土に埋もれたゴルフボール
実話が元になっているフィクション小説です。
あの日、随分と僕は気分が高揚していた。誰も知らない未開の地へと踏み入れる感覚を持ちながら下記の夕暮れの林道に入った。
雲のせいで日没が早まったのもあり熊が出ると噂のその林道をさらに奥深くへと進むことはためらった。結果、これは正解だったようで家に帰るころには雨が降っていた。あのまま山道にいれば熊に襲われるだけではなかった。そんなことを思うと何故そもそもそんな危うい道に踏み込んだのか。自分でも不思議だった。
若さゆえの挑戦を恐れぬ蛮勇さが生んだ一つの思い出だろう。後悔と言ったたぐいのものは何一つとして感じなかった。
むしろこの日は山道に入ったことを幸運に思う。何が幸運だったのか。
あの時、日没を気にしてニ十パーセントはあるような坂を数キロ駆け下りた。村と村の境目を超えようと峠越えを試したのが夕方なのだから今思えば馬鹿にもほどがあった。
駆け下った後、疲れてふらふらと歩いている途中、寂れたゴルフ場を見つけた。本を買おうか迷っていた金をゴルフの利用費として使う気にはならず、写真に収めただけでその場を通り過ぎた。グーグルマップで簡単に見つかる普遍的な場所にその瞬間は興味を抱かなかった。
直ぐに転機は訪れる。また下った先の道で吸い込まれるようにゴルフ場の裏路地にめがけて足が引っ張られた。昔から通行止めの看板を見るたびに感じていたあの感覚だろうか。その場所に立ち寄ると地面に埋まったゴルフボールと地面に埋まってはいないために白いボールを見つけた。
最初はボールをゴルフ場に届けても無駄になるどころか迷惑になるだろうと思い無視してしまおうかと思ったが、土に埋もれたボールを見るとこれ見よがしに掘り出してくれと言ってきて来るように見えてきた。社会に埋もれた人間と土に埋まったボールを身勝手ながら重ね合わせた。
強打者が打ったであろう殊勲のボールを僕は結局三つ抱えてゴルフ場に持ってきてしまった。貫禄を帯びた管理人に声をかけた。
「ごめん下さい」
「あら、どうしましたか。」
僕が明らかにゴルフ場の利用者ではないと感じたのか入場の案内ではなかった。
「ボールが落ちてしまっていて、拾ってきました。」
「あら、わざわざありがとう。捨てなきゃね、このボールは。」
「もう使えないのですか。」
「お客さんがこんなに汚れたボールを見たら嫌でしょう。あなた、何でこのボールを拾ってきてくれたの。」
この問いにすぐに答えられなかった。何かしらの縁が生まれるかとも思ったと直接いうのはおかしいので口ごもってしまった。
「……………………偶然埋まったボールを見つけて、居た堪れなくなって。」
その続きに供養してやってほしいとぼそりとつぶやいた。
「よく届けに来てくれてありがとうね。」
「いえいえ、僕はそんなことは……」
「ちょっと待ってて、今お菓子持ってきてあげる。」
「え……」
断る暇もなく、そのままお菓子を持ってきてくれた。運動が終わった直後だったのもありそのお菓子を断れず受け取ってしまった。
「私はね、孫がいるから。縁を感じてね。気をつけて帰り。ここら辺は人があまりいないから車をかっ飛ばす人が多いの。事故だけは本当に気を付けてね。」
「ありがとうございます。ありがとうございます。」
何度も感謝の言葉を述べた。
ボールを拾った。そこからこんなことが起きるとは誰が予想できるのだろうか。誰が、この出会って間もない人間に優しくしてくれるのか。
帰り道、僕は涙で前が見えなくなった。こんなに人は優しいのか。こんなに人と人は思いあえるのか。こんなにも赤の他人に対して縁を感じたと言って接してくれるのか。
ゴルフ場の管理人という立場を超えて。人間としての穢れなき美しさを僕は見た。彼女本来の優しさ以上に恩を与えられるから、何年たっても人はこのゴルフ場に訪れるのか。
帰り道、確かに自転車スレスレで迫りくる時速六十キロ以上の自動車に追い抜かれた。あの出会いがなければ、周囲を警戒せず慢心して事故を起こした、或いは喰らったかもしれない。
土に埋もれたゴルフボールは。僕に命と人の心の優しさを与えてくれた。
僕はいつまでも忘れたくない。このちっぽけでどこにでもありそうな田舎で起きた大きな奇跡の事を、僕は「ご縁」と思って差し支えないと感じた。
あの頃はよかった。そんな言葉を打ち砕くかのように、人の温もりは今確かに僕は感じ取った。
性善説で上手くはいかないことの方が多いです。でも性悪説だとしても分かりあうってこんなにも簡単なのだということを信じてもらえれば。この体験を語った意義があると感じます。
打ち解けあう。こんなにも簡単だったなんて。そう思えるような「僕」を作り上げたい。




