体育祭の戦い
体育祭の100メートル走に出ることになった。何気ないことのようだが、この決定に至るまでには紆余曲折あった。私は高校2年生である。しかし、ただの高校ではない。体がぽよんぽよんの、風船人間なのだ。
この病が始めに見つかったのは1年前。謎のウイルスにかかった人の、体が突然ぽよんぽよんになった。風船のように体がぷにぷにする以外に症状はなく、この病で亡くなるようなこともなかった。命に関わる病ではない一方、一度体が変化すると治す術のない厄介な病だ。全世界に患者が見られたが、特段爆発的に流行することもなく、ヒトヒト感染も見られなかったため、混乱は一時的だった。今では人口の1〜2割ほどが風船人間となっている。
「よお、明。相変わらず鈍臭いな」
教室に着いた途端、いじめっ子の拓哉が茶化してきた。ぽよぽよの体では関節の曲げ伸ばしが困難だ。どうしても行動が遅くなってしまう。私は拓哉を無視して自分の席へと向かった。
「無視かよ。まあいいや、せいぜい風船同士で仲良くしてろよ」
拓哉とその仲間たちの笑い声が響く。いつものことながらむかつく奴だ。いつかいたい目を見ればいい。
私は席につき、隣の席の渉に挨拶した。渉は私と同じ風船人間だ。この教室の数少ない仲間だった。
「おはよう、渉」
「おはよう、明。今日も元気そうだね」
「あっ、おはよう、二人とも!今日は早いね」
教室にもう一人の仲間である誠がやってきた。仲間といっても、誠は風船人間ではない。病気になる前から仲が良かった誠は、私と渉の姿が変わった後も同じく仲良くしてくれているのだ。
「今日のホームルーム、議題はなんだっけ?」
「体育祭の種目決めだよ」
「ああ、俺たちには関係がない話だな」
風船人間の私たちに参加できないスポーツはないが、なにに参加したとしても「勝敗」は目に見えている。晒し者になるくらいなら、不参加を決め込みたいところだ。誠の応援に回ろう。その時、ふと視線を感じて振り返ると、拓哉とその仲間たちがにやにやしながらこちらを見ている。何か企んでいるに違いない。嫌な予感がした。
ホームルームが始まり、誠がいっていたとおり体育祭の種目決めが行われた。最低参加数も特に決められていないので、私は人ごとのように眺めていた。大半の種目が決まり、残りは100メートル走となった時、拓哉が突然手を挙げた。
「はーい。100メートル走の走者は明くんと渉がいいと思います」
突然名前をあげられ、私はギョッとした。玉入れなどと違い、100メートル走では体の作りの違いが如実にでる。勝てるわけがないだろう。
「えー。でも、明くんたち、何にも参加してないよね?ずるいと思いまーす」
私たちが抗議すると、拓哉はふざけた声色でそういった。そうだそうだと、拓哉の仲間たちも囃し立てる。私たちが一種目も参加していないのは事実なので、先生も強くは言えず、困った顔でこちらを見ている。このままでは、いつまで経っても状況は変わらない。私は覚悟を決めた。
「わかりました。俺が出ます。その代わり、渉は外してやってください」
「そんなのおかしいよ。二人とも、出る必要ないよ!」
「明が出るなら、僕だって参加する!」
「お前、文化部だろ?やめとけよ。俺は元サッカー部だから、走るのには慣れているさ。心配すんな」
内心が煮えくりがえっていたが、私はなんてことないように装った。ここで熱くなって反論しては拓哉の思うツボだ。晒し者になることを覚悟してでも受け入れた方が、帰って拓哉のダメージになるはずだ。
「明、本当にいいんだな?」
「はい。出るからには頑張ります」
先生は渋い顔で頷くと、黒板の「100メートル走」の欄に私の名前を書いた。その時、小さな拍手の音がした。クラスの委員長が机の下で拍手をしたのだ。つられるように拍手の数が増えてゆき、やがては教室中から拍手が起こった。クラスメイトは拓哉に目をつけられたくないので表立って私たちを助けたりはしないが、決して私たちを嫌っているわけではないのだ。拓哉は面白くなさそうに窓の外を向いた。ひとまずは私の勝利なようだ。
「てなことで、100メートル走に出場することになりました。つきましては、特訓にお付き合いください!」
「もちろんだよ。拓哉たちをあっといわせよう!」
「できることならなんでもいって!
