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終章

 事件の後、赤崎、るるわ、青谷、如月の四人共に入念な聞き込みが行われた。しかし事の顛末は魔法のある世界であっても、超常的といえた。話の都合上、四人は知っている範囲で事件の背景についても語らなければならなかったし、一連の計画はいよいよ明るみに出なければいけないと、そう予感させられた。

 しかし、現実はそうならなかった。

 世間に公表されたのは、クリーチャーが複数討伐されたこと。

 そして殺人事件の犯人、神塚 統夜が自殺したことであった。

 これだけの死者・犠牲者を出しておきながら、ゴット・ファミリー計画のことは依然として公表せず、隠蔽を貫いたのである。

 ゼータ・クラーク連盟長に関しても、裏でアメリカとどんな交渉と会談が行われたのか「突然の病死」という形で処理されている。

 もちろん、完全に隠しきることはもはや不可能だ。

 丹治警部のような、正義を問う刑事だっている。

そのせいだろう。有名な雑誌、インターネットなど、あらゆる情報媒体から「日本、アメリカの裏で行われた魔法使いの人体実験」という噂が多数出回るようになった。しかしそれらは全て「都市伝説」程度にしか認知されず、結局、真実は日本とアメリカ政府によって上手く揉み消されたのであった。

「――これじゃあ、丹治警部が報われないぜ」

 事件から一週間が経過した、夜の九時。

 如月が二十歳の誕生日を迎えたということで、青谷班は居酒屋へと赴いていた。畳の上でくつろげるタイプの店内で、四人でちょうどいいくらいの大きさのテーブルを囲って、一同は酒を嗜んでいた。

 青谷はジョッキのビールを飲みながら、愚痴を零す。思い返されるのは、死んだ丹治警部だ。彼は命をかけても真実へとたどり着いたのに、結局、この国は真実を隠すことを選んだのだ。

「まあ、しょうがないッスよ。こんなことが公表されたら、魔法連盟の信用問題に発展するッスよ」

 中條が今日何度目かのフォローをする。というのも、酒の入った青谷はずっとこのことを愚痴っているのだ。

「ほらほら、如月ちゃん。ぐいっといっちゃって」

 と、ここでなにやら煽っているのが、茨木であった。

 如月はビールを両手で持ち、ちびちびと初アルコールを口にしている。

「~っ⁉ やっぱり、美味しくないです!」

 苦味が苦手なのか、べー、と舌を出す。

 それに淫靡さを感じた茨木は、興奮した面持ちで魅入っていた。

「んー、お口と舌がエロいねえ、如月ちゃん。その口と舌で僕のを慰め――」

「そろそろあんたを逮捕してもいい頃合いかもな、茨木!」

「青谷班長⁉ いいじゃないですかあ~、このくらいのお茶目な冗談♪」

「あんたはもう、死刑だ」

「こんなことでですかあ⁉」

「如月、ビールが無理ならカクテルを試してみようぜ。おーい、店員さん! ここの初心なお嬢さんのために、カシスオレンジ一つ追加!」

 完全に酔っぱらっている青谷は、妙なテンションで追加の注文。

 ついでに言うと、酔っぱらってさらに害悪となっている茨木は、隣に座る青谷に強く絡んだ。

「へへーんだ、そーいう青谷はんちょーだって、スケベーな目で如月ちゃんを見ているの、僕知っているからねーだ!」

「その汚らしい口を閉じることをお勧めするぜ、茨木。オレはあんたと違って、女に惑わされる性分じゃないんでね」

「やーいやーい、独り身の強がりやーい。これだから、右手が恋人の男はダメなんだよお。本当は毎日セックスしたくてしたくてえ、しょうがないくせにぃ」

「はっ、言っていろ、言っていろ。変態オヤジ」

「如月ちゃんのー、大きなおっぱいをー、オカズにしてるくせにー」

「EDのオッサンがさえずるなよ」

「だだだだだ、誰がEDじゃい、誰が⁉」

「おっと、動揺が出ているぜ、茨木さんよい。もしかして、その歳で早くもナニが立たなくなっているのか? 随分と早めな現役引退だぜ」

「ち、違うよお。ちょっと調子が悪いだけなんだからあ! 立つ時とそうじゃない時があるだけだからあ! 嫁に呆れられたりなんて、してないからあ! 僕はまだまだ現役だああああ!」

