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第8話~疑惑

 新道家では、食後はリビングでくつろぐことが多かった。

 夕飯は軽くコンビニ弁当で済まし、二人で座るには少し窮屈な黒の皮地のソファに、標に抱きつかれる格好で腰を下ろしテレビを見ているのだった。


 午後八時四十分、こんな時間帯では面白い番組もやってないらしく、あれこれとチャンネルを回した結果、つまらない旅番組を眺めている。


 ちょうど名前も知らないような女子アナが温泉レポートをしているところだった。ほっそりと長い脚を湯に浸し、恍惚の表情で岩壁に身を任せている。温泉も好きだし旅も悪くないと思うが、面倒だから行ってみたいという気にはなれなかった。まあ、こんな綺麗なおねーさんが一緒に入ってくれるなら話は別だが。

 

 そんなことを考えながら画面を見ていると、標が俺を睨みつけていた。

「に・い・さ・ん?」

「は、はい! 何でしょう?」

 眼が合うとすぐに名前を呼ばれ、とっさに受け答えていた。

 まさにパブロフの犬状態。

「兄さんは、ああいうのがお好きなんですか?」

「は、い?」

 ぐっと標が俺に迫ってきた。

 丸まった襟の、薄いブルーのカーディガンに、シックなスカート。下から見える足がなんとも艶かしい。しかも、上には二つの谷間が……。


 標は潤んだ目で俺を見つめてくる、その目を見ると、なんだか吸い込まれそうで……。

「いいんですよ、兄さん、好きにして下さって」

 標は顔をぐっと突き出し――た瞬間、携帯の音が鳴り出した。


「なんですか! いいところでしたのに!」

 明らかに標が機嫌を悪くする。俺としては貞操を奪われる危機を救ってくれた相手に感謝したいところだったが。

「わ、悪い。ちょっと出てくる」

「むう……早くしてくださいね」

 リビングを出て、自分の部屋で携帯を開けた。なんだ、照明かよ。ディスプレイを見てさっきまでのテンションが急降下したが、今戻ると標が怖いので、仕方なく出ることにした。


「はい」

――進かい? 何を隠そう、僕は灯火照明その人だよ。

 名乗られなくても、こんな馬鹿な喋り方をする奴は俺の知り合いに一人しかいない。

「どうした。お前から電話なんて珍しいな」 

――そんなに嬉しかったのかい? じゃあこれから毎日電話してあげるよ。

「そんなつまらないことのために電話してきたんなら、切るぞ」

――嫌だねえ。自分の気持ちに素直になれないのかい? よく電話してきてくれたな照明、とか、お前の声が聞けて嬉しいよ、とか、それぐらい言ってくれても罰は当たらないよ。


「お前の声なら毎日嫌でも聞いてる」

――ははは。そこはそれ、細かいことは気にするなって奴さ。

「お前が言うなよな」

――ご忠告どーも。ありがたく頂戴しておくよ。

 電話口の声が震えているのが分かる。あんちきしょう、笑ってやがんな。


 照明とは高校に入ってからの短い付き合いだが、まるで交わりそうにない性格のこいつと、何故か気が合った。しかし、こいつは自分のことはあまり話さないため、意外に照明のことは何も知らなかった。分かったことは二つ、こいつは人を茶化してふざけるのが好きなことと、底抜けの馬鹿だということだ。


「分かってもらえたならありがたいが、そろそろ何の用か教えてくれないか」

――おお、そうだったそうだった。僕は用があって電話したのだった。よく思い出させてくれたね。さすが進君。

「もういい。切るぞ」

 電話を切ろうと携帯を耳から離そうとしたその時――

――柊のことだよ。

 携帯の向こうでかろうじてそれだけ聞こえた。

 

「哀華? 哀華がどうかしたのか」

――食いつくねー。たっぷり溜めた甲斐があったよ。

「うるさい。哀華がどうしたんだ」

――今日二人で屋上に行ったらしいね? 何の話だったの?

「お前、ストーカーが趣味か」

――せめて私立探偵と呼んでほしいね。

「呼ばねえよ」

――そう? 残念だなあ。それで、何の話されたんだい?

「お前に言う必要はない」

――まあ、いいさ。大体想像はつく。その上で忠告しとくよ。柊は止めといた方がいい。あの女は――危険だ。

 

「は? どういうことだよ、照明」

――言葉の通りさ。柊には近寄らない方がいい。

 声が急に真面目になる。だが、それだけじゃ意味が分からない。

「なんでだ? なんでそんなこと言うんだ?」

――理由を聞けば、後には戻れないよ。それでもいい?

「別に。厄介ごとには慣れてるさ」

――……いないんだよ、柊なんて奴は。


「いない? どういうことだ?」

――柊が通っていた前の学校。お嬢様ばかり通っている女子高の聖蘭学院。知ってるかな?

 聖蘭学院……聞いたことはある。私立校で、かなり大人しいところだったはずだ。

「で、その聖蘭学院がどうしたんだよ?」

――詳しいことはまだ分かっていない。でも、その学院の知り合いに何人か話を聞いてみたけど、柊哀華なんて生徒は誰も知らないみたいだよ。


「お前、漫画の読みすぎだよ」

――それは認めるけどねえ。でも、なんかキナ臭くないか?

「たまたまじゃないか? たまたま知らなかっただけとか」

――現役の在校生に確認を取ってもらって、その可能性は薄いね。大体、柊みたいな女、クラスにいたら目立つでしょ?

「おお……まあな」

  雲行きが大分怪しくなってきた。


――つまり、柊とそういう関係になるのは危ないってこと。明らかに君を狙って転校してきてるからね。


 どうやら照明は照明なりに俺を気遣ってくれてるらしい。だが、こいつでも知らなかったらしい。俺は反発されれば反発されるほど燃える男だってことに。


「まだ付き合うって決まったわけじゃない。考えるって言っただけだ。でも、お前の話を参考にするつもりはない」

――それが相当ヤバイ奴でも?

「あ、ああ……もちろん、だ……」

――何か無理してそうだけど。

「そうじゃない。ただ、あいつがまだヤバイ奴だって決まったわけじゃないだろ」

――ふうん。

 クスリと笑う声が微かに聞こえた。

「あんだよ」

――何でもない。でも、流石は僕の見込んだ男だ。

 何だよ、その戦友に向けるような言葉は。


――僕はまだ調査を続けてみるよ。他に何か分かるかもしれないしね。

「お前、本当に一体何者なんだよ」

――だから言ってるだろ。人の言うところの“神”だってね。

「あーはいはい、凄い凄い。お前凄い」

――突っ込みもなしかい? つまんないねえ……。

「そりゃあよかった。でも、今特に哀華に問題はないだろ?」

――授業は真面目に受けてるけど、何しろ素性がハッキリしないからねえ。

 確かに今日の哀華を見る限りでは、おかしなところは何もなかった。


――でも、だからって安心しないようにね。油断してると足元をすくわれるよ。

「おう。サンキュな」

 ピッと電話を切り一息つく。通話時間三十分。これだからこいつと話すのは嫌なんだ。

 喉が渇き何か飲もうとリビングに下りる。放っとかれてすっかり怒っている標のお説教が待っているとも知らずに。

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