第15話~真相
「死んだ?」
俺は親父さんに聞き返した。
「哀華がもう死んでるってどういうことなんですか」
難しい顔をして親父さんは言葉を紡ぐ。
「私のせいで死なせたのだ」
「旦那様、それは違います!」
マリさんが叫んだ。
「お嬢様は、お嬢様は――」
「いいんだ。この少年には真実を話さねばなるまい」
親父さんはマリさんを止めるように言った。
「哀華が自ら命を絶ったのは、私のせいだ。聞いてくれ、新道君」
部屋中に重い雰囲気が流れた。人の家のことをとやかく詮索するみたいで気がひけるが、知っておかなければいけない気がする。じゃないと、永遠に哀華の気持ちも分からないだろう。
「はい」
短く答えると、親父さんは腕を組み話し始めた。
「私には二人の子供がいた。双子で、姉が恋華、妹を哀華という。それは仲のいい姉妹でね」
「うっ……」
マリさんが顔を背けた。しかし親父さんは話を中断する気はないようだった。
「私はとある病院の院長をやっていてね。あの子達には小さい頃から厳格な教育を強いてきた。小学校に上がる頃には常に問題集や参考書を読ませてきた。塾で百点以外を取った時など烈火のごとく怒って平手打ちをしたよ」
そのときのことを思い出したのか、親父さんは顔をしかめた。
「中学にあがったころだ。ちょっとしたミスでもすぐに怒鳴り散らすようになってしまった。恋華は明るい性格の子だったが、哀華は少し大人しい子だった。それもあったんだろう。哀華は苛めにあってしまった
「それが原因で……?」
親父さんはお茶を苦しそうに飲み干した。
「酷いものだったそうだ。無理に都内でも難関校に通わせ、娯楽という娯楽は一切許さなかった。哀華は苛めのターゲットにされ、家ではいつも泣いていたそうだが、それさえも私は知らなかった。これらは全て後から聞いた話だ。まったく自分でも最低の親だと思うよ。
哀華が自殺をしたのは今から四ヵ月前だ。県内トップランクの進学校に入れ、更に過酷な教育をしてきた。哀華は遺書を残して学校の屋上から飛び降り自殺をした」
「それはでも、旦那様がお嬢様の為を思って――」
「いいんだマリさん。死んだあの子はそうは思っていない。恋華もだ。哀華の死を知ってすぐ、恋華は気絶し病院に運ばれた。再び眼を覚ます頃にはあの子は“哀華”になっていたんだ」
「恋華お嬢様は哀華お嬢様とよく似てらっしゃいました。私でさえ、哀華様が生き返ったのではと思うほどに」
「あの子はあの子で、哀華を救えなかったと思っているんだ。心身に対する過負荷に耐え切れず、あの子は自分が演じることで哀華はまだ生きてると思い込んだ」
マリさんは小声で言った。
「まさかあんなことになってしまうなんて。私が、もっとしっかりお嬢様の気持ちに気づいて差し上げていれば……」
「やめなさいマリさん。そんな風に言うのは」
何も言うことが出来なかった。親父さんは俯くマリさんを懸命に慰めている。俺は何を言えばいいんだろう。何も言えはしない。何も言う権利はない。
「ああ、すまんね。そういうことなんだ。哀華はもうこの世にはいない」
親父さんが俺に気づいたように言った。
「嫌な話に付き合わせてしまって悪かった」
「哀華の遺書には、なんて書かれていたんですか」
俺の問いに、僅かな沈黙が下りた。だが親父さんはすぐに、
「それを、聞くのか」
とだけ返した。俺はすかさず言った。
「聞いてもいいことなら」
「……哀華は死ぬ直前に、道端で一人の男子生徒に会ったらしい。学校で苛めにあった後の帰り、近くの公園で雨に打たれてる所にな。そこで会った少年のことばかり書かれていたよ。一瞬だけでも生きてみようという気になった、とな。早い話が一目ぼれをしたらしい」
