野良ペンギン。何か起こるようなそんな気配。
「受け入れて反撃でしょ?」
そういうこと。何かあってから反応する。万事それである。
「もうペンギンに会っちゃったんだけどね」
もう起こっている。ペンギンが入ってきてしまった。
「考えることも必要じゃない。考えたいと思っているのなら」
そういうことだ。考えよう。頭を回す。回しても特に名案は。
「野菜食いたくなったんだろう。野良だから」
そういうことにしといた。時間がきたし。
【ドアが開きます。ご注意下さい』
私はカバンを持つ。通勤ラッシュ。途中から人の嵐。
「すみません。すみません」
そうやって通り抜ける。
学校ではただ過ごし。授業に出て話を聞いてそれなりに座っておく。ただそういうことをする。何にも特に。座っているだけ。それだけ。
「あなたになにが起こる?」
そういうことを話してくる男子は躱しておく。
「あの人洋子にいつも話しかけるね」
お昼タイム。学校の外のちょっとしたところでお弁当。
「まあそうだけど」
「気があるのかな」
「どうなんだろうね」
実際のところわかんないし。
「まあそういう話も必要か」
「そうかな」
ただただぼーとしていた。そらをみていた。
「なんか黒い点が」
優香がいう。
「確かに」
私も発見。
「なにかな」
「鳥でしょう」
「それにしてはでっかい鳥だ」
ほんとだな。でかい鳥だな。
「半端なデカさだな。鳥にしてはだけど」
「半端かー」
ただそれだけでみているだけ。お弁当食べて時々浮いた言葉を呟くだけ。そうであった。
また授業に出て。ただ過ごして。何度目かのチャイムは終わりのチャイム。つまり下校。
「放課後が当たり前であれば」
頭にカバンを載せて歩く優香。なかなかなバランス。
「すごいでしょ」
自慢気。でもこっちそんなみていたら。
「わわっー」
ということになります。
「世の中は難しい」
まあそういうことにしておこう。
おしゃべりしながら歩いていたら駅の前。
「今日もいく?」「いくー」事前に済ましていましたので当たり前にそっちのホームにいってそのままお喋り。していたんだけど。
ペンギン。向こうのホームに立っている。
「優香。ペンギン。あっち!」
「えっ! うそ。そんなわけ」
「あっちあっち」
指差すが電車が通る。はやくはやく。
「ほらっあれ」
もういない。
「撹乱作戦に出たかな。ペンギンも」
ふふーんという態度。あなたは全然見透かしておりません。
「嘘じゃないよ」
「当たり前」
まだふふーん。わかってないよー。
『二番線に電車が参ります。黄色い線の内側まで下がって…』
アナウンス。電車がきた。
いつも通り。私は円をみるだけ。落ち着くから。心が安らぐから。
これがなかったとしたらわたしはどうなっていたのだろう。わからない。あまりに当たり前すぎて。
救うとか助けとかそういう次元を通り過ぎて当たり前。私の生活の当たり前。
街だから。街に暮らしているから。当たり前。
ありがとう。ただそう祈る。
「街が揺れているね」
優香のつぶやき。わたしはみる。水が揺れて黒いブロックはゆったり動いている。
「球体の形が変わるの?」
わからない。優香もわかんないと。
「とにかく揺れていることは確かだ」
地面は揺れていないけれど。
「揺れているけれど気づけないだけかもね」
あまりに当たり前すぎて。あまりに解らなさすぎて。
「それじゃ大変だ。どうかしないと」
わたしは立つが。
「解らないから何もできない」
そうであったのだ。
「でもなにかしたい。街のためになにか」
少しでもの救いを。一つの要素を。たとえ解らなくともこの事実に気付けたのだから。
「じゃあ少しでも分かろうと努力することね」
優香も立つ。そして
「散歩をしましょう」
手を握ってきた。
「色々注意深くみるということだね」
誰か何かいつもと変わった変調がないか。
「でもそれってペンギンさんでは」
野生のペンギンさん。わたしの前に現れた。
