??? エピソード2
「――君。世界を変えるような研究へ参加してみないか?」
当時、遺伝子の研究員として働く赤崎 れなに、外務省の泉 聡からそんな話が持ち出されたのは、想い人がバーで見かけなくなった頃であった。
世界を変えるような研究――その単語に胸が躍った。研究者としての心がざわついた。
だけどその内容は自分が思っていた以上に、危険なものであった。
――紛争地帯にて、正体不明の「力」が確認された。
それはアジア人が起こした、見たこともない凄まじい力であったという。一部の人間からそのアジア人は日本人の男性だと、そう言った者が現れた。接触したのか名前を挙げた者もいたし、戦場カメラマンだと言った者もいた。
その日本人は戦いに巻き込まれ、捕まりそうになったところ、謎の「力」を使い逃げたのだと言う。
やがて日本政府及びアメリカ政府は極秘裏に紛争地帯へ兵隊を派遣。男の身柄の確保に動き出した。
その男こそがのちに「アダム」と呼ばれることになる人物――神塚 統夜であった。
そして驚くべきことにその人物は、あのバーで出会った真面目な戦場カメラマンだったのだ。
アメリカ政府は正体不明の力を操る神塚 統夜をどうにか科学的に解明し、その力を軍事力として利用しようと提案した。強大な軍事力と技術を独占出来れば、他国に対して大きなアドバンテージを得ることが出来る。そして日本政府はその計画に協力することとなった。協力することにより、アメリカとの関係をより良好なものへ、なによりも技術を共有することを目論んだ。
アメリカ、日本からは研究員が極秘裏に集められた。
赤崎 れなはその内の一人だ。
そしてこの計画を立案した政治家は、当時まだ大統領には就任していなかった、ゼータ・クラークであった。彼は繋がりのある日本の政治家、泉 聡と共にこの計画を進行させた。もちろん二人以外にも資金作りなどの目的のため、関わった政治家はいる。が、中心人物はこの二人となっていた。日本政府、アメリカ政府はこの動きを黙認。非道な研究はこうしてスタートを切ってしまう。
しかし研究はすぐに始まったわけではない。当たり前の話だが、まず神塚 統夜がそのような実験に応じるはずがないのだ。
極秘裏の計画であるが故、彼を拘束して実験させてもよかった。が、彼はそんなレベルの人間ではなかった。
当時、彼はまさに「神様」と呼ぶにふさわしいほどの力をもっていた。いきなり物が爆発したり、瞬間移動したり、凄まじい威力の炎や光を放ったり。もはやなんでもありであった。核兵器でも持ち出さない限り、彼を殺せる気がしなかった。
そのため、実験には彼の同意がどうしても必要となった。
金、生活の保障等、あらゆる話を持ち出して彼を実験に協力させようと交渉。
当時の神塚 統夜の絶望は、言うまでもない。
国に目をつけられ、どこへ逃げても追いかけられる。そしてあらゆる餌をぶら下げ、自分を利用しようとする。
結婚をした彼に、平穏な日々は与えられなかった。また、力を紛争地帯で見せてしまったため、下手な動きも出来ない。それは国からも注意をされた。その力を使えば、疑われるのは日本なのだと。君のせいで日本がなにか、妙な化学兵器を開発したのでは? と他国から疑われるのだ、と。
そのため最低限のプライベートは守られたが、監視がつけられた。行動も規制。仕事である戦場カメラマンなど許されるはずもない。
力を使い、妻と逃避行をする、という手段もあった。
だが、それは彼の望む生活とは違う。
それをするということは、ずっと逃げ続ける生活をしなければいけない、ということなのだ。それになにより、彼は人を不用意に傷つけたくなかった。この強大すぎる力を使えば、この力のために争いが起きるということも、なんとなくわかっていた。だからこそ、この力は紛争地帯で命の危機へ追い込まれる瞬間まで、使わなかったのだ。
彼は煩悶の末、政府と交渉した。
つまり、計画へ加担してしまったのだ。
そうして動きだしたのが「ゴット・ファミリー計画」だ。
科学的に解明出来ない力の研究は、そう簡単にはうまくいかない。
やがて神塚 統夜が研究所へ提供したのは、精子であった。
つまり、遺伝子情報だ。