もはやアルコールのせいでわけのわからないやり取りをしている二人に、中條は顔を引きつらせる。

彼は定型的な、今時らしい若者である。正直、今すぐにでも帰ってゲームをしたい、というのが本音である。そしてこのバカ二人を今すぐにでも置いていきたい。あるいは、冷や水でも頭からぶっかけてやりたいものだと考えている。

ふと、隣の方を見やる。こんなバカ共のなにが楽しいのか、如月はニコニコと笑顔を浮かべている。じーっと、青谷のことばかり見ている。

どうやら、羽目を外し無防備な姿を晒している彼にときめいているようだ。

恋する乙女はまさに盲目にして、理解不能。あんなの、ただの酔っ払いである。しかしそこに恋という感情が混じると、「新しく発見した彼の一面♪」みたいな感じになるのだろう。

恋心は謎が多い。

普通、あんな姿を見たらときめくどころか、幻滅しそうなものだが。

「あの、如月さん。ちょっといいッスか」

「はい、なんでしょう」

 小声でわかりきったことを聞く。

「青谷班長のこと、好きなんッスか?」

「はうっ⁉⁉⁉」

 両肩をびくっ⁉ と跳ね上がらせ、顔を真っ赤にする。

 が、素直にこくこくと首を縦に振った。

少しだけ奥手そうだが、真面目で一途そうな子である。きっと、とても良い女の子だ。青谷は幸せ者だろう。

「応援してるッスよ」

「は、はい……ありがとうございます」

 と、ここで青谷が突如として身を乗り出し、正面に座る如月の顔をまじまじと見た。

「如月!」

「は、はい⁉ ななな、なんでしょう?」

「んー……今、気づいたんだが。お前、どっかで会ったか?」

「……っ⁉」

 如月が息を飲む。

 気づいて! と、言わんばかりに無言で、じっと青谷の顔を見る。

 そうして見つめ合うこと五秒。

「あ~! 青谷はんちょーが、スケベーな目で如月ちゃんを見ているう!」

 と、ここで茨木が大声を上げることにより、甘酸っぱい時間が終了する。青谷が「だから、EDのアンタと一緒にしないでほしいぜ」と、またさっきと似たようなやり取りを交わし合い、ぎゃあぎゃあ騒ぎ出す。青谷が「思い出しかけたこと」という話題なんて、自然と流れて無くなった。如月はしょんぼりと肩を落とす。

「ご注文のカシスオレンジでーす」

 と、若い女の子の店員がお酒を運んでくる。中條が「はいはい、どうも」と受けとり「如月さん、お酒ッスよ。おーい。おーい」ショックで放心した彼女は、こちらに全く気がつかない。そして対面は依然として騒がしい茨木と青谷。飲みの席らしく、カオスな状況が繰り広げられている。恋に酔った女の子と、酒に酔ったオッサンと上司。

 中條のようなタイプの人間にとっては、現代社会のストレスを、ぎゅっと凝縮してこの場に集めたかのようである。

「あー……マジ帰りたいッス」

 たまらなくなり、深いため息をついたのであった。



 同じ日の夜九時すぎ。習慣となっているため、トレーニングをまだ続けている赤崎は、いつも通りの時間で部屋へと戻った。

 そして汗に濡れたジャージを脱ぎ、風呂へと入る。

「ふう……」

 体を洗い流した後、湯船に浸かる。かなり色々なことがあったため、疲れを吐き出すように一息つく。

「れなさん……」

 あの日から二週間。

 彼女のことを思い出さない日は、一日たりともなかった。家に戻るたびに、いないことを痛感させられる。その度に胸の奥が痛くなった。

(だけど、一番辛いのはるるわだ。俺はしっかりしないと)

 その瞬間であった。

「世斗さん」

 扉越しに、るるわの声が聞こえた。

「なに?」

「……」

 沈黙が返って来る。

 彼が考えている通り、今一番気が滅入っているのは、るるわだ。実の母親をあんなむごい殺され方をして、辛くないわけがない。学校では普段通りにしているが、内心は相当参っているはずだ。

(その証拠に……)

 赤崎はここ最近、るるわとの間に起きたことを思い返す。

 内容が内容のため、つい、顔を赤くしてしまった。

 そのせいか、扉越しにるるわが服を脱いでいることに、全く気がつかない。

「入り、ます」

「ああ、うん……え?」

 るるわが顔を赤らめながら、風呂場へと入ってくる。

 突然の出来事すぎて、赤崎は混乱した。しかし男としての本能なのか、つい、るるわの方を見てしまう。さすがにバスタオルで隠してはいるが、ほぼほぼ見えているといってもいいだろう。雪のように白い肌。人形のように儚げで、華奢な体。あまりにも魅力的なそれは、健全な男の子の目には甘い毒以外の何者でもなかった。