「ならなぜペンギンは突然」
わからない。お腹空いたというのが一番の名案。
「腹減ったという理由にしてはあまりに遠出」
「川に流されてきたのでしょう」
山から流れてきたペンギン。
「山でキノコでも食ったのか」
「キノコはまずい」
苦い顔優香。
「話が脱線する」
ペンギンさんの話を。
「まあ難しいね。ペンギンが神の使者なわけないし」
「天使」
私たちを裁量する。そして連れていく。たとえどうであろうと時がくれば。
「じゃあわたしは死んだの」
胸を触る。柔らかい。
「生きておる」
「当たり前よ。あなたがいつ死んだっていうの」
怖い声。気をつけないと。
「じゃあ下見?」
かぶりを振る優香。
「そもそも天使と決まったわけではない」
「天使ならいいのに」
わたしは救われる。わたしのもとに現れなかった天使。あなたが天使なら願ってもないこと。
「連れていってくれる」
「馬鹿なこといわない」
優香は手を強く握りわたしを引っ張っていく。
「ペンギンを探すわよ」
街のどこにペンギンはおる。
「動物園にならいっぱいいるんだけどね」
ペンペン。ペンギンたちそれぞれ歩いてる。
「まあ違うよね」
収穫はない。動物園のペンギンは動物園のペンギンでしかなかった。
「あんなの何ら変わりない動物園のペンギンだわ」
そういって胸を張り手をまっすぐ顎を出し足をちょこちょこ動かす優香。
「探しているのは野生のペンギン」
「一応収穫ありだけど」
まあ特になし。
犯人は事件現場に戻ってくるからね。田んぼとかもみるけれどやっぱりいない。
「まあでも1日にやるもんでもないし一日千秋だな」
「一日一歩。三日で三歩。一歩進んで三歩下がるという」
わたしは実演。ほれほれこうやって世界は進歩するのさ。
「実際は下がっていくと」
わたしは落ちていく。水の流れを逆らって落ちていくよ。
「まあ一日一善だな」
とにかくそれ。そうでしかない。
「まったくの見当違いかもだからね。そういう態度でよろしい」
そうであった。
でも。ペンギンさん。見当違いとかそういうのでは済まされないあの異体な。
「どうしようもなくペンギンが」
存在している。
ペンギンさんはなんなんだろう。わたしにとってなんなんだろう。
必要だから現れる。存在できないなら現れない。
存在できるようになったの? なにやら別の要素が瞬間だけ入れ込んだの?
存在存在。奇特で特異で不思議な存在。
ペンギン。この街にペンギン。
「街は許すのだろうか」
許せるならとっくの昔からいただろう。
「もう会えないのかな」
それならばあの円に見られた兆候はなんだったんだろう。気のせい? それとも別のなにか?
わからないしわかれない。分かれるのはいつも解ってから。
「なにかしたいなにかしたい」
この出来事になにか。でも、でも。なにをすればいいのかわからない。
少しでも分かろうと努力する 色々注意深く見る
それだけなのだ。それだけで。
「早く知りたい」
疼く。そわそわする。気になって気になって。なにか悪いことしたような。
外に出よう。わたしはパジャマ。でも外に出る。
飛び降りた。二階から飛び降りた。
痛っ。でも死には至らず。
この程度では死ねないのだ。わたしはぶるぶる震える足に鞭をうち走る。ペンギンさんどこ。そう思いながら。
どこにもいない。わたしの地域。道はアスファルト、周りは田んぼ。車がちょっと走ったり。どこいくんだろうね。ここは通るだけだね。
わたしは歩く。ひたすら歩く。素足で歩く。時間は何時? わからない。
夜の街。体が凍える。耐えらんない。もう帰ろうか。そう思う。
空をみる。星。初めてみる。
星は綺麗と聞くが。夢だと聞くが。
なんていうかごみ。黒い空に残された塵。
わたしがわからないのかわかれないのかどっちかなんて知れないけど。こういう生き方のわたしにはわからないね。星がどんだけいいものかっていうこと。
もしわかれるならばいつかあなたと繋がりたい。あなたに何かを預けたい。今この時に在るあなたたちを見ていたい。そうおもった。
