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ケガレチ

掲載日:2010/07/16

 最近、パワースポットというものを巷で耳にするようになった。エネルギースポットだの気場だのといった別名もあるらしいが、要するにオカルト的なエネルギーが集中しているとされる場所のことだ。


 オカルト的なエネルギーなどというと、何やら如何わしいものを連想する人がいるかもしれない。しかし、実際には観光名所になっているような場所も多く、一概に宗教色が強いものばかりとは限らない。どちらかと言えば、聖域に近いものなのだろう。


 かくいう俺は、心霊現象の類など全く信じていない現実主義者だ。大学にいる同期の連中がパワースポットなるものについて話していても、半信半疑にしか聞いていない。


 そんな俺だったが、一人だけ他の連中とは違った考えを持っている人間を知っていた。文化人類学部にいる、俺と同じ三年生だ。


 そいつの名前は沢木といって、今時の学生にしては珍しい学者肌なやつだった。遊んでいるような様子は殆どなく、いつも研究室にこもって何やらレポートをまとめている。たまにいない日があれば、それはフィールドワークに出かけているのだ。


 正直、友達など殆どいないんじゃないかと思っていた。確かに沢木の話は面白いものがあったが、それが万人受けするかというと、また別だ。その沢木が、意外なことにパワースポットに興味を持っていたというのだから、ますます面白い。


 その日、俺は沢木に誘われて、やつの家で買ってきた酒を飲みながら講釈に耳を傾けることにした。学問に関する話などは基本的に退屈なものが多いが、こいつの話はそれでもどこか興味をそそるものがある。


「それじゃあ、何から話したものかな?」


「おいおい……。お前から呼びつけておいて、それはねえだろ。俺は、お前がパワースポットの講釈を聞かせたいっていうから、こうして来てやったんだぜ?」


「ああ、そうだったね。じゃあ、とりあえずはパワースポットについての基礎知識だけど……三浦君は、どこまで知っているんだい?」


「俺が知っている知識なんてのは、雑誌の片隅に書いてあったようなもんを読み流した程度だぜ。はっきり言って、お前からすれば何も知らないも同然さ」


 そう言いながら、俺は缶の蓋を開けてビールを一口飲む。沢木の頭の中に詰まっている知識の量がどれほどのものかは知らないが、俺の持っている知識など、こいつからすれば無いも同然だ。


「なるほど。三浦君は、パワースポットに関しては初心者か。でも、俗にパワースポットと呼ばれる場所が、どんな場所かは知っているだろう?」


「ああ、なんとなくはな。神社とか寺とか、後は何だか知らねえけど自然がきれいなところとか……そういった場所のことじゃねえのか?」


「そうだね。とりあえずは、それで正解ってとこかな」


「なんだか、意味ありげな台詞だな。とりあえず正解ってことは、他にも正解があんのか?」


「その通りだよ。実は、パワースポットと呼ばれている場所は、何も聖地とは限らない」


 沢木も缶の口を開けてビールを飲んだ。いつもは無口なやつだが、自分の専門分野について話すときだけは多弁になる。正直、酒の力なんぞ借りなくても十分に話ができるんじゃないのか。


「パワースポットの中にはイヤサレチとケガレチってのがあってね。イヤサレチの方は君の考えている聖地でいいんだけど、ケガレチの方はその反対だ。呪われた場所と言った方が正しいかもしれない」


「呪われた場所だぁ? おい、沢木。お前、いつから民俗学やめて、オカルト信者になったんだ?」


「なに言ってるんだよ、三浦君。僕は別に、オカルト信者になったわけじゃあないよ。ただ、僕の興味があるものが、たまたま呪いなんてものが残っている土地だっていうだけの話さ」


「そうかよ。だったら、その呪われた土地ってやつには……例えばどんなもんがあるんだ?」


「そうだねえ……。君に言ってすぐに分かりそうな場所は……将門の首塚辺りかな?」


 そのくらいだったら、俺も聞いたことはある。


 関東で挙兵するも朝廷に破れ、非業の死を遂げた武将の首。その首は武将の怨念によって空を飛び、己の故郷を目指したとされる。そんな将門の怨霊を沈めるために、建てられたのが首塚だ。


