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第三話

「遅いな」

早朝から呼び出しをかけるという自らの非常識を一片もかえりみることなく非難のまなざしを向けてきたこの男が、ニシナのいう「お偉いさん」なのだろう。

その隣にいるのが、『機関』の長官を務めるフランツだ。

フランツは機関長官という立場ではあるが、『学者』ではない。

シュウは、『学者』だからといって親近感をもつわけでもないが、長官という立場にありながら、純粋に『機関』出身ではない男にはもっと持ちえない。

しかし、この場で問いかけるとしたら、フランツ以外、相手はいない。

ニシナとはこの十五分ほどの間に嫌な空気が流れ、名前も知らない「お偉いさん」の株はしょっぱなから大暴落だ。話しかけたくもない。

「……どういったわけで自分が呼ばれたのか、知らされていないのですが」

しかし、予想に反して答えたのは「お偉いさん」だった。

「君が、シュウ君だね。話は聞いているよ。私の名はロルフ。国連から来た」

さきほどとはうってかわって柔らかな声でシュウと向かい合う。

シュウは内心で舌打ちした。あの、さきほどの非難はニシナに向けられたものだったのか。

どうやらコイツらは本気で自分をとりこむつもりらしい。見え透いた慇懃(いんぎん)な態度が気持ち悪い。

「どうも」

しかし一応、最低限の礼儀としてあいさつはする。

「さて、君を呼んだ理由だがね。端的に言うと、君の論文を読んだからだ」

シュウは何も言わない。ロルフもそんなシュウの態度に頓着(とんちゃく)せず話を続けた。

「人間は、どんな文化であろうと、言語を持つ。それは自明のことだ。コミュニケーションは、人間が生きていく上で必要不可欠だからね。しかし君は、数の概念を表すためにある数字という記号をコミュニケーションに応用しようとした。いや、そういったことを考えたのは君が初めてじゃないよ。ただ、実用を真剣に考え、体系的な数学言語を、この世界の人間に限らず使用できるようにしたのは、君が初めてだ」

シュウは気づかれない程度に顔をしかめた。

この狸爺は今、なんと言った?

「私の論文は、近い将来訪れるであろう宇――」

「そこでだ」

シュウの反論を受け付けないとばかりに声をかぶせたロルフに、シュウはなおも抵抗しようとした。

が。

()ッ」

シュウを止めるかのように、ぎり、と強い力でシュウの腕を折れんばかりに握ってきたのは、ニシナだった。

「今回の戦争の相手が異世界人だということは聞いたかな?まあ、戦争であるからには、私たちとしては、――もちろん、善戦してはいるが――休戦、あるいは終戦協定も結ぶことを考えなくてはいけなくてね。しかし、言葉が通じない現状では、それすらもままならないのだよ」

ロルフはシュウのことを一切気にもかけず、言いたいことを言っていく。

「国連で、君の論文が取り沙汰されてね。適任だと」

「――何に、適任だと?」

ずきずきうずく腕の痛みを無視してシュウは問うた。

自分の話なのに、勝手にすすめられてたまるか。

「もちろん、異世界人との意思疎通役だよ」

当たり前のような顔をしてそう言う。

シュウは、ふいに、ぞくりとした。まるで、人身御供(ひとみごくう)にされるかのような悪寒。そして、その感覚をおそらく正解だ。

「ちょっと待て、俺は――」

「これは決定事項なんだよ、シュウ君」

ロルフはねっとりとした声でさえぎる。

その瞬間、シュウはようやく悟った。そして、腹をくくった。

「分かりました。国連の決定とあらば、私は『機関』の『学者』として、この世界のために粉骨砕身する所存であります」

シュウは、きりりとした顔でそう言った。ロルフはあっけにとられたのか、はたまた何か言いたかったのか、口を開きかけたが、かまわず続けた。ここでさえぎられ、主導権をとられては元も子もない。相手の話を聞きながら、巧妙に自分の利益になるように動くなんて器用なマネはシュウにはできない。だから、多少強引でも続けなければ。