車の音。冷えた音。近づいて遠のく。音は残り光は明日へ。
ロータリーっていうの? そういうのがわたしの地域にはある。最近できた。
子供の時にはなかったけれど。今はある。
車がどっからかきてどっかへいく。どこに繋がっているんだろう。この道は。
あまり気にならない。どうでもいい。ただ音だけが素敵だった。わたしの街を行きて行く彼らの存在。生命の存在。それだけでよかった。
まあわたしはわたしとして生きられるのなら。この場所は忘れるだろう。そう思うと少し哀しくなった。
わたしの大事な場所。好きな感じの場所。ここもまた溶かして明日に進まなければ。
「ありがとう」
ただそれだけ。
ペンギンはやはりいないんだ。今わたしの前にはいない。それが今のわたしの程度であった。
朝起きる。いつ寝たか。しらない。
わたしは寝るの怖いしだから寝る時はよくわからず寝てる。
寝るまで恐れて恐れて怖がっているのに寝る時は忘れる。なにもかも忘れてる。
「ふとんはへをふくへいへいほー」
ラッパを吹きながら歩きます。朝のご飯を食べにいきます。
「今日はやけに寝起きがよい」
そう思う次第であった。
「チーズをのせたパン」
栄養は偏っているのだろうか。
「まあ食べるよ。これがご飯だから」
おやつにはいい食感。
「ごちそうさまというやつだ」
わたしは皿を投げ割れてしまう。
「割る気はなかった。そういうこともある」
逃げているな。そう思った。
「ごめんなさい。わたしが悪いのです。ちゃんと皿を扱っておれば」
謝る暇があるのならやりなさい。謝らずともやれるでしょ。そういうことだ。
「わたしは活かす。次に繋がる」
そうであった。
服を着替えてカバン持ちお茶を入れていざ出陣。
「あれま」
ペンギンさんが歩いておる。道を歩いておる。
「何か用ですかな。この街に」
単刀直入。聞いてみる。
ペンギンさんただ歩くだけ。口なしか?
「立派な声はどこいった」
パタパタ。地面をちょこちょこ歩きおる。
「そういうことだね。絶交なんだね」
わたしはもう知らない。ただ歩くペンキンなんて知らない。そう宣言した。
「本当にいいんだね。もう生きられないよ。わかってる?」
ただよちよち歩くだけであった。
わたしも歩く。駅に行く。一緒じゃないからね。わかっておいてね。
駅。電車。優香。乗車。着席。隣。優香。隣。ペンギン。別のペンギン。
世にも奇妙な緊張感。動いてはいけない。息もダメ。ここは静止。私たちは固まっている。そうである。そうでなければいけない。
言葉もだせず。息もせず。生きるとはなにか。般若苦真如かそんな感じの物を呟いておくのがお約束。
「わたしそんなのしらないよ」
「そんなのって」
「般若苦信行」
「般若心経ね」
「はんにゃしんぎょう」
それっきり。
電車のなかに他の人が来てもそのままで。
ペンギンさんは何も言わず座っておられた。
ぎゅうぎゅう詰めになっても変わんない。いつもと同じ朝。
私たちは降りた。ペンギンは降りない。
降りてドアが閉じてもいなかった。そのまま電車は動き次の駅へ消えた。走っていった。
「一体なんだったんだろうね」
摩訶不思議な出来事であった。
学校。授業中。窓の外。わたしは見ていた。いつも見ている。特になんてことない時は。
紙ひこうき。誰が飛ばしたんだろう。
風に流されて落とされないように、そんなの意識してないだろうに飛んで飛んで凌いで飛んでいっている。
なんとか飛んでいる。落とされ落とされずがんばって。
ゆらゆらだけど生きている。ヘロヘロだけど風にのる。
生きている。生きているんだ。
どこまでも飛んでいけ。できる限り飛んでいけ。願っている。願っているから。
わたしの窓からはもう見えないところに飛んでいった。視界は狭い。この窓は。
一体どれほどまで見ることが可能なんだろう。目を拡げても視野は広がらず。
生きたら。しっかり生きていたら見れるんだろうか。紙ひこうきの行方。
