#02
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下ごしらえ
ニンニクは細かく
玉ねぎは荒めにみじん切り。
トマトは賽の目に。
トントントントン
トントントントン
見えるのは母親の丸っこい背中。
トントントントン、と何かを切っている。
トントントントン。
晩ごはんは何かな。おつかいに行って、八百屋さんで玉ねぎと玉子とじゃがいもとキュウリ(おばさんがお菓子くれた)、お肉屋さんでミンチとソーセージ(おじさんがホカホカのコロッケくれた)を買った。早く宿題終わらせて、弟たちを保育園に迎えに行かないと。お風呂屋さんに連れて行かないと。ヤバい。また殴られる。
いや。殴られるのはもう慣れていた。
暴言暴力日常茶飯事。好きにすればいい。我慢すればいいだけのこと。何もなくても殴られる。目付きが悪いとか、顔を見たくないとか。
「お父さんに謝りなさい」
何にも悪いことしてないよ、と母親に目で訴えたところで意味がないのはわかっている。こんな時は人形になってしまえばいいのだ。頭の中で楽しい妄想の世界にひたる。そうすれば何にも感じない。痛くない、悲しくない、辛くなんかない。
人形の口は勝手に動いてくれる。
「ごめんなさい」
「謝り方が悪い」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
何に対して謝っているのかわからないまま、ただ、ごめんなさいを繰り返すだけ。
気がすむまで殴り続けたら、そのうち、どこかに行けと言われるんだ。
「俺の視界に入らない所へ行け」
ほらね。いつものようにアパートに帰ろう。
「夜は暗室で寝ろ」
今夜は臭い暗室でどぶねずみにビビりながら寝るのか。ガラスのショーケースの上よりはマシか。
夜中に母親が様子を見に来る。手にはおにぎり二つ。また晩ごはん食べさせてもらえなかった。
暗室から出て、黙って冷たいおにぎりをかじる。
「あんたが悪いのよ」
ヒステリックに母親が言う。
「あんたが悪い」
私が悪いのか。存在してることが悪いんだろう。私の頭の中で声がする。産んでくれと頼んだ覚えはない。
バシッバシッバシッ
言葉になってしまったのかもしれない。
唇が切れて血が流れる。
「あんたの前にできた子はおろした。二回目だから産んだのよ」
は?えげつないことを。それ、言ってはいけないヤツだって、わからないのかな、この人は。
手ににぎったまんまのおにぎりをかじる。涙と血の味がした。
母親が帰ったらあいつが来る。
いつものように。
涙と血の味がする冷たいおにぎりは、襲ってくる吐き気とともにトイレに流そう。