玲那ちゃん、すでにマニア量産中
政財界にその名を知らぬ者はいないと言われる、古くは明治時代から続く大財閥、如月グループ。
その有り余る資産で様々な企業を起こし、いずれも大成功を収め、如月財閥総帥の一言にお偉いおっさん方は顔色を赤から青へと信号機のごとく変化させる。
如月家の者はいずれも指導者として優れており、皆如月財閥の大きな基盤に胡坐をかくことなくさらにその資産を増やし続けてきた。
そんな現如月総帥には一人息子がおり今年で2歳になる。
如月総帥はこれまでもその息子にかなりの親バカぶりを発揮していたが、つい最近待望の娘が生まれたことで、その親バカぶりが天元突破した。
まず、歴代の社長達の写真が片隅に追いやられ、如月財閥本社ビルの至る所に0歳児であろう赤子の拡大パネル写真が貼られた。
何かの商品のポスターなどではない、まったくのプライベート写真。
すべてカメラ目線で、プロの写真家が一生に何度も撮れないような最高傑作といってよい愛くるしい表情をおさめた奇跡の写真達。
大量のぬいぐるみに囲まれていたり、タオルケットから少しだけ顔をだしてこっちをみていたり、草原で叢に横たわっていたり、なんだかくすぐったそうな、恥ずかしそうな、見ているものを悶えさせる笑顔で絶妙なポージングをしている。
その写真をみた多くの企業が是非赤ちゃんモデルになってくださいとのオファーをだしたが如月家の者全員から反対を喰らった。
特におむつのCMオファーに対しては「全国に愛娘の裸体を晒せるか! 街中に玲那ちゃんのポスターなんか貼られたら盗まれてどこぞの知らんヤツにぺろぺろされる! そんなの許せん!」と家族が猛反対した。
ちなみに社内の写真パネルには盗難防止用のGPSがつけられている。
社長室には動画のパネルが一面にはめこまれており巨大モニターにはリアルタイムの玲那ちゃんLIVEが流されている。
有り余る財力をフル活用した最新技術の映像機材はまるで実物がそこにいるようである。
はじめはドン引きしていた社員だがあまりの玲那の愛らしさに今ではほぼ全員が玲那マニアとなりつつある。
重役は用もないのに頻繁に社長室にやってきて玲那ちゃんLIVEを盗み見、それを「今日の玲那ちゃん」というグループ参加者数1000人超えのラインで情報共有するのであった。
「へくちっ」
誰か私の噂でもしてるのかしら、やーねー。
ハロー皆さん。
気がついたら赤ちゃんから人生リスタートした玲那です。
サイコな女の人の刃物で殺害されたと思ったら痛みを感じる間もなく次の人生って、どういうことなんですかね。
普通、記憶もったまま転生って、神様的な存在に頼みごとされたり、自分から神様にお願いしたり、何かしらあるものだと思うのだが。
何にも説明ないの? よくあるRPGの勇者とか乙女ゲームの役割とか、決められた運命とか?
いや、壮大なこと言われても私にはやり遂げる能力も気力もないのだけれど。
何の説明もない。
お告げもない。
自分から望んだ転生でもない。
だったら、この新たな人生好き勝手していいってことだよね。
自分らしく、ありのままに生きていいんだよね。
取りあえず、現在分かっている私のスペックをご紹介でもしますか。
名前、如月玲那。
現在1歳。
如月家という大富豪のお家の2人目の子供として誕生。
2歳年上の長男がいる。お兄ちゃんは優しく兄妹仲は良好。
両親は前世に負けず劣らずな美形でお兄ちゃんも美幼児。
そんな美形一家の一員に相応しい赤ちゃんにして将来が楽しみと言われる美乳児な私。
……今生も美形で生まれたことに喜べばいいのやら、悲しめばいいのやら。
まあ、それはひとまず置いといて、どうやらここは私の知る日本と少し違うようだ。
テレビのCM、ニュースを見ても聞いたことないようなスポンサー名、芸能人も知ってる顔のようで微妙に名前が違っていたり、なんだかボタンの掛け違え状態のようですっきりしない違和感を感じる。
もしかしてパラレルワールドとかそんな世界にきてしまったのだろうか。
まあ、違和感はあるけれども完全なる異世界とかではないだけよしとしよう。
前世の暮らしに比べ科学が発達しているようで、電化製品も近未来映画でみたことあるようなハイレベル。
指ぱっちんで電気の消灯点灯ができる。
さすがに車は空飛んでいないものの記憶にある日本よりも技術の進化が目覚ましいようだ。
アニメもネット環境もある。なんて素敵な転生先。はやくPCが見れる年齢になりたい。
「はーい玲那お嬢様、こっちみてくださいませ」
現状を振り返っていると我が家のメイドさんに呼ばれる。
おっと、お仕事の時間だ。
何故かここの人はやたらと写真を撮りたがる。
まあ、赤ちゃんの時が一番可愛いのだから可愛い瞬間を写真に収めておきたいのはわからなくはない。
前世では不用意に笑いかけるだけで周囲が勝手に勘違いして大変な思いをした。
それから無表情を貫いていたらいつの間にか笑いたいのに笑えなくなってしまった。
爆笑したいのに口元がピクピク痙攣するだけ。
もうそんなことにはなりたくない。
カメラに精一杯の笑顔を作る。笑顔大事。笑いたい時は笑う。笑う門には福来る。
私にカメラを向けるメイドはシャッター押すごとにヒートアップしていった。
「ああー今の表情いい! 天使のようだわ! 今度はこっちこっちみて! ああーいいわー!」
まるでプロのカメラマンに撮影されているかのよう雰囲気に恥ずかしさでハニカミ笑いになる。いや、苦笑いとも言うのか。
それでもカメラ目線で笑うと皆喜んでくれる。鼻息荒くフゴフゴ言いながらカメラ撮影する美人メイドはちょっぴり怖い。
何度か巨大パネルに伸ばされた私の写真をみたことがある。
そんなことに金つぎ込むなよと内心突っ込んでいたが、写真写りはいいみたいで淡い栗色の髪の赤ちゃんが天使のように微笑む完璧な出来栄えに満足もしていた。
私赤ちゃんモデルできるんじゃないかな。お金持ちの家に生まれたけどもしかしたら将来没落するかもしれないんだし、小さい頃から子役とか子供モデルとかして貯蓄しておくって手もあるかも。
でも、私の周りって皆美形ばっかりだけどこの世界の皆美形だったら私子役とかできないかも?
まだ赤ちゃんだから今後どう成長していくか分からない。子供の頃は可愛いけど大きくなったら普通ってこともある。できればそうであって欲しい。
まあ、もう少し大きくなったら先のこと考えよう。
ただ、前のように周りがマニアとかストーカーとかヤンデレに囲まれることは避けたい。
前世みたいに流されながら生きることだけはしたくない。自分らしく、言いたいことは言って、自分の意志でちゃんと前を向いて生きていこう。
不安と期待をまだ見ぬ未来に向ける玲那であった。
(玲那ちゃん、すでにマニア量産中)