学園革命
桜坂学園に入学した玲那は聖治とクラスが別々になった。
そのことでほぼ毎日聖治から小言をいわれる。
「なぜ玲那と一緒のクラスじゃないのか」
「鬼龍院家と如月家の力をつかえば今からでも同じクラスになれるだろ」
うぜぇ。私に言わないで学園側に言いなさいよ。
今日も横でブツブツ不満を言う聖治を無視して送迎の車から下りる。
毎朝校門前にいるガラの悪い風紀委員の検問をすりぬけ名残惜しげにこっちを見る聖治とすっぱり別れ、教室の扉を開ければ一斉に集まる視線。
一瞬の静寂のあと教室にいるクラスメイトは私の周りに集まり「如月様今日もご機嫌麗しく……」だのなんだの特別内容もないことを話しかけてくる。
弱肉強食のこの学園。強者と弱者、つまり家柄の格の差。このクラスで一番力のある家名を持つのは玲那だ。
だからみんな如月の名をもつ玲那にすり寄ってくる。
くだらない上っ面だけのご機嫌取りをするようなクラスメイトではなくもっと和気藹々とした友人関係を築きたいのに……誰一人、如月玲那をただの同い年の玲那として扱ってくれる人などここにはいない。
そしてクラスに1名、一般家庭の学業奨学生として入学した庶民がいる。
その子が教室に入ってくると玲那を取り囲んでいたクラスメイトがクスクス笑いだす。
「あら嫌だわ。なんだか急に教室に悪臭がただよってきたんじゃなくて?」
「ええ、本当。この学園にはふさわしくない貧乏人の匂いですわ」
言葉の暴力を集中して受けるその男子生徒は身を小さくしながら教室の一番隅にある机に座る。
「何故あんな汚物がこの学園に入学できるのかしら」
「きっと私たちのために気を利かせて玩具になる人を選んでるのではなくて」
「そうねえ、まあ、玩具で遊ぶのは退屈しませんものね。ふふふ」
毎朝こんなやり取りがされている。
この雰囲気を嫌なものだと感じているのはどうやら私だけのようだ。
私以外の皆様はあくどい笑顔で楽しそうにしている。
私ははじめ、この学園に入学金・授業料タダの学業奨学生として入学するつもりだった。
でもお父様に「その制度は能力があるものが恵まれていない環境にあるのを救済するためのものだろう? 如月家はそんな制度を使わなくても入学金や授業料を支払うのになんの苦もない。玲那がその制度を使ってしまったら学園に入りたいのに入れない生徒の枠を奪ってしまうんだ。普通に入学しなさい」と窘められてしまった。
もし私が家名を隠して奨学生として入っていたら今の彼と同じような扱いを受けていただろう。
そう思うとイジメのターゲットになってる彼を見るのは切ない。
ああ、こんなことならお兄様と同じイギリスのパブリックスクールに行けばよかった。
お兄様とはおはようコールとおやすみコールを毎日かかさずネット回線で送りあっている。
お兄様は寮に入っていて通信の際に同室の方が何度か割り込んで来たこともあった。
私と違って無二の親友ができ、質の高い学び場でその知識を伸び伸びのばしているお兄様。
お兄様がどんな野望を目指して貪欲にその学びを深めているのか未だわからないけど、夢に向かって順調に邁進してる様子が伺えるのが羨ましい。
「お兄様、なんだか私の通う桜坂学園は私にあっていないみたいです。本気で転校も検討してみようと思っているのですが……」
いつものオヤスミ通信時、ついついお兄様当てのメールに愚痴ってしまった。
9時間後、返信の動画が届いた。
「玲那、君が学園に合わせる必要はないんじゃないかな。学園が君に合わせるべきなんだよ。学園を玲那好みに変えればいい。」
年を重ねもともと美幼児だった面影は優しげな風貌の王子様へ変化し、家族の欲目を抜きにしても本当に将来が楽しみな青年となったお兄様。そのお兄様が自身満々に言う。
「学園を、私好みに、変える?」
思ってもみなかったことを言われ唖然と携帯端末を眺める。
「君にできないことはないさ、困ったことがあれば何でも僕にいってくれ。例えどんなに離れていようと君の力になってみせるから」
お兄様のメッセージはそう締めくくり閉じられた。
学園を変える、か。
そうよね、転校するなんてなんか苦手なものを避けて通ってるっていうか、逃げてるみたいで癪に障る。
私は、私の素晴らしい青春時代を自分の手で作り上げたいからこの学園にきたんだもの。
だったらつくりあげてやろうじゃないの。
私好みの学園ってヤツを。
「わかった! やってみるわお兄様!」
端末を放り投げ、決意新たに布団にダイブした。
いろいろ考えたのだが、諸悪の根源たるものは家の権力を振りかざしその力に溺れるセレブ野郎どもだ。
中でも今期の生徒会候補に名が挙がっている奴らの行いは目に余る。
彼らは生贄を作り上げ己の嗜虐心を満たすためだけに人を玩具のように扱う。
特に今年1年生にして中等部の生徒会会長の座に選ばれた朱雀門焔は最低最悪の存在だ。
この学園は俺様のもの、世界は俺様のものと平然と公言している。
まともな神経の人が聞いたら「この子いたい子だわぁ」と引いてしまうはずなのにこの学園にはそんなまともな生徒はいないようで彼に心酔しているものが大半だ。彼は特にご令嬢方に絶大な人気を誇っている。
まあ、それもある意味仕方がない。
家名のもつ権力を何よりも重んじるこの学園において彼はトップクラスの朱雀門家の長男。跡継ぎの御曹司様である。恋人になれなくても一度お手付きなれば末代までの誉れだといわれている。
ちょっとまて、私たちまだ中学生だぞ、お手付きってなんだと突っ込みたいところだが誰も突っ込まない。
そして生徒会会計に同じく1年から名前があがった香城繭理。家柄はもちろんトップクラス。女の子を食いものにしては遊んで捨てるこれまた最低野郎。チャラチャラしているチャラ男だ。
この2人は敵だ。彼らとは話あってもお互を理解できないかもしれない。
他にも1年で生徒会メンバーに選ばれたものがいるのだが……
なんと生徒会副会長として聖治が選ばれたらしい。
聖治は断りたいが他に適任者がいないと言われたそうだ。
「何故僕が玲那以外の下に付かなければいけないんだ。玲那が生徒会長になればいいんだ」
「朱雀門焔が女を生徒会に入れるのを嫌がったんだって。家の権力で言えば朱雀門家がトップだから人事も彼の思いのままってことなんでしょ」
「どうにか生徒会入りを辞退できないかな、僕あんな低俗なヤツと同じ空気を吸いながらまともに仕事できる気しないんだけど」
わざわざ私の教室までやってきた聖治は心底嫌そうに顔を歪めた。最近本当に小言が多い。小姑か。
現在そんな聖治に構っている暇はないのだ。
「まあ、頑張りなさい。私は私でやることあって忙しいんだから」
聖治を振り切り、教室のドアに向かう。
「え、何をするつもりなの」
聖治は困惑気味に尋ねた。
教室を出る前に1度振り向いた玲那の顔は、悪戯を思いついた子供のような無邪気な笑顔を浮かべていた。
「うふふ、な、ぐ、り、こ、み」
いっちょやったりますか、学園革命