「る、るるわ⁉ なんで⁉」

「別に。意味はないです」

「そ、そうなの? 無意味なの?」

「無意味です。それとも、邪魔?」

「い、いや、そんなことはないよ」

「そうですか」

 ぶっきらぼうな返しはるるわっぽいが、明らかにおかしい。

 何故、いきなり一緒に風呂になんて入るのか……。

 ちなみに小さい頃でもそういったことはなかった。よくエロゲなどでありがちな「昔はお兄ちゃんと入って、ほくろの数を数え合ったのに!」みたいな最強エピソードもない。普通に、こんなことは初めてだ。

 そしてるるわはバスチェアに腰かけたあと、はらりとバスタオルを解く。

「っ⁉」

 白い肌が露わになり、赤崎は息を飲んだ。

るるわは泡立て器でボディソープを泡立て、体を拭いていく。

 生々しい以外の何者でもない。

(あの、もはや、丸見えなのだが、るるわさん⁉ お兄ちゃんどうすればいいの⁉)

 悲しいかな、男としての本能が彼女に釘付けになってしまう。

 触れたら折れてしまいそうなほど細い体なのに、やっぱりちゃんと女の子だ。全体的にふっくらと丸みのある肌をしている。着痩せするタイプなのか、小さめではあるが思ったよりは胸が大きい。とても柔らかそうに膨らんでいるし、お尻だってちゃんと女の子らしく丸くて、とても煽情的で――。

(ダダダ、ダメ! これ以上は無理!)

 赤崎は理性をフル稼働し、目を逸らした。

 このままでは、下の方の赤崎が反応してしまいそうになる。というかすでに、若干反応していた。

(る、るるわは俺の妹なんだ。妹……)

 一度恋人になったことといい、何故、こんなにも女の子として見てしまうのか……。

まさかここに来て「実は俺達……血が繋がっていないんだ⁉」という今明かされる、衝撃の真実!!! な展開があるのか。いや、ないだろう。もしそうだったら、れなさんがあまりにも浮かばれない。というか、人工授精に使われた精子が誰のものなのか、という話になってしまう。計画の存在自体が矛盾するので、可能性はほぼゼロだろう。

「入り、ます」

「ああ、うん……え?」

 いつの間に体を洗い終えたのか、るるわが湯船に入って来た。

 ちゃぷん、と小さな音共にるるわが湯船に浸かる。二人だと少しきつい湯船のため、ちょこんと体操座りになっていた。必然、足を広げた赤崎がるるわを挟み混むような形になる。そのどうにも煽情的な状況が、なおさら下のアレを元気にさせていく。相手が妹じゃなかったら、赤崎だって男の子なので、十八禁展開へまっしぐらだろう。

「……どうして、まだトレーニング、続けているんですか?」

 ふと、るるわがそう問いかけてきた。

 彼女もまた恥ずかしいのか、顔は真っ赤になっている。が、赤崎はいっぱいいっぱいなのでそのことに気がつかなかった。

「え?」

「あれって、アダムと……もしも戦うことになったら、って思ってやっていたことのはずです。それなのに、どうして、今も続けているのですか?」

「ああ、それは……」

 ドキドキしていて真面目な話をするどころではないのだが、逆にこっちが意識してばかり、というのもなんか悔しい。赤崎はなんとか平然を装って、質問に答えた。

「まあ、その、今回の一件でね。夢が出来たからさ」

「夢?」

「俺、警察になりたい」

 るるわが目を丸くした。

 自分の夢を口にして、語るのは初めてのことだ。

 それもそのはず。今まで、将来の夢なんてなかったのだから。

「今回の事件でさ。思ったんだよ。悲劇を止めるには、なにが足りなかったんだろうって。臭いかもしれないけどさ……正義だよ。正義の味方が、いなかったんだよ。だから、あんな計画が動き出して、復讐が始まった」

