赤崎サイド エピソード1
「ねえ、ねえ。血の繋がらない家族って、どういう感じ?」
「……ん?」
赤崎 世斗は果汁百パーセントと謳われたオレンジジュースを飲みながら、困ったように首を傾げた。
駅中にあるカフェ。席はほとんど埋まっている。制服姿のまま寄り道をしている生徒もちらほらと見受けられ、赤崎達もその内の一組であった。
彼の放課後のデートの相方はクラスメイトの女子、森咲 ほとり。快活とした雰囲気の、可愛らしい女の子だ。肩の辺りまで伸びた、流麗な茶髪。百六十前半の、女の子にしてはやや高めな身長。成長したグラマラスな体形が色っぽいが、顔立ちは童顔だ。そのギャップがかえって彼女の魅力をより一層際立たせている。
彼氏彼女、という間柄ではない。帰宅部同士、いつもなんとなく一緒に帰っていて、今日はそのついでに寄り道をしている、といった交友関係だ。
「血の繋がらない家族、ね」
まるで他人事のように呟く。
だけど、彼にとっては当事者である事柄だ。
両親はたくさんの不幸が重なり、両方とも蒸発。身寄りのない彼を養子として引き取ったのが、今の義理の母親であった。ちなみにその娘、つまりは同い年の義理の妹までいる。その少し変わった境遇を特別不幸だとも感じていない赤崎は、機会があれば自分の家庭環境を公表している。
しかし普通の環境にある人間からすれば、そういった人物は少し特別に見えるのだろう。だから森咲は先ほどのような質問をした。
だけど本人としては、なんともいえない気持ちになるだけである。
「どういう感じって言われても、別にどういう感じでもないんだよね」
そもそも彼からすれば、普通の家族ってなに? といった具合だ。
それに今の義理の家族とは上手くいっているし、不自由に思ったこともない。こうして高校へも通わせてくれる。
「んー、なんというか。こう、ドラマチックなこととかないの⁉」
森咲が謎の期待を込めて、丸テーブル一つ挟んだ向かいの席から少し身を乗り出す。たわわな胸が少しだけ揺れて、思わず目がいきそうになった。高校一年からの付き合いなのだが、二年になってより大きくなったような気がした。特に、六月になったここ最近は。
「ドラマチックって、例えば?」
「義理の妹さんと恋に落ちる、とか。義理の母親と恋に落ちる、とか」
「禁断の恋愛?」
「そう、そう! ドロドロなやつ!」
好きだねえ、女の子は。そういうの。
なんて、そんなことを思いながら赤崎はため息をついた。
「……ないよ、そんなの」
「え~。つまんなーい」
ぶーぶー、なんてブーイングをする森咲。
「おかしいよ。妹さん、あーんなに可愛いのにっ! 普通の男子ならイチコロだと思うんだけどな~」
森咲はそう言って、カフェラテの入った紙コップをストローで一口飲んだ。
赤崎の義理の妹――赤崎 るるわはたしかに美少女だ。同じ学校へ通い、なんの因果か同じクラスであるから、森咲も彼女のことはよく知っている。るるわは「お人形さんみたい」と言われるほど、精緻な容姿をしている。小柄な体躯の少女。黒髪は肩の辺りまで伸びており、前髪は左目だけを覆い隠している。肌は雪のように白く、幻想的な雰囲気すらある。
そんな女の子が、義理の妹。
つまり、同棲しているのだ。
同い年で、しかも赤崎は年頃の男子。女の子としてなにも見ていません――なんて戯言、説得力がないのは明らかだろう。
そんなこと、今まで何度も言われてきた。
「本当の妹のような、そんな関係だよ」
るるわとはほどよい距離感をもって、接している。一緒に帰らないし、学校ではあまり喋らない。一緒にどこかへ出かけるわけでもない。といって、家では全く喋らないわけでもない。それなりに会話はするし、仲良くもする。だけどそれ以上なにかするわけでもないのだ。
そしてなによりも、この手の話になる度に、決定的な真実が一つある。
「大体、るるわとは半分だけだけど、血が繋がっているよ」
「え? そうなの?」
「まあ、ややこしくなるから、わざわざ説明してないけど。うん。同い年だし、よく勘違いされるけど。半分は、繋がっているよ」
「ふーん。じゃあ、恋愛になんて、発展するわけがないねー」
「……普通なら、そうだね」
森咲が手元にあるオレンジジュースを飲む。
「現実って、退屈」
「いきなりだね。まあ、日常って、そんなものだと思うよ」
