その直感はいいもの悪いもの?
「玲那、そこはこの間教えてもらったからもう大丈夫だよ。それよりも今度はこっちの関数を教えて欲しいんだ」
如月玲那は天才ではない。
何を唐突に、と思うかもしれない。
見た目小学生の子供が高校で習う分野の数学を勉強していたり、外国語でかかれた分厚い洋書を読んでいるのをみたら「この子天才児かも?」と誰だって思うだろう。
しかし玲那は自分が天才ではないことを知っている。
知っているから必至に勉強しているのだ。
前世の知識があるから大人並みの理解力はある。
もともとそれなりの進学校を出て一流とは言えないも地元で有名な大学に入学できる頭脳は持っていた。
だが玲那は1を知っても1しか学べないのだ。
だが彼は違う、彼は1を知って10を学ぶことができるのだ。
鬼龍院聖治は天才である。
現在聖治とは気軽に名前を呼び捨てし合える仲になった。
頻繁に我が家に通って来る聖治と一緒に勉強するようになり、玲那は聖治が天才であるとつくづく思い知らされた。
そして、自分はやっぱり平凡な頭なんだなと改めて実感する。
彼は1度教えたことを決して忘れない。
私の言葉1つ1つを食い入るように噛みしめてよく聞く。そして教えてすぐに応用を覚えるのだ。
そして、貸してあげた恐竜図鑑をまるまる覚えるほどの記憶力も持っている。
いまでは聖治のほうが恐竜に詳しいくらいだ。
美形で天才、チートキャラか!
スタートラインは玲那のほうが早くから勉強しているからまだ聖治に教える立場をとっているが、そのうちすぐに追い越されて立場が逆転するかもしれない。
だが、玲那は知りたいことがたくさんあり、聖治が1つのことに集中して勉強してる間に次々他の分野に興味をもっていく。
聖治の方が効率よく勉強できているだろうが、玲那は効率は悪くとも知識の幅がとても広い。
1を知って10を学ぶ聖治、100を知って100を学ぶ玲那。
傍からみればどっちも天才児なのである。
「聖治はどこの中学に行く予定なの?」
現在私達は小学6年生。小学校は別々なのだが週末はほとんどお互いの家を行き来している。勉強会を重ねてお互いの知識量がもはや小学生の分野を大きく逸脱していることは分かっていた。私たちならどこの私立中学だろうがお受験は簡単なものになるだろう。
天才少年の聖治はどこの中学へ行くのだろうか。ふとそんなことが気になった。彼なら海外留学して飛び級制度も使えそうだけど、私は似非秀才だからのんびり日本の義務教育を受けるつもりでいる。
「僕は玲那と同じ中学に行くよ」
玲那の質問に対し、さも当然のように答えた。
成長期を迎えた聖治は幼少期のまろやかな曲線を鋭利に尖らせ、ノンフレームのメガネに覆われた切れ長の瞳、サラサラな黒髪が清潔感を漂わせる文学少年に成長していた。身長もすでに玲那より拳1つ分は大きくまだまだ伸びる勢いを見せる。身体つきもメガネ君のくせに鍛えてあり文武両道を体現している。
「またそうやって何でも私任せにする。よくないよ、そういう他人任せは。私がやりたいことイコール聖治がやりたいことじゃないでしょ? 自分の意思を持ちなさいっていつも言ってるじゃない」
聖治は何でも私と一緒がいいと言う。
私が読んでる本を読みたがり、私が興味あることが自分の興味あることだと言う。
ならば私がBL本読んでたら聖治も読むんか!
腐男子になるんか!
……って詰め寄ろうとしたけれど、なけなしの理性を総動員してやめた。
聖治の前では腐女子であることを必死に隠している。教育上よろしくないからね。
まったく、初めての出会いはツンケンしたクール美幼児だったのに今では私にべったりの犬属性になってしまった。育て方を間違えたのかしら?
「玲那のそばにいることが僕のやりたいことなんだ。週末しか会えないなんて寂しいよ、同じ学校ならもっと一緒の時間が増えるでしょ?」
いや、今のままで十分だから。これ以上一緒だったら私はいつBLサイトを見ればいいの?
「私とばっかり一緒にいないでもっと友好関係広げなよ」
聖治が私以外と一緒にいるところ見たことないのですが?
「玲那がいれば他なんていらない」
はい、ヤンデレ発言いただきました。これなら将来浮気の心配はありませんね。
だけどさ?
「私は聖治だけなんて無理だよ。将来の為に色んな人に出会って、関わって、経験して、自分の世界を広げるのは大事な事。聖治にも狭い視野で物事をみて欲しくない。将来人の上に立つ立場なら尚更、多くの人の意見を聞いて公正な判断が求められる。そうでしょう? だったら今から人との繋がりを大事にしなきゃね」
私の言葉にショックを受けうなだれる聖治。逞しく生きてくれ。
前世は極力人との関わりを避けてきたけど、それではダメだったのだと今更振り返る。
せっかくその反省を生かせるチャンスを与えられたのだ。
もう同じことは繰り返さない。
自分らしくあるために、殻の中に閉じこもるのはもうやめたのだから。
「私はね桜坂学園に入学を考えているの。中高一貫の学園なんだけど、校風は生徒が自主的に学校運営に関わっていてね、生徒の主体性を大事にしているらしいの。多くの紳士淑女を育成していて、お金持ちの子息を預かるってことで警備体制もしっかりしているし、才能に優れていればその才能を伸ばすための支援制度もしっかりしている。私、そこの学業奨学生枠狙ってみようと思うの」
「あの有名な桜坂学園か、いいかもね」
「うん、なんかね名前を聞いてビビッときたのよ」
果たして玲那のその直感はただの直感なのだろうか。
桜坂学園。
それはとある乙女ゲームの舞台となる学園。
玲那を待ち受ける運命の出会いは果たして――
(その直感はいいもの悪いもの?)