「もともと悪霊だった者が、やがては祭り上げられる。おかしなことだと思うだろう、三浦君」


「ああ、まあな。俺だったら、できればそんなおっかない場所には近づきたくないね」


「それが普通の考えだね。でも、昔の日本では御霊信仰といって、悪霊を祭り上げて祭神にしてしまうことなんか当たり前だったんだ。他に有名なものでは菅原道真……君には天神様と言った方が分かりやすいかな? あれも、もともとは悪霊だったんだよ」


「天神様もかよ。しっかし、なんでまた悪霊なんかを神扱いしたんだ? 普通に除霊かなんかしちまえばいいじゃねえか」


 つまみに出されたピーナッツを口に放り込みながら、俺は自分の疑問を沢木にぶつけてみた。気がつけば、完全にやつのペースに乗せられている。ゲームや音楽の話しかしない、他の連中とはまた違った面白さが沢木の話にはある。


「昔の日本人はね、普通の神よりも悪霊の方が強い力を持っていると思っていたんだよ。だから、その力を恐れると同時に利用したいとも思っていたのさ。戦って封じ込めるには多くの犠牲も必要だけど、祭り上げて祭神にしてしまえば、むしろその力を自分達が使うことができる。世界的にも稀な、実に面白い考えだと思うけどな」


「なるほどな。それが、お前が言うケガレチを訪れる事の理由か?」


「そうだよ。純粋なパワーだったら、ケガレチの方が高い力を持っているとされているからね。それに、そういったところには、必ず歴史の影に埋没してしまったような面白い伝説が残っているんだ。僕としては、そっちの方に興味がある」


 語るべきことは全て語った。そんな表情で、沢木は俺の目の前でビールを一気に飲み干した。相変わらず、面白い考えをするやつだ。こいつにとっては民俗学の研究も、単なる趣味の延長でしかないのかもしれない。


 その後、俺達は他愛もない会話を交わしながら、そのまま夜まで互いに語りつくした。どうやら沢木は既にいくつかのパワースポットに目をつけているらしく、今週末の休みにその内の一つを訪れてみるとのことだった。


 酒もなくなり、終電の時間も近づいてきた。俺は沢木に簡単な挨拶をし、そのまま自分の鞄を持ってやつのアパートを出た。


 夜にしては、やけに生暖かい風が吹いていた。七月も半ばになったので、少しくらい暑いのは仕方が無い。が、それにしても、この湿度は異常だ。全身に見えない何かがべったりと張り付いてくるような気がして、なんとも言えない不快感が身体を支配する。


 結局、その日は外の嫌な空気に当てられて、俺が家に着く頃にはすっかり酔いも醒めてしまった。


 沢木のやつは今週末にもパワースポットへフィールドワークに出かけると言っていたが、生憎俺にはバイトがある。あいつの旅に同行してみるのも面白そうだとは思ったが、それはまた今度の機会にするしかない。


 そんな他愛もないことを考えながら、俺はさっさと寝床についた。今日の一件が、俺や沢木の運命を永遠に狂わせることになるとも知らずに……。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 週明けの月曜日、俺はいつもの通り大学へ向かった。教授の講義は相変わらず眠くなったが、なんとか気力を振り絞って耐え抜いた。


 先週、酒を飲み交わしながら沢木と話したパワースポットの件。週明けともなれば、沢木もフィールドワークを終えて帰ってきている頃だろう。


 お目当てのパワースポットで、沢木は何かを見つけたのか。気にならなかったと言えば嘘になるが、俺もまたそれなりに多忙な身だ。部活にバイト、それに教授から出されたレポートの締め切りと、やらねばならないことは山ほどある。


 結局、その日は沢木のところを訪れることはせず、俺はそのままバイトに出掛けてしまった。今週は何かと忙しく、残念ながら週末近くにならないと時間が取れない。


 なんだかんだと野暮用を済ませている内に、時間だけは瞬く間に流れていった。俺が沢木のいる研究室を訪れたのは、その週の金曜日になってからだった。


 沢木の所属している研究室は、大学の一番外れにある。最も古く建てられた棟らしく、建物の壁もどこかくすんでいる。


 そんな日の当たらない場所にあるからか、研究室の中はかび臭い。掃除はしているんだろうが、なんというか、常に湿気がこもって外に出て行かないような空気なのだ。沢木の話を聞くのは面白いが、正直、この部屋で何時間もあいつの講釈に付き合える自信はない。