「毎日毎日、本当に退屈。面白いことないかなーって思っても、なにも起きないし」
「そうだね」
「テレビのニュースは暗いしさー。ねえねえ、クリーチャー出たのって、知っている? まーたこれで世間は大騒ぎになっちゃうー、もう!」
「ああ……あの事件、ね」
赤崎は朝見たニュースを思い返す。
テレビのニュースではとある男性が魔術師に殺され、その後不運にもクリーチャーの被害にあったことが大々的に放送されていた。
クリーチャー。なぜか日本でしか確認されていない、魔術師と同じタイミングで現れた異形の化け物だ。その数及び生態系は確認されていないが、被害に遭う者が毎回夜遅くであることから、夜行性なのではないかと言われている。
人間を無作為に襲い、人体を徹底的に食べることで知られている。クリーチャーに食べられた者は、いつも骨しか残らない。魔法使いと同時に現れたこの化け物に、日本中が戦慄したのはいうまでもないだろう。まさにリアルパニック映画だ。
日本政府は自衛隊と警察により、クリーチャーの駆除活動を行っている、と発表。その成果が出たのか、クリーチャーの被害が現れたのは最初の一件のみ。それ以降、犠牲者が出ることはなかった。つまり、今回の事件で十九年ぶりにクリーチャーが現れ、犠牲者が出てしまったことになる。
駆逐された、と思われた化け物が再び現れた。合計の被害数が極端に少ないとはいえ、日本中が再びざわつくのは、当然の成り行きだろう。ネット上では様々な意見が飛び交っている。再びクリーチャーは現れるのか? クリーチャーの駆除はどうするのか? 誕生の経緯はわからず、生態もよくわかっていないため、政府は駆逐までの具体的なプランを発表出来ていない。その発言力の弱さに、不信感と反発を感じている国民は一定数いる。件数の少なさは、パニックを避けるための隠蔽なのではないか? という陰謀論じみた意見も飛び交っていた。
「最近、ネットも暗い話題ばっかりだし~。もっとこう、世間には明るくなってもらいたいよね。あと面白いことが起きてほしい!」
「森咲は最近、つまらないの?」
「うん。刺激がほしい! なにかない?」
「なにかって、言われてもね。なにかあったかな……」
「ねえねえ、オレンジジュース私にも飲ませて~」
唐突に話題を変える森咲。
ストローという性質上、どうしても間接キスになるのだが。気にしない性分なのかもしれない。
「いいよ、別に」
自分で払ったものだが、そんなことを気にするほどケチでもない。
が、森咲はオレンジジュースを手に取らず「んー」と謎の声を上げて、また身を乗り出した。目を細めているから、キスでも迫られているような気分になる。
「なに?」
「なにじゃなくて、飲ませて~」
「付き合いたての彼女か。めんどう」
「ぷぷぷー。彼女いないくせに」
「うるさい、バカ」
「あ、拗ねた」
「これでも、本気で好きになった彼女はいたぞ」
「えー??? 嘘だあ」
「失礼な奴……ずずずー」
「あ! ちょっとちょっと、勢いよく飲み始めないでよ。私のオレンジジュース!」
「いや、俺のだよ」
「早く、飲ませて。わたしも彼氏いないから、おあいこ!」
「好きな人とか、いないの?」
「いないー」
「もったいないね。せっかくの美少女なのに」
「ねえねえ、そんなことどうでもいいから、飲ませて」
「はいはい」
赤崎は渋々オレンジジュースを手に取り――そのストローの先を、森咲の鼻にめがけて突き刺した。彼女は大げさに「いだあ⁉」なんて悲鳴を上げる。
「そこは口じゃない⁉」
「鼻の穴に入れようとしたんだけど、上手くいかなかった」
「むー! 変なことしないで、ちゃんと口に入れて!」
「はいはい。わかったよ」
オレンジジュースを手に取り、今度こそそっと森咲の口先へとストローをもっていく。ごくごく、と森咲が四度ほど喉を鳴らす。心なしか、少しだけ周囲の視線を感じた。主に同じ道草を食う学生の野郎共から。傍から見れば、美少女と付き合っている男に見えるのだろう。
「おいしいー。ありがとっ」
ぱああ、と太陽のように眩しく暖かな笑顔を浮かべる森咲。まるで周囲を照らすような、そんな女の子だ。森咲といると、気分がとても安らぐし癒される。騒々しいところはあるが、それは愛嬌だろう。
「満足?」
「満足!」
「一応確認するけど、恥ずかしくはないの?」
「全く!」
