第4話~授業
柊哀華は親の仕事の都合で引越してきたそうだ。
俺の隣がちょうど空いていたので、そこの席に座るようになった。
今はホームルームが終わって次の授業の準備中だ。
標が物凄く怖い顔でこっちを睨んでいるが、見えないふりをしておこう。
「よろしく。夏休み前の転校って珍しいよね」さりげなく話しかけてみた。
だが、聞こえてないのか、無視してるだけのか。
転校生は前を向いたままピクリともしなかった。
「あはは。もしかして緊張してる? 大丈夫だって。そのうち馴れるから」
「………………」
転校生はコクンと小さくだが頷いた。
「まあこの学校レベル高いからさ、ついていくの不安だよね。俺なんて妹に寝る間も削って勉強させられて、やっと合格できたぐらいだからね」
「………………………………………………………………そう」
たっぷり余白を使って転校生はぼそっと答えた。
俺、何も嫌われるようなこと言ってないよな……?
まさか、会って数秒で嫌われたとか……?
それはともかく、さっき疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「なあ、君どこかで会ったことないかな?」
「………………!?」
そう言った途端、微かだが転校生に反応があった。
大きな瞳でじっと俺のことを見ている。
「……どうして?」
「い、いや。どっかで会ったような気がするなって。違った?」
転校生は答えなかった。その代わり、一言だけそっと呟いた。
「私のことは、哀華でいい」
「え、それって……」
「私も、進と呼ぶ」
柊哀華は笑った。どこか悲しみを交えたような、そんな笑みだった――
その日の授業中は針のむしろに座っているようだった。
哀華は授業中もじっと俺のことを見つめていて、ふと前の席を見ると、標が先生にバレないように携帯でメールを打っていた。
ふと眼が合うと、ぞっとするような笑みを浮かべてくる。
後で確かめんのこええ……。
というか、殺されるんじゃないか、マジで。
う、心なしか腹まで痛くなってきたかも……。
俺は冷や汗をダラダラ流した。
「ん? どうした新道。顔色悪いぞ?」
社会の多野山が聞いてくる。
「無理してないで、保健室でも行って来たらどうだ?」
「そ、そうっすか……? じゃあ、お言葉に甘えて……」
「先生。私が兄さんを保健室に連れて行きます」
ガタッと立ち上がり標が手を上げた。
その動作にクラス中の注目が一斉に集まる。
いや、高校生にもなって妹の付き添いとか、どんだけ虚弱体質なんだよ。
俺が顔を赤くしてると、多野山が標に言った。
「いや、別に一人で行けるだろ。わざわざ二人でいかなくても……」
「多野山先生」
「は、はい!!」
標のトーンが急に低くなり、多野山が思わず敬語で答える。
てか教師の威厳はどうしたんだよ。
「もし兄が大病に侵されていて、保健室に行く前に息絶えてしまったとしたらどうされるおつもりです? そんなことになったら一生悔やんでも悔やみきれません。弱っている兄に手を貸すのがクラスメイトの、いえ、妹の務めです」
俺は呆然とした。クラスの皆は感動したような雰囲気になってるが、唯一照明だけが面白そうに俺達を見ていた。
「悪かったな、進。標と一緒に保健室へ言って来い。なあに、恥ずかしがることはない、兄妹愛だ、兄妹愛」
多野山はジーンとしながら言った。
いや、十分に恥ずかしいっての!
「いや、やっぱりいいんで授業受けます……」
それだけ答えるのが精一杯だった。
………………。
昼休みになり、いくつかのグループに別れて昼食をとりはじめた。
「あー腹減った」
真面目に勉強はしてなくても、人並みに腹は減るもんだ。
「兄さん♪ ちょっとよろしいですか?」
俺はまた机から転げ落ちそうになった。
「し、標……俺、まだ死にたくねえよ」
「? 何言ってるんですか? それより一緒に学食行きましょうよ」
てっきり哀華のことで怒ってるのかと思ったが、違ったようだ。
「あ、そっか……そうだよな」
俺はほっとした。妹も少しずつ兄離れを果たしているのか。
「そうだな、行こうか……哀華は、どうするんだ?」
隣でちょこんと座っている哀華に聞いてみる。
「いい……私は、ひとりで……」
「そうか……いてて!!」
気がつくと標が俺の耳をぐいぐい引っ張っていて、俺は叫び声をあげた。
「何ちゃっかり呼び捨てにしてるんですか? 兄さん?」
「そんなこと言われても。いでででででで」
「さあ、行きましょうか。聞きたいこともたっぷりありますし☆」
ニッコリ笑って俺の耳を引っ張っていく。もげるもげる、マジもげるって。
どうやら標に兄離れにはまだ早かったようだ。