 研究室の扉を開けると、俺は沢木の姿を探してあちこちを歩き回った。しかし、あいつの姿はどこにもなく、重たそうな本の並ぶ部屋には二年生と思われる女子学生がいただけだ。


「なあ、ちょっといいか?」


「はい、なんでしょうか?」


 その場にいた女子学生をつかまえて、俺は沢木の事を聞いてみた。あいつのことだから、またどこかへフィールドワークにでも出かけたのかもしれない。


 俺はその場にいた女の子に、沢木の居場所を聞いてみた。よく外へも出かけるやつだったが、行き先を告げずに行方をくらますようなことはしないはずだ。


 だが、そんな俺の期待を裏切るようにして、彼女の口から出たのは意外な言葉だった。


「それがですねぇ……。沢木先輩、昨日からずっと連絡がつかないんですよ」


「昨日から? ってことは、木曜からずっと、あいつはここに来てないのか?」


「はい。教授は、またどこかの神社に調査にでも行ったんだろうって言ってますけど……」


「そうか……」


 几帳面な沢木にしては、珍しいこともあるものだと思った。俺も、その日はあまり深入りせず、その日は諦めて帰宅した。


 土日を挟み、次の週明けには沢木のやつも帰ってくることだろう。そう高をくくっていたが、俺の予想に反して沢木は帰ってこなかった。


 月曜、火曜、そして水曜が過ぎ、再び木曜がやってくる。その間、俺も何度か沢木の所属している研究室に顔を出したものの、あいつは一向に現れる気配がなかった。


 真面目で几帳面な性格の沢木が、一週間も連絡無しに大学を休む。さすがに俺も、あいつの身に何か起こったことだけは理解できた。


 沢木のやつは、いったいどこへ消えてしまったのか。本来であれば警察に任せて終わりにすべきことなのだろうが、それでは俺の気がすまなかった。


「なあ。沢木のやつが行きそうな場所、本当に心当たりないのか?」


 俺は、先週の金曜日に出会った二年生の女の子にもう一度尋ねてみた。


「それが、本当にさっぱりなんです。一応、実家にも連絡して、警察にも捜索願を出したみたいですけど……」


「そっか……。それじゃあ、俺の出る幕はないかもな」


「すいません。何度も来て頂いているのに……」


「いや、構わないさ。あいつのことだから、その内にふらっと帰ってくるだろ」


 これ以上、無関係な女の子に余計な心配をかけてはいけないだろう。


 俺は適当に挨拶を済ませると、そのまま沢木の住んでいるアパートへと向かった。行ってどうなるというものでもなかったが、何もしないでただ待っているというのは我慢できなかった。


 あの日、沢木と一緒にパワースポットの話をしながら酒を飲んでから、早くも二週間近くが経っている。もうすぐ試験もあるというのに、あいつはいったい何をしているのか。


 貧乏学生の住まう木造アパートの階段を上がり、俺は沢木の住んでいる部屋のインターホンを押した。当然、返事は無い。


(やっぱ、ここにも帰ってねえか……)


 俺は目線を落とし、何気なくドアのノブに手をかけてみる。


 住人が留守なのに、回るはずがない。そう思っていたが、ドアは小さな金属音を立てて簡単に開いた。どうやら、最初から鍵がかかっていなかったらしい。


 几帳面な沢木にしては無用心だ。そう思いながら、俺はそっと沢木の済んでいる部屋の玄関に足を運ぶ。鍵は開いているというのに、人のいる気配がまったくない。まだ昼下がりだというのに、部屋はどことなく薄暗い。


「おい、邪魔するぜ?」


 返事が返ってくることはないと知りながら、俺は形だけの挨拶をして沢木の部屋に上がった。部屋の中は様々な資料が乱雑に散らばり、注意して歩かないと踏みつけてしまいそうになる。