「そ。まあ、満足ならそれでいいけど」
赤崎は森咲が飲んでいるカフェラテをちらりと見る。
「俺もカフェラテ飲んでいい?」
「え? あ、ごめん。全部飲みきっちゃった」
「あ、そう」
「えへへー。ごめんね~」
森咲はにこにこと笑顔で謝る。携帯で時刻を確認する。こんなバカをやって、時間をダラダラと浪費していると、もう五時を過ぎていた。時間が過ぎるのはあっという間だな、と赤崎は感じた。
改札を抜けると、森咲は別の路線へ向けて歩き出した。乗る電車が違うため、ここからは別行動となる。
「ねえねえ、ここからちょっと歩くんだけどね。新しいお店が出来るんだよ。ちょっとマイナーなハンバーガーのチェーン店なんだけど」
それなのに、くるりと振り返って、森咲がそんなことを言った。必然、赤崎も足を止めることになる。
「そうなの?」
「うん。だからね、次はそっちへ行こ?」
「いいけど。新しくオープンするところって、大体混んでない? 待ち時間とか長くなると思うよ」
「いいの、いいの。新しいお店って気になるし」
「そういうもの?」
「そういうものっ!」
「わかった。次、ね」
「約束だからね! じゃあ、バイバイ、赤崎!」
「うん。また明日」
お互いに軽く手を振って、森咲が反対側の階段へ向かって進んでいく。赤崎は右手側に進み、階段を降りていった。待合室の前にある腰掛には、誰も座っていなかった。赤崎は一番右端の席に座り、ふと物思いにふけた。
(部活がない日々ってのも、悪くないなあ)
彼は小学、中学時代は陸上部の長距離を頑張り、県大会で上位に食い込むほどの実力者になっていた。高校でスポーツは辞めてしまったが、それはアルバイトや遊びに時間を割きたいと考えるようになったからだ。その甲斐もあって、今の赤崎はそれなりに親しい男女の友人が何人か出来たり、森咲のように帰りを共にするクラスメイトが出来た。
ただ、全くそういったことがなかったわけではない。恋愛に関しては、今は交際相手がいないだけで、三年の時はいた。色々あって三か月で別れてしまったが、今となっては良い経験になった、という風に割り切ることにしている。
それなりの交友関係。初めての彼女。無難な高校生活。リア充というほどではないけれど、それなりに楽しい毎日。
ありがちだが、彼は彼なりに学生生活を楽しんでいた。
「それにしても、森咲って……彼氏、いないんだね」
ああいう話はあまりしてこなかったので、初耳であった。
好きな人がいない――という言葉を聞いて、嬉しさ半分、切なさ半分であった。
「って、俺はなにを考えているんだ……」
ひどく気恥ずかしい考え事だと思い、赤崎は顔を赤くした。
――うふふ。青春ねえ。
頭の中に響く女性の声が、微笑ましそうにそう言った。
それは大人の、母性に溢れていそうな声音であった。
電車で最寄りの駅を降り、自宅であるマンションへと向かう。住宅街の中にある、五階建てのマンションだ。エレベーターで三階へと上がり、部屋の扉を合鍵で開ける。
「ただいまー」
と、ここで制服の上にエプロンを着たるるわが出迎えてきた。
「……遅いです。世斗さん、六時までに帰ってきてくださいと、何度言ったらわかるんですか?」
「ごめんごめん、つい遊んじゃってさ」
「また女の子とデートですか。はあ」
「またってなに⁉ 人をプレイボーイみたいに言わないでよ!」
「実際、プレイボーイじゃないですか。世斗さんはモテるみたいなので」
「え、そうなの?」
ここ最近、仲の良い女子といったら森咲くらいだ。人間の付き合いは難しい。それが異性ともなれば尚更だ。
赤崎とて年頃の男の子だ。女の子にモテたい、なんて俗なことを口には出さないだけで思っている。そしてそのための努力だって、少しだけしていた。ニキビが出ないように肌のケアをしたり、腕立て伏せなどの筋トレをしたり、髪型をいじったり。
だけど成果としては、どれもイマイチであった。今年のバレンタインは森咲から一個貰っただけだ。しかも友チョコ丸出しの、某最後までチョコたっぷりのお菓子。美味しいは美味しいが、これじゃない感が半端じゃなかった。
「そうですよ」
なのに、るるわはこくりと頷く。
もしかすると、自分が知らないだけで、誰かが赤崎のことを良い、と言ってくれている女の子がいるのかもしれない。
これは、少し探りを入れてみようと思った。
