最終話~Non stop love
まず最初に、この手紙は誰かにあてたものではない。
私の死の真相を、残された人達は色々と推測することでしょう。苛めのストレス? 勉強によるノイローゼ? それとも失恋? 家族のみんなは、もしかしたら自分のせい、と思うかもしれません。
私は今ここに死を選択しますが、だからといって他者を咎める気はありません。私は今までずっと誰かの思惑通りに生きてきました。これからも、本当ならそんな人生が続くのだと思います。お父様の選んだ学校に入り、お父様の選んだ会社に勤めて、お父様の決めた相手と結婚して。今まではそれが当たり前のように感じていました。
……話が少し逸れました。つまり私は、誰かのために死を選ぶのではなく、私自身のために死ぬのです。
私に唯一許された自由、それは「死」そのものなのです。だから、誰も悲しまないでほしい。私は貴方達のために死ぬのではないのだから。私は、死を愛しているのだから。
最後になりますが、もし新道進という学生さんに会ったらありがとうと伝えておいてください。少しだけど話していて楽しかったから。今となっては、何もかも遅いけれど。
柊哀華
「兄さん、またそれ読んでるんですか」
バスの後部座席で、標は尋ねてきた。俺は手紙を便箋に入れて答えた。
「……お前もこれ読んだだろ? どう思った?」
「そうですね。率直に申し上げるなら、湿っぽくて憂鬱な気分になりました。まあ、意図してそう書かれてるんでしょうけど」
「死を前にした人間なんだから、仕方ないよ。それにしても、この『死を愛してる』って文章はなんなんだろう」
「それは嘘ですね。彼女は死を愛してなんかいません。おそらく、カムフラージュでしょう」
「カムフラージュ?」
「私が思うに、亡くなった哀華さんは色々な要因が重なって死んだんです。両親との不和、学校での苛め。失恋もあるかもしれません。しかし彼女は、そんな陳腐な理由で脱落したくなかったのでしょう。早い話が負け犬でいたくなかった。そんな風にだけは思われたくなかった。でなければ、遺書なんか残したりはしません。彼女は死によって希望を見出したのではなく、ただ単に生に絶望しただけです」
「お前……」
「……同じなんです」
「え?」
「そっくりなんです。私と哀華さんは。もしかしたら私も、こういう理由で死を選んだかもしれない。だから分かるんです。私には、兄さんという依存できる人がいましたけど」
「……いいや。もう止めだ」
最期に哀華がどう思って死んでいったのか。もう確かめるすべはない。考えても無駄なことだった。
「それがいいですよ。深く考えすぎても、泥沼にはまるだけです」
「まあな」
俺は頷くと、シートに深く座りこんだ。
そんな俺の様子を見て、標が言う。
「まだ病み上がりなんですから、無理はしないでくださいね」
「しつこいな。もう傷はふさがったって言ってんだろ」
「それでも、まだまだ全快とは言えません。あ、そうだ。今日は私が兄さんの為に、精のつく料理をご馳走しますよ」
実に嬉しそうに、標が無慈悲な提案をしてきた。
「いや、いい、いい。今日は外食でもしようぜ」
俺は両手を振りながら、標の申し出を打ち消した。
「むう」
標はぷうと頬を膨らませる。
「そんなんじゃ、いつまで経っても治りませんよ」
標はなおもしつこく持ちかけてきた。まだ少しぎこちなくはあるが、また前みたいな標に戻ってきてるようだ。
「まあ、もう抜糸は終わってるし。ぶっちゃけ大したことはないよ」
「では、快気祝いに私が料理を……」
「それよりさあ」
このままでは埒があかないので、標の言葉を遮った。標は若干不服そうな顔をしていたが。
「その後、ほのかとはどうなんだ?」
「ほのかちゃんと……ですか。あれから話し合ってみたんですけど。全面戦争することになりました」
「ぜ、全面戦争だあ?」
俺がびっくりして声を上げると、標はくすりと笑って。
「はいな。お互いに出し抜いたりしないで、正々堂々、兄さんを奪い合いましょうって決めたんです。揉めましたが、寝込みを襲うのもルール上なしにしました」
「揉めんなよ。ていうか、まだ諦めてなかったんだな」
「とんでもありません。兄さんの傷が癒えたらふたりで猛アタックする気なので、そのつもりでいてください」
「はあ……これから大変だな……」
俺がため息をつくと、標はニッコリ笑って言った。
「はいな♪ 頑張ってくださいね、兄さん?」
「…………」
俺は返事をすることもできなかった。しかし、別に沈んでるわけではなかった。これからますます騒々しくなるのをイメージして、思わず笑いだしそうになったからだ。
俺の苦難は、まだまだ終わりそうもなかった。
長らくお付き合い頂きありがとうございます。もう新作を描くことはありませんが。感想・評価をもらえて非常に励みになりました。最後まで楽しんでもらえたら幸いです。




