再会、再戦、再愛※
◇堂本視点
俺の名前は堂本龍兒。
堂本組という大規模な極道の家に長男として生まれた。
幼い頃は敵対する組のヤツに何度も誘拐されかけ、組同士の抗争に巻き込まれ、一家を潰した逆恨みで拳銃や刃物を振り回す大人に襲われ、騒がしい環境で育った。
堂本家の人間は最低限自分の身を守るすべを持たなければならない。
俺は物心ついた時から武道を叩き込まれた。
もともと身体能力、格闘センスは人並み以上にあった。
だから何をやっても同年代に負けることなんかなかった。
道場で同じ相手ばかりしているのに飽き飽きしていたら師範に今度ある大会に出てみないか勧められた。
暇つぶしにはなるかと出てみることにした。
だが、対戦相手は殆ど素人の動きをするやつばかり。
なんだ、結局こんなものかと思った。
俺はすべて一本勝ちで決勝まで進んだ。
どうせどんな相手だろうが俺は負けるわけない。
決勝までまだ時間があるため他の試合を眺めていたら……
ひとり、とんでもない動きをするヤツがいた。
小さい身体をめいっぱい使い、自分より大きい相手を綺麗に一本背負いしていた少女。
そいつは他とは違う。
抜群の運動能力、自分の体を操るセンス。隙のない動き。
愛らしい顔とは裏腹に醸し出す覇気がどうみても一般人ではなかった。
会場のすべてが彼女にくぎ付けだった。
その子はどんどん勝ち進み、ついに決勝の舞台まで上がってきた。
如月玲那。俺の1歳年下の女の子。
その姿を捕えた時、今までにないほど胸が高鳴った。
うるさいくらいに脈が速く波打つのを感じた。
今までにない自身の感情の高ぶりに対する困惑、彼女と戦えるという期待を胸に畳のラインを越える。
向かい合う俺と彼女。
早く、早く開始の合図をくれと逸る。
待ち望んだ開始の合図が鳴る。
俺たちは戦った。拮抗した力と技。お互いに何度も技を掛け合い、やり返し、決着はなかなかつかず勝負は延長戦となった。
お互い体力を使い果たし朦朧としながら戦った。
そして、俺はほんの一瞬だが体勢が崩されふらついてしまった。
彼女はそれを見逃さず、気づいたときには俺は宙を舞っていた。
負けたことは悔しかったが、俺は全力で戦った。誰に恥じることのない胸を張れる試合だったと思う。そんな試合ができたことが負けて悔しいことよりも何倍も嬉しかった。
また彼女と戦いたい。
そう思って彼女に話しかけようとした。
彼女は家族に囲まれ何か言いあっていた。
すると彼女の兄だろうか? 同年代の少年が俺の方に近寄り、
「ねえ、君。いくら悪気はなかったとしても僕の大切な妹に傷をつけたんだ。ただじゃおかないから、覚悟してね」
口調は優しげだが、ぞっとするほぞの威圧を込め言われた。
少年の目に殺意を感じた。これまで何度も命の危機を体験してきた俺だが、その時生まれて初めて背筋が凍る思いをした。
だが、彼の言うように俺は彼女を傷つけたのだろうか。彼女はどこか痛めたのだろうか。そのことが心配でならなかった。
どうしようもなく固まっていた俺に彼女は、
「うちの家族がごめんね? でも貴方とっても強かった! いつかまた戦おうね!」
そういうと目の前から去っていった。
その時は彼女の言葉通りいつかまたどこかの大会で再戦できると信じていた。
だが、それ以降どの大会にも彼女の姿を見ることはなかった。
彼女のことが気になって家の力を使い彼女のことを調べあげた。
驚いたことに彼女は如月財閥のご令嬢という、大会でみた姿からは想像もつかない大そうな身分もちだった。
しかも、如月財閥始まって以来の才女らしい。
幼いのにどんな大人をも言い負かしてしまうほどの知力をもち、様々な慈善事業にも自ら参加しているとか。天才だ、麒麟児だと政財界では知らぬものがいないほどの有名人。真っ当に光り輝く世界に生きる彼女。俺とは相いれない存在の人だった。
そして彼女のことは痛む胸を抑え心の奥そこへ忘れさる努力をした。
親に勧められるまま、俺は桜坂学園に入学した。周りは俺の家を恐れ、よそよそしい態度をとってくる。
堂本家の人間は必ず桜坂学園に入学しなければならず、入学と同時に風紀委員会に強制的に所属になる。何故取り締まられるべき側の者が風紀委員になるのかは謎だ。
そして前風紀委員長が高等部に上がり、俺は2年で風紀委員長となった。
風紀委員の奴らは俺を純粋にしたってくれるやつらがほとんどだ。
なかには気の合うヤツもいる。
ただ、どうしても俺は満たされないものを感じながらつまらない学園生活を送っていた。
そんなある日に、奇跡が起きた。
「たーのーもー」
女の声がしたと思えば乱暴に音がして風紀室の扉が開かれた。
そして俺の目に飛び込んできたのは忘れようにも忘れられなかった成長した如月玲那だった。
何故ここにいる。いやいったい、
「何のようだ」
突然のことで冷たい声がでてしまった。
「私がここに来たのは貴方達にちゃんと風紀の仕事してもらうためです。ちゃんと仕事してください」
彼女は気分を害した様子もなく、普通に返してきた。
こんなふうに女とまともに目をみて会話したのはいつ以来だろうか。
しかし仕事をしてほしい? どういうことだ?
