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ゴット・チルドレン 終幕編

「君は、自分の両親が誰なのか、どうして私が君を引き取ったのか……気にならないのかい?」

 六年前のことだ。その日のことを、赤崎は今でも鮮明に覚えている。

「……あの。れなさん。こういうこと言ったら、変な子だって、思われるかもしれないけど。俺、もう、知っているよ」

「知って、いる?」

「うん。俺の中には……母さんがいる。母さんが教えてくれた。だから、知っている」

 れなは呆然としていた。当然だろう。

 赤崎の母親は死んでいる。それが、頭の中にいる?

 どうかしている、と思うのが自然だ。狂っている、おかしくなっている、なんて思われてもおかしくはない。

「意味不明なことを言っているのはわかっている。だけど、これは事実なんだ」

「……なら、言ってみるんだ。君の両親が、誰なのか」

「うん。俺の両親は――」

 彼の口にした「答え」にれなは息を飲んだ。

 ずっと教えなかったのに、彼の口にしたのは正解だったのだ。

「それだけじゃないよ。俺、全部、知っているんだ。母さんに無理言って、教えてもらったんだ」

「……え?」

「両親がどうして死んだのか。二人が、何者なのか。俺自身が何者なのかも。そして……れなさん。あなたが、俺の両親になにをしたのかも」

 そうして語られたのは、全て正解であった。

 ゴット・ファミリー計画のこと。

 父親から、赤崎 世斗を取り上げたこと。

 だから、れなは涙を流した。体はひどく震えていた。

 あらゆる感情が、彼女の体を打ちつける。

 ――赤崎の両親を死に追い込んだ一員は、当時研究員であった赤崎 れな、本人でもあるのだ。

 つまり、彼女は両親の仇でもあって。

 両親の人生を絶望へと追い込んだ人間でもあって。

 同時に、赤崎の育ての親でもあるのだ。

「ごめん」

 れなは涙を流しながら、赤崎を抱きしめた。

 許してほしい、という懇願もあった。

 だけど同時に、恨まれても仕方がない、という諦念もある。

 入り混じった感情は、しかし愛情がある故の煩悶であった。

 だから、謝った。

 心の底から、謝ったのだ。そうすることでしか、懺悔が出来なかったから。

「ごめん。君のことを、君の両親を、不幸にして。私は、私は……」

「れなさんは、なにも悪くない。仕方のないことだったんだ。だって、母さんが……れなさんのことを責めるなって。彼女はなにも悪くないって、言っていたから」

「君の帰る家は、ここだから。たとえ血が繋がっていなくても。君は、私の家族だから……」

「わかっている。全部わかっているよ、れなさん」

 赤崎はれなの懺悔を受け止めるように、なだめるように抱きしめ返す。そうして長い時間が流れて、れなは泣き止み、体を離した。

「ごめん。これじゃあ、どっちが大人かわからないね」

 れなは涙を手で払い、自身を責めるように言った。

「……一つだけ、聞いていい?」

 赤崎は、ずっと思っていた疑問を口にすることにした。

 こういう時にしか、改めて聞くことが出来ないくらい、繊細な質問だったから。

「……なに?」

「どうして、俺を引き取ってくれたの?」

 話を聞いた時、真っ先に浮かんだ疑問がそれであった。母親には聞いたのだが「私の口からは、なんとも言えないわねえ。うふふ。それにあなたには、まだ早いわ」とも言っていたので、真実はわからないままであった。

「決まっているでしょ」

 れなは少し気恥ずかしそうに顔を赤くし、笑顔を浮かべながら迷いなく即答した。

「君が、大好きな人の子供だったからだよ」



 丹治はイライラとした様子で車を飛ばしていた。向かうのは中村が務めていた研究所。時刻はそろそろ六時を迎える頃だ。

彼は青谷と別れた後、泉 聡が勧誘した研究員について調査を開始していた。が、その調査は間もなく打ち切られることとなる。

驚くべきことに、ほぼ全員が亡くなっているのだ。

しかもその全員、クリーチャーの被害を受けている。

偶然? いや、ありえないだろう。いくらなんでも、そんなことはありえない。何故、このことを今まで誰も疑問に思わなかったのか? 当時の捜査本部は調べなかったのか? 否、違うだろう。調べられなかったのだ。今回と同じように、捜査の途中で国から圧力をかけられ、真実は闇に葬られたのだ。

「ふざけんな!」

 赤信号で止まるなり、丹治は怒鳴り声を上げた。

 なにもかもが、苛立ちの種になる。

 ここまで怒りが溢れてくる事件は、初めてであった。

 国が真実を隠している。嘘をついている。こんなにも人が死んでいるのに。人が殺されているというのに、国民へ開示されるのは偽りの真実だ。

 そんなことは間違っている。

 そんなことは正しくない。

 丹治は子供の頃から、変わらない信念があった。「真実は正義。嘘は悪」というものだ。これは彼の父親の教えによるところが大きかった。丹治の父親も警察だったのだ。だから丹治に対して、強い正義心をもって生きるように教えていた。そしてその教えの影響を受け、丹治は警察になり、悪を憎み正義を守るようになったのだ。

 それなのに――この事件は、なんなのだ?

 憶測が当たれば、背景には魔法使いの人体実験がある。そしてどういうわけか、遺伝子の研究員がクリーチャーによって殺されている。

 そもそもクリーチャーは何故、日本にだけ誕生した?

 政府はその原因がわからず、クリーチャーを正体不明の生物、とだけ発表した。

それは本当なのか?

それすらも、なにか隠しているのではないのか?

ここまで来ると、なにもかもが疑わしく思えてくる。

……とんでもない一件へ首を突っ込んでいるのはわかっている。

日本が魔法使いの人体実験を行っていることが露呈すれば、アメリカとの関係に深いヒビが入ることになる。なによりも、魔法連盟の条約に違反する。日本はなにかしらの重い制裁が加えられることとなるだろう。

それがどれだけ大変なことなのかも、わかっている。必死に隠蔽をしている理由にも、納得がいく。

だけど。その上で、丹治はどうしても許せないのだ。こんなことは間違っていると。

日本へどんなに厳しい制裁が加えられようとも。

そのことによって、どれほど国民から非難を浴びせられようとも。

嘘だけはいけない。真実を隠して、偽りを貫いてはいけない。そんなことをするくらいなら、真実を白状して、しっかりとその罪を償う方がいい。それが「正義」というものだ。

「とにかく、あの女がなにか鍵を握っているはずだ」

 泉 聡が声をかけた研究員の中で、生存者がいる。丹治が今から会いに行こうとしているのは、その人物だ。

 名前は――赤崎 れな、という者だ。



 ゼータ連盟長は単身、日本へとやってきていた。

 空港からタクシーに乗り、高速道路を走る。外の夕日が美しい。

(日本、久しぶりだ)

 ゼータ連盟長はそんな些細な感慨に浸った。

 しかし当時日本にいた頃の自分は、あまりにも狂っていた。

 ――ゴット・ファミリー計画。

 魔法使いという異能者が現れたと聞いた途端、ゼータはすぐにそれを「ビジネス」という四文字に結びつけてしまった。

(ああ、私はなんて愚かなのだ)

 魔法連盟は、魔法使いを独占するための組織じゃない?