 ふと、台所に目をやると、洗われていないままの皿やグラスが無造作に転がっていた。どうやら、かなりの時間を放置されてきたようで、汚れが乾いて完全にへばりついてしまっている。


 だが、不思議なことに、それ以外には皿の類はまったく見つからなかった。ゴミらしいゴミも出ておらず、コンビニ弁当を食べたような跡も無い。


 皿も洗わず、それでいて新しい食器を出すこともせず、おまけに出来合いのものを買って食べた形跡もない。いったい、最近のあいつは何を食べて生きていたんだ。まさか、全て外食で済ませていたのではないだろうし……。


 もとから変わったやつだったが、それでも沢木に何かあったことだけは俺にも理解できた。部屋も開けっ放しにしていなくなった時点で、それは明白だ。


 台所でうろついていても埒があかないので、俺は沢木の使っていた机を探してみることにした。几帳面なあいつの事だから、何かメモ書きでもしているかもしれない。


 机の上は、沢木にしては酷く散らかったままだった。この部屋に入った時に見た資料もそうだったが、そもそも沢木が資料を床にぶちまけている事態が妙だ。男寡に蛆が湧くなどというが、沢木に限って、そんな人間ではなかったはずだ。


 散らかった机の上を見回した俺は、その中から一冊の手帳を取り出した。紛れも無く、それは沢木のものだ。依然、俺もあいつが使っているのを見たことがあるから間違いは無い。


 俺は手帳を開き、そのページをパラパラとめくっていった。中にはあいつが調べた民俗学に関するメモが多数残されていたが、俺には見ただけでそれを理解できるほどの頭は無い。


 適当にページを読み進めながら、俺はその中に奇妙な記述を発見した。どうやら日記のようになっているらしく、日々の行動や考えなどが、とりとめもなく書かれている。


 俺はその記録の中から、とりわけ新しい日付のものを探してみた。すると、あいつが俺と話した次の日に、パワースポットに出かけた時の事が書かれているページを発見した。


 この手記になら、沢木の居場所が残されているかもしれない。そう思った俺は、沢木が俺と話をした翌日の記録から読み進めてみることにした。




【7月○日(土)】


 明日は、いよいよ予てから訪れようと思っていたパワースポットへ行ってみることにする。場所は、G県にあるS村だ。


 僕の調べたところによれば、そこには古くから自然神を祭る神社があるらしい。なんでも、かなり古いものらしく、今では立ち入る人もいないそうだ。どうやら、村人達の間では、ケガレチとして考えられているようである。

 

 神域である神社がケガレチとなった理由は不明だが、恐らくはこれも、御霊信仰に関係するものではないだろうか。都会から離れた山村に残る、自然信仰と御霊信仰のつながり。考えただけでも、わくわくしてくるものがある。




【7月●日(日)】


 S村の奥にある山で、目的の神社と思しきものを発見する。石造りの鳥居は苔むし、石段も完全に茂みの中に隠されてしまっていた。正直、諦めようかと思ったほどだ。


 石段を上がってゆくと、そこは小さな滝があった。滝の裏で面白いものを見つけ、僕はそれについて調べるべく、山を降りる事にした。




【7月△日(月)】


 水道工事でもしているのか、今日はなんだか水が臭う。この暑い最中、アオコの腐ったような臭いが漂っていてやっていられない。どこで工事をしているのか知らないが、早く終わって欲しいものだ。




【7月▲日(火)】


 昨日の水の臭いは、どうやら僕の方に原因があったようだ。昨日から、どこでどんな水を飲んでも腐ったような臭いがして飲めたものじゃない。何か、よくない風邪でも引き込んだのだろうか。


 とりあえず、明日は大学へ行く前に病院で診てもらうことにする。




【7月□日(水)】


 病院で診てもらったが、特に異常はないとのことだった。味覚や嗅覚をおかしくするような病気の類ではないということか。


 しかし、僕の口と鼻は、明らかにおかしいままだ。昨日よりも症状は更に酷くなり、今日はとうとうお茶も飲めなくなった。


 一応、病院の方には強引に頼み込んで、銅剤や亜鉛剤の処方箋を出してもらったが……。果たして、どこまで効果があるのだろうか。




【7月■日(木)】


 症状はますます酷くなり、僕はついに水に触れることさえできなくなった。手を洗おうにも腐ったような臭いのする水では洗えないし、食器洗いや洗濯も同じだ。風呂に入ることなど……考えただけでも恐ろしい。


