第一話
「…頼みがあるんだ」
腐れ縁のニシナが深刻な顔でそう言ったとき、ものすごい悪寒が走った。
その悪寒に追い立てられるようにして、シュウは脱兎のごとく逃げ出した、のだが。
「逃げることねーじゃんかよー」
へらへら笑うニシナに、すぐにつかまってしまった。
同じ『学者』とはいえ、シュウはひきこもり、ニシナはフィールドワーク大好き人間である。体力の差は歴然だ。
「頼むよ、人数足りねーんだ」
ニシナは、シュウがいらっとするいつもの笑顔で、とんでもないことをのたまった。
「別にいいだろ?合コンに参加するくらい」
ニシナに引きずられ、仕事場兼住居の『機関』を後にしたシュウは、言い返すことを諦めた。主に息切れのせいで。
「機嫌、なおせよー」
ニシナがへらへらと笑う。結局、『機関』のあるアジェン市から一番近いこの繁華街に来たのは、シュウとニシナの他二人だ。皆、『機関』の人間である。
「うるせえ」
シュウはニシナの強引な誘いに辟易していたが、どうもニシナ含め、他の三人は乗り気のようだ。
「なー、シュウ、ちょっと真面目に考えてみろよ。俺たち『機関』と付き合おうなんていう奇特なオンナノコなんて、なかなかいねーんだぞー」
真面目に考えると、今日来る女は馬鹿じゃないのか、とシュウは皮肉なことを思ったが、口には出さず、代わりに
「俺じゃなくて、行きたいって言った奴誘えばよかっただろ」
と言った。
「……なー、シュウ」
「なんだよ」
「……頼むから、みなまで言わすな」
シュウも、それは分かっていたので、黙ることにした。
シュウとニシナの属する『機関』。物事を研究する際、研究者は自分の属する組織に縛られることが多々ある。『組織』はそういった組織の壁を取り払った組織だ。正式名称は不明。シュウやニシナですら知らされていない。国連の下部組織で、永世中立国のシュヴァイ国にある。
『機関』に対する世間一般の反応は「ごくつぶしの集まり」か、「自分たちにはとうてい理解できない深淵な研究をする研究者の集まり」かに二分される。『組織』で働く者は『学者』と呼ばれる。『学者』の研究費用や給与は国連から出る。それが、「ごくつぶしの集まり」と呼ばれるゆえんだ。
国連という、国同士の関係が重視される組織の下部に位置する割に、『組織』の『学者』は世界中から集まり、国籍が意味を成していない。それは、文字通りで。『組織』に属するとき、人は国籍を棄てるのだ。国籍を棄てても、『組織』に属していれば、支障はないようになっている。外国へ行くときなどは、むしろ優遇されるくらいだ。
しかし、子供はそうはいかない。
『組織』に属している者に子供ができると、その子供の国籍は、国籍のあるほうの親に合わせるか、あるいは(両親とも『組織』に属している場合も含め)アメリア国のような、出生地主義の国で生まねばならなくなる。『組織』に属しているからとはいえ、親に国籍がないと、子供の国籍取得の手間は半端ではない。
元々、「国籍を棄てる」ことと「最高の環境での研究」をバーター交換したような人間の集まりだ。
恋人としてのつきあい、ましてや結婚や子供といったことを考えると、これほど面倒な相手はいない。
そういったわけで、『学者』と付き合おうなどという人間はあまり多くなかった。
シュウやニシナの歳では珍しくもないだろう「合コン」という言葉が貴重な意味をもつわけだった。
「なー、シュウー、出てくれるだけでいいから!お前、黙ってりゃそれなりに見えるし。『学者』連中のなかでは、割とまともな思考回路だし」
みなまで言うな、と自分で言ったくせに、ニシナはべらべらとしゃべり出した。シュウがむっすりしているからかもしれない。
ニシナはなんだかんだ言って、人に無理強いした自覚はあるらしい。
反省の方向が横滑りしているが。
「今回がだめでも、次回に期待させる意味で、お前の出席は大事なんだ…!」
前言撤回。コイツは反省などしていない。
「めんどくせえ。黙って座ってる。それしかしねえ」
「おおー。サンキュー、シュウ。お前のつっけんどんな態度であしらわれた女の子たちを、ゲンとアサキが慰めてお近づきになる予定だから」
言質はとった、とでもいいたげなニシナ。
ああ、この二人はゲンとアサキっていうのか。今更のようにシュウはそう思ったが、口には出さなかった。代わりに
「人がいっぱいいるトコは苦手なんだよ」
恨みがましい目でそう言ってやった。
合コンの場所は、それなりに人が集まる、居酒屋のような、家庭料理の店のような雰囲気の店だった。店のすみのテーブルに、男女四人ずつ座る。この時点でシュウは帰りたくなった。
座っているだけでいいと言われたので、名前だけの素っ気ない自己紹介の後はずっと黙っていた。
ニシナの計画通り、シュウが何もしなくても、場は進むようだった。
酒にも食べるのにも飽きたシュウは、だんだん手持ちぶさたになってきた。仕方ないので、そこらへんにおいてあったペーパーに、ニシナが来るまで考えていたことをメモしだした。
シュウがペーパーを十枚ほど消費したとき、
「おーし、んじゃ、二次会行きますか!」
とニシナが大声で言った。ちょうど、考えごとのほうもキリのいいところまでいっていたので、皆に合わせてシュウも立ち上がった。シュウはそのまま帰るつもりだったが、他の皆は乗り気なようだ。
ため息をつきながら、店の外にでると、どうもざわついている。
「おい…なんだよ、これ……」
街頭テレビに映った、真っ赤に燃え上がる街を見て、ニシナが茫然とした声を上げた。
《ポロニア国の軍事都市・デンフィに突然、未確認飛行艦隊が来襲しました!デンフィは市軍の出動により、一時艦隊の動きを止めることに成功しましたが、艦隊は場所を移し、現在は市民の出動要請を受けたポロニア国軍と戦争状態に陥っています!ポロニア国の都市は、ディケンズ・ホラリウムが壊滅状態、デンフィ他多数の都市も被害をうけています。この事態を受け、国連は初の国連軍組織を決定しました。また、ポロニア国近隣のリゾルテ国・クサカラ国も軍備を増強し……》
キャスターの声をぼんやりと聞きながら、街をゆく人々は顔をあげ、燃え上がる街をぽかんと見つめていた。