第27話~監禁⑦
「害虫は駆除をしないといけませんね」
その声は、やけに冷ややかに聞こえた。
標はナイフを握り締めたまま俺達を表情の無い目で見つめていた。いや、視線を向けているのは俺よりほのかの方か。
幼馴染を見る目つきとは思えなかった。哀れなモルモットでも見るようなまなざし。もはや標はほのかのことを友達とは思っていないのか。それぐらい冷たさを交えた眼だった。しかしほのかもまた、ひるむ事なく標に視線を送り返していた。
「ほのかちゃん」
標は凍えそうなほど冷徹な声で言った。
「この際だからはっきりしておきましょうか。兄さんは私のものであること。そして、ほのかちゃんは今後一切兄さんには近寄らないこと。この場で誓ってください」
「……どうして?」
「兄さんは私のものだからですよ。ほのかちゃんは自分の身の丈に合った人を見つければいいんです。私と兄さんの仲をこれ以上邪魔しないでください」
標の口調には嘲りが混じっていた。というか邪魔とか言ってる時点で明らかだ。とにかく嫌な雰囲気だ。今の標はおかしい。どこがと聞かれると困るが、さっきまでの激高さが鳴りを潜めて、落ち着きはらってるところに危険な感じがする。
「いやだよ、標ちゃん」
俺のした危惧など感じていないように、ほのかは凛とした口調で答えた。
「あたしね。他のことなら全部標ちゃんに勝てなくても、別にいいと思ってる。でもね、これだけは譲れないの。すーくんのことだけは」
俺は驚いた。ほのかが真っ向から標に反発したのは、初めてだった。
「ほのかちゃん……どうしてですか。どうして兄さんなんですか」
ため息をつきながら、標は尋ねた。
ほのかは答える。
「あたしね、小さい頃すーくんと約束したの。おどおどしないで、自信を持って堂々と生きるって。あたしはその頃近所の子達に苛められて、いつもひとりだった。その時友達になってくれたのが、すーくんと標ちゃんだったね。ふたりの気持ちはわかってた。すーくんの横にはいつも標ちゃんがいたから。でもね、だからって諦めなきゃいけない理由はないじゃない。自分勝手かもしれないけど、あたしは自分の想いを貫くって決めたの。標ちゃんにはわかんないよね。標ちゃんはスポーツだって勉強だって何だって出来るし、言いたいことはハッキリ言えるから。だけどすーくんは標ちゃんには、いいえ、標ちゃんだけには絶対渡したくないの。あたし、すーくんのことが誰より好きだから!!」
ほのかはそこまで喋ると、呼吸を落ち着けながら標を睨んだ。
衝撃だった。まさかほのかが俺のことをそんな風に思っていたなんて。しかし標は、何も喋らずただ無表情にほのかを見つめるだけだった。だが、別に標は落ち着いているわけではなかった。むしろ逆だ。気持ちが爆発しそうになると、決まって標は平然を装う。幼い頃から感情を完璧に消すすべを身につけているからだが、この場の雰囲気には合わなすぎて、逆に不自然なほどだった。
標は、何もせず黙って天井を見上げていた。
それから少しして視線をほのかに戻すと、
「ほのかちゃん」
一音一音、ゆっくり発音しながら標は言った。
「私はね、兄さんがいないと生きていけないんですよ」
標はナイフを持ったまま歩き出した。一歩、一歩、まるで散歩でもしてるかのように悠々と。そして数メートルまで距離が縮まった所で止まった。
「あたしだって、すーくんがいないと駄目なんだよ!!」
癇癪を起こした子供のようにほのかが返した。
「そうですか」
標の返事には、少しだが苛立ちが混ざってるように感じた。
「最後にもう一回だけ聞きます。いいですね?」
標の声には拒否など許さない圧迫感があった。
それを感じたのか、ほのかは頷いた。
その様子を見ながら、感情のこもらない声で標は言う。
「ほのかちゃんが兄さんを好きなこと、気づいてました。でも、ほのかちゃんにだけは危害を加えないように思ってたんです。ほのかちゃんも大切な幼馴染ですからね。ですが、私から兄さんを奪うようなら、死んで頂きます。だから――誓ってください。兄さんを好きにならないって。私から兄さんをとらないって」
これは、まさに最終通告のようだった。ナイフを持つ手が震えている。
しかしほのかは、毅然とした態度で答えた。
「あたしは、もう自分の意思は曲げないよ。すーくんのことが好きだから」
「なら……残念ですけど仕方ないですね」
そう言った次の瞬間、標がナイフを突き出しほのかに向かって走り出した。
「死んでください!」
「きゃあ!」
ほのかは叫ぶが、恐怖からか動くことは出来ないようだった。俺は一歩踏み出した。標を取り押さえるかほのかを避難させるか。考えてる余裕はなかった。
俺がとった選択肢は「ほのかの前に飛び出すこと」だった。別にヒーローのように咄嗟に庇おうとしたわけじゃない。
だが俺が突然前に出れば、いくら標でもよけようとするだろうと考えていた。
今思えば、それが裏目に出たのかもしれない。
「えっ……?」
思惑通り、俺が飛び出したことによって標はナイフの軌道を変えようとした。しかし、全ては遅かった。
急激に止まろうとする靴と地面との間に摩擦は消えず、横滑りしたナイフが俺の顔のすぐ近くまで迫っていた。
そう、全ては遅かったのだ。
鼻の頭から両耳にかけて、俺の顔はザックリと裂けてしまった。
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