 今のところ、牛乳と生野菜ならば、なんとかごまかして口に入れられる。だが、それもいつまで持つことか。


 今日は体調のことも考えて、大学の講義は自主休講とする。




【7月◇日(金)】


 どうにも喉の渇きが止まらない。自分の部屋だというのに、まるで砂漠のど真ん中にいるようだ。食欲は無く、ただひたすら水分だけが欲しい。


 今日は、とうとう全ての液体を口にすることができなくなった。もう、牛乳もトマトも受け付けない。このままでは、僕は三日と持たず干乾びてしまう。




【7月◆日(土)】


 最近、あの場所で見たものが毎晩夢に現れる。あれはいったいなんだったのか。僕の頭では、もう理解することなどできはしない。


 思えば、僕の身体がおかしくなったのは、あれが夢に現れるようになってからだ。きっと、あれが原因に違いない。




【7月×日(日)】


 ああ、なんということだ。僕はケガレチを甘く見ていた。思えば、あそこであんなものを口にしたのが災いの種だったのだ。


 あの時、なぜそれを口にしてしまったのかは分からない。ただ、無性にそれを口にしたくなったのだ。


 僕はもう、逃げ出すことのできない何かにとり憑かれてしまった。今はもう、あの場所で口にしたものを再び口にしたいという衝動だけが僕を動かしている。


 もうすぐ僕は、完全にあれに飲み込まれるのだろう。そうなったら最後、どうなるかは僕にも分からない。


 最後になるが、この手記を読んだ者が、決して僕のことを探さないことを切に願う。あれに近づいてはならない。あれは……あの場所は……。




 手記はそこで終わっていた。最後の方は歪んだ文字で書きなぐるようにして書かれており、正直、判読するのにも苦労した。


 全てを読み終えた俺は、無言のまま沢木の手記を閉じて自分の鞄に放り込んだ。目的はただ一つ。沢木のやつを見つけ出すことだ。


 あいつは自分のことを探すなと書いていたが、そんな勝手な話があるものか。


 俺は早々に沢木のアパートを出ると、明日こそはあいつを見つけて連れ戻してやろうと考えていた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 翌日、俺は小さめのザックにまとめた荷物を背負い、G県のS村を目指していた。沢木の手記に書かれていたことを信じるなら、あいつはきっと、この村に向かったに違いない。


 証拠はなに一つなかったが、俺には確信があった。沢木はS村で見つけたケガレチで何かを口にし、それを求めて再びそこへ向かったのだろう。


 東京のど真ん中からS村まで行くには、車でも半日かかってしまう。俺はレンタカーを借りてまでS村にやってきたが、なるほど、確かにものすごい田舎だ。


 村に着いた俺は、早速情報収集を開始した。村の人たちに沢木の写真を見せ、あいつが目撃されていなかったどうかを調べてみる。が、やはりそう簡単に当たりを引くことはできず、沢木の足取りはまったくつかめなかった。


 このままでは、時間ばかりが無駄に過ぎてしまう。俺は沢木を探すことをやめ、あいつが向かったと思われるケガレチについて聞き込みをすることにした。ケガレチとはいえ、もとは神社。村人に聞けば、すぐに分かるに違いない。


 ところが、俺が神社について訪ねると、どの村人も固く口を閉ざしてしまった。俺が沢木を探していることを告げ、あいつがその場所に行ったのではないかということを伝えても、結果は同じだった。


 やはり、ケガレチというだけあって、村の人も関わりたくないということなのだろうか。俺が諦めかけたその時、突然、後ろから声がかかった。


「もし、そこの人……」


 振り向くと、そこには腰の曲がった一人の婆さんが立っていた。くすんだ色の着物を着て、右手には杖を持っている。和服を着ているにも関わらず、どことなく童話の世界に出てくる魔法使いの婆さんを連想させる空気を持っていた。