「それって、俺のことを良いって言ってくれる女の子がいるってこと?」
「いえ、全く聞いたことないですが」
「じゃあダメじゃん⁉ なにを根拠にモテると言った⁉ ちょっと期待した俺の気持ちを返して!」
「上げてから叩き落とすのが私の趣味なので」
「変な趣味に目覚めないでよ⁉」
「とにかく、です。もうご飯は出来ているので。間に合わない時は、せめて連絡をください」
「ああ、うん。わかったよ」
言うだけ言って、るるわは台所へと戻った。
赤崎のことを「世斗さん」と呼び、敬語で会話をする。だけど接し方のそれは、家族そのもの。るるわはそうして「義理の兄」としての距離感を作っていた。これが正しいことなのかはわからないが、少なくとも二人の間ではこれがずっと続いているため、これで良いと了承している。近づき過ぎず、といって遠過ぎず。そんな距離感だ。
荷物を部屋に置き、手を洗い、食卓へと向かうと、食欲そそる夕ご飯が揃っていた。生姜焼き、白いごはん、味噌汁、冷奴。るるわは料理が得意で、いつも作ってくれている。
「やあ。るるわが拗ねていたよ?」
椅子に座るスーツ姿の女性、赤崎 れなが悪戯な笑みを浮かべてそう言った。るるわと同じ黒髪、白い肌だが、その印象は幻想的なものとはまた違う。彼女の場合は、気まぐれな猫のような印象だ。スタイルは良く、身長は百六十後半といったところか。四十代の女性とは思えない、世間一般では美人と呼ばれる類の女性だろう。
ちなみに、仕事は飲食店の店長である二十代後半の時に店を作り、今に至るらしい。るるわと世斗はお店の手伝いがてら、バイトとして仕事することがある。
そんな気はないが、こんな仕事が出来る美人な義理の母親を見て、一瞬だけ森咲が冗談交じりに「禁断の恋愛」と口にしていたのを思い出した。
その手のえっちぃアダルトアニメなら、そういう展開もあるだろう。
「あ、れなさん。ただいま。拗ねていた? 本当に?」
「さっきまでずーっと、君の愚痴を言っていたよ。いつも帰りが遅いだの、連絡くれないだの、お兄ちゃんがいないと寂しいだのって」
「る、るるわ……⁉」
なんて感動的な。赤崎は思わず、目をキラキラと輝かせ、両手を広げた。「さあ、俺の胸へ飛び込んでおいで!」と言わんばかりである。
が、それに対して、るるわは冷ややかな視線を向けた。
「私にそんな萌えキャラを期待しないでください。お母さんの冗談なので、それ」
「デスヨネ。スイマセン」
れながししし、と笑い声を上げる。
「愚痴を聞かされていたのは、本当のことだゾ」
「お、お母さんはいらないことを言わなくていい」
るるわはそう言って、顔を赤くした。
どこまで本当のことだったのかはわからないが、心配はしてくれたようだ。
「ありがとう、るるわ」
「……なんでそこで、世斗さんがお礼を言うのですか」
「なんとなくだよ」
「そう、ですか」
るるわは左目を隠している前髪をいじる。
なにか動揺している時にする仕草なので、気を悪くしているわけではない、と赤崎はわかってしまった。
――うふふ。いいわねえ、家族って。
頭の中に響く女性の声は、微笑ましそうにそう言った。
「今更だけどさ、今回も同じ学校ってことになったけど。どーなのよ? やっていけそう?」
三人共食事を始めたところで、れながそう問いかけてきた。
中学の頃も同じ学校であったが、高校となると色々と環境も変わるし、思春期にもなる。二人の仲は悪くないとはいえ、改めて同じ学校で問題がないかどうか、れなは気にしていた。
質問には、赤崎が先に答える。
「思ったより、気にはならないよ」
しかしるるわの方は、重いため息をついた。
「……嫌でも交友関係とか学校での立ち位置がわかるから、そこが、気になる。今に始まったことじゃ、ないけど」
とのことであった。
もっとも、本気で嫌ならばそもそも別の学校を選ぶだろう。そうじゃないのだから、本人の言う通り、気になる程度のものなのだ。
ちなみに今の高校を選んだのは、近いからという、二人揃って淡泊な理由からだ。思考回路がバッチリ重なるところは、やはり兄妹といえた。
「やっぱ、家庭環境のこととか、聞かれる?」
れなが少しだけ神妙に問いかける。るるわが首を横に振る。
「別々のクラスだから。こっちから言わなければ、なにも」
「あ、そんなもの?」