「異世界人との意思疎通とおっしゃられましたが、戦時捕虜と会わせていただけるという解釈でよろしいですね」

覗き込むように見つめ、同意の言葉を引き出す。

「あ、ああ、それはもちろん。でも――」

「ありがとうございます。と、言いましても、私一人では限界もありますから、ここにおりますニシナを使わせていただきますね。ニシナは『機関』の人間ですから、国連としても異論はないと」

ダメ押しに、ニシナもうなずく。

「捕虜との立会いの予定は?」

「……今日の午後だ」

早いな。ちらり、とそう思った。

「了解しました。捕虜の扱いはこちらで?」

「いや、それは。国連の役目だ」

「お忘れのようですが。『機関』も国連の下部組織です。『機関』が捕虜の身柄を預かることと、国連が預かることは同義かと思いますが?」

「し、しかし。万が一のこともある。『機関』にはそのような施設はないだろう」

「あります。なにせ、『機関』ですから」

にっこり笑いながらそう言うと、ロルフは追撃をやめた。

ニシナ、捕虜との面会、身柄の預かり。十分だ。潮時だろう。

「では。また、午後、ここで――?」

「いや、国連に来てもらう」

おそらく、国連から捕虜収容所に向かうのだろう。

「了解しました」

シュウは優雅に一礼し、長官室を辞去した。


「ちょっと、来い」

出るなり、ニシナはシュウの返事も聞かず、腕をひっぱった。

ばしっ。

ニシナの手を叩き落としたシュウは、手をひらひらさせて言った。

「ついてくから、ひっぱんな。さっき誰かさんに握られたせいで痛えんだよ」

「……悪い」

「まったくだ」

シュウはにやりと笑った。シュウが笑うのはひどく珍しかった。

「で、どこに行くんだ?」

「俺の研究室」

すなわち、邪魔が入らないところだ。


各研究室には、寝具がそろっている。揃いも揃ってのマッドサイエンティストぶりが功を奏した一例だ。あるいはワーカーホリックか。

シュウは持ち主の許可も取らず、部屋に入るなり、ぼすん、とベッドに飛び込んだ。

「悪いなー。ほとんど一生分の愛想と礼儀と付き合いと使わせちまって」

ニシナの声は、いつものへらへら笑いに戻っている。謝罪にも先ほどのような真剣な色味はない。

「……それより、いきなりアドリブさせられたことのほうが疲れた」

「あ、そうかー?」

「あれで、よかったか」

シュウはもともと交渉事が得手ではない。ゆえに、不安にもなる。本人は、自分が不安に思っていること自体に気づいてもいないが。

「上出来だろー」

ニシナはシュウの頭をぐちゃぐちゃにかきまわした。

「やめろ。さわんな」

邪険に扱いながらも、シュウはどこかほっとした。いつものニシナに戻ったようで。

「……あのお偉いさん…ロルフとか言ったか、あいつはなんも分かってないみたいだったな」

「ああ、そりゃーなー。あいつは地位はそこそこなんだけど、ちっせー男でなー。異世界人さんたちのことは、俺らでなんとかしろって魂胆が見え見えだったなー。多分、厄介払いプラス保身ってとこだろー」