 よく言ったものだ。あんなものは、詭弁だ。結局、アメリカは魔法使いという強力な力を独占したいのだ。魔法連盟はその「名残」だ。元々ゴット・ファミリー計画は魔法使いを独占するために作り出されたもの。ようするに、国は魔法使いを「軍事力」と「外交のカード」として利用しているのだ。

 そもそもゴット・ファミリー計画は魔法連盟が掲げている「魔法使いを人体実験の対象にしてはならない」というルールを破っている。つまり、魔法連盟創立前から日本とアメリカはルール違反をしているのだ。

世間体としては魔法使いの味方を名乗っている。

たしかに、今はそうだ。

だけど、過去は違う。

 愚かなことだとは、わかっている。しかしゴット・ファミリー計画という「過ち」があったからこそ、今は魔法使いの「味方」でいられるのだ。

(私利私欲のためにアダムを、いや……アカヅカ トウヤを苦しめたその罪を、私は償わなければいけない。私達の研究のせいで、たくさんの人間が死んだ。世界中に魔法使いが生まれた。世界は混乱の渦に巻き込まれ、世界情勢は緊迫した。だけど、これ以上の犠牲者は減らしたいのだ)

 ゼータ連盟長はその改心で大統領になり、魔法使いを守ろうとし、そして今は魔法連盟の連盟長となった。

 アメリカの魔法の力を独占したい、という思い。

 その思いを叶えながら、魔法使いの保護を叶える方法。それが彼の作った「魔法連盟」であったのだ。

 そして今も彼は、償いのためとある場所へと向かう。

 町中でタクシーを降り、赤崎 れなが指定した所へ向けて歩を進めた。

「私はもう、逃げも隠れもしない。正義のために、魔法使いのために」

 彼は今から、神塚 統夜の元へ――アダムの元へと、向かう。



(……電話にも出ない)

 赤崎は台所で何度もれなに向けて電話をかけていた。

 動揺が隠せない。先ほど若い女の刑事が「ゴット・ファミリー計画」について聞いてきたのだ。れなさんへ向けて、チャットアプリでメッセージを飛ばしたら「大丈夫。なにも悪いようにはならないから、あなた達子供は安心しなさい」と返信が来た。

 あの計画の背後にはゼータ元大統領と、外務省の泉 聡がいる。つまり、国そのものが背後にあるのだ。しかし一方で、決して表ざたにはしてはならない事柄でもある。それをどういうわけか、警察がこそこそと嗅ぎまわっているのだ。

「嫌な予感がする」

 れなは遅くなる時、決まって連絡をよこしてくる。それが今日に限って、ないのだ。

 なにかが裏で動いているのは、もはや確信へと変わる。

 泉 聡の自殺。

 クリーチャーによる殺人事件。

つまり、アダムによる復讐。

 アダムがクリーチャーを操れることは、頭の中にいる母から聞いていた。生前、彼はこのことを妻にだけは明かしていたのだ。そしてクリーチャーは本来、人を襲わないことも教わった。彼らはなにかを食べなくても、生きていける。故に人間を襲う理由などないのだ。

だから赤崎はクリーチャーによる殺人の報道を見たさい、「あの人が動き出した」と口にした。自分の父親――アダムがなにかやったと、知ることが出来たのだ。

研究所をクリーチャーで滅茶苦茶にしたのも、彼の指示だというのは容易に想像出来た。

 そして今回、警察が「ゴット・ファミリー計画」を口にした。

「なにが起きているんだ、一体……」

 もしかすると、もうこのことを隠蔽する限界が来ているのかもしれない。

 元々、被験者であるアダムとクリーチャーが存命し、復讐に走っている。隠し通すのは無理がある。明るみに出ても、なにも不思議ではないだろう。

「……世斗さん。お母さん、出ない?」

 不安そうな表情を浮かべながら、るるわが台所へやってきた。彼女も先ほど警察から聞き込みを受けた。相手の若い女刑事は深くは追及して来なかったが、「なにも知らない」と返答した後は、何故かひどく動揺していたのを二人はよく覚えている。

「そうだね。まあ、帰ってくるのを待とうか」

「……」

「るるわ?」

 赤崎は狼狽した。

 るるわは脈絡もなく、突然、瞳から涙を流し始めたのだ。

「どうしたらいいか、わからない……」

 ポロポロ、と涙が零れていく。そしてるるわは溜め込んだものを吐き出すように、感情のまま言葉を紡いでいく。

「今まで、ずっと、いつも通りに過ごして来ようと思ったけど……もう、無理。どうしたらいいか、わからない。どうしても、わからない」

「待って、落ち着いて。るるわ。無理しなくていい。まずは、落ち着こう」

「お母さん、最近、変。夜中にこっそりと、家を抜け出すようになった」

「……」

 赤崎は息を飲む。

 そんなこと、ちっとも知らなかったのだ。

「だから、だから、私、ダメだと思いながら……こっそり、後をついて行った。そうしたら」

「そうしたら?」

「人気のない、使われなくなった工場地帯で、誰か、知らない男の人と会っていた。白い髪の、身長の高い男の人。お母さん、その人のことをこう呼んでた……アダム、って」

「なっ……⁉」

 戦慄と驚愕が同時に、体中を走った。

 れなが夜中に、神塚 統夜と、父親と密会していたのだ。

 赤崎は思わず、るるわの両肩を掴み詰め寄った。

「どうして⁉ いや、それよりも……どうして、アダムの居場所を知っているんだ⁉」

「わからない。わからない……!」

 首を横に振るるるわを見て、赤崎は我に返った。動揺しているのは彼女も同じだ。

 そしてふと、れなが「るるわの様子がおかしい」と言ってのを思い出した。もしかするとあの時言っていたのは、このことなのかもしれない。

「ごめん。わけがわからないのは、るるわも同じだよね」

 少し冷静になり、赤崎は謝罪した。

 それにるるわは、ひどい罪悪感を覚えた。

(こんなこと、どう伝えたらいいのか、わからない……)

 本当のことを言うと、実は、るるわはれなとアダムの関係を知っていた。

 二人があの人気のない場所でなにをしていたのか?

