第5話~告白
千五百人を超えるマンモス校だけあって、うちの学食はテニスコート並みに大きい。それでも昼休みになれば券売機に並ぶ生徒であふれ出す。
俺はきつねうどん、標はサンドイッチを持ってテーブルについた。
「で、どうなんですか? 兄さん」
「な、な、何が?」
普通に返そうと思ったら二度も噛んでしまった。
「兄さんは何故、柊哀華さんと名前で呼び合う仲になっているのかと聞いているのです」
標は射抜くような視線を向けてくる。
「正直に答えてください。柊さんとはどうなんです?」
「どうって……別に何でもねーよ。ただあいつ愛想がないから、他のやつらには反応さえねーじゃん? だから、隣同士仲良くしようかなって」
だし汁を吸って重くなったあげをくわえながら言う。
「特別な意味なんてねーよ」
「本当ですか?」
ジト目で標が睨んでくる。
「小っちゃくてロリキャラの哀華たんきゃわいい☆ってハアハア発情してたんじゃないんですか?」
「誰がするかー!!」
俺は思わず叫びだした。どんな変態オヤジだよ、それ。
「いえ、発情するのはいいんです」
標はぴっと指を立てた。
「ただ可愛い妹キャラの標たんにハアハアしてくれないとダメです」
「それもどうなんだ、おい」
少し伸びたうどんをずるずるとすする。
「お前、俺にどんなイメージ持ってんだ?」
標は少し考えるポーズをして、
「そうですね。しいて言えば――“光”ですかね」
「光?」
「そうです、私にとって、兄さんは光そのものです」
じっと俺を見つめたまま標が言う。
「だから、私の世界から兄さんが欠けたら何も見えなくなるんです。兄さんと出会う前の暗闇へ戻ってしまいます」
標は目を細めた。
「お前……まだ」
「はい。今でも月がでると思い出します。あの夜のことを」
暗闇か。どうやら標の悲しみはまだ癒えていないようだ。
そりゃそうだ。実の親に殺されそうになったんだから。
そして、その親を殺したのは標自身なのだから。
その日から、俺の妹として過ごしていったわけなんだけど。
でも、そのままでいいわけねーじゃねーか。
「俺は、お前に普通に幸せになってほしい」
「兄さん以外の人とは幸せにはなれません」
「兄妹だぞ。それに、俺よりいい奴なんていくらでもいるって」
「兄さんじゃなければ駄目です」
標はキッパリと言った。
「私は、兄さんのためならどんなことでもできますよ」
「標……」
「なのに、兄さんは私の気持ちにこたえてくれません」
標は瞳を潤ませていた。
俺は、ゆっくりと口を開いた。
「死んだ親父が、よく言ってたんだ」
「兄さんのお父さん……ですか?」
「ああ。女の子は弱い生き物だから、男の子が守ってあげなさいって。数ある中から自分を選んでくれた人を、幸せにしてあげなさいって」
「兄さん……」
「俺はお前残してどっか行ったりしねえよ。だから、そんな顔するな」
標は俺を見つめて言った。
「では、柊さんとは特に何もないと?」
「た、たりめーだろ」
「私のことを世界で一番大事に思ってくれると?」
「それとこれとは話が別だが、出来る限り約束しよう」
「――では、今回は不問に付してあげます」
標は長い息をついた。
「ひとりの辛さは、私もよく知っていますから――」
そう言ってわずかに微笑む顔は、少しだけ哀華に似ていた。
どうしようもない傷を負った人間が浮かべる、乾いた笑みが。
「じゃあ、私部室に行ってくるので、先に帰っててください」
「おう。頑張ってこいよ」
「浮気したら……分かってますね?」
きっと標の目つきが鋭くなる。
「わ、わかったわかった。わかったからそんなきつく睨むな」
お前が本気になったら俺なんてミンチになっちまう。
放課後。標は自分が所属している部室へと足を運ぶ。
中学の頃から四年間続けていて、腕前は鬼のように強い。
以前エイプリルフールに『彼女が出来た』と嘘をついた時には、木刀振り回して追いかけてきたもんな……。
「口だけじゃ寂しいです。ぎゅーってしてください」
「お、おい。こんなところで……」
「これから激しい運動をするんですから、兄さんのエネルギーを補給しないと、わたし倒れちゃいます」
たまに化け物みたいな力を発揮するくせに、しれっと標が言う。
期末テストが近いため、下校している生徒が圧倒的に多いが、廊下にはまだ何人かの生徒が残っている。
「だ、だから兄妹でそんなだな……」
「じゃあ、頭だけでいいです。ナデナデしてください」
「えっ」
「どうします? 撫でてくださるか、二つの胸のふくらみを存分に堪能するかの、ふたつにひとつですよ?」
「選択肢二つしかねーのかよ!?」
しかもどっちも大して変わんねーし。
とは言え、逆らえば後が怖いし、潤んだ目で標は俺を見つめてるし。
「……」
俺は覚悟を決めて、腕を伸ばした――
「あれ? なんだこりゃ」
帰ろうと靴箱をあけ、それが下駄箱から落ちた時、俺は声をあげた。
「あ……」
キョロキョロと周りを見る。幸い誰もいない。
綺麗に畳まれた便箋一枚。差出人の名はなかった。
「こ、こ、こ、こりゃ」
ラブレターじゃないっすかー。
鼓動が高鳴るのを感じる。い、いや、落ち着け落ち着け。
からかって誰かが入れたのかもしれない。照明あたりが。
俺は震える指で便箋をあけた。
「来てくれたのね」
その少女――柊哀華は言った。
屋上のフェンスの前によりかかり、夕日をまっすぐ浴び髪をなびかせてるその姿は、はっとするほど神秘的だった。
「あ、ああ。どうしたんだ。話って何?」
手紙には何も書かかれてなかった。屋上に一人でこいという一文以外は。
「…………」
何も言わずに少しずつこっちに近づいてくる。
無表情なだけにちょっと怖い。そう思ってると息がかかるスレスレまで迫っていた。
「お、おい……」
「好き……」
「え?」
じっと見つめてくる視線が気になりすぎて、聞き逃してしまった。
哀華はそんな俺を見つめながら、静かにだがハッキリと言った。
「あなたのことが好き……私と付き合って」
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