??? エピソード1
真夜中。部屋を真っ暗にした状態で、赤崎 れなはノートパソコンを立ち上げる。このためだけに設立されたサーバーにアクセスし、パスワードを打った。
――こんばんわ。
挨拶を打ち込むと、返事がすぐに打ち込まれた。
――こんばんわ。
――お時間、とれるでしょうか?
――構わないよ。なにがあったのかね?
――ついに、復讐が始まりました。もう、誰にも止められないでしょう
しばらく、返信が止まった。
――ああ、なんということだ。やはり、止められなかったか。
――一人、元研究員の中村が殺されました。次は誰の番でしょうか?
――いつか、私にも番が回るのだろうな。
――どうでしょう? さすがの彼も、あなたを殺すのは困難だと思われますが。
――逃げる方法はたしかにある。だが私は、いや私達は、償いをしなくてはいけない。
――ご活躍は耳にしています。償いのつもりですか?
――ああ、そうさ。もちろん、わかっているともさ。どんなに立派なことをしようとも、許されることではない。
――そうですね。
――君は、彼の居場所を知っている?
――……はい。知っています。
――君は、彼に協力したのかね?
――はい。しました。
――脅されたのかね?
――いいえ。脅されてなんて、いませんよ。
――そうか。まあ、いい。君にお願いがある。アダムと会わせてくれないか?
――何故? 殺されにいくようなものですよ。
――あくまでも話し合いがしたいのだ。それにもし仮に殺されたとしても……それでもいい。それで彼の気が済むのならね。なに、金はたくさん残してある。私がいなくても、家族はやっていける。万が一殺されても、心残りはないのさ。
――そうですか。
――ミスター泉は、この事態を知っているのかね?
――さあ。わからないです。
――私から、彼に一報入れよう。
――入れたところで、パニックになるだけでは?
――そうかもしれん。だが、いずれにせよ、知らないよりはいいだろう。
――そうですか。では、お忙しい中、ありがとうございました。用件はこれだけです。
――ご苦労だった。
――はい。それでは、失礼致します。ゼータ元大統領。
――連盟長、と言ってくれたまえ。
――わかりました。ゼータ連盟長。
チャットからログアウトし、サーバーとの接続を切った。
そして両目を閉じる。思い浮かぶのは、愛しくもあり、恐ろしくもある男の顔であった。
今からもう、二十年以上も前のこと。
赤崎 れなは、人生を変えるような出会いをした。
真面目すぎて、損をする性格。
その若い、まだ二十代であろう男の印象は、そういったものであった。
バーで偶然出会った、戦場カメラマン。その男はいつも酔いつぶれて、愚痴を零していた。
――僕の力は、微々たるものだ。
――カメラを向けることしか、たったそれだけしか、出来ない。
――この世から戦争なんて、争いなんて、なくなればいいのに。
男は他人の痛みを、苦しみを、まるで自分のものであるかのように抱えることが出来た。
だから彼は、カメラを手に取った。
だから彼は、戦場を駆けた。
そしてその写真を、世界中へ向けて訴えかけた。
この苦しみを。
この痛みを。
この嘆きを。
この理不尽を。
それらを少しでも伝えようと、大衆へと呼びかけた。
それは極めて偉大なことだ。例え小さいとしても、世界平和へつながるたしかな一歩である。しかしそれでも彼は満足出来ず、自責の念に駆られていた。
どうして自分は、伝えることしか出来ない?
どうして自分は、争いを止めることが出来ない?
どうして自分は、理不尽な死を止めることが出来ない?
そんな彼に、彼女は――赤崎 れなは惹かれた。恋をした。
バーで会うたびに、彼の話を聞いた。彼の嘆きを、叫びを、苦しみを聞いた。少しでもそれらを共有することで、彼の心へ近づこうとした。バーへ通いだしたのは、酒を飲むためではなく、彼と出会うためであった。
そんなことが半年続いた。
いつも通り彼とバーで会ったら、その薬指には指輪がはめられていた。「ははは、こんな僕でも、結婚出来たんだ。世の中って、わからないよね」彼は笑いながら、そう語った。例えようもない切なさと苦しみが、れなを襲った。だけど、それは仕方のないことだと思った。だって自分は所詮、飲み友達。バーで偶然知り合っただけの、赤の他人。この恋心は最初から実るものではないと、覚悟はしていた。だから想いを告げることはしなかったし、それらしいアピールもしなかった。
「そう。ま、おめでとう」
れなはなんとか笑顔を浮かべて、祝福した。
それからも彼との関係は続いた。やましい関係ではなく、バーで少し会って話をするだけの、そんな関係。
しかしささやかな関係は、ある日唐突に終わりを告げることになる。