放課後私たちはいつものところに行く。あまりに当たり前。わたしたちの日常。語ろうにも語れない。ただ一ページの写真だけが語ってる。この時間だけが貴重だったんだなって。
「でもわかんないしただ生きてるだけだ」
呼吸して生きている。
「そんだけだ。うん」
「何話しているの」
優香が怪訝そうな顔で伺います。
「私たちは生きているねってこと」
「当たり前でしょ」
ガタンゴトン。電車は時折揺れて教える。私たちは電車にいるってこと。危険だってこと。
「まあ程度の違いはあるだろうけどね」
生きている。みんな生きている。わたしも生きている。当たり前だった。
「生きていかないとね」
「できる限りね」
そうであった。電車の窓。外はすぐ消え去り日だけがゆっくりといきていた。日光は接続。融和。わたしたちはまだここにいる。
「忘れずにね」
忘れなくとも感じているから大丈夫。
「なくなったのなら?」
「忘れるかな」
でも。
「あったことは確かだから大丈夫。たとえなくともあの時はあの時のままそこに」
電車の中で息をしている。少し寂しげな陽を浴びながら生きている。それでもなんとかここにいるんだ。
「少しずつだね。なにもかも」
そうだと思う。できる限りは。
血まみれになりたい。血まみれになって。
「どうなるの」
球体。円の中にはペンギンさん。
「これは一体どういうことだ」
優香の声。人々はみんな怪訝な顔。
すいすい泳いでいる。楽しそう。そんなにこの水はいいのかな。
「街が壊れるよ」
みんな思っている。わたしたちの球体。街を破壊するならば容赦せぬ。
「でもどうすれば」
いくしかない。たとえ少々破壊することになってもこれから先の損害を考えると。
「いこう」
わたしは水の中に飛び込む。群衆の声。優香は叫んでいた。
ペンギンさん。こちらにいらっしゃい。あなたはお好きでしょう。ほら見てバナナ。水に溶けて…あれ?ないね。溶けちゃったね。
なにしてるのさ。ここは街なんだよ。このブロックは生命のかけらなんだよ。これが壊れると街の何かが破壊されるの。だからね、はい。こちらにいらっしゃい。あなたのこと好きだから。なにも触らずにね、ね。
もうなんでいうこときいてくれないの。失敬しちゃう。ペンギンってみんなあなたみたいなのね。誤解しちゃうよ。もう生きていけないよ。わかってる?
ああ死ぬわ。溺れちゃう。気のせいじゃないよね。ここはただ液体。水じゃない。わたしも呼吸できて、包まれて、愛を知る。そんな場所。
なんで溺れるんだろう。駄目だから。失格だから。合っていないから。じゃあどうすればいいの。死んだらいいんだね。そうだね。
嫌なら殺せ。邪魔なら追い出せ。合わないなら拒絶しろ。お願い。中途半端が嫌。あなたの言葉が嫌。
ずっとこんなの。溺れかけの振り。溺れないわたし。
そうなんだね。わたしなんだね。わたしの世界なんだね。
わたしが動く通りに世界は型どられるんだね。いま、はたまたちょっと前のわたしなんだね。
嫌になる。死にたくなる。わたしがどうなりたい。どうしたい。
なにもない。なさすぎて。こういうふう。
宿命はわたしが作らないといけない。作って作って造らなければならない。もし生きたいのならばそうしなければならない。
首を絞める。首を締めて死ぬ。死ぬことができたのならわたしはやっと生きられる。
泡。私の泡。浮いて浮いて消えちゃうの?
泡だけだ。あぶくだ。私の中から血はでないの? 肉はでないの? 骨はでないの? 言葉はでないの?
でない。でないのならば。溺れるまで、溺れ続ける。それだけができること。わたしのせめて。
死んだ。もう死んだ。わたしは生きられる。そう信じて。
「駄目死んじゃ!」
声。優香の。
手だ。優香の手。
「生きようよ。ねえ」
わたしは出せない。勝手だ。
「もっともっと超えられるよ。言ったじゃない。たとえ一人じゃ無理な世界でも二人ならば超えられるって。嘘じゃないよ。洋子がわたしの手を握っていてくれたからわたし今もいるんだよ。どんな壁でさえ乗り越えられるの。嘘じゃない」