「お主、人をお探しか?」


「ええ、まあ、そんなところです」


「そうかい、そうかい。ならば、悪いことは言わん。その人のことは諦めて、早くこの村から立ち去られい」


 出会ったばかりなのに、いきなり何を言い出すんだ、この婆さんは。こっちが誰を探そうと、そんなのは自由だろう。田舎の村には排他的な場所もあるという話を聞いたことがあるが、まさに今の状況がそんな感じだ。


「なあ、婆さん。俺は行方不明になった友達を探して、わざわざ東京から来たんだぜ? ここまで来るだけでも車で半日かかるってのに……今更、諦めて帰れるわけないだろ!?」


「むう……。そこまで言うのならば、仕方あるまい。じゃが、お主の友人は、恐らくは見つからんと思うがのう……」


「そんなことは関係ない。俺の友達は、この村にある神社みたいな場所に行ったに違いないんだ。もし知ってるなら、その場所を教えてくれ」


 ここで引き下がってなるものか。何か、使命感のようなものを感じ、俺は婆さんにしつこく食い下がった。そんな俺の気持ちが通じたのか、最後には婆さんの方が折れて、この村にある古い神社の跡へと連れて行ってもらえることになった。

 

「ここじゃよ。この先にある鳥居を抜ければ、お前さんの言っていた場所にたどり着くじゃろうよ」


 婆さんに案内されたのは、獣道とようやく見分けがつくかつかないかくらいの、荒れ果てた林道だった。


 よくよく見ると、林道と思っていたその道には、しっかりと石段が残っている。どうやらこの石段を上がった先に、沢木の言っていた場所があるのだろう。手記の内容とも一致するし、まず間違いは無い。


 俺は婆さんに簡単な礼を述べ、草をかきわけるようにして石段を上がって行った。


 長年、ろくな整備もされていなかったためか、石段はところどころ損傷が激しい部分もある。足元が草でよく見えないことも災いし、俺は何度か足を踏み外して転びそうになった。


 しばらく行くと、木々の中に埋もれるようにして、石造りの鳥居が姿を現した。もう、造られてからどれくらい経つのだろう。鳥居の全身は苔で覆われ、今や見る影もない。


 この鳥居を抜ければもうすぐだろう。そう思って鳥居を抜けたところで、俺は辺りの空気が変わったのをはっきりと感じた。


(なんだ……これは……)


 先ほどまでは何も感じなかったが、この辺りを包む鬱蒼とした気はなんなのか。まるで、自分だけ太古の原生林に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥る。今にもそこの藪の中から、大昔に滅びたはずの獣が姿を現しそうな感じなのだ。


 妙な空気に包まれたまま、俺は石段を上り続けた。すると、突然開けた場所に出て、俺は思わず辺りを見回した。


 一面に草が生い茂った、決して広くはないと思われる空間。空は木々の梢と葉で覆われ、外界からやってくる殆どの光を遮っている。


 近くに川でもあるのか、どこからか水の流れる音が聞こえてきた。そういえば、沢木の手記には滝があるなんていう話も書かれていた気がする。


 水の音を頼りに、俺は沢木が見つけたと思しき滝を探して回った。草の分け目から微かに見える石畳の上を進むと、更に開けた場所に出る。それこそが、俺の探していた滝つぼだった。


「なんだ、こりゃ? ただの滝つぼじゃねえか」


 一見して、何の変哲も無いただの滝。神社とは聞いていたものの、側には小さな社ひとつない。本当に、ここが沢木の手記にあった場所なのだろうか。


 ケガレチと呼ばれるもののあまりに普通な姿に、俺は少々肩透かしを食らってしまった。しかし、これで探索の全てが終わったわけではない。


 俺は滝つぼの周りに沿って滝の側まで近寄ると、運良く見つけた水の切れ目から滝の裏側を覗き込んだ。


 沢木の手記によれば、滝の裏には何かおもしろいものがあるらしい。果たして、その記述は正しく、俺は滝の裏にある空間に安置された、小さな像を見つけることになった。


 石で作られたと思われる、奇怪な姿をした奇妙な像。恐らくはこれが御神体なのだろうが、それにしても薄気味悪い。


 身体はなんとか人間のような姿をしているのが分かったが、頭に当たる部分にはミミズのようなものが集まったとしか思えない不気味な塊が乗っているだけだった。どこに目があり、口があるのかさえも分からない。背中にはコウモリのような翼を生やし、手足の先は指さえなく丸まっている。