デザイナー・ベイビー、及びクローンの開発などが立案。しかし今の段階ではまだ遺伝による異能の発現が確認されていないため、まずは動物との合成で、遺伝による異能の発現を確認しようとした。
そうして作られたのが「クリーチャー」だ。
モルモットとの合成。蜘蛛との合成。鳥との合成。あらゆる合成が行われた。クリーチャーの内臓には猛毒が仕込まれ、いつでも殺せるように作られた上で、施設内で飼育が開始。そこから様々なデータの採取・実験が行われた。
クリーチャーは魔法の力を継承しなかったが、とある共通点があった。それはどういう理屈か「飢えない」というものであった。彼らは飯を、水を必要としない、命と呼ぶには歪で、奇妙な化け物であった。
そしてもう一つ。
これは神塚のみが知りえるものであったが、クリーチャーの誕生から、わずかながらも魔法の力が衰えているのを感じた。
どうやら、彼らクリーチャーは彼の中にある魔力を媒体にして生きているようなのだ。
このことを彼らには教えなかった。恐ろしくなったのだ。
彼は無意識の内に「誰かに助けてほしい」と懇願の念が浮かんだ。しかし敵は国。しかも日本とアメリカ政府だ。下手に動けない。犠牲者を出したくない。といって、なにかしないと落ち着かない。不安でしょうがない。だから彼は、アングラサイトを作った。まるで研究者が独白するかのような内容の書き込みをし、世間の誰かにこの地獄を知ってほしいと思った。
それに彼の不安の中に、とても大きなものがある。
この時、彼と妻の間には子供が出来ていた。しかし研究者どもは神塚を新たな人類の祖「アダム」としている。「ゴット・ファミリー計画」とは即ち、神のような力を使う魔法使いの家族を作ろう、という計画だ。
この子供は平穏に生きられるのだろうか?
そんなはずはなかった。
そんな都合の良い未来が待っているとは、到底思えなかった。
もうこの時になってくると、研究者の間ではクリーチャー以外にもう一つの実験が進められていた。
人工授精によって、「アダム」の子供を作ろうとしたのだ。
母体となったのは、本人の強い意志表明から――赤崎 れなとなった。
……そうして、数か月の時が経ち。
アダムと赤崎れなとの間に「赤崎 るるわ」が生まれ。
アダムとその妻――通称、イヴとの間に「赤崎 世斗」が生まれた。
病院にてのちに「赤崎 世斗」と名づけられる子供が無事に生まれた。
しかしその子供が父親である神塚 統夜の手に渡ることはなかった。自分の子供を腕に抱くことは、許されなかった。
「どういう、ことですか?」
神塚は医師を凶弾した。
「いえいえ、どうもこうも、私にもよくわからないことでしてねえ……なにせ、国からの指示ですから。神塚さんには秘密で、とも言われましたし」
医師は腹の立つことにあはははは、なんて愛想笑いを浮かべていた。
つまり、彼は研究員共と手を組み、神塚の子供を誘拐したのだ。大方、莫大な金でも積んでこの医師を懐柔させたのだろう。今頃は研究員の手により、遠くへ逃亡しているに違いない。
挙句の果てに、この男は妻が死んだとほざく。
たしかに、子供の出産時に死亡する女性は存在する。
だが、これは本当に偶然だろうか?
彼女は神塚の妻であるため、どうしても計画では「イヴ」としての立ち位置になってしまう。そんな彼女を、国は邪魔だと感じたのではないのだろうか? 理由はわからない。彼女を殺さないといけない理由など、わからない。だけど、神塚はそんな猜疑心を国へ向けるほど、なにもかもが疑わしく、悪意に満ちているように思えたのだ。
「ねえ。あなたは、どこまで知っているんだい?」
神塚が震える声で問いかける。だが、医師はえ~? などという、気色の悪い声を上げて首を傾げるばかりであった。
「どこまで、と言われましてもねえ。私は指示に従っただけですから~。ささ、わかったらもう帰ってください! はい、さようなら~」
この瞬間、神塚 統夜という男はついに壊れた。
赤崎 れなが愛した、真面目すぎる優しい性格は、吹き飛んだのだ。
国に管理され。
力を管理された。
研究されて。
実験させられて。
何度も、何度も、何度も何度も何度も!
人類に裏切られた。人間に裏切られた!