その日以来、私たち3人は放課後を特訓にあてることにした。特訓といっても、スポーツの専門家ではないので、ひたすらトライアンドエラーを繰り返した。休憩時間にふとカバンをみると、時たま未開封のペットボトルが添えるように置いてあった。誰が置いたかはわからないが、努力を見ていてくれる人がいることがわかり、心が温かくなった。世の中、悪人ばかりではないのだ。
特訓開始から一週間がたち、体育祭まであと5日となった。走る速度はだいぶ速くなり、フォームの見苦しさもかなり減った。それでも、最高タイムは15秒3。高校生の平均タイムよりだいぶ遅い。俺たちは改善方法が思いつかず、フェンスのそばで項垂れていた。
「どーしたもんかね?」
「うーん。できそうなことは全部やっちゃったし、この上で、ってなるとね……」
運動部に所属する誠は、部活で身につけたあらゆる知恵を伝授してくれた。そのおかげでタイムはかなり縮んだ。
「……僕の得意科目が体育だったらよかったんだけど」
運動音痴な自分が一番役に立っていないと渉はしゅんとしている。渉は私たちの中で一番頭がいいが、その反面運動は苦手としていた。本人に自覚はないが、渉の科学的知見は私たちの役に立っている。落ち込まないでほしい。私が渉を励まそうと声をかけようとすると、前方から突然野球ボールが飛んできた。私は避けようとして態勢を崩し、後にひっくり返る。勢いよく地面にぶつけた後頭部は、まさしく風船のようにぴょんぴょんと数回跳ねた。あぁ、痛くなくて良かった。
「ごめん。悪かったよ」
前方から全然悪いと思ってなさそうな声色で拓哉がいった。やはり、犯人は拓哉だったのだ。相手にするのも嫌だと不機嫌を隠しもせず、誠がボールを投げ返した。私の無様な姿を見て満足したのか、拓哉たちは笑いながら去っていった。
「大丈夫?明、渉?」
「あぁ。風船人間でよかったよ。……渉?」
起き上がった私は固まったまま動かない渉に呼びかける。渉は放心したように動きをとめている。怖かったのだろうか?
「……反発係数だ」
「えっ。どうしたんだ、渉?」
「反発係数だよ!なんで思いつかなかったんだろう!」
渉は興奮したように私の手を取りブンブン振り回した。なにかすごいことを思いついたようだが、私にはなんのことかさっぱりわからない。同じくなにもわかっていなそうな誠が、申し訳なさそうに説明を求める。
「……あの、その反発係数ってなんですか?」
「ごめん、ごめん。今説明するね。反発係数とは、簡単にいうと跳ね返る力のことだよ。木を地面に叩きつけてもあまり跳ね返らないけど、ボールを叩きつけると高く跳ね上がるでしょ?あれは反発係数の違いによるものなんだ」
「ふむふむ」
わかったような気がする。しかし、それと100メートル走の何が関係するのかはわからない。口を挟まず、そのまま説明を聞くことにした。
「で、僕たち風船人間はほとんどゴム風船と同じようなものだ。おそらく、反発係数が高い。……えっと、つまり、よく跳ねる」
「それでそれで?」
「だから、普通の人間より、ずっと速く、高くジャンプすることができる」
「うーむ。それはすごい発見だね。だけど、100メートル走のタイムとは関係ないような……」
おずおずと誠が口を挟んだ。私も同意見だ。高跳びなら役に立ちそうだが、短距離走には関係ないのではないか?渉はいやいやと首を振ると、説明を続けた。
「本題はここからだよ。跳ね返るってのは何も上に限った場合じゃない。斜めに叩きつければ斜めに跳ね返るし、横に叩きつければ横に跳ね返る。つまり僕の仮説が正しければ、斜め前方にジャンプすれば、かなりの速度で前方に移動できるはずだ」
つまり、走るのではなくジャンプしながら進めばいい、ということらしい。仮説なら実証すればいい。私は早速スタート位置に着いた。
「用意できたよ!いつでもどうぞ」
ゴールにいる誠が叫んだ。渉のスタート合図に合わせて、私は全力でジャンプした。
結果は成功!初めての試みだというのに、タイムは14秒台に入ったのだ。
「すごい!天才だよ、渉!」
「でも、僕ができるのはここまでだよ。どうすれば効率よくジャンプできるかはさっぱりさ」
「そこんところはボクに任せて。部活で兎跳びさせられたから経験はバッチリだよ!」
「ありがとう!誠、たのんだぜ」
その後の4日間、私たちは毎日欠かさず練習に励んだ。
そして体育祭当日、プログラムはつつがなく進行し、ついに100メートル走の番がまわってきた。
「頑張ってね、明。応援してる」
「怪我しないように気をつけて!」
渉と誠の応援に手をあげてこたえた私は、フィールドへと降りていった。スタート位置に着いた私が客席を見上げると、拓哉たちかニヤニヤとこちらを眺めているのを見つけた。私の情けない姿を嘲笑うつもりなのだろう。しかし、そうはさせない。吠え面かかせてやる。私は全身に力がみなぎるのを感じた。
ついにスタートの時間がやってきた。8人が横一列にならび、合図を待つ。他の選手が地面に手をつく中、私力一杯膝を曲げた。
銃声がひびき、私は全力で斜め前にむけ地面を蹴った。研究の結果、ジャンプは前方に傾けば傾くほど、ジャンプの回数は少なければ少ないほど、タイムが良くなることがわかっている。私はなるべく水平に地面を蹴り、3蹴りでゴールにたどり着いた。
その結果、なんと優勝……なんてことにはならなかった。現実は無情である。それでも、4着でゴールすることができた。4番の旗の後に座りながら拓哉の方をみると、引き攣った表情をしている。笑えるほど順位がわるくなかったのだ。むしろ、ここで私をバカにしたら逆に拓哉の株が下がるにちがいない。してやったり。
「すごいよ、明。ビリじゃないじゃん!」
「僕の元気だったころより速かったよ。頑張ったね!」
フィールドに降りてきた渉と誠が嬉しそうな顔で寄ってきた。そのまま、ハイタッチを交わす。
「俺一人じゃダメだった。二人ともありがとう!」
私たち3人はがっちりと握手を交わした。
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