 目を疑ったが、あれは間違いない。二人はあの場で愛し合ったのだ。二人は肉体関係にある。だけどそんなこと、るるわが赤崎に説明出来るはずもなかった。

「行ってみよう」

「え……?」

「れなさんとは連絡がとれない。嫌な予感がするんだ。また、アダムと会っているのなら……放っておけない」

「でも、でも……」

 るるわは困惑した。

 怖いのだ。不安なのだ。なにか決定的なことが起きるような、そんな気がして。赤崎とアダムを会わせたくない。会わせちゃいけない。そんな気がしたのだ。

「わかった。俺一人で――」

「ダメ!」

「るるわ。ごめん、俺は……アダムに会いたいんだ。れなさんにも、るるわにもこのことを言わなかったけれど」

「……それなら、私も行く」

「いいの?」

 るるわはこくりと頷いた。

「お母さんのことも、世斗さんのことも、放っておけない」



 電話が何度も震える。れなは目的地である廃墟の工場地帯まで車で到着した後、電話の電源を切った。

「あーあ、ごめんね……」

 れなは届かないとわかりながらも、二人へ向けて謝罪を口にする。

 赤崎の元には、警察が来たらしい。

 そして母親として直感で、ここ最近上手く隠してはいるが、るるわの様子がおかしいことは薄々感づいていた。

 つまり――二人はなにか、真実を掴んでしまった可能性がある。

 二人からなにか言及される可能性がある。

 だけど、今はその時ではない。今から彼女はアダムとゼータ連盟長の二人を引き合わせなければならない。

 そしてそれは……復讐の終着点を意味する。

 研究の関係者で生きているのは、もう、れなとゼータ連盟長の二人だけ。

 つまり。

「もう、会えないかもね。私達」

 復讐の対象は当然、元研究者であるれなも含まれる。

 だけど彼女にはまだ、アダムを……神塚 統夜を愛する気持ちがある。バーで出会った、優しすぎる戦場カメラマン。あの時の過去の幻想に、まだ深く恋しているのだ。

 もちろん、今の彼はもはや別人。アダムだ。優しかった神塚 統夜ではない。だけど、そんなことは些末なことであった。それくらいに、彼女は彼を深く愛している。愛してしまっているのだ。

 肉体関係を迫ったのも、彼女からだ。

 それが復讐に協力する見返りだったのだ。

 例え向こうから愛する気持ちを向けられなくても、良かったのだ。

 その行いがどれほど女として、人として、狂っているのかはわかっている。それでも、彼女はアダムに形だけでも愛してもらいたかった。

 それにこれは、わずかながらの希望でもあったのだ。

 いつかアダムが自分を本当に愛してくれる日が、来てくれるような気がして。

 そうしたら、きっと、この悪夢のような復讐も終わるような気がして。

 あわよくば結婚して、世斗とるるわと四人で暮らして。

 過去に犯した罪は、研究によるむごたらしい過去は、全部消えはしないけれど。

 そんな辛いことを乗り越えて。

 全部和解して。皆仲良く、笑い合って、家族として幸せに暮らす。

そんな幻みたいな、物語のような後味の良い、ハッピーエンドがあってもいいじゃないかって。

そう思っていたのだ。

だけど、現実はいつだって上手くいかない。

「はあ。女としての武器全部使っても、落とせないなんてねえ」

 自虐的な独り言を呟きながら、れなは車を降り、倉庫の中へと入った。

「……懐かしい顔だ。ミス・アカザキ」

 呼び出しておいたゼータ連盟長が、目を細めてれなへそう声をかけた。

「ええ。お互い、歳をとりましたね」

「ははは。なに、あなたはまだ、美人ですよ。増えた皺は、大人のレディの魅力さ」

「ありがとうございます」

 軽く会釈をする。

 よくもまあ、こんな状況でアメリカンな冗談など飛ばせるものだ。これから彼は、殺されるのがほぼ確定だというのに。

「――さて。役者は揃ったようだね」

 そして。

ガラスのように、透き通った声が倉庫内に響く。

 悠然とした足取りで、開けっ放しの入り口から現れたのは――アダムであった。

「ミスター・トウヤ……いや、アダム」

 ゼータ連盟長が、鋭い視線を向ける。

「今日は、君にどうしても伝えたいことがあって来たんだ」

「ふーん。いやね、驚いたよ。こんな無防備に一人でやってくるはずがない、と思っていたのだけれど。警戒して周りを見ても、ドブネズミ一人迷い込んだだけ。ゼータ連盟長。あなた、狂っているのかな?」

「……待て。ドブネズミ一人? どういうことだ?」

「こいつのことさ。もっとも、これはあなたではなく……君の失態のようだけれどね。どうやら、後をつけられていたようだよ」

 アダムがちらりとれなを見やる。私が? とれなは首を傾げる。そしてアダムは指をぱちん、と鳴らす。

「がああああああああああああああああっ⁉」

 瞬間、男の外で悲鳴が上がった。

「なっ……」

 れなが息を飲む。

 静かな足音と共に倉庫内に入ってきたのは、異形の化け物。全長2メートルはある、巨大な蜘蛛なのに、その頭部は1メートル近くある、男の人間の青い顔になっている。

 クリーチャーはでかい口を広げ、一人の男を――丹治警部を銜えていた。その力は凄まじく、どんなに暴れても離れることはなかった。それどころか、ゆっくりと黒い歯はギリギリと体に食い込み、骨と内臓を軋ませていく。足元にまとわりつく体液と、生暖かさが気持ち悪い。丹治警部はパニックに落ち、絶叫した。

「やめろ、やめろ! 離せえええええええええええええええええ!」

 だが、アダムは聞きもしない。

 罪悪感など、人の感情など、とうに捨てているのだから。

「たったの五体だけれど、我が子には光を屈折させて、姿を消す能力があってね。もっとも、これは僕が全能だった時に、意図的に与えた力なんだけれどね。このおかげで、我が子は駆逐されずに済んだ。そしてこのように、不意打ちも出来るしね。あははは」

 アダムは楽しげに、そんな解説をした。

 これほど大きいクリーチャーが駆逐されず、人々の目につかなかったのは、そういった能力が起因していたのである。

「やめろ、アダム! その男は、無関係じゃないのかね⁉ 君が殺したいのは、彼じゃないだろ!」

 ゼータ連盟長が声を上げる。

 なにがおかしいのか、アダムは笑い声を上げるばかり。

 丹治警部はアダムを、ゼータ連盟長を、れなを睨みつけた。

「俺を殺しても、優秀なデカがお前らの悪事を暴く!」

 勇猛果敢に、力強い声を上げた。

「正義は必ず勝つ! 真実はいつか、必ず明るみに出る!!!」

 そう訴えた瞬間、クリーチャーの歯はぎぎぎぎぎぎぎという歪な音共に、丹治の腰に食い込んでいく。肉は避け、赤い血か零れていく。

「がああああああああああああああああああああ⁉ いい、いいい、いだいいいいいいいいいいいいいいい! いだいいいいいいいいいいいいいいい」

 拷問のような痛み。苦しみ。徐々に加えられる、残虐な殺し。

 一瞬で殺すことなど、造作もないだろう。なのに、アダムはそうしない。

 まるで自分の苦しみを、他人に押し付けるかのように。

「やめろ、アダム!」

 ゼータ連盟長が叫ぶ。

 れなは恐怖のあまり、口が開けなかった。復讐に協力したとはいえ、殺しを目の前で見るのは初めてだ。

「ぎいいいいやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 耳を塞ぎたくなる叫び声を最後に、呆気なく、丹治の体は真っ二つに噛み砕かれた。

