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お姉様ゲットしました※

◇菜奈視点




 上流階級の御曹司にご令嬢が通う桜坂学園。


 これまで地元ではそれなりに有名な名家に生まれちやほやされてきた私だが、この学園に入学してからは上には上がいるのだと思い知らされた。


 周囲から可愛い可愛いと褒められた容姿もここでは埋没してしまうレベル。優秀だと言われた成績もせいぜい中の上。運動神経には自信があったがそれもやはり外部からきた優秀な生徒たちには及ばない。


 自分がこんな中途半端な人間だったなんてショックだった。


 そんな自分に自信喪失していた時、彼に声をかけられた。



「菜奈ちゃんっていうの? 可愛いね!」


 彼は香城繭理。この学園の生徒会会計。いつも大勢の女の子に囲まれている極上男子。私のような一般生徒にとったら雲の上のような人。


 そんな人に声をかけられただけでも驚きなのだが……


 可愛いなんてこの学園に入学してからはじめて言われた。そしてその言葉に舞い上がってしまった私。


 一度声をかけられてからはあっという間に彼との距離が縮まっていった。


 何の心の準備もしていないまま奪われたファーストキス。思い描いていたものとはまったく違っていて、強引で一方的な行為に一瞬胸が痛んだ。


 恋ってもっとゆっくりお互いのことを深く知り合っていくものなんだと思っていた。こんなことでいいの? 自問自答するも答えは出ない。


 優しく囁かれる自分の名前。


 繰り返される甘い言葉。


 彼の横にいることで向けられる羨望、嫉妬の視線。


 自分の中に生まれる違和感を無視して、多くの女生徒が羨む彼との夢のような日々に身を委ねる。


 そうしているうちに痛む胸は麻痺し、違和感は薄れていった。



 繭理様の隣にたてる。私にはそれだけの価値がある。私は特別な存在。どんな因縁をつけられようと彼に声もかけてもらえないような人達なんか相手にしてられないと、何度か彼の親衛隊に呼び出されたが相手にしなかった。


 いつのまにかすべてが繭理様を基準にして思考するようになっていた。


 そのことに何の違和感も感じなくなってしまった私。


 彼女と、如月玲那様と出会うまでは。




◇◇◇



 もう何度目か、数えきれないくらいの呼び出し行為。今回も無視しようとしたが強引に人目のない校舎裏まで連れてこられた。


 

「ちょっとあなた、最近ずいぶんと調子に乗っているんじゃなくて?」


「そうよ、香城様に少し優しくされたからっていい気になって!」


「香城様に付きまとわないでくださいまし!」


 私を取り囲む3人の女生徒。繭理様の親衛隊メンバーだ。


 問い詰められ、彼女たちの権幕に震えそうになったがそんな弱ってる姿を見せたくなくて精一杯の虚勢を張る。


「ふん、何よ! あんた達は繭理様に相手にされないからって、私に絡んでくるのやめてよね? 繭理様に言いつけるんだから!」


 たぶん、繭理様に言いつけても彼なら「ふーん、大変だったねぇ」と一言いって何事もなかったかのように私に接するのだろう。そんなのわかりきっていることだけど、言われっぱなしで言い返さないなんて我慢できない。



「何ですって!?」


 私の言葉に顔を真っ赤にさせる彼女たち。さらに喧しい彼女たちの口撃が火をふいた。その言葉の暴力を右から左に聞き流す。


 しかし言葉では私にダメージを与えられないと、ついには手を出してきた。


 思いっきり頬を打たれる。視界が一瞬赤く染まった。



 あまりの衝撃に茫然となっていたら上空から人が降ってきた。



 降ってきたその人は華麗に地面に着地した。



 度重なる衝撃に思考の整理が追い付かない状況で彼女の言葉が響き渡った。



「ちょっと、貴方達! 多勢に無勢ってどうなのかしら? 呼び出しなら正々堂々1人づつにしなさい。大勢で1人を取り囲むって、マナーがなってないんじゃなくて? 言いたいことがあるならタイマンが基本でしょう!」



「「「「え?」」」」



「貴方、叩かれた所は大丈夫? 腫れてない?」


 突然現れたその人は優しく私に話しかけてくれた。その姿は後光が差しているかの如く光輝いていた。女神様?