手。涙。わたしの手に届く。流れてきた。零れ落ちた優香の涙。
「腕。手を。手を」
優香と私との距離は遠のく。私はどんどん沈んでいく。優香も頑張るけれどあまりに私が早すぎる。
拒絶なんてしてないのに。なんでこんなに早く別れてしまうの。わたしはそういう人なの。知っていたけれど。
駄目だ。優香。優香との握手。強い。強いんだ。わたしはわからないし信じられない。全くの一人じゃなくちゃ世界といられない。そんな思い込み。
手。届け。届け。優香。あなたの手。わたしは握りたい。せめての。できる限りの祈り。
「届いた」
引っ張られる。抱き寄せられわたしはこの海をでる。浅く薄く深い海を。
「もう離さない。そんな想像ですら」
生きている。わたしは生きている。
「わたしたち、でしょ」
優香に怒られた。よかった。
「まあ全くというほどの大変さであった」
制服は水浸し。私たちは服を買い電車の中。
「でもお揃いにすることはなかったんじゃない」
「いいでしょこういうのも」
まあいいけどさ。
「これからは離さない」
ぎゅー。握手。
「生活がなかなかに苦しくなる」
「それを乗り越えてこその二人よ」
なんか話が違う気が。
でもこういうことの繰り返しかもしれない。ちょっとした壁のようなそんな砂の城をみて敵前逃亡するか少しの勇気でぶつかるか。そしてそのまま登ることを続けられるか。破壊して。そして進んでいく。少しずつはっきりとわたしを理解して。
「何度も何度も迎えるのかな。こういうこと」
「それでもわたしは求めるし」
「わたしも求めるってことか」
そういうことであった。そうならば、だからこそ。
「二人でならば進める。たとえちょっとだけでも」
それってとても素敵だ。
温かい。生きている。ここにある確か。
「生きていくだけか」
「そういうこと」
人はどんどん降りていく。私たちは二人座っている。手を握りあいながら。
朝。ペンギンいっぱい。三匹ほど。
「街は荒れ始めた」
円の中には一匹のペンギン。ずっと泳いでいるのか?
「一体どうなるの」
「どうもこうもないよ。なるようになるよ」
電車の中にはペンギン六匹。それぞれに移動を楽しんでおる。
「これじゃ偉いことになる」
「もう充分だよ」
蟹とかクラゲとかなら聞いたことあるけど。ペンギンが大発生となるとこれはどういうこと?
街には必要なの? 要るとか要らないとかそういう永続的に思考する言葉とは違う破壊の存在を。ペンギンは破壊する。街を破壊する。
街が望んだこと? そうならば。
「本当に大変なことが起きた」
「やっと気付いたのね」
わたしはどうするか迫られる。生きるか死ぬか出ていくか。街は刻々と崩壊へ進んでるのだから。
「どうしようかな。そのときがくれば」
「その時って?」
「街がなくなるとき」
はてピントが合わないな、このメガネあってないよ。そう明示する顔つきの優香。
「なくならないよ、街は」
「なんで。こんなにペンギンが大量発生しておそらく彼らは」
「私たちはまだこの街を必要として要るのよ。まだでる時じゃない。少しずつ少しずつやっていく。一つ一つ私たち自身をゆっくりでもなんとかやっていく。そうやっていって街が私たちに耐え切れなくなったら出ていきましょう。そうしましょう」
そうはいうが。
「ペンギンはどうするの」
優香は立つ。
「私たちの邪魔をするならなんでもする」
ペンギンさんに近づいて。
「こうする」
血塗れ。一匹のペンギンさんが。鳴き声。悲鳴。この惨劇。他のペンギンさんは威嚇する。敵だ敵。こいつをやっつけろ。
意味がないんじゃないか。そう思うんだけど。
ここのペンギンさんはいなくなったとして。他のペンギンはどうするの。全員消しちゃうの。そんなの構造的に不可能だ。
「じゃあどうすればいいの。街を守るためには」
みんなで守るしかない。一人で無理ならば。