 あの一連の出来事は、悲劇は、どうして生まれてしまったのか。

 計画を立案した政治家も。

 計画に加担した研究員も。

 復讐に走ったアダムも。

 全ては、そこに「正義」がなかったからだ。

 誰かがそれは間違っていることだと。正しいことじゃないんだと、止める人間がいなかったから、一連の出来事は歯止めが利かなくなった。

 少なくとも、赤崎はそう考えていた。

もちろん、警察は完全に正義の味方、というわけじゃない。それもわかっている。事件を隠蔽しているのは、国の圧力があったとはいえ、警察も同罪なのだ。そもそも世の中を善と悪で分けられるほど、単純じゃないこともわかっている。しかし基本的には、警察という組織は悪を許さず、正義を貫く職業だ。

こんな悲劇を少しでも減らせる人になるため。

悪を止められる人になるため。

赤崎は正義の味方に――その一歩のために、警察になりたいと思ったのだ。

「魔法戦に対応できる警察って、貴重みたいでさ。腕を磨くに越したことはないんだって。ほら、あの、青谷さんっていたでしょ? あの人に「なにかあったら連絡をくれ」って言われて、連絡先教えてもらっていてさ。それで、色々聞いたんだ。あの人、かなり強かったでしょ? 階級も警部捕で偉いみたいでさ、本当、すごいよね」

「……そう」

 るるわがぶっきらぼうに返事をした後、俯いた。

「世斗さんは、強い」

「え?」

「だって、わたし、まだそんな風に、受け止められないです」

 れなの死はるるわをひどく動揺させていた。

 だけど――それは、赤崎だって同じだ。

 毎日、当たり前のようにそこにいた人。

 自分を育ててくれた人。

 そんな彼女がこの部屋に戻ってくることは、もう二度とないのだ。

 絶対に、ないのだ。

「すいません」

 るるわが唐突に謝った。

「なに?」

「世斗さんも辛いのに、わたしは……受け止められている、なんて」

「……悲しさを誤魔化すために、こういうこと、しているのかもしれないね」

「……はい」

 その会話を最後に、二人の間には沈黙が生まれた。

 失われたものは、あまりにも大きい。



 赤崎 れなは自分の死を予見していたかのように、生命保険へ加入していた。

 アダムの復讐への加担に、命を懸けていたことが伺える。おかげで多額の金が赤崎達の元に残り、高校卒業まで生活に困らなそうだが――そんな彼女の心中を察せれなかったこと、止められなかったことに、二人は強い未練を感じていた。

 もっとも、知れたところでどう止めればいいのか、想像もつかないが……。

(で、まあ、今日もこうなったわけだけれど……)

 赤崎は顔を赤らめながら、ぎゅうううう、と腕に抱きついて眠るるるわをちらりと見た。

 すうすう、と無防備に寝間着姿で寝息を立てている。自室のベッドの上で、二人きり。もう頭がおかしくなりそうであった。

 そう。ここ最近、るるわは毎日のようにこうしてくるのだ。以前までの彼女ならば、絶対にこんなことはありえない。それなのに、毎晩ベッドに潜り込んで来るようになった。れなが殺されて以降、やたらと赤崎に対してベッタリくっつくようになったのだ。あまりに強い精神的なショックのせいか、彼女の様子や言動が明らかにおかしくなっている。日常を送る分には支障はないが、こうして部屋で二人になると途端に甘えてくるようになった。

 昨日のことは、思い出すだけでも顔が赤くなる。



 そろそろ眠ろうかと思い、赤崎がベッドに入り込んだ瞬間。彼女は突然部屋に入ってきて、赤崎のベッドに潜り込んできた。

「ちょ、るるわ⁉」

「自分が抑えられない……!」

「っ⁉」

 久々に聞く、るるわのタメ口。

 つい、恋人だった時のことを思い出してしまった。

「私は、まだ、割り切れてなくて。世斗が女の子とデートするのも、落ち着かなくて。兄妹だから、恋人になれないことも、結婚出来ないことも、わかっている。それはあの時にわかった。だから、だから……」

 目に涙を浮かべるるるわの顔が、すぐ目の前にあった。

「私を、一人にしないで……」

 こぼれる涙が、赤崎の頬に降りかかる。

 赤崎に対する想い。母親の死。

 そのどちらも、もう覆すことが出来ない。れなは生き返らないし、好きな赤崎とは一線を越えられない。

 努力すれば報われる、頑張れば夢が叶う、完全無欠なハッピーエンドにはなりえない。

 それが出来るのは物語の主人公になれるような、特別な人間だけだ。

 大人になるということは。明日を生きるということは、時として、努力してもどうにもならない困難を受け入れなくてはいけない、そんな時が来る。

 大事なのはその困難に対して、どう向き合うか、ということ。

 どうにもならない、辛いことも苦しいことも受け入れて、どうやって幸せを掴むのか、ということ。

 だけどそれは、誰にでも出来ることではない。

 現実を生きているとしばしば起きることなのに、とても難しいことだから。

 るるわもその内の一人であったのだ。

 母親の死と、赤崎との関係という運命を前に、心はどうしようもなく揺れていた。

 自分はこれから、どうすればいいのか?