「え、あの、えっと、その」


 うまく返答出来ずにいる私にそっと触れる。


「頬は少し赤くなってるし、唇も切れてるわね。腫れてくる前に冷やした方がいいわ。これ、濡らして使って」


 高級ブランドの真っ白なハンカチを渡される。こんなものを汚すなんて恐ろしくて出来ない。だがせっかくなので受け取るだけ受け取る。


「あ、ありがとうございます。 あの貴方は……」


 周囲のことなんかすっかり忘れて彼女に魅入っていると、外野が復活した。



「ちょっと、あなた誰よ! いきなり何なのよ!」


「おやめなさい、この人、あの如月玲那さんよ」


「嘘、この方が? え、でも今上から降ってきましたわよ? あの如月様がこんな行動……」


 如月玲那さん。この学園で彼女の名前を知らない者はいないだろうあの如月財閥のご令嬢。実物を初めて見た。噂では聞いていたけれど、なんて綺麗な人。



「貴方達、こんな人目につかないところで、こんなことをなさるなんて淑女としていかがなものかしら」


「「「そ、それは」」」


 3人を責める如月様。


 その凛々しさ、神々しさ。


 私はうっとり彼女に見惚れる。




「少し聞こえてしまったのだけれど、香城繭理様のことで揉めてらしたのよね? だったら本人に直接聞けばいいわ、ほら、あそこにいるわよ」



 如月様が3階の窓を指すとそこには唖然とした表情でこちらを見ていた繭理様がいた。



「え、そんな香城様?!」


「どうしましょう!」


「と、とりあえず今日は引きますわ、柏木さん覚えておいてね!」


 3人組はそそくさと去っていった。



 はっ! 私ったら繭理様がいるというのにどうして如月様に見入ってるのよ。私の世界の中心は繭理様でしょ。精神統一しなきゃ。彼を思い浮かべて!



 繭理様、繭理様、繭理様、如月様、繭理様、繭理様、繭理様、よし!



「繭理様! あの、彼女達が私に」


 どうせ流されるとわかっていたけれど、彼女たちのことを伝えてみよう。話くらいなら聞いてくれる、そう思ったのだけれど。


「えっと、君は誰だったかな? ごめんねー、君のこと覚えてないや」


「えっ、そんな」


 遠くからだけれど、彼の声音を聞いてわかってしまった。


 ああ、私に冷めてしまったのだと。


 今の彼にとって私はその辺の石ころと何も変わらない、興味の対象外。


 彼との思いでがガラガラと音を立てて色褪せ崩れていく。


 はじまりは一瞬で、終わる時もあっという間。


 恋ってこんな呆気ないものなの?



 如月様に支えられ、私達は外に設置された運動部用の手洗い場に腰かけた。


「数日前までは、私のこと、菜奈ちゃんって、一緒にご飯食べようって、放課後お茶しようって話しかけてくださったのに!」


 彼の言葉を思い出すだけで涙が出てきた。


 今の私を慰めて欲しい、甘やかして欲しい。私を助けてくれた彼女ならきっと優しい言葉をかけてくれる。そう思ってすがりついてしまった。



「いや、別に貴方と香城について詳しく聞きたいわけじゃないのよ? ほら、顔冷やしなさい」


 予想を裏切り、彼女は私に冷たく返してきた。話をきいて慰めてくれるとばかり思っていた自分がなんだが恥ずかしくなった。


「うっ、そんなこと言わずに聞いてよ! 繭理様はいつだって優しかった! たとえ周りからどんな因縁つけられても気にならないくらい、彼と一緒にいるのはまるで夢のようで、毎日が本当に幸せだった!」


 ついムキになって彼との日々を話した。 


「でも、彼は貴方のこと覚えてないって言ってたけど。もしかして夢でも見ていたんじゃなくて?」


「違うわよ! 繭理様は気に入った子に声をかけて可愛がってもそれが長続きしないことは知ってたわ! でも、こんな私にでも優しくしてくれて、もしかして私だけは違うんじゃないかって、私は特別なんだって! そう、思って初めてだったけど私……」


「ふーん、はじめても捧げちゃったわけか」


「うん」


 初めての恋。初めての彼氏。初めての経験。舞い上がって馬鹿なことしたと冷静になってみると思う。見た目だけは極上の彼と付き合えたのだからいい経験だと思えばいいの? 外見だけで中身が最悪な悪い男に嵌ってしまった馬鹿な私と後悔すればいいの? 話を聞いてただ共感してもらいたかっただけだった。