「いこう。いまこそ彼のもとへ」
球体は四面楚歌。ペンギンがいっぱい。数え切れないほど。ひふみひふみ…。頭は混乱。
「守れ守るぞー」
人対ペンギン。ペンギンはただ動いている。ヨチヨチヨチヨチ。足を交互に動かせながら。胸を張りながら。ただ歩いている。いっぱい。
「負けぬ。徹底抗戦だ」
水のなか。いっぱい入っていく。街がどんどん動いていく。ブロックは動かされたり乗っていたり。だんだん動いて次第に潰れるか。
でも止められないよ。こんなにいっぱいだと。もっと根本的な問題なんだ。だからなんとか凌ぎ紡げてその先にこの問題の答えを知れたのなら。それでいい。万事解決。
「答えなんて知れるはずがない」
知らないおじさん。
「戦争は始まってしまった」
知らないおばさん。
「もう後はごまかしの人生。その場凌ぎでなんとか耐えていく」
知らないおにいさん。
「私たちは損失することでしか前に進めないのか。ならば、ならばなぜ戦う。戦うのだ」
知らない中学生。
みんな戦い傷つき殺される。なんのために殺されるの? プライド? 家族? 結局は。
「他人に預けたわたしを汚されるのが嫌なんだ」
他人に預けないと生きられないんだ。わたし自身のわたしの当たり前さに耐えらんないから他人に預けそういう振りをする。そうして生きやすくする。
「ペンギンさんは街から何を預かったの」
自殺。破壊。崩壊。
「そんなに死にたいの」
まったく困った街だ。
「自身の体に耐えられないと」
どうしたらいいのだろう。わたしが彼と一緒に手を繋げるなんて思えない。わたしは耐えられない。その範囲の広さに。
「どうしてあなたは街になったの」
声。叫び。痛み。
ペンギンが何体円の中に。人は阻止しようとするが踏み潰され骨が折れ血を吐き死んでいく。それでも守ろうと人はどんどん集まりそして死んでいく。あまりに流れ的に行なわれる。ペンギンはもう周りに充満している。もう円には入れないよ。それでも入ろうとおしくらまんじゅう。入ってはでて入ってはでて繰り返し。
「もうやめて」
そういう声になんの意味が。
「意味はある」
優香。手を握っている。
「わたしは救いたい。それだけで意味はある」
それぞれがそれぞれに好きなこと。人の行為はそれをでない。
「わたしたちをやりましょう。好きなこと」
街は街に耐え切れなくなった。その大きさを捨てたくなった。だから死のうとしている。ならばどうすればいいのだ。
「わからないけど叫ぶんだ」
せめての代わりを。この街と手を繋げれるそんな存在が現れるよう。祈り。祈りの叫び。
「球だ」
知らない声。
「完全たる球に」
本当だ。
「欠損が埋められた」
ペンギンさんが埋めた。まだまだおしくらまんじゅう。円の周りに雪崩のようなペンギンたち。
彼らは埋めた。街の欠損を補った。
「でもこれって」
痛いよ。辛いよ。
ペンギンはやってくる。どんどんどんどんやってくる。百億のペンギンがどこかからやってくる。この街の彼の欠損を埋めるために。
「でももうここには私たちは…」
モールはもう無理だ。埋めるためにしか存在できない。
「私たちはどうすればいいの」
埋めれない。心は痛い。耐えられない。
「街は存在できないのね」
崩壊する。じきに哀しみが振り落ちる。
「もう駄目かもしれない」
わたしはそう思った。
街。大きく視認は困難。でも生きている。色んな所で。
わたしと優香は生きている。街のなか。はずれもはずれ。隅というかそういうところ。
道。ただ通り行く彼らの道はペンギンの道。ギシッギシッ。右から左まで道の幅全てにペンギンさん。よく落ちてまた戻り。よく落ちてまた戻り。繰り返し。前へ前へ進んでいく。街の中心、街と言えるあの都市部へいくのだろう。欠損を埋めるために。それにしてはの量だ。
「恐いのよ。欠片がなくなることを思うと」
優香。
「もう止められないわ。あとは街がいつ気づくのかということ」
街は生きている。どうやって?
