#06
#06
味を整える
水分が減って、トマトの形がなくなったら火を止める。味をみながら塩コショウ、ケチャップを加える。ちょっと濃いめに、でも濃いすぎたらアウト。
火傷のあと、不思議とイボがなくなった。
せっかく治ったところに2種類のブツブツ。
水疱瘡と風疹にそれぞれかかった弟たちから一度にもらった痛くて熱くて痒いブツブツたち。おかげで2週間ほど隔離された。高熱やら何やらで身体はきついものの心は平穏だった。ひとりで寝ている間に逃亡作戦を計画してみた。あとはいつ実行するか、だけ。
病気が治ってから、虐待はさらにエスカレートした。例えば尻たたき。座れないほど叩く。しかも必ず下着を脱がす。さすが、変態。
いくつもの身代り人形が壊れていく。
引き出しもいっぱいでもうしまえない。
そんなある日。学校からの帰り道、知らない男に声をかけられた。
「このビル知ってる?」
知っていたので教えた。その男は、わからないからそこまで連れて行ってほしいと言う。何も考えず、ビルの入口まで案内した私は、手を捕まれてエレベーターに押し込まれた。
「誰かに聞かれたらお兄さんだと言うんだ」
そう言って、私を触りまくる。変態だ。逃げなければコロサレル。コロシテヤル。
エレベーターが開いた瞬間、私はそいつを突き飛ばして逃げた。ビルの入口にいた動かないビクターのダルメシアンが走って逃げる私の後ろ姿を見ていた。
気が付いた時には学校の校庭にいた。
わけのわからない事を叫んでいた。
ここは変態だらけでキケン。こんな所にいたら間違いなく、早死にするか刑務所で暮らすことになってしまう。
アウト。今が計画実行の時だ。
出ていこう。すぐ出ていこう。
決心した。
いつもお使いに行くいくつかのお店で嘆いてみせた。
「遅くなったから叱られてしまう。帰りたくない...」
わざわざ数人の友達に会いに行った。
「もう学校には来ない。会えない。いなくなるから」
そして偽物家族が毎日朝から夕飯までいる店(お気付きかとは思うが、モノクロ現像ができる小さな写真館だった)ではなく、寝所にしているジメジメした暗いアパートにそのまま戻り、急いで身支度をした。ランドセルに教科書やノートを全部押し込み、リュックに着替えを入るだけ入れた。
そして、当時、高校生だった姉に電話をかけた。
「ねーちゃん、うちに帰っていい?」
断られたり、諭されたりしたら、私は誰も知らないどこかに行くつもりだった。いっそ死んでもよかった。
「タクシーでおいで」
その一言で私の命はつながったのだ。
10才。小学5年生になったばかり。
タクシーの窓から飛び去る夕暮れの桜がやけにまぶしかった。