第29話~監禁⑨
俺は血まみれの目で標を見た。俺には、どうしても言わなければならないことがあった。
「まず標。俺はお前に謝らなきゃいけない」
ゆっくりと口を開きながら俺は言った。
「俺は、お前の想いから逃げた。お前の気持ちを知りながらだ。世間体やら対面やら。俺はそんな都合のいい言葉で逃げてきた。だけど違う。本音は怖かったんだ」
――私にとって、兄さんは光そのものです――
前に標から言われた言葉を思い出す。
「俺はただ、自分が傷つきたくなかっただけなんだ。周りの目を恐れて、兄妹で過ちを犯すことが嫌だったんだ。お前は正面から自分の気持ちをぶつけてきたっていうのに。覚えてるよな? 公園で作った砂の城。お嫁さんにしてやるって誓ったあの日を。なのに、俺はその事実から目を背けた。
弁解に聞こえるだろうけど、俺はお互いに傷つかないためにはどうしたらいいかって考えたんだ。でも俺は馬鹿だから、鈍いから、考えられる最悪の手段をとってしまった。別々に恋人を作ってしまえばいいっていうな。哀華に迫られたからとか、言い訳にもならない。俺の心が弱かったんだ。そんな優柔不断な態度が、こういう事態を招いたんだ。
どうして俺は、お前の気持ちに応えなかったんだろうな。一人だけいい子でいたかったからなのか、間違いを犯したくなかったからなのか。とにかく、お前のアプローチを拒み続けた。
でも、そもそも間違いって何だ? 自分の気持ちを偽って、上辺だけの付き合いをしていくことが、正しいんだろうか。いや、それこそ相手に自分の都合を押し付けてるだけだ。
そう考えると、俺のやってきたことはただのエゴでしかない」
「そんな……兄さんは、何も悪く……」
眼に涙を溜めてるせいか、標の声はやけに聞き取りづらかった。
「何度も言わせるな。こうなったのは俺の自業自得だ」
「そんなこと、ありません……!」
標は少し強めに反論した。それが口火になったのか、彼女の眼からは堰を切ったように涙が溢れてきた。
ヤバい。また泣かした。
でも……。
俺は顔を両手で押さえて泣きじゃくる標に、あえて語気を強めながら言った。
「でもな、お前も間違ってるんだよ」
「え」
標は涙で濡れた顔を上げた。
俺はその顔を見て一瞬躊躇した。でも、言わなくちゃいけない。標のためにも。
「間違ってんだよ。お前が両親を殺したのに不起訴になったのも、うちに引き取られることになったのも、全部法律によるものだ。なのに自分の都合が悪くなったら法律を破るなんて、我がままにも程があんだよ。もし法に縛られるのが嫌になったんなら、誰もいない無人島に住めばいい。テレビも本もパソコンも一切ない、外界から遮断された世界にな。不可能だろ? 欲しい物があっても、金がなければ、地位も権力も無い。要するに、俺達はまだ何もできないガキなんだよ。
分かるか? 意思を通すなって言ってるわけじゃない。自分の言動に責任が取れるまで待とうって言ってるんだ。俺はお前のことが大切だが、お袋だって、ほのかだって、照明だって、哀華だって同じくらい大事だ。自分さえよければ、周りの人間はどうでもいいなんて考え、俺は認めな……」
そこまで言いかけて、俺は立ちくらみを起こした。どうやら、血が流れすぎて貧血になってるらしい。
「兄さん……!」
すぐさま標が駆け寄ってきて、俺の身体を抱きとめる。
「兄さん、もういいんです。私、分かりましたから。だから、早く病院に……」
「そうだよすーくん! あたし、救急車呼ぶね!」
「駄目だ。救急車は、呼ぶな……」
俺は携帯を取り出したほのかに向かって言った。
「どうして!? このままじゃすーくん、血がいっぱい出て死んじゃうよ!!」
「ああ……そうだな……」
俺は意識が遠のきながらも答えた。よく分からないが、ほのかの顔は酷く取り乱していたように見える。
「でも、ここで救急車なんか呼んだら、傷害罪だ。自殺を図ろうしたって言っても、誰も信じてくれないだろう。ナイフには標の指紋がついてるし、必ず警察沙汰になる。しかも、標は過去に両親を殺めているんだ。前科があるから、裁判は免れない」
「私なんてどうなったっていいんです! 兄さんさえ助かるなら……」
「ふざけるな」
俺は標の声を遮った。そのまま標の顔をじっと見つめるが、もう標がどんな表情をしているかも分からない。
「周りを大事にしろって、言ったばかりだろ。お前、頭良いだろ? 警察にバレずに、入院できる方法を考えてくれよ……」
もう意識がなくなりかけてきた。感覚が麻痺してきたのか、痛みは消えただただ眠くなってきた。
「兄さん! ダメです! 死なないで!」
標が、俺の肩を揺さぶりながら叫んだ。
「無理だよお……おまわりさんに内緒で入院なんて……」
ほのかが泣きながらそう呟いた時だった。
「いや、それが無理じゃないんだな」
その声は、何十年ぶりに聞いた気がした。
しかし、その人物はさっきまで電話してた相手だった。
そいつは、俺のすぐ目の前まで歩いてきた。
照明だった。
「進、大丈夫かい?」
照明は俺の傷口を見ながらも、落ち着いた口調で訊いてきた。
「いや、あんまり大丈夫じゃない……」
俺には、そう答えるだけで精一杯だった。
「だろうね」
照明はポケットに手を入れ、
「救急車ならもう呼んであるよ」
と、携帯を俺に見せながら言った。
「な……」
俺が口を開こうとすると、照明は薄く笑った。
「心配するな。僕の父君が経営する病院の一つでね。芸能人や政界人といったVIPがお忍びで利用してる個人病棟さ。進はまあ……VIPとは言いがたいが、僕の大事な親友だからね。救急車といっても普通の車で来るし、君のケガは、単なる事故で済ますよう口利きしてある」
「お前……」
「だから、君は安心して眠ってていいよ」
そこまで照明が説明し終えたところだった。
「悪い。じゃあちょっと寝るわ……」
俺は深い眠りについた。
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