親父さんはそこまで言って俺のことをじっと見つめた。
「それが君だよ、新道進君」
「え……俺が?」
「その様子じゃ、覚えてないようだね」
親父さんは特に落胆した様子もないようだった。
「それでも仕方ない。数分の出来事だったそうだし、あの子が勝手に通りすがりの男の子に恋をしただけだ。だがあの子にとっては、それがとてつもない意味を持っていたんだな」
「俺が……哀華に会っていた……」
「恋華もこの話は知っている。あの子がああなったのは遺書を読んで少ししてだからな。その後は私たちがなんと言おうと自分は哀華だと思い込んでいた」
親父さんは一瞬間を空け、そして、
「君は哀華……いや、恋華のことが好きかね?」
と尋ねた。親父さんの言いたいことは分かっている。
「まだ分かりません」
「ほう」
「ただ、あいつが今傷ついてることだけは分かるんです。俺には何も出来ないかもしれない。だけど、もしあいつに、自分を取り戻させることが出来るなら、そうしてあげたいんです」
その時、父親は一枚の封筒を取り出し、俺の前に置いた。
「哀華が死ぬ前に残したものだ。これを君に託そうと思う」
マリさんは一瞬驚いたような表情を見せたが、親父さんは構わず俺を見つめていた。俺は封筒を受け取った。几帳面だがどこか事務的な筆跡で、表に「遺書」と書かれていた。
「あの子は君のことが好きだった。君が持つのに相応しいよ」
親父さんはそう言って笑った。
俺は封筒を鞄に入れて立ち上がった。
「今日はこれで帰ります。お茶、ご馳走様でした」
「もう帰るのかね? あの子の為にもう少しいてくれないか」
「家族が心配するんで。あと、ひとつ言わせてください」
俺は哀華の親父さんに向き直った。
「あなたはさっき自分のせいだって言ってましたよね。それって便利な言葉ですよね。人を傷つけたりしても、そんな気はなかったで済むんだから」
「……どういうことかね?」
親父さんの表情が険しくなった。
「全部自分の責任って言えば楽だってことですよ。哀華の件にしたってそう。本当なら、あいつを立ち直らせるのはあなたがするべきことなんですよ」
「それはそうだ。私だって娘がこんなことになって大変胸を痛めている。だが私に何が出来るというのだ? 私が全ての元凶だというのに」
親父さんはあくまでも“悲劇の父親”を演じたいようだった。
いや、心の底からそう思い込んでいるのかもしれない。
恋華のように。
「そう思うのはあなたの勝手です。でも罪悪感を感じて、一生引きずることが、哀華のためになることなんですか?」
喋っているうちに、段々と辛くなってきた。
だが、言うしかない。
哀華は――標と同じだから――。
「いくら嘆いてたって、あなたのしたことは無くならないし、憎しみも消えない。だけどね、それが人間なんですよ。どいつもこいつも自分勝手です。でも自分の境遇に酔ってたって、何も解決しないんですよ。わかりますかお父さん?」
親父さんは黙って俺を見つめていた。
さっきまでの穏やかな表情はなくなっていた。
「帰りたまえ、今日はもう」
「帰りますよ。こんなところにいたくない」
「君に何がわかる」
「わかりたくもないなあ。ただの不幸ごっこですよ。それなら、幸せになるように努力した方が絶対に良い」
「私は……私はそんなつもりなど……」
親父さんは首を振って否定した。
「もうわかりました」
俺は親父さんに背を向けた。
「こんなことを続けてたって、哀華も恋華も報われない。それだけは覚えておいてください」
それだけ言い残して屋敷を出た。
門を出た所で俺は大きく息をついた。
やはりこういう大きな屋敷は肩が凝る。
「だけど、哀華にもちゃんと言ってやらなきゃな」
淀んだ空を見つめてつぶやく。
「な、標」