 ぼどん、という音と共に丹治の上半身が落ちる。残った体がビクン、ビクン! と数回ほど痙攣した後、ぴくりとも動かなくなった。

「真実は必ず明るみに出る? 正義は必ず勝つ? やれやれ、今時、二流の刑事ドラマでも、もう少しボキャブラリーのあるセリフが出てくるよ」

 アダムは呆れたように、肩をすくませた。

 彼の前では人々の信念なんて、ただ踏みにじられるための玩具にすぎなかった。

 かつては同じようなものを持っていた。だけど、それは神塚 統夜としての信念。今の彼、アダムにはそんなものがない。

「……我々は、君という悪魔を生み出してしまったのだな」

 ゼータ連盟長が、怒りの籠った視線をアダムへと向ける。

 それに対し、彼は笑顔を浮かべる。歳に似合わない、子供のような笑みであった。

「さて。遺言を聞いてあげよう、ゼータ連盟長。ここまで一人で堂々と来てくれた礼だ。それくらいの礼儀は、僕にだってある」

「その前に。一つ、聞いていいか?」

「はあ。なんだい? 今更、なにを聞きたいって言うのさ?」

「何故、今になって復讐を再開した? 君はこの二十年、なにをしていた?」

「何故もなにも、そうするしかなかったからさ。あれほどの大魔術をやったからね、大きな代償を支払ったのさ。以前に少しでも近い魔力を取り戻すために、休んでいた。それだけさ。禁断の果実は少しずつ、僕に魔力を与えてくれた。この世界には今、常に魔力が溢れているのさ。それを吸収できる人間と、そうじゃない人間がいる。僕はもちろん、後者だ。それも無尽蔵に魔力を吸収出来る、そんな人間ね。ただ、どうも一日に供給出来る量、なによりも僕自身のキャパがすぐに回復する、というわけにもいかなくってね。二十年たった今でも、全盛期の半分にも満たない魔力だよ。それにさ、当時の研究員の足取りを掴むのだって、容易じゃないしね。色々と調べものをしていたのさ」

「……だから、ミス・アカザキに協力を煽ったのか」

「まあね。質問はそれだけかい?」

「ああ。丁寧な解答、礼を言う。そして、ここからが本題だ。アダム。私達は、自分達がどれほど重い罪を犯したのか、わかっている。だからこの命、惜しいとは思わん。殺されてもいいと、心底思っている。ましてや、君にならば」

「正気とは思えないね」

「それはお互い様だ。だがな、大罪を背負っているのはもはや、君も同じことなのだ」

「ふうーん?」

「君は、たくさんの人間を殺した。君は、たくさんの人間に恐怖を与えた。君の中に、かつての戦場カメラマンとしての強い心が残っているのだとしたら! 君の中に、少しでも正義の心が残っているのだとしたら! 罪を償え、アダム!」

「うん、断る。そしてさよなら」

 アダムは右手を伸ばし、魔法陣を形成。

 そこから赤い炎は放たれて、ゼータ連盟長の胸を穿った。ばたん、と後ろへ強かに倒れる。悲鳴も上がらず、呆気なく一つの命は奪われた。

「……ゼータ連盟長が、どれほどの覚悟でここに来たか、伝わらなかったの?」

 れなはろくな返事が来ないだろうとわかっていながら、そう問いかける。

「うん。なんというか、英雄だよね。まさに正義、ヒーローだ。だから、敬愛を込めて一瞬で殺してあげた。痛みも感じなかったと思うよ」

「あ、そ。それで? これからどうするの? 関係者は、あと私だけだけど」

 これまでたくさんの協力を惜しまなかった。研究者の居場所を提供したり、捜索したり。全ては彼のために。そしていつか、元の優しい心を取り戻すなんていう、淡い希望のために。

「殺すよ。今までお世話になったね」

「……そ」

 もう用済みというわけか。わかっていたとはいえ、やはり、ろくでもない研究に関わった悪人の末路は、バットエンドであった。

 だけど、最後に一つだけ。

 れなにはどうしても、伝えたいことがあった。

「あのさ。私も、最後になにか言ってもいいわけ?」

「ん? ああ、なにかあるならいいけど。なに?」

「私が、どうして研究に参加したのか。どうして、人工授精であなたの子供を産んだのか。あなたにわかる?」

 問いかける。

するとアダムはあっけなく、返事をした。

「さあ? 知らないよ」

 まるで心底興味がない、という有様であった。

「こんな簡単なこともわからない、か。本当、すっかり人としての心が無くなってしまったのね」

 研究者がこんな非道な研究に参加した理由は、大体決まっている。

 自分が勉強してきたことが、国の大きなプロジェクトに役立つことが出来るという、研究者としての名誉のため。

 単純に、莫大に積まれた報酬に目がくらんだ者。

 研究者としての探求心のため。

 大方、そういった類のものだ。

 だけど、れなにとってそんなものは些末であった。

 研究に参加すれば――神塚 統夜との接点が、わずかに出来る。

 たった、それだけだった。

「愛している。神塚 統夜」

 アダムと呼ばず、心の底から愛した人の名を呼び。

「そう。じゃあ、さよなら」

 それに対してなにも感慨にも、罪悪感にも浸ることなく。アダムは赤い炎を再び放ち、れなの胸を穿った。

 ぼとん、という無機質な音と共にれなは倒れる。愛した男のために生きた赤崎 れなという人物の最後は、そんな呆気ないものであった。

 そして、その瞬間である。

「……おかあ、さん???」

 一人の少女と少年が、その場に駆けつけた。

 アダムは成長した二人のことを、一目でわからなかった。

 だけど、この二人は紛れもなく彼の子――世斗と、るるわなのだ。



「お母さん、お母さん!」

 るるわが一瞬にして死体となったれなの元へと駆け寄る。

 だけど、全ては手遅れであった。

 れなの胸元には大きな穴が開き、断面は赤い魔術痕が煌々と輝いている。

「あ、ああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 るるわが慟哭を上げる。

 倉庫内に、虚しく響き渡った。

 あまりにも痛々しいそれは、聞いていられないほどの哀切さが籠っている。

「――っ⁉」

 赤崎がそれに歯ぎしりをしたあと、辺りを見渡す。他にも死体が二つ。誰がやったかなんて、問うまでもない。

「たくさんの人間を……れなさんを殺したな!!!」

 れなの元へは行かず、少年はアダムと対峙するように佇む。まるでそれが、自分の運命なのだと悟っているかのようであった。

「……君は?」

「赤崎 世斗。こっちは、妹のるるわだ」

「……まさか。だって、その名前は」

「あなたの、子供だ」

 さすがのアダムもこれには動揺するようで、息を飲んだ。そして彼は父親のような、だけど子供のような――わけのわからない、歪な笑顔を浮かべた。

 自分の子供の名前は、赤崎 れなから聞いていた。そして彼女が二人を引き取っていたことも。彼女は頑なに、二人をアダムに逢わそうとしなかった。

 それもそのはず。母親として、研究の関係者に報復する男に、今更父親として会わすわけがない。

当時の赤崎 れなは言った。

――あなたは父親。復讐を止めるというのなら、二人に会わせる。だけどそうじゃないのなら、会うのは止めて。復讐者であるあなたに、彼らの父親を名乗る資格はない。

アダムは人としての心は壊れていたが、こと自分の家族に関しては人並みの感性を保っていた。彼は自分の子に会いたい気持ちを抑え、復讐を改めて誓ったのだ。

「そうか、そうか! これこそ、まさに運命! たしかに、言われてみると面影があるよ! 特に、我が息子よ! 君は男の子だけど、母親似だね。優しそうな顔が、優子にそっくり――」