 しかし、彼女の言葉に私は衝撃を受ける。


「あのね、男女間のことに第三者が口だすのはナンセンスだと思うのよ。相手がはじめから駄目男だって分かってて付き合う人もいる。傍からみたら世間には胸はれるような関係じゃなくても本人たちは幸せだってこともある。不倫、三角関係、秘めなければならない立場同士の恋。そんな関係にのめりこんでる相手に周りが何か言ったって耳にははいらないの。だから、私があなた達の関係について言うのは意味がないことだと思うけど」


「え」


「彼との馴れ初めを私に話してどうしたかったの? 慰めてほしかった? なんてひどい男だって。それとも、騙されて舞い上がって馬鹿ねって叱って欲しかった? 甘えないで。彼が初めからそういう人だって分かってたのよね。私は別に香城繭理の肩もつわけじゃないのよ。だってああいう男、虫唾が走るくらい嫌いだもの。でも、そんなヤツに騙されてる人も嫌いなの。人を騙すような男だってわかっていたのなら割り切って遊びなさいよ。いいように遊ばれるなんて馬鹿みたいじゃない。本当に彼が好きっていうならそんな悪い部分すべてひっくるめて好きになればいいでしょう。それができていないってことは、恋に恋してただけってことよ。自分に都合のいい部分だけ信じて、嫌なものは目を背けて、そんなんじゃいつか理想と現実の違いに亀裂ができるもの。嫌なこともちゃんと見なさい、って、そうか、私たち今中学生なのよね……、もっと人生経験つまなきゃわかんないよね。ごめん、熱く語りすぎたわ」


 ただ、慰めて欲しかった。


 そう、叱って欲しかった。


 悪いのは彼だって、騙された私は可哀想だって。


 でも、そうじゃなかった。彼女が指摘したのはもっと本質的なこと。上辺を取り繕ったりしない、率直な言葉が意地を張って思い上がっていた私のこころにすんなり染みわたった。


「恋に恋してただけ、そうなのかも。皆が憧れる王子様みたいな見た目の人に声かけられて、舞い上がって、相手がどんな性格とか関係なくて……ただ極上の人の傍にいられることに酔ってただけなのかも」


 夢のような日々?


 ううん、そうじゃなかった。強引な彼に戸惑い、甘い毒をじわじわ吹き込まれるような感覚に不安を感じていた。でも、そんな気持ちに目をそむけ、彼と一緒にいることで注目され周りから羨ましがられ優越感を覚えいろんなことが麻痺していった。


 彼に酔い、周囲に酔い、恋に酔った。


 その代償は?


 努力を怠り慢心し下がった成績。


 仲の良かった友達からは距離を取られた。


 繭理様の親衛隊との衝突の日々。


 いいように扱われて、呼ばれたら何をおいても彼を優先し私は一途に尽くすのに彼にとって私は大勢のお気に入りのひとりだっただけ。



 わかってたけど目を背けてきたこと。


 彼のこと、本当に好きだった? 愛してた?


 いいえ。好きじゃないかった、愛してなんかなかった。


 彼と一緒にいることでまるで自分が特別な存在になったかのように酔ってただけ。


 自分の本心と向き合ってみると、簡単に答えはでた。



「あの、如月様の話を聞いて目が覚めました。なんだが視界が切り替わったかのように世界が違って見えるようです! ああ、今までの自分はなんて馬鹿で愚かで間抜けだったの! なんであんな中身がない男に夢中になっていたのかしら! 如月様、いいえ、お姉様と呼ばせてください! 私、お姉様のお言葉もっと聞きたいわ、お姉様の考えを知りたい! お姉様のすべてを知りたい!」



 甘い上辺だけの言葉で慰めることなく、私に諭してくれたお姉様。


 私を支配していた香城繭理が消え去り、お姉様でいっぱいになる。



 颯爽と私の前に降り立った女神のように綺麗なお姉様。


 あの繭理様の前でもその毅然とした態度を崩さなかった凛々しいお姉様。


 嘘偽りなく私を諭し、導いてくれるお姉様。



 お姉様にならたとえ騙されても構わない。


 お姉様の歩む道こそが正義。


 これからお姉様と過ごす日々を想像するだけで幸せになれる。



 ああ、これが本当に人を好きなるってこと、愛するってことなのね。



 大好きです! 愛しています! 私のお姉様!







お姉様ゲットしました

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