「……」
「「「はぁ?」」」」
「貴方達風紀委員じゃないですか。それなのに奨学生へのイジメで校内が荒れているというのに何にも仕事していない。それどころか自分たちが率先して風紀を乱している。何のなめの風紀委員なんですか? その役職についたのならちゃんと役割を果たして欲しいです。あ、どうしても仕事しないというのなら風紀委員長の座、私にくださいな?」
風紀委員長の座が欲しいのか。
別に俺はこの地位になんのお思い入れもないから玲那が欲しいというなら明け渡してもいいんだが……
「てめぇ、誰に口きいてんだコラぁ! ここにいるのは堂本組の次期組長堂本龍兒さんだぞ! お前の家族もろとも社会から抹殺されるぞコラぁ?!」
周りは納得しないだろうな。
しかし、お前ら相手が如月玲那だとわかってないのか。軽口をたたいて潰されるのはこっちの方だ。
「いや、俺の家の力ではこの女の家を潰すのは無理だろう。こいつは如月グループのご令嬢様だからな。逆に、お前らの家が簡単に取り潰されるだろう」
「えっ、如月グループってあの如月グループっすか」
如月の名前に周囲は慌てだす。
「あら、私のことをご存じなの?」
玲那は以外そうな顔をした。
「ああ。忘れはしないさ。もっとも、お前は俺を覚えていないだろうがな。それに、この学園に如月玲那の名前を知らないヤツはいないだろう。あの如月財閥の娘で、如月家始まって以来の麒麟児。跡取りとされていた長男を抑えて、今や如月玲那が将来は如月財閥を継ぐだろうと言われる才女だ。で、どうする? お前は家の力を使って風紀委員長の座を手にいれるのか。お前ならそれも可能だろう?」
簡単にこの座を玲那に明け渡してもこいつらは納得しない。
しかし如月の力を使ったなら納得するだろう。だが、こいつはそんなことで権力を振りかざすようにはみえないが……
「家の力に頼るのは嫌いなの。私は如月玲那。如月家のものとして扱えるその権力もまた私の持てる力の一部ではあるけれど、それは私個人の力ではないわ。私は家の名がもつ力に溺れ、個人的な私情に対して無暗矢鱈に力を振りかざす人が大嫌いよ。だから……そうね、風紀委員長であるあなたに1対1の決闘を申し込むわ。勝った方が相手の言うことを1つ聞くってことでどう? シンプルでわかりやすいしフェアですよね」
「「「はぁ? お前が堂本さんに決闘?!」」」
家の力に頼らずタイマン勝負か。
「お前なら、そう言うと思っていた」
思わず口角が上がる。
あの試合以来冷え切った心臓が再び高鳴り始めたのを感じた。
俺たちは風紀室を出て校舎裏にきた。ここなら建物の影になっており人目につかない。決闘場にはもってこいだろう。
「おい、お前やめとけって。堂本さんはバケモンみたいに強いんだぞ」
「そうだぞ! お前みたいな女が太刀打ちできる相手じゃないんだ。素直に謝って帰れ」
彼女の実力を知らないやつらは必死に決闘をとめようとしている。
「私は引かないわよ」
だが彼女は一歩も引かない。
その威風堂々とした姿に見惚れるやつもいた。
「もう一度言うわ。私が勝ったら風紀委員長の座、とういうか風紀委員会をもらう。もし私が負けたら貴方の言うことを1つ聞く。それでいいかしら?」
彼女はブレザーを脱ぎ捨てた。
白いブラウスにうっすら肌の色が透けて、目に毒である。
「ああ、いいだろう。まさかこんなところで再戦するなんてな(ボソッ)」
まさか願っても願っても叶うことのない再戦を行うことができるとは思ってもみなかった。
俺も邪魔なブレザーを脱ぎ捨てた。
「堂本さんがブレザーを脱いだぞ! マジでやる気だ!」
「あの女殺されるぞ!」
普段どんな相手でも1発殴って黙らせてきた。
本気で戦闘モードに入った俺を周りの奴らは今まで見たことがなかっただろう。
だが、おそらく玲那ならまたあの時のような高揚を感じさせてくれる。確証などないが当然のようにそう思った。
「ルールは簡単に地面に体を付けたほうが負け。他はなんでもありの1本勝負。じゃ、いくわよ」
言い放つと同時に玲那は突っ込んできた。
俺の右腕を取り自分の方へ引き寄せ体の捻りと足払いで投げ技を繰り出す。
俺も技に掛かる前に自分から飛んで投げ技をかわす。
大勢を立て直し玲那の胸倉を掴み引き寄せ足払いをする。
だが、引き寄せられた力を逆に利用して玲那も投げ技を返してきた。
ぶつかり合った技が相殺される。
それはものの数秒に起こった出来事。
どうやら……いや、やはり彼女の体は鈍っていなかったようだ。