「今まで、何人殺してきた?」

 赤崎は淡々と、問いかける。

 その冷たい声音に、アダムの笑顔は消えた。そして悲しげに目を細める。

「……わかっていたさ。君達は僕の子だけれど、家族にはなれない。家族とは血の繋がりではなく、心の繋がりなのだから」

 人の心が壊れた彼でも、さすがに自分の子供を手にかけるほどの嗜虐性はないのだろう。

 アダムには敵意はなく、丹治やゼータ連盟長、そしてれなのように殺そうとはしなかった。彼の脳裏に、そんな考えは浮かばなかった。

「僕は孤独なのさ。君を失い、優子を失い……全てを、失った」

 嘆くように、憂い気にアダムは天を仰いだ。

 彼のやってきた復讐は、決して許されてはならないもの。

 だけど同時に、彼の身に襲ってきた悲劇は、想像を絶するほどの苦しみを伴うものであった。そうして魔法使いを巡るこの事件は、たくさんの絶望を生むことになったのだ。

「あなたの悲しみは知っている。だけど、それを誰かに押しつけちゃいけなかったんだ」

 赤崎は叫ぶ。

「俺は全てを知った。いつかこうなる気がしていた。あなたに会えるような、そんな気が。その時は、きっと、俺があなたを止めなくちゃいけない」

 右腕を伸ばす。手先からは、赤い魔法陣が展開された。皮肉にも、アダムと似た色の魔法陣であった。だが、それを見たアダムは懸念そうに目を細める。

「その魔法陣……ああ、なるほどね」

 禁断の果実、魔法の力をばらまいたアダムは、その張本人だけあって、この世界のあらゆる魔法を一目で分析することが出来る。

 故に、わかってしまった。

「君の力は、禁断の果実によって得たものだ」

 つまり、遺伝じゃない。

 赤い色というのは同じだが、似ているだけだ。もしかするとそこは遺伝しているのかもしれないが……その魔術、魔力の本質は全く違う。

 だが、このことは薄々勘づいていた。

 どういうわけか、クリーチャーには自身の魔力を吸われていることに気付いていた。だが、それ以外にはなにも感触がなかったのだ。ようするに、人間と人間の子供には、魔術の遺伝はしないのだ。

「だけど、動物には違うなにかがあるのか、あるいは……なんて、そんなこと、僕には全く興味ないけれどね」

 魔術の研究など、アダムにとって興味などあるはずがない。

 それよりも、今は目の前の問題をどうにかしないといけない。

「我が息子よ。君は、僕の悲しみを人に押しつけちゃいけない、と言ったね。それは違うよ。そもそも僕は、そんなことのために彼らを殺したわけじゃない」

「復讐のため」

「違う。裁きだ。これは、僕の力を欲しようとした、愚かな人類への鉄槌なんだよ」

「……っ、まだ、人を殺す気なのかよ!」

 赤崎が顔をしかめる。

 計画の加担者がいなくなった今。誰かを殺す必要はない。

 本来ならば、そうだろう。

 だけど。

「うん。もちろん」

 アダムはあっさりと、そう答えた。

「必要な限り、鉄槌の夜は明けない。あくまでも、計画に深く関わった奴らは優先順位が上、というだけさ」

「裁かれるのは、人類じゃない! あなた自身だ――アダム!」

「僕をどうするというんだい?」

「俺の命に代えても、あなたを止める!」

 赤崎は叫びと共に、魔法陣から炎を放った。



 るるわは息を飲んだ。赤崎が口にした覚悟は、彼女が把握していた以上のものであった。

 毎晩鍛錬していた理由。それが、この瞬間のためだったのだ。

 なにかあるとは思っていたし、嫌な予感もしていた。

 だけど、こんなに彼を強く駆り立てるなんて、思いもしなかつた。

 良かれ悪かれ、彼もまた、父親に似たのだ。

 どこか歪だけれど、美しく強い優しい心。

 世界の痛みを、まるで自分のもののように感じ、そしてどうにかしなければと立ち上がれる、圧倒的な責任感。

 赤崎 世斗には、神塚 統夜と同じようにそれがある。

 彼らは結局のところ、親子だったのだ。

「世斗さんが、殺される……⁉」

 るるわは体を震わせる。

 だけど、彼を引き留めることも、戦闘に加担することも出来なかった。

 魔術は人間には遺伝しない。アダムの予想は、当たっている。事実、るるわには魔法が一切使えないのだ。

「どうしたら、どうしたら……」

 なにも出来ず、るるわはただただ、悲しみに打ちひしがれていた。

 その時だ。聞き覚えのある若い女性――如月の声が、かけられた。

「――大丈夫です。私達警察が、あなた達を必ず守りますから」

 正義の味方が、絶望と悪を打ち砕くため、颯爽と現れた。



「……やれやれ。その程度の魔法で、僕をどうにか出来るとでも思ったのかい?」

 赤崎の渾身の一撃は、しかしアダムの防御魔法陣に阻まれた。

「くそっ……⁉」

「一つ、教えてあげるね。君達人類に与えられた魔術は、言うなれば僕の「劣等品」にすぎない。むろん、あの魔術で僕は多くの力を失い、かつて「アダム」と呼ばれるほどの圧倒的な力は無くなったけれど……それでも、魔法の「オリジナル」であることには変わりない。その魔術。伸びしろのある若さに加えしっかりと鍛錬を積んだようだけど、与えられた魔術を成長させても、僕を超えることは出来ないのさ。仮に上手くいったとしても、行きつく先は、かつての僕の力の一部なのだからね」

 アダムは饒舌に喋りながら、ため息をつく。

「僕は君と争うつもりはない。このまま、逃がしてくれないかな?」

「断る」

「困った子だ……と、っ⁉」

 言葉の終わりと同時に、目にも止まらぬ速さでそれは起きた。

 アダムは焦燥し、切迫とした表情を浮かべながら、再び防御の魔法陣を前方へ放つ。しっかりと「敵」を認識したわけではない。唐突に悪寒を感じ、ほとんど直感で、出来るだけ広く防御の魔法陣を前方へかざした。敵が見えていないため、これで攻撃を防げる確信がなかった。

