第36話「発売日」
発売日だった。
真白凛は鏡の前で固まっていた。
「……」
クローゼットが開いている。
ベッドの上には服が並んでいた。
淡い水色のワンピース。
白のカーディガン。
別のスカート。
何着か試した結果だった。
「別に」
小さく呟く。
「ソフビ買いに行くだけだし」
鏡の中の自分を見る。
数秒。
そして着替え直した。
「こっちの方が動きやすいし」
誰も聞いていない言い訳だった。
日焼け止め塗って、淡い色付きリップを塗る。
身だしなみを整えてるだけだわ。
髪もいつもより入念にとかす。
服を着替えて、鏡を見る。
「よし」
―――――
駅前。
時計は九時二十五分。
凛は少し早めに着いていた。
スマホを確認する。
発売情報。
整理券配布。
入荷数。
何度も見た情報だった。
その時。
「早いな」
聞き慣れた声。
振り向く。
柊がいた。
私服は見慣れてるのに、なぜか鼓動が早い。
「あ」
思考が止まる。
「どうした」
「ううん」
慌てて視線を逸らした。
「柊も早いわね」
「五分前だろ」
そう言われればそうだった。
「行くか」
「うん」
二人は駅へ向かった。
―――――
店の前にはすでに列ができていた。
「結構いるのね」
「人気なんだろ」
「当たり前よ」
凛は真剣だった。
店員が整理券を配る。
二人も受け取る。
そして店内へ。
入口近く。
特設コーナー。
大きなポスター。
『月光蜘蛛ブラインドボックス』
凛の目が輝いた。
「本当にあった……」
「そりゃ、あるだろ」
「写真で見るのと違うのよ!」
凛は完全にテンションが上がっていた。
箱を手に取る。
横を見る。
柊も箱を持っていた。
「え?」「買うの?」
「買うけど」
当たり前みたいに言う。
「ソフビ興味ないでしょ」
「お一人様一個までなんだろ」
数秒。
理解する。
「あ」
「一個増える」
凛は固まった。
「……なるほど」
「だろ」
「ありがとう」
思わず笑みがこぼれた。
柊は何も言わない。
ただレジへ向かった。
―――――
店を出る。
袋の中には二つの箱。
「開ける?」
「昼飯食ってからでいいだろ」
「そうね」
凛も頷く。
近くのファミレスへ入った。
注文を済ませる。
料理が運ばれてくる。
凛は早速話し始めた。
「月光蜘蛛さんってね」
「うん」
「元々ガレージキットから始まった人で」
「うん」
「塗装にこだわりがあるの」
「うん」
「特に目や重ね塗りのグラデーションと細い部分の手塗りがね好きなの」
「うん」
十分後。
「それで――」
「聞いてる?」
凛が疑いの目を向ける。
「三十分くらい月光蜘蛛の話してるぞ」
「そんなに?」
「……ごめん」
「別に」
柊はハンバーグを一口食べる。
「うん、上手いな」
「ずっと、楽しそうに話してるな」
その一言に。
なぜか胸が少しだけ跳ねた。
凛は慌ててドリンクを飲んだ。
―――――
食事が終わる。
いよいよ開封だった。
テーブルの上。
二つの箱。
「いくわよ」
「どうぞ」
凛は慎重に開けた。
数秒後。
「あっ!」
声が上がる。
狙いではない。
でも欲しかった一体だった。
「可愛い!」
嬉しい。
その時。
柊も箱を開けた。
中身を見る。
そして。
「これか?」
テーブルの上に置く。
凛が固まった。
「え」
一番欲しかったやつだった。
シークレットではない。
でも今回一番欲しかったカラー。
「これっ」
「欲しかったやつ?」
「うん、欲しかった」
即答だった。
「じゃあやる」
「え?」
「俺別に分からないし」
「いやでも」
「代わりにそっちくれ」
凛は自分のフィギュアを見る。
数秒。
そして交換した。
「……ありがとう」
「別にいいよ、よかったじゃん」
「狙ってたやつ出てさ」
柊は興味なさそうに受け取る。
でも。
本当に興味がないなら、発売日に付き合ってくれたりしないのかもしれない。
ふとそんな考えが浮かんで――
「……?」
凛は首を傾げた。
よく分からないまま、手の中のフィギュアを見た。
思わず笑顔になる。
「そんなに嬉しいのか」
「うん」
迷いなく頷いた。
柊も少しだけ笑った。
その笑顔を見て。
凛の心臓はまた少しだけ騒がしくなった。