「……なあ、そんなやつなら別に機嫌そこねさせてもよかったんじゃねえのか?それか、お前が交渉するとか」

俺があんなに必死でやったのに、とでも言いたげなシュウ。

「だからー。地位はそこそこあんだよ。俺、あいつにチクられんの、やだ」

シュウは、『こいつといると、諦めがよくなる気がするな…』とようやく自覚した。なんとなく悲しくなった。

「…お前、国連のお偉いさんがたとどういう関係なんだ?」

シュウは、今一番聞きたかったことを、ようやく口にした。

『組織』に属する人間はふつうお互いの個人的なことを知ろうとしない。それが当然だし、むしろ聞くことはマナー違反だとすら考えられている。

だが、シュウはあえて聞いた。迷惑をかけられたのはこちらなのだから、そのくらい聞いたってバチは当たらないはずだ。

「んー……まだ内緒」

でも、その返答も予想していた。

「なら、なんで異世界人と関係持ちたかったかは、聞いていいか?」

「あの異世界人さんの正体、知りてーんだ。だから、だな」

そういえば、と、シュウは思い出した。

ニシナは主にヒトとその社会について研究していた。歴史的観点よりも、生物的観点、あるいは心理的観点からの研究だったはずだ。

「ふーん。そんなもんか」

ひょっとしたら、他にも理由はあるのかもしれないが、多分、今は聞いても、「まだ内緒」なのだろう。

だからシュウは、気になっていたもう一つのことを口にした。

「なあ、国連て、国連軍派遣したんだよな?ポロニア国に」

「あー。そうだけど?気になんのか?」

なんせ、史上初だからなー。アメリア国なんかは文句言いまくったらしいぜー。ニシナはつらつら続けた。それに甘えて、シュウはしばらく黙っていた。

「……ポロニア国の、ディケンズって、今どうなってるか分かるか?壊滅状態、って、ニュースでやってたけど」

やっと口を開いたシュウは、自分にうんざりした。どうも最近、自分の領分以外のことに手を出しすぎている気がする。

でも、気になるのも事実だ。

「ディケンズな。…開戦したのは昨日の午後九時。デンフィからディケンズに戦場が移ったのは午後九時二十分前後。隣街のデンフィが軍事都市だったからか、ディケンズは核シェルター持ってる家がそれなりに多かったみたいだな、核シェルターに逃げたやつは助かったみたいだ」

ニシナは余計なことは言わず、聞かず、手持ちの電子端末を見ながら淡々と答える。

「シェルターをもってないやつも、戦場が移るまで二十分くらい猶予があったからな。一部は逃げられたみたいだ。…他の大多数は戦火に巻き込まれ、死亡・行方不明。死亡・行方不明者は今ンとこ一万人。国連軍の後方支援部隊に保護された人は現時点で約千人。人の情報はそんなとこか。……街のほうは、壊滅、だな。画像が国連軍から送られてきてる」

「……そうか。ありがとう」

ニシナは、何も聞かなかった。

だから、シュウは礼を言った。

「…ところで、お前も俺に何か用あったんじゃねえのか?わざわざ研究室(こんなとこ)までひっぱってきて」

シュウがそう言ったのに他意はなかったのだが、ニシナはさっきの淡々とした態度はどこへやら、あからさまに挙動不審になった。

「えっと、だな。……」

沈黙が続いた。シュウは待った。さっき待ってくれたのだから、これでおあいこだ。

「……なー、シュウ」

「うん」

「もし、俺がさ。『機関』抜けたいっつたら、どうする?」

「…。いや、どうもしないな」

「…そうだよな。いや、でも、そうじゃなくてさ」

「できる限り協力する」

「そっか」

ニシナは、小さく笑った。

「サンキュ」

「おう。…んじゃ、午後またな」

ベッドから起き上がり、シュウは立ち上がった。シュウの背中に向かって、ニシナは叫んだ。

「十二時にエントランスで待ち合わせな!」

シュウは、ひらり、手をふって答えた。


そうか。あいつ、『機関』抜けんのか。

シュウは、自分がそれに、思った以上に衝撃をうけていることに気付いた。

ニシナが抜けたいのは、多分政治向きの理由だろう。研究をしたくないなんてことは、多分、ない。多分。

そういう奴じゃないことくらいは知っている。

「あいつに、せめて異世界人の研究くらいは、心おきなくさせてやりたいよなあ……」

研究者とは、因果なものだ。


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