 ガギン! という金属音が鳴り響く。

「雑談に花を咲かせている間が、一番の隙だったが。そう簡単に上手くはいかないか」

 攻撃を弾かれた青谷が、舌打ちと共に後ろへ大きく跳躍。

一気に五メートルは飛んだだろうか。それも凄まじいスピードであった。その動作だけど、人間離れしていることが如実に現れている。

「警察だ。殺人、及び魔法法違反の容疑で逮捕する」

 青谷が警察手帳をかざす。

 彼の体は今、全身が青いソーサリー・タトゥーが浮かんでいた。右手には氷の剣が握られている。

それを見たアダムは、息を飲んだ。

「なんだい、その魔力は……」

 冗談かなにかかと思った。自分以外の魔術は「劣等品」と吐き捨てた瞬間、さっそく自分の予想を超えるような魔術を目の当たりにした。

(魔力のリソースを、身体能力と身体強化へと全力で割いている……⁉ たしかに身体能力の強化は、魔力によって出来る。だけどあれだけの魔力量を割いたら、体がもたないはず……)

 アダムの言っていることは、間違いではない。

 この人類が与えらた魔術は、元をただせば所詮、アダムの力。彼のおすそ分けのようなものだ。

 だけど、その魔力を、力をどう扱うか。

 どう高めるかは、その本人によって委ねられる。

 アダムが思いつきもしなかった使い方や、目覚めさせ方をする者なんて、多く存在するのだ。彼らの行末は必ずしも、決定しているわけではない。



「赤崎 るるわさん。危ないので、この場を離れましょう」

 如月がるるわに警告する。だが、彼女は首を横に振った。

「世斗さんを、お母さんを……こんなところに、置いていけないです」

 例え自分がなにも出来ないとしても。

 二人を止められないとしても。

 逃げ出すことは、どうしても出来なかったのだ。

「……わかりました。では、私も残りますね」

「え……?」

「自分だけ逃げるなんて、出来ませんから」

 如月も同じように、この場ではなにも出来ない。アダム逮捕に貢献は出来ない。一応、超能力の副産物なのか、わずかながらに防御魔法陣を展開出来るが……体を消し去るほどの破壊力をもつあの魔法を防げる自信は、全くなかった。

 だけど、なにかは出来るかもしれない。

「るるわさん。応援は呼んでいます。時間を稼げば、あの人を捕まえられます」

「応、接……?」

「はい。ですから、あの二人には……それまで持ってくれれば、こちらの勝ちです」

 だから如月は、祈るような想いで青谷を見届けた。

 応援の指示を出し、彼は真っ先に飛び出したのだ。

(どうか、無事に帰ってきて……青谷さん!)



「部外者は殺す」

 アダムの言葉と共に、五体のクリーチャーが現れる。

 いつの間にか、奴らは天井に張り付いていた。異形の化け物達は一斉に、青谷の元へ襲い掛かる。

「――青谷さん!」

 如月が叫ぶ。

 だが、そこから目を疑うような光景が広げられることとなる。

「全く、悪趣味なペットだぜ。小さい子供が泣くぜ」

 青谷は不適な笑みを浮かべて茶化した後、全身のソーサリー・タトゥーが強く光らせる。瞬間、再び目にも止まらぬ速さで駆けていったのだ。さらに虚空に魔法陣を広げ、それを足場にし、空を華麗に舞う。

 彼が手に持つ氷の剣は、クリーチャーの体を真っ二つに斬った。不気味な絶叫が上げる。青谷は構わず、再び魔法陣を形成。それを足場にし、空を駆けた。二体、三体、四体、そして最後の五体まであっという間に斬り伏せていく。

「すごい……っ⁉」

 如月は息を飲んだ。

 彼の魔術は自身の身体能力強化に特化していた。だからこそ、ここまで人間離れした白兵戦を繰り広げることが出来る。

 そしてこの能力をより生かすために、毎朝早起きして体を鍛えていた。素の身体能力が高ければ高いほど、この戦闘スタイルはより一層の高みへ上ることが出来る。

「お前……よくも、僕の子供達を……⁉」

 クリーチャーをバラバラにされたアダムは、憎悪の瞳を青谷に向ける。

 魔法陣を形成。赤い炎を青谷向けて放つ。

 一つでも当たれば致命傷は確実。だけど、圧倒的な機動力を誇る青谷の前では無力であった。青い炎を回避。アダムの元へと近づく。慌てて防御の魔法陣を再び形成しようとするも、間に合わない。氷の剣はアダムの左肩へ命中した。

「ぐっ⁉」

 アダムが苦悶の表情を浮かべる。

 しかし青谷の剣は先ほどとは違い、彼の体を切断しない。刃を無くし、峰内にしているのだ。彼の目的はあくまでもアダムを無力化すること。命を奪うことではない。

「舐めないでほしいね!」

 だが、その甘さが致命傷になる。

結果、アダムは肩を脱臼した程度で済んだ。

 続いて、青谷が追撃の突きを放つ。が、これは右腕が作った防御の魔法陣が間に合う。剣が弾かれ、衝撃で青谷が仰け反る。アダムは素早く新たに魔法陣を形成し、炎を放った。

 青谷は横っ飛びし、辛うじて回避する。

 だが、炎が飛ぶ先には――如月がいた。

「なっ」

「君の魔法で防げるかな?」

「――っ⁉」

 意図がすぐにわかったが、それでも青谷は罠にかからざるをえない。

 青谷の魔術の性質は、全て見破られていた。

 彼の魔術は身体能力強化に特化している。しかしその分、他は弱いのだ。攻撃手段は氷の剣しかなく、火力はない。遠距離攻撃の類も出来ない。また、防御魔法陣に関しても同様で、他の魔術師よりも小さく、強度がもろいものしか作れない。

 だから、防御魔法陣は足場として使うようにし、身を守る術は機動力によってカバーするしかない。

 即ち――どうしても防御魔法陣を防御として使わなければいけない場面に陥れば、彼は脆いのである。

「間に合わない……!」

 如月を抱きかかえて離脱する時間はない。

 アダムの思惑通り、防御手段は一つ。防御魔法陣で彼女を庇うしかない!