彼は人々のために、戦場を駆けた。平和になってほしいと、様々な痛みを感じ、世界はもっと優しいものへなってほしいと。そう思ったのだ。そのためにカメラを手に取った。命を懸けて、自分の人生の全てをかけて。
その結果が、これ。
子供を取り上げられ。
妻を失って。
やりたい仕事も奪われて。
自由を失い、計画に加担させられて。
自分のせいで、わけのわからない化け物を量産させられて。
「ああ、もういいや」
争いを止めることなんて、もう出来ない。
こんな腐った人間ばかりの世界じゃ、不可能。
神塚の復讐は、その日から始まった。
彼は魔力を提供しているが故か、全てのクリーチャーを操ることが出来る。愚かなことに、研究者はクリーチャーを貴重な研究の成果として保護したいと思っているのか、毒を仕込んでいない個体がいくつか存在した。その個体を使い、研究所を滅茶苦茶にしてやった。たくさんの研究者が殺された。いや、実質、彼が殺したのだ。たまたまその日に研究所にいなかった研究員は難を逃れたが、その者がやがて復讐対象となったのは言うまでもない。今回の事件で殺害された中村 哲太はその内の一人だ。
つまり……クリーチャーの被害者は、全員が実験の加担者なのだ。
「愛しているよ、優子。いや、イヴ」
壊れた彼はもうこの時、神塚 統夜としてではなく、「アダム」として生きようとしていた。
病院から死体となった彼女を強引に奪った後、お姫様抱っこで運ぶ。ゆっくりと、ゆっくりと。出産で苦しんだのだろう。彼女は血まみれであった。男の自分では想像しえないくらいの苛烈な戦いに、彼女は命を落としてでも、勝ってくれた。
だから、本当は。
そんな彼女のためにも、生んでくれた子供を育てなければいけなかった。
たくさんの愛と、幸せでもって。
そうして彼女が残してくれたものを、全力で大切にするのだ。
それはとても大変なことだけど、なんて幸せなことなのだろうか。
誇らしいことなのだろうか。
きっとこれ以上の幸せはない。
……それなのに。
それなのに、奪われた!
「はは、はは、あはははは」
やがてたどり着いた、人気のない森の奥にて。彼は魔法の力によって、自身の妻――赤塚 優子を燃やした。彼は笑っていた。どういうわけか、子供のような無邪気な笑みを浮かべていた。笑いながら愛する妻を燃やす彼の姿は、もうどうやっても、かつての美しい戦場カメラマンとしての心を取り戻すことは出来ない。彼は人間の皮を被った、歪んだ化け物のような存在なのだ。
「この世界に、魔法をかけよう」
そう言って彼は、無尽蔵と思えるほどの強大な魔力を使い、世界へ魔法をかけた。
彼の内に秘められた、禁断の魔法。
それは「禁断の果実」であった。
彼が世界へ向けて魔法をかけた瞬間。森の中心に、強大な山と同じくらい、大きな「光の樹」が現れた。そこには同じように眩い光を放つ、果実が実っている。
そうしてこの世界に「魔法使い」が誕生した。
世界中に「光の樹」が唐突に誕生し、消えていった。
現れたのは「第一世代」の魔法使い。青谷はそのうちの一人、ということになる。
かつての神塚であれば、魔法の力をばらまけば世界に争いが起きる、と考え「禁断の果実」は使わなかったのだが……今の彼に、そんな考えはない。
優しさは、消えて無くなったのだ。
「さあ、愚かな人類よ。これが君達の欲している、禁断の果実だよ」
世界中に魔法使いが現れたことと、研究所の壊滅により、力の独占を目論んだ「ゴット・ファミリー計画」は破綻。挙句、クリーチャーは脱走。
当時の凄惨な結果に、さすがに罪悪感を覚えたのだろう。償いのためか、ゼータ・クラーク、泉 聡は魔法使い保護へ積極的に動き出す。
月日の経過と共に、強いストレスと大きな力を使った代償なのか、神塚は痩せ細り髪の色は銀色となった。
そして赤崎 れなはそんな彼の子、アダムの子を引き取った。旧約聖書、アダムとイヴの子供「ルルワ」「セト」にちなんで「るるわ」「世斗」と命名。
魔法使いを巡る世界の物語は、ここからスタートした。
そして魔法の力――禁断の果実を口にした人類は、かつてアダムとイヴがそうなってしまったのと同じように「裁き」を受けなければならない。
神塚はそう考えた。新たなアダムは、そう考えてしまった。
だから、今宵も始まる。
彼は口にする。
――さあ。鉄槌の夜だ。




