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ミートソースの作り方(仮)  作者: 鈴木 アイリス
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#03

#03


炒める


鍋にオリーブオイル適量、ニンニクを入れ火にかける。香りがしてきたら玉ねぎを加えて炒め、半透明になったらミンチを入れ、肉の色が変わるまで、さらに炒める。

焦げないように。



毎年12月になると小さなクリスマスツリーを出して息子と一緒に飾る。電池を入れ替えたスノードームにスイッチを入れ、ツリーも点灯。チカチカピカピカ。オルゴールに合わせてボールの中のサンタが踊る。赤、青、黄色、緑。いろんな色の電球が光る。

「ツリーきれいだね、ママ」

「うん。きれいだね」


クリスマスも正月も誕生日も大嫌いだった。

弟たちは当たり前のようにバリバリとプレゼントの包をあけ、出てきたオモチャに大喜びしている。私はそんな家族の光景に背を向けて、たんたんと茶碗を洗う。

何も聞こえない、何も感じない。


最初は羨ましかった。なぜ、私だけもらえないのかわからず、こっそり泣いていたと思う。でも回を重ねるごとに、何ももらえないのが当たり前になる。他のことに比べたら、たいしたことじゃない。


嫌なクリスマスは待ちに待った冬休みの合図でもある。うちに帰れる。

酔ってご機嫌のお父さんの膝の上で、お母さんが作ってくれた美味しいご飯をお腹いっぱい食べよう。夜はねーちゃんのベッドでいろんな話をしながら一緒に寝る。にーちゃんも居てくれるかな。朝起きたら、お父さんと一緒に犬たちの散歩(うちでは運動と言ってた)に行く。稲刈りの終わった田んぼに着いたら犬の縄をはずして、犬と一緒に走り回る。雪が積もるといいな。毎日のように想像していた絵面が現実になる。


たった1日か2日の幸せな時間。


それすらも結局は取り上げられてしまったのだけど。


「外泊禁止だ。外出も無しだ。」

「え?」

「一人で行くのも許さん。俺たちが出かける時は、お前は留守番しとけ」


死ぬほど悲しかった。もううちには帰れないと思うだけで、口から心臓が出てしまうくらい辛くて。喉をかきむしって血がドクドク流れて。息が止まるくらい苦しい。

何で?何で?何が?何?

殴っていいから。蹴っていいから。何してもいいから。それだけは勘弁して。吐くほど泣いて叫んだ。もちろん、頭の中で。顔には出さず、真っ暗で真っ白な頭の中で。絶望ってこういうことだ。


そんな日の晩ごはんに限って、山盛りのミートソースだったりするのだ。


帰省していた親戚のおじさんが、お土産に自転車に乗ったかわいいお人形をくれた。大切にしてた。

ある日、学校から帰ってくると、保育園を休んだ弟たちが、そのお人形で遊んでた。怪獣にされた私のお人形は弟たちのウルトラマンにボコボコにされ、壊れてしまっていた。

それをあいつがニヤニヤ笑って見てた。


その次の日だったかもしれない。保育園のお迎えに行った帰り道で、駄々をこねる弟を平手打ちした。初めて人をたたいた手は痛かった。胸が苦しくなった。もう二度と誰もたたくまい、と誓った(その約束は30余年後、破られたのだが)

。ごめんね、と言いながら弟と一緒に泣いた。


弟は私からぶたれたと言いつけた。格好の理由ができたあいつは、私をいつもより念入りに痛めつけた。かわいい長男が殴られたのだから、いつものように罵倒しながら殴る蹴るだけでは満足できなかったのだろう、私は朝まで冷たい床の上に正座することになる。ちょっとでも動けば、両手親指の上に直に乗せられたもぐさに火がつけられる。一種の根性焼きだ。火傷になる寸前でもぐさを落とすから、痕にはならない。誰にもバレない。狡猾なやり方してくれる。


ただ虐待のパターンが増えただけのこと。


何をされても、人形になればいいと思っていた。人形で足りない時は、頭の中の引き出しにしまうことを覚えた。しまえば忘れてしまう。なんともない。何も感じない。


笑えなくなった。無理に笑おうとすると唇が半分だけあがる。顔が歪む。そんなことにすら自分では気がついてなかった。

身体中にイボができた。病院に行っても、薬をつけても、治らないどころか増える一方。両手の甲、指...もぐさの定位置だった親指はことさら大きなイボ...、腕、足。顔以外の見えるところがイボだらけの私は、まるでイボ蛙みたいだった。学校でも、どこへ行っても化け物扱い。実際、気持ち悪過ぎたと思う。


「熱っ...!」

「何してるの!」

母親があわてて私を抱えて流しにぶちこみ、外は雪が降っているというのに、氷のように冷たい水道水をかけまくった。

私は右半身に火傷をした。肩から下、煮えたぎった鶏ガラスープをかぶったのだから仕方ない。簡単に言えば、母親が冷蔵庫の上においた大きな鍋に肩があたってしまっただけなんだけど。今となってみれば、それが事故なのか故意なのかはわからない。自らあたったような気もする。ただ、熱くて痛くて冷たい感触だけは残っている。その痛みに感謝した思いも。

これでイボが焼けて治るかもしれない。これでしばらくは大丈夫かもしれない。


何が大丈夫なんだろう。


私はその時すでに壊れていたんだと思う。私の中で生まれた私ではない私たちが育ち初めていたのだと、今では思う。


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