 が、その前に如月の前に立ちふさがる者がいた。

「――君は」

「来ないで! 俺がやる!」

 真っ先に反応して駆けつけた、赤崎であった。

 彼の防御魔法陣に、炎がぶつかる。

「世斗さん!」

 るるわが叫び声を上げる。

「っ⁉」

 炎を受け止めた瞬間、凄まじい衝撃が走る。両腕で魔法陣を支える。ありったけの魔力を込めても、赤い炎はそれを穿たんと勢いを止めない。

 脳裏に、大切な人の顔が浮かんだ。

 義理の妹、るるわ。

 仲の良いクラスメイト、森咲。

 そして――殺されてしまった義理の母、れな。

「こんなもの!!!」

 裂帛の叫び。

瞬間、赤い炎と同時に、防御魔法陣は弾けて消えた。

「……やるね。僕の魔術と相殺だなんて」

 アダムが関心した声を上げる。

赤崎は日夜魔術の鍛錬に明け暮れていたのだ。とりわけ、防御の魔法陣には力を入れていた。何度も防御の魔法陣に攻撃の魔法を撃ちこみ、鍛えぬいた。攻撃魔術を鍛えるのは最大魔力を込めること。防御魔術を鍛えるのは、何度も攻撃を受けることにあると言われている。筋肉でいうところの、持久力とバルクアップの関係のようなものだ。持久力は防御、バルクアップは攻撃といったところ。

 そして彼は攻撃ではなく、防御に力を入れた。それにはきちんと理由がある。何故ならこの瞬間――赤崎は、切り札を手にすることとなるのだから。

「全く、無茶を、する……っ」

 駆けつけた青谷が、突如としてその場に崩れ落ちる。

氷の剣を手放し、全身を震わせていた。

「刑事さん……⁉」

「青谷さん!」

 赤崎と如月が同時に声を上げる。

 アダムは冷ややかに、青谷を見据えた。

「飛ばし過ぎだよ。肉体を魔力であれだけブーストすれば、当然、体の負荷は尋常じゃなくかかる。むしろあれだけ能力を底上げして、ここまで持ったのが奇跡なくらいだよ。常人じゃ一動作で動けなくなるだろうね」

「やれやれ。体は鍛えているんだがな……!」

 青谷はもう、立ち上がることもままならくなった。彼の筋肉はもはやボロボロで、限界を迎えているのだ。魔力で強引に動かしていたが、誤魔化しも不可能なレベルである。

 限界を超えた動きをすれば、当然肉体へのダメージは大きくなる。アダムの分析通り、彼は飛ばし過ぎたのだ。

 だが、これは仕方のないことであった。そもそも、相手が強大すぎる。クリーチャーに、大幅に劣化したとはいえアダム。それをたった剣一本で戦おうというのだ。状況的に、パワーを調整して戦い抜ける相手ではなかった。

「あとは、俺がやるよ」

 赤崎が一歩前に出る。青谷は彼を止めるように、口を挟んだ。

「でも、君の魔術じゃ……」

「つまり、俺の魔術じゃなければ、なんとかなる」

「……?」

 そして赤崎は、右腕を伸ばす。

 魔術を発動。ソーサリー・タトゥーが右手に浮かび上がる。そうして現れたのは――アダムと同じ色の、魔法陣であった。

「あなたの復讐を、あなたの力によって終わらせる!」

 宣言と共に、赤崎の瞳が赤く光り出す。その赤さもまた、アダムのものと同じであった。

「なに……⁉」

 アダムが驚愕の声を上げる。

 魔術を見極める彼は、すぐにわかった。

 赤崎が発動させた魔術は、紛れもなく。アダムの魔術そのものなのだ。

「俺は、一度だけ相手の魔術をコピー出来る能力が与えられた。だけど、不便な能力でさ。一度受けた魔法じゃなければいけない上、一度発動したらもう一度攻撃を受けないといけない。まあ、だけど、これほど威力のある魔法なら一度で十分。俺はずっと、あなたの魔術を受けられるのを、待っていた」

 そしてこれこそが、防御魔術を鍛えた理由。

 もとより、アダムに対してダメージを与えられる魔力を鍛えるなど、不可能だと割り切っていた。

 それならば、与えられたこの能力を生かす道を選んだ。防御を鍛え、相手の攻撃を一度受けきる。そうすれば、強力なアダムの力を一度だけ操ることが出来るのだから。

「――これで終わりだ、アダム!」

 赤崎は宣言と共に、魔法陣から赤い炎の魔術を放つ。やはり、彼のものではない。煌々と眩い光を放つ、アダムの魔力そのもの……!

「末恐ろしい子だよ、君は!」

 アダムは防御魔法陣を展開。

 凄まじい質量の魔力同士がぶつかり合う。キイイイイイッ! という耳をつんざくような金属音が、辺りに鳴り響いた。

「「――っ⁉」」

 不快な轟音と、眩い光の爆発によって一同は顔をそらした。

 その光が止んだ後――真っ先に、青谷が顔を上げる。

 さすがにひとたまりもないと思われた。

しかしそこに佇んでいたのは、傷一つついていないアダムであった。

「簡単な理屈さ。そもそも、全力の魔術じゃなかった。もっとも、もうちょっと力を入れたものをコピーされたら、まずかったけれどね」

 泰然とした様子で、赤崎の敗因を語る。

 人体を一瞬で消し去るほどの魔術を受けても、余裕で防ぎきる防御能力――もはや、強さの次元が違っていた。

「そん、な……」

 渾身の切り札を防がれ、赤崎は呆然とした。

 他人の力とはいえ、自身が放ち、そして一度攻撃を受けきったからこそわかる。あの魔術は到底防げるものではない。それなのに、あんなにも呆気なく受け流された。

「君、警察なんだよね? 応援を呼ばれたらたまらない。自分の子供を傷つけるのは不本意だけど……僕だって、まだ捕まりたくはない」

 アダムがすっと右腕を向ける。

「殺さない程度にやらせてもらうよ」

「っ」

 赤崎が構える。だが、青谷はもう行動不能。るるわ、如月にはほとんど戦闘能力がない。対して、アダムには有効な攻撃手段もなければ、防御の手段もない。

それになによりも、もう魔力が残っていないのだ。赤崎だってバテている。先ほど一度アダムの攻撃を受けたきったところで、もう戦う力は残されていない。

(なにか、手段はないのか……⁉)

 赤崎が歯ぎしりをした、その時であった。

 ――もう、二人で争う必要なんてないのよ。

 頭の中にいたはずの声が、唐突に、赤崎とアダムの間から聞こえてきた。

「っ、母さん⁉」

「な……優子、だと……⁉」

 驚愕に、赤崎とアダムが声を漏らす。

 二人の視線の先には紛れもなく、アダムの妻であった、生前の神塚 優子が佇んでいた。



 事態を呑み込めない一同に対して、神塚 優子は生前と同じ、たおやかな笑みを浮かべた。

「ふふふ。驚かせちゃったかしら」

「……これは、どういうことだい? まさか、生きていたとでもいうのかい? いや、そんなバカな。君の死は僕がしっかりと目にしたはずだ。それにその姿、あの時と比べてちっとも歳をとっていない。大体、今、君は、どこから現れたんだい?」

 アダムが動揺のあまり、質問を連続で口にする。

「ええ、ええ。あなたの言う通り、私は死んでいるわよ。けれどね、あなたの子を身籠った私は「魔力」を手にしたのよ。あなたは気がつかなかったようだけれどね」

「なに……そんな、ことが?」

「理屈はよくわからないけれどねえ。だって、彼女の方は力に目覚めなかったようだから」

 それは人工授精をした赤崎 れなのことを言っているのだろう。この辺りは計画が頓挫せず、研究を続けたらなにか解明出来たかもしれない。

「とにかく、よ。私はそのおかげか、死後に霊体化する力を手に入れた。残念ながら、あなたや人間の目には映らなかったけれどね」

 死後の彼女はそうして、霊体化した自分の無力さを呪った。神塚 統夜は狂い、世界は魔法使いに溢れ、赤崎 世斗は赤崎 れなに引き取られた。それらの出来事に、なに一つ関与できず、ただ見送ることしか出来なかった。力による霊体化というルール違反は出来たが、死者は所詮、死者に過ぎなかったのだ。生者に強く関与することが出来なかった。