 正直、これでは神というよりも、イソギンチャクの化け物だ。しかも、更に奇妙なことに、その腹には大きな穴が開いていた。


「なんだ、こいつは……」


 俺はその像に魅せられるようにして、濡れるのも構わずに滝の裏側へと入っていった。見ると、像の腹にある穴からも、何やら水のようなものが湧き出ている。湧き水なのか、それとも何かの仕掛けなのか。


 像の正体を確かめるため、俺はさらにその像へと近寄った。像の腹から出ている水は、そのまま像の安置されている台の下に流れ落ちている。その水は瞬く間に地面の中へと吸収され、決して穴の外には出てゆかない。滝つぼの裏だというのに、随分と不思議なこともあるものだ。


 流れ出ている水の正体が気になって、俺はそれに指で触れてみた。臭いなども嗅いでみたが、特に変わったところはない。


 薄暗い空間の中、滝の音を背にした俺のことを、目の無い頭を持った像だけが静かに見つめている。目が無いのに見つめるというのはおかしな表現かもしれないが、確かにそう感じたのだ。


 いつしか俺は、その像の腹から溢れ出る水を口にしたいという衝動に駆られていた。沢木の手記に書いてあったことが気になったが、それでも俺の手は、自分の意思とは反対に像の腹から出る水へと差し伸べられてゆく。


 水をすくい、俺はそれを口にした。瞬間、俺の体の中を電気が走りぬけるような感覚が襲った。だが、不思議と悪い気はしない。なんだか、身体の奥底から力がみなぎって来るような気さえした。


 結局、その日は沢木を見つけることができず、俺は暗くなる前に山を下りるしかなかった。林道を抜けて県道まで出てみたが、そこには既にあの婆さんもいなかった。


 村の駐車場に置いたレンタカーを使って俺が東京に帰ったのは、その日も終わりに近づいた時刻だった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 今、俺は再びG県のS村へとやって来ている。理由は簡単。あの水を、どうしても口にしなければならないからだ。


 あの日から、俺の身体は徐々にあらゆる液体を受け付けない体質になっていった。どんな液体であれ、近寄るだけでとてつもない腐臭に襲われる。


 顔も洗えず、歯も磨けず、風呂にも入れない。飲み物は、始めのうちは酒でごまかしていたが、すぐにそれも駄目になった。雨の降る日など、そこら中から腐臭が漂ってきてしまい、正気を保つだけでも精一杯だ。


 その上、極めつけなのは、あの奇妙な形をした像が、夜な夜な俺の夢に現れるということだ。像の腹から出る水を飲みたくて手を伸ばすと、夢の中の像はふっと俺の手元から消えてしまう。


 蛇の生殺しのような日々を送ること数日にして、俺の精神は徐々に崩壊への道を歩んでいった。もうじき俺も、沢木と同じような運命をたどる事になるのだろう。


 ああ、あれが呼んでいる……。


 俺は行かねばならない……。


 ケガレチと呼ばれた、あの場所へ……。


 夢の中で俺を呼ぶ、あの奇妙な石像の下へ……。


 そうしなければ……この全身を覆う渇きに耐えられそうも無い……。


 ああ、あれは……あれは……。

 本来であれば夏のホラー企画にて投稿しようと考えていましたが、文字数を大幅に超えてしまい、あえなく断念……。

 しかし、そのまま消してしまうのも勿体無いので、とりあえず投稿してみました。


 従来のような心霊推理や心霊バトルといったジャンルから外れ、ただひたすらにカオスな世界を書いてみましたが、いかがだったでしょうか。



 正直、オチも含めてこの書き方は、まだまだ私自身が不慣れです。

 そのため、怖さがあまり伝わらなかったかもしれません。

 古典的な恐怖小説作品を、もう少し読み込む必要があると感じました。

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