「わたしたちはまあ彼にとって欠損みたいなもんですからね。なんの影響もないけど」
どうなんだろう。わたしたちが埋められなかった場所をまったくのとんちんかんが埋めるなんて。
「嫌だよ。許せないよ。そんな自分をわたしは」
優香はこちらを見る。パーカー少女優香。
「嘘の代わりは本当で代替できる?」
「街は空疎があるから街なんだ」
全部ほんとうだと何と言える。
「見たことないからわかんないね」
ブロックの上で踊る優香。
「じゃあもうここは街じゃないのかな」
「大丈夫。はしかだよ」
ぽっと降りてわたしの肩を持つ優香。
「人もまた街の一部なんだよ。円のブロックの一つ。それぞれが一部を担っている」
そして回る。腕を広げて回る。
「この街に存在する要素の一つ一つが生きている。街のなかに生きている。鳥もそらもほしでさえ私たちと同じ一部」
ペンギンはただ埋めるため。でもあれによって何か感じさせられるのは。
「わたしたちなんだよ」
鳥もそらもほしも。変わらない。今まで通り。
変わったのはわたしたち。空疎であったわたしたち。私たちの部分をペンギンに埋められて何も思わないわけがない。
「いくら空疎とはいえ」
「何も感じないわけない」
私たちも生きている。激しく息してる。哀しむし笑うし殺しあう。わたしたちは人間なのだ。
「街に教えてあげようよ。私たちもまた生きてるってこと」
空疎は空疎じゃない。ちゃんとなんとかして生きてるのだ。たとえそれが薄く浅く深くても。
「行こう。街の中心に」
手を握り、走り出した。あの道。ペンギンたちの流れの中に。
「入れるわけあるか」
「だから飛ぶ」
飛んだ。二人で飛んだ。ペンギンたちの頭の上。わたしたちは乗る。そしていく。
「走って走って走りまくる」
ホップステップジャンプ。飛んで飛んで頭のうえを飛んで。
すみませんペンギンさん。時にはこういうこともあるのです。知っておいてください。
「いくぞいくぞいくぞ」
果てしなく続く道。わたしではない誰かがどこかへいく道。誰かと誰かとの繋がり。そういう道。
わたしは走る。街の中心、彼がいるあの場所へ。ひたすら走る。どれだけ遠かろうが一歩ずつしっかりと踏んでいく。そうすればつく。あの街につく。
「待っていなさい街」
わたしたちが教えてあげる。あなたの空疎教えてあげる。空疎になんてしない。わたしたちは生きている。そんなんだ。
河を越え、山を越え、ひたすら走りその末にモールにたどり着く。
「それは偉いことだ。偉いことだ」
モールなんてもうない。あの場所はもう。
ペンギンの山。どれほどのペンギンがこの街を。
「エレベストを越えるな」
うえもよこもえらいこと。街そのものが耐えきれなくなるのもそう遠くない。
「煩い」
ペンギンの声。合唱団。
「一つの槍だな。これは」
殺しにきてる。
「果たしてどうすれば」
どうしようもない。どうすれば街に届く?
「いくしかない」
「やっぱり」
でもこれは不可能であろう。果たして果たしてどうすれば。
「いくんだ」
握手。震えている。死に行くのだ。自らを証明するために死んでしまうのだ。
「でも大丈夫。握手さえできていれば」
それしかなかった。たとえ一人では続けられないせかいでも二人でなら乗り越えられる。明日に繋げることができる。
「繋げよう。この思い」
わたしたちは飛び込み。ペンギンの雪崩の中。潰れ流され死んで。もうわからない。あまりに凄い圧力。世界の全てはここにある。わたしは幸せ。気持ちいいを超えた。
それでも生きているのだろうか。なぜかなぜか。もうなにもわからない。でもこうやってそれらしき呟きを唱えられているなら生きていたってこと。神はわたしを見捨てなかった。
「果たしてこの場合だと適切かどうかわからないけれどね」
優香らしき存在。でも。
「わたしたち体なくしちゃったようね」
声も肉も骨も。全部擦り切れた。
「まあいいじゃない。最後の晩餐よ」
ゆでたまご。
「そりゃあない」
「充分いける」
丸のみ。
「おいしい?」
「世界一」
わたしも仕方なく食べておく。まあいいけれどね。好きだけどね。最後の晩餐とくるとピンとこない。
「それがちょうどいいのよ」
「そうなのか」
「そうですとも」
さて後は成仏するだけか。わたしは手続きを済ましに役場まで行こうとするが止められた。引っ張られた。
「私たちはやらないといけないことがある」
そうであった。
「街に教えてあげよう。わたしたちのこと」
握手して。ギュッとして教えてあげる。わたしたちの存在。
「どうやらあっちのほうに街があるらしいのよ」
「亡霊の感?」
「あそこの死神が教えてくれた」
死神さん。手を振っている。
「チャーミングだね死神さん」