「けれどね、私は誰か一人に憑依出来ることが、わかったのよ。ずっと迷ったわ。あなたに憑依するか。世斗に憑依するか。それとも、全く違う者に憑依するか」

 そうした煩悶の末、彼女は世斗に憑依することを選択した。

「それじゃあ、君は……ずっとその姿で、彼を見守っていたんだね」

 アダムがそう言うと、優子はこくりと頷いた。

「ええ」

「それは、羨ましい話だよ」

 復讐に走ることしか出来なかった彼は、そんな権利すら与えられなかった。

 自分が選択した道であるとはいえ――そこに苦しみが生まれないわけではない。

「そして最後に、もう一つだけ能力があるのよ。それが今、この瞬間。魔力を振り絞り、霊体を人々の目につかせることなのよ。思った以上に、時間がかかってしまったけれどね」

 それで争いの最中に関与出来ず、そして戦いの中赤崎に対してなにかを呼びかけることもなかったのだ。

「……もう、充分でしょう」

 優子はアダムに向け、諭すように言った。

「世斗はね、成長したのよ。一人前の男の子なの。良い母親と、妹に巡り合えた。彼にはもう、血が繋がらなくとも、家族がいるのよ。それにお友達もたくさんいて、仲の良いガールフレンドもいるんだから。この子、こう見えて中々隅に置けないのよ? だから、もうね……」

 優子は悲しそうに、けれど優しさの籠った表情を浮かべた。

「過去に捉われた、亡霊のような私達なんて、必要ないのよ」

「――っ」

 アダムは顔を歪ませた。

 過去に捉われた亡霊。

 二人を現すには、まさに適正な言葉であった。国の計画により、引き離された家族。それはどれほど理不尽なことか。

だけど、もう起きてしまった過去は変えられない。

失われた幸せを取り戻すことは、三人が一緒になれることは、絶対にありえないのだ。

赤崎 世斗は、二人がいなくても生きていけて。

アダムは、引き返せないほどの大罪人となっていて。

 優子は、死者となっている。

「僕は……」

 アダムは表情を歪ませ、涙を流した。

 優子はそれにゆっくりと寄り添い、肩を抱く。霊体であるはずの彼女は、高密度の魔力により、彼に触れることが出来た。

「許せなかったんだよ。悲しかったんだよ。優子を失って、世斗を取り上げられて、わけのわからない実験に参加させられて。だから、どうしても、人類に報復せざるをえなかった」

「わかるわよ。私もあなただったら、きっと、同じことをしていた」

「どうして、どうして僕らがこんな目に遭わなければいけない? 魔法の力なんて、どうでもいいじゃないか。こんなものがあっても、なにもいいことなんてない!」

「そうね」

「……赤崎 世斗」

 突如名前を呼ばれて、赤崎は二人を見やった。

 両親になるはずであった二人。母親が若い頃の姿のままだが、本来ならばこの二人と共に日々を過ごすことになったのだろう。そう考えると、二人に対してどんな言葉をかければいいのかと、迷った。血の繋がりがあるとはいえ、こうして顔を合わせるのは初めてだ。優子の方は頭の中にいたけれど、アダムに関しては初対面である。

「なに?」

「迷惑をかけたね。その守りに特化した魔法、僕の対策でしょ? 僕のやってきたことに対して、責任を感じさせてしまったようだね」

「それ、は……」

 戸惑う赤崎に、優子が微笑みかけた。

「ふふふ。この子、若い頃のあなたに似て真面目で感受性が高いのよ。他人の痛みを、自分の痛みのように感じることが出来る。だから、あなたのしてきたことに対しても、責任を感じていたのよ」

「この罪は、僕のものだよ。君には無関係さ。これからは、君には君の人生がある。僕のことは忘れることだね」

 そう言って、アダムが優しげな表情を赤崎に向けた。狂っていた彼からすれば信じられないほど、人間味のある表情であった。

「……俺を育ててくれたのは、れなさんだ。きっと俺にとって家族って呼べるものは、れなさんとるるわだ。だけど、二人がいなければ、俺はこうして生まれてこなかった。その事実は変わらないし、これから忘れることはないよ。だから、ありがとう。俺にとっての父さんと母さんは、あなた達だ」

 赤崎がなんとかそれだけ言う。二人は安心したような、けれど切なそうな笑みを浮かべた。アダムは優子の方を見やった。

「優子。共に行ってくれるね?」

「ええ。私達亡霊は、ここまでよ」

 アダムはこくりと頷くと、右手を空へ向けて伸ばした。刹那、二人の頭上に魔法陣が浮かび上がる。

「っ、まさか……」

 赤崎がはっとする。そして二人は、最後の言葉を彼に残してった。

「さよなら、我が子よ」

「世斗。元気でね、地獄の底から彼と一緒に、あなたの幸せを祈っているわ」

 魔法陣が煌々と輝きだす。赤崎は前へと駆けだした。

「待って――」

 しかし制止の言葉は届かず、赤い炎は二人を一瞬にして包み込んだ。アダムの魔法らしく、二人の体は塵一つ残らず、消えていった。

「……どうして、どうしてこんなことに」

 赤崎はその場で膝を折り、呆然と呟いた。そして今更ながら、れなが殺されたという真実に、打ちのめされた。

「れなさん。ごめん……助けられなかった……!」

 最後に彼女を見たのは、あの日の深夜だ。ノンアルコールのビールを貰った日。あんなものが、れなとの最後の会話になってしまった。

「あなたには、感謝しても、しきれないくらいなのに……」

 血も繋がっていないのに、ここまで育ててくれて。

 幼稚園の時は言うことも聞かず、魔法使いであることを公言して、迷惑をかけて。

 それなのに、どこまでも優しく母親として接してくれたのだ。

「こんなこと、あってたまるかよ!!!」

「世斗さん!」

 るるわが声を上げて、彼の元へと駆け寄る。赤崎は歯を食いしばって、震えながら涙をこらえていた。るるわはそっとその背中に寄り添い、涙を流した。

「青谷さん、大丈夫ですか?」

 如月が立ち上がれなくなった青谷を支える。

「ああ。全く、やるせない事件だったぜ」

「そうですね……」

「犯人は自殺。俺達に出来ることは、もうない。丹治警部も殺された。失ったものは……あまりにも多いな」

 青谷がそう呟いた後、複数のパトカーのサイレン音が外から鳴り響いた。

 ゴット・ファミリー計画。

 魔法の誕生によって起きた事件は、こうして幕を下ろしたのであった。



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