「やるわね、貴方」
「お前もな。1回きりしか試合には出なかったのに柔道続けてたのか?」
「え、なんで……」
「俺は家が家だから、ガキの頃から武道を叩き込まれてきた。体格にも恵まれてたし昔から俺に敵うやつはいなくて敵なしだった。そんな俺が小学5年の時、道場の先生に言われて柔道の大会にでた。そこで俺は初めて負けを知った。相手は1つ年下の女の子だった」
俺の言葉で玲那の表情に驚きの色が浮かぶ。
「貴方あの時の決勝戦で戦った子? 昔はさわやかなスポーツ少年みたいな格好だったのに今じゃこんな不良になってしまって……」
「あの時はお前を傷ものにして、すまなかった」
彼女はどうやら俺のことを思い出してくれたみたいだ。
彼女の兄に言われたことがずっと気になっていたので謝罪の言葉を口にする。
「そんなことどうでもいいわ、今はさっさとケリをつけましょう!」
謝ったのに何故か怒りだした玲那を不思議に思ったが、再び戦いが開始されたので集中することにした。
1分。
5分。
もうすぐ10分は立つだろうか、お互い息が上がりながらも、まだどちらの体も地についていない。
その間、周りを囲んでいたヤツらも固唾をのんで魅入っていた。
しかし、とうとう玲那の体力が尽きてきて堂本の腕を掴んでいた手が緩んでしまった。
その隙をつき俺は一本背負いをきめた。
「い、いっぽん!」
その声がこの勝負に終わりを告げた。
玲那は倒れながら少し悔しそうに言った。
「負けちゃった、か。いけると思ったんだけどな」
負けた彼女になんと声をかけようか悩んでいたがあることに気づき急いで彼女を起こそうとした。
「おい、さっさと起きろ」
「無理。見てわからないかしら? 疲れててすぐには立てないわよ」
彼女は気づいていないらしい。
仕方がない、教えてやらねば。
「いや、その、なんだ。 み、見えてるぞパンツが……」
彼女スカートが捲れ上がって下着がオープンになっていた。
「あら、ごめんなさい。 まあ、今更パンツが見えたくらいどうってことないんだけど」
パンツ丸だしだったのになんの羞恥も見せることなく彼女は捲れていたスカートを直し、ゆっくり立ち上がった。
なんて男らしいのだろうか。
「それで? 勝負は私の負けよ。貴方は私にどうして欲しい? あまり実現不可能なお願いはやめて頂けると助かるのだけれど」
ああ、俺は彼女に何か1つ言うことを聞いてもらえるんだった。
しかし念願の再戦は果たされたしな……
「……お前はどうして風紀委員長の座が欲しかったんだ?」
「この学園を変えようと思ったの」
「この学園を変える? 何故だ」
このつまらない学園を変える?
「私が楽しい青春時代をつくるために」
玲那が作る青春時代か。
そこに俺もいることができるのなら、どれほど幸福なことだろうか。
「そうか。 じゃあ、俺の願いは……お前が楽しいと感じられる学園にするために、俺はお前の力になりたい」
玲那の手足となり、玲那のためにこの学園を変える。
玲那の力にになり玲那の望みを叶える。ああ、なんて素晴らしい。
これまでもモノクロな生活が一気に色鮮やかに書き換えられていくさまが想像できた。
「お、俺らも堂本さんと姉御にどこまでもついていきます!」
「俺も! 姉御マジすげえっす! 堂本さんとあんだけ戦えるなんて!」
「姉御!」
「姉御!」
こいつらも玲那に魅入られたようだ。
だが、誰にも玲那の隣は渡さない。
玲那の力になり、玲那の望みを叶えるのはこの俺だ。
しかし皆に受け入れられ玲那は嬉しそうに笑った。
「みんな、ありがとう。これからよろしくね!」
翌日学園に玲那のニュースが駆け巡った。
「あの如月玲那さんが風紀委員に連行!?」
「衣類が乱された状態で複数の風紀メンバーに囲まれた姿の目撃証言が多数あり!」
「委員長を籠絡?! あの堂本龍兒が陥落!?」
「風紀委員会は如月玲那の支配下におかれた!」
俺との戦いで玲那の胸元のボタンは上から千切れ、服装はボロボロに乱れていた。
そしてそんな恰好で俺らと和気藹々と笑い合っているところを見られたのだろう。
だが、まあ、俺が玲那に陥落しているのは事実。
風紀委員会が玲奈の支配下に置かれたのも事実。
噂とはあながち間違っていないものだ。
しかし、玲那にとって不名誉な噂をそのままにするのは許せない。すぐに手を打とう。
彼女の手足となり、彼女の望みを叶える。
これから彼女の傍に居られると考えるだけで色づく甘美な学園生活に心が満たされるのを感じた。
(再会、再戦、再愛)