「女の子に弱いのよ」
鎌を持って黒い服装で骸骨で。それなのになんて気さくさだ。
「死ぬ前に死神に逢えてよかった」
「もう死んでいるけれどね」
わたしはいつまでも手を振っている死神さんの方を見ながら歩いた。握手しているから歩けるんだ。生きていられるんだ。間違いない。
街がいた。私たちと同じぐらいの大きさの球体。
「こんなに小ちゃくて本当に街?」
疑問だが。
実際はこれほどの大きさが精一杯なのだよ。街の声。テレパシー。
「じゃあどうしてあれほどまでの大きさに?」
耐えきれなかったんだよ。生きよう、生きようって凌ぎごまかしやっていていたらああなってしまった。わたしはこんなに小さいのに。
「体だけ大きくなってしまったのね。お気の毒」
なぜこうならなければならなかったのだ。わたしはこれでよかった。よかったのに。
「でも仕方ないよね。大きくなっちゃったんだから」
割り切れない。割り切れないんだ。
「その末があれ?」
わたしは生きようと努力した。埋めて埋めて街としてあろうとした。
「それで街になった?」
なったさ。間違いなくわたしは街だ。
「でもおかしいよ。ペンギンがわたしたちの街にあれだけいるなんて」
そういう自体もたまには起こる。そんな全てを管理できない。紐づけることなど不可能だ。
「おかしいよ。ずっとやり続けることなんてできないのに。そんな無茶は無理なのです」
でもそれしかできなかった。わたしにはこれが限界だった。
「起こるべくして起きた」
「私たちには耐えきれなくて」
仕方がないのだ。わたしは街には耐えきれなかったのだ。
「そんなに街って重い?」
重いさ。重くて潰れてしまう。
「私たちが少しあげておきましょう。重いなら」
ギュー。全くの重さだ。
「少しでも軽くなるのならこれで」
そんなの無理だ。それぐらいでわたしの重さが薄まるなど。
「私たちも手伝いましょう」
「知らないおじさんおばさんお兄さん。中学生も」
「あなたには充分世話になりましたからな」
なにをしたという。お前たちのことなど知らない。
「助けてくれました」
「駄目な時も屑な時も許してくれた」
「この街にいてもいいと」
「生きていて大丈夫だと」
「そうやって救われた」
「だから今度はわたしたちの番」
「あなたが重いというのならわたしが支えましょう」
「あなたが辛いというのならわたしが慰めてあげましょう」
「あなたが寂しいというのならわたしがここにいます」
「少しでもあなたのために」
でも俺は、なにも、していない。
「でも事実」
「私たちとあなたとの事実」
「ほら見てご覧なさい。周りを」
ひとだ。ひとがいっぱい。
「たとえ死のうともあなたのためにならこれほどまでの人がやってくる」
「死者、ゾンビ、亡者」
「それでもあなたが重いというのなら少しでも駆けつけます。支えます。だから」
「大丈夫。叫んでも苦しくても諦めても辞めても大丈夫。わたしたちが支えますから」
街。街はなにを思うだろう。
ペンギンをはるかに超える人、人。みんなが支える。街を支える。
亡者。ペンギンに殺された亡者。
街に殺されたのだ。私たちは。
それなのになぜ私たちは支えるのだろう。許すのだろう。この街の堕落を。
「わたしたちもそうだったから」
優香の声。
「今度はわたしたちの番」
少しでも支えになるならば。ほんのちょっぴり生きられるようになった私たちの願い。
「私たち死ぬのかな」
「たぶんね」
もう終わりなんだ。死ぬんだ。亡くなるんだ。
実感ないね。実際のところ。
「もう死んでるからね」
そうなんだ。もう死んでる。
「でも大丈夫よ。いまわたし凄く生きてる感じするから」
確かに。なにか心の奥からやれてる感じする。
「ねえ洋子」
優香の声。
「私たちは二人でひとつ。忘れないでね」
忘れることなんてないよ。
「わからないわ実際。絆なんて」
そうかな。
「死んだら全部消えちゃうからね」
確かに。
「でもわたしたちがあの時この時握手していた事実は存在するから。だから」
大丈夫。
「死んでもしっかり生きてやりましょう。戦いましょう。それぞれを」
溶けていく。優香が溶けていく。
「好きだったよ洋子。他の誰よりも一番好き」
握手。溶けちゃうよ。
「洋子と一緒にいれてよかった。よかった」
駄目。いなくなる。いなくなっちゃ。
「ありがとう。また会えたら、いいのにね」
そんなの嫌だ。
「またね」
嫌。
優香がいなくなった。溶けてしまった。どうすればいいの。っていうより。
ひどいよ。わたしなにもいってなかった。
嫌なわたしだ。なんてやつだ。
もう駄目だ。溶けていく。溶けていくよ。
「死んじゃう」
わたしは溶けた。消えた。泡になって溶けてしまった。