03.伸ばした指が止る訳
上を見上げても、横を向いても、ふたりはどこにもいない。
あたりまえか、あたしが逃げたんだから。
いつの間にか空はくもって雨音がなりだした。
あれからどれくらい時間が経ったんだろう。
桐と陽はどうしてるかな。
一人になると寂しくなるあたしは幼い。
……ああ。
傘ぐらい買っとけばよかった。
この雨じゃ家にも帰れない。
どこかのお店の半透明なガラスの扉。
そこに映ったのは今日も絶賛冴えないあたし。
いつも通りの風景に思わず溜息がでた。
もう、ぜんぶくっだらない。
「なぁあの子かわいくね?」
「馬路だパネェ」
パネェって何だパネェって。
なんだ空みみか、やばいな泣きすぎたせいか耳おかしくなっちゃいそうだ。
「ねぇ君だよ君」
雨の音にかきけされた声は明らかにあたしに向けられてた。
あの日だってそうだ。だけどあの日は――…。
「かわいいね、オレらと一緒にどっか行かねえ?」
「忙しいので、」
「ったくなんだよ」
「あの、帰りたいんですけど」
平然を装って遠ざける。それが何よりも一番良い方法だから。
あの日助けてくれたふたりはもういない、泣きそうになってももう、ふたりは来ない。
逃げたのはあたしだから。
一滴一滴おちてきた雨はやみかけだ。
このままずっと、くもり空みたいなあたしの胸はいつ晴れるのだろう。
「ったくしつけぇな」
しつこいのはどっちだ。
大声で叫べばいいのに、声が出ない。
かといって呟くわけでもなければじっと睨むことしかできない。
「いいかげんさ、オレらの言うこと聞きなよ」
「……放してッ、あたし、アンタたちみたいな奴大ッ嫌い」
呆然と爆発するあたしに唖然とする彼らは、ばかみたいに口を開ける。
「ぷッ……へんな顔……ブハッハハ」
*
「アア、イツカエレルノダロウ」
「かわいいからってさ、調子乗られるとオレら容赦しねぇんだけど」
ゴメンヨ、だけどあたしは正直者なんだ。
断言しよう、あたしは笑った。これまでになく豪快に。
……ああ、さけびたい。そして逃げたい。
「ト……」
「あん?」
「トイレ」
なんて運のなさ、涙がでてきた。まったく見事なタイミング。
今ここで吹き出す男がいたらボコボコにできるのに、残念ながら皆の目はマンガのように小さくなっていた。
つぶらな瞳はお似合いだけども、同じ過ちは繰り返さないのだ。
でも……だめだ、トイレ行きたい。
「嘘だろお前……ばかだな」
ばかは余計だ。それよりも早くトイレの場所を言うんだ、パネェ坊やよ。
さあ早く。
「トイレ……ど、こ」
「あー、トイレ?そこの角曲がって左」
「あざっす、感謝するよパネェ」
どうやらあたしはトイレに行きたいと壊れるみたいだ。
キュッと鳴りひびいた音ムシして走り出す。
この視線の先に映るものが夕日だったらどんなに良いだろう。
我ながら願う。
だけど、まぎれもなくこの先にあるのはトイレという名の逃げ場所だ。
*
ハンカチなんてあるはずもなくパネェ坊やのもとへと歩く。
……なに馴染んでんだ、あたし。
帰ろう帰ろう。
帰り道なんて分からなかったけど、まっすぐ歩けば家につくとお母さんから聞いた。
いつもは通らないはずの路地。通るとしたら陽と一緒だった。
だけどもう、頼らない。決めたんだ。
ぜんぶを狂わせたのがあたしなら、ふたりから離れようって。
上を見上げると空は蒼く透き通っていた。
きっと最初からこうなるはずだったんだよ、あたしたちは。
「麻奈!」
うそだ。
何で――…。
頼らないって決めたのに。
陽の強い腕が身体の自由を奪う。
だけど、めいっぱい伸ばした指の先に彼はいない。