 自分はこれから、前へと進めるのか?

 自分はこれから、幸せに生きられるのか?

 いや、それは出来ない、とどこかで感じてしまった。

 もう自分はダメだと、どこかで思ってしまった。

「世斗は、もう、私のことは……どうでも、いい?」

 るるわが不安に瞳を揺らしながら、こちらを見据える。

 その相貌はあまりにも尊くて、美して、思わず「そんなことはない」と言って抱き寄せてしまいたくなるほどに魅力的であった。

 だけど、そうはならない。

 それだけはあってはならない。

 あの時。二人が恋人から「兄妹」に戻った日に、二人は固く誓ったのだ。

 お互いを好きになったからこそ。本気で思い合ったからこそ。二人は一線を越えてはいけない、と決意したのだ。

「もう、俺達は……」

「わかっている。だけど、だけど……お母さんが殺されて。世斗は、どんどん私より前に進んでいるような気がして。そうしたら、私が一人きりで置いていかれるような、そんな気がして……」

「うん」

「だから、今夜は……しばらく、傍にいさせてほしい」

「わかった。それなら、大丈夫だよ」

 赤崎はそう言って、るるわの頭を撫でた。

「でも、でも」

「うん」

「まだ、やり直せるかもとか、そういうことも、考えている。本当は」

「うん」

「あの時、二人で決めたように……結婚は出来なくて、血の繋がりの壁があまりにも厚いから、もう元の関係に戻れないのも、わかっている。だけど……」

「うん」

「世斗のこと、誘惑、しちゃうから」

「そっか」

「……また明日から敬語に戻すけど。兄妹に戻りたくないって気持ちもあるってこと。わかってほしい」

「矛盾しているね」

「矛盾、している」

「でも、しょうがないね」

「甘えても、いい?」

「色々あったからね。しょうがないよ」

 るるわはすすり泣きをして、彼の胸に抱きつく。

 同じベッドで眠るのは初めてのことだ、と二人は思ったのであった。



 るるわとの関係に関して、彼だって完全に割り切れているわけではない。一度好きになった女の子なのだ。そう簡単に、振り切れるわけがないだろう。

 そして先ほど風呂場で起きたようなことがあると、ドキドキだってしてしまう。今日も隣にるるわが眠っていることに対してだって、緊張している。

 彼女は本気で、彼を「誘惑」している。言葉の通りだ。

 だけど一方で、やはり兄妹のままでいたい気持ちもあって……。

 その葛藤が今、るるわの中で渦巻いている。

「それにしても、るるわから見ると俺は前へ進んでいるように見えるんだね」

 赤崎はベッド脇に置いてある携帯を取り出す。昨日は、森咲から新着メッセージが届いていた。「色々落ち着いたら、また一緒に遊ぼうね」と書かれている。

 世間一般的には彼女はガールフレンドになるのだろうが……森咲は森咲で、一筋縄ではいかない。彼女は恋が出来ない、と語っていた。そしてその元凶となった出来事以来、自分の人間性が変わったとも。

「気になる女の子がいる分、たしかにそう見えるのかもしれないけど……」

 ふと、横に眠るるるわの方を見た。

「うう、うう……行かないで。お母さん。世斗さん……」

 今日もうなされているのか、また、泣き始めてしまった。しかも寝言つきだ。

「大丈夫。俺は、ここにいるから」

 赤崎はそう言って、るるわの頭を撫でた。しかし涙は止まらなかった。それどころかるるわは寝ているとは思えないほど、激しい嗚咽をし、「嫌、嫌、嫌……」「あ、ああ、あああ……」と苦しげに叫んでいた。これでは寝ている時、苦しくてしょうがないだろう。今のところ睡眠はとれるようだが、この調子だと不眠症にも悩まされるかもしれない。現にここ最近、彼女は深夜の二時、三時頃に目が覚めるようになっている。眠りが極端に浅いのだろう。

「俺が、絶対に、守らないと」

 るるわを抱き寄せながら、固く誓った。



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