第28話~監禁⑧
「いやあぁあああああああああああああ!!」
そう標が叫んだ。いや、ほのかの方が先だったか。それとも両方だったか、考える余裕もなかった。
あの日のことを思い出していた。標と初めて出会った日のことを。十一年前、俺は標の兄になった。どうしても笑わなかった標を、何とかして笑わせたくて。公園で砂の城を作ってお嫁さんにしてやると言った。最初は無表情だった標が、徐々に顔をしかめ、大粒の涙をこぼし、そしてぎこちない笑顔を見せてくれたこと……。それら全てが、走馬灯のように俺の脳裏をよぎった。
その直後、顔に激痛が走った。両手で顔を覆うも、指の間からは血が大量に流れ出していた。パックリと切れているようで、ものすごい血の量だ。俺はとても立ってることが出来ず、ごろごろと床に転がった。
「痛い……」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
もう、それしか考えることができなかった。本当なら気絶してるんだろうけど、失神すら出来ないほどの耐えがたい痛みだった。
カランと、何かが落ちる音が聞こえた。顔を少し動かすだけで鋭い痛みが走るが、どうやら標がナイフを落とした音らしい。血だらけのナイフ。まさかと思うが、現実だった。あんな鋭利な刃物で、俺は切られたのだ。
「わ、私が、に、兄さんをっ、さ、さ、刺した……」
俺は声を頼りに標の方を向いた。ふと眼が合う。すると標は手を口に当てて、
「す、すみません兄さん! 私のせいで! 私のせいでこんな……! こんな……!!」
半狂乱になりながら標は叫んだ。標のそんな取り乱した声を聞くのは、初めてだった。
標は地面に落ちたナイフを拾い上げると、自らの喉元にあてがった。
「死にます! 今死にますから許してください!!」
後少しでナイフが喉を切り裂くというところで、
「待て……」
俺は搾り出すように声を出した。
その瞬間、信じられないくらいの痛みが襲ってきたが、何とか意識を失わず立ち上がることができた。
俺は、標と向かい合った。
標はナイフを首元から離し、どうしたらいいか分からない子供のような目で俺を見ていた。
しばらく無言のまま対面していたが、俺はゆっくり後ろを見ながら口を開いた。
「ほのか……タオルか何か持ってないか?」
「あっ……」
ほのかは俺の声にハッとすると、ポケットから大きめのハンカチを取り出し、震える手で渡してくれた。
「サンキュ……」
俺はもらったハンカチを顔に押し当てながら止血を行った。
「すーくん、痛む?」
ほのかが気遣うように聞いてきた。
「どうして、こんな無茶したの? あたしなんかのために……バカだよ、すーくんは」
「あはは……かもな」
俺は乾いた声で笑った。
「さ、早く病院に行こう」
ほのかが俺の手をとろうとするが――
「それはまだいい。まずこの場で全ての決着をつけてからだ。とにかく、俺の話を聞いてくれ」
俺は呆けたようにポツンと立っている標に向かって言った。
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