「世斗さんは言った方がいいっていう考えならしくて、自分から公表している」
「ふーん。なんとも、キミらしい考えだねえ」
れながニヤニヤと笑みを浮かべる。
「だって、なんか隠しているみたいで、気持ちが悪いから」
「言ったら言ったで、説明めんどーじゃない?」
「そうでもないよ。それに、そんなに突っ込んでこないし。驚かれるくらいかな。どっちかっていうと……」
「どっちかっていうと?」
「大人の方が、めんどくさい」
これは小学校の時からそうであった。
担任の教師が良かれと思って、赤崎のことを気にかけるのだ。家のことは上手くいっているのか。なにかあったら相談しなさい。色々あるだろうけど、頑張りなさい。
どうも大人たちは世斗のことを「可哀想な子供」として認定してしまうようなのだ。良心から来る行動なのだろうが、残念ながら迷惑でしかなかった。
「そうだろうねえ。大人ってさ、子供や他人の面倒を見たがるものだ。教師ともなれば、尚更ね。君も大人になればわかる。あまり、悪く言わないでおくれ」
「はあ。そういうものなの?」
「そういうものさ。だから大人は、大半が結婚して子供を作り、出世して人の上に立とうとする。誰かを助け面倒を見ることで、「自分は成長した」って実感するのさ」
「まあ、言うほど気にはしてないけどね」
教師に心配される度に、「大丈夫です」「ありがとうございます」と返事をしてあしらえば、その内なにも言ってこなくなる。
所詮、そんな程度なのだ。
「というかその理屈だと、れなさんもそうなんですか?」
「なにが?」
「いや、だから、人の面倒を見たがったり、そういうのが楽しかったりするんですか?」
「あー。ま、そうかもねー」
「適当⁉ 独立してお店作ったのも、そういう理由じゃないの、話の流れ的に⁉」
「いんや。独立したのは全然違う理由だよー」
「話が全然違う……」
「色々あるのさ、色々とね。大人はねえ」
にゃはは、とれなは快活とした笑顔を浮かべた。
「――世斗さん、今日も夜遅くには出かけるのですか?」
赤崎がれなの話に振り回されていると、るるわがそう問いかけてきた。
彼は夜遅くに、外へ出かけてトレーニングするのが日課だ。
「うん。そうだけど、なにかあるの?」
「いえ。そういうわけではないのですが。最近、結構近くで物騒な事件があったので」
「ああ……たしかに、ね」
森咲も気にしていた事件だ。
「ありがとう。気をつけるよ。遅くなりすぎないようにする」
日々のルーティンを崩せないのか、世斗はそう答えた。そのやり取りを、れなは面白そうに眺める。
「愛されているねえ」
「あ、愛って……ち、違う、わたしは、一般常識として口にしただけで、世斗さんがどうなろうと、自己責任というか、なんというか――」
目を隠している前髪をわしゃわしゃいじりながら、るるわは弁明をする。
今日少し遅くなったことを愚痴ったのも、事件があって心配しているからなのかもしれない。いつもより早く部屋に戻ろう、と赤崎は決意したのであった。
夕食も食べ終え、時刻は七時となった。自室に戻り、勉強机の上に今日の課題を広げる。
これといって特徴のない、シンプルな部屋であった。家具は勉強机とベット、収納のみ。あとはバイト代をはたいて買ったゲーム機と本棚がある程度だ。その中には漫画と小説、ライトノベルが収められている。
二十分ほどで課題を終え、携帯を見ると森咲からメッセージが届いていた。
「暇だよお(泣)」
今から五分前に送られてきた、ひどく他愛のないメッセージである。本当に暇なのだろう。
「十時からドラマ始まるよ。トレーニングから戻って風呂入ったら、俺が見るやつだけど」
そんなメッセージを送ると、すぐに返信が来た。
「そっかー。赤崎が見るなら、私も見ようかなー」
メッセージを確認してから、赤崎は制服姿のまま外へ出た。
外は夜風が冷たく、気持ちのいい天気であった。マンションを出てからは、軽いランニングで目的地へと向かっていく。
彼の言うトレーニングとは、体の鍛錬というよりは、自身の身に宿る魔術の鍛錬、という意味合いの方が強い。
二十年前。世界中に、突如として光の樹が現れた。
そこには、金色の果実が輝いていた。
光の樹はそびえ立つ山のように、とても大きく、立派なものであった。そんなものが、唐突に世界中に何万本と現れたのだ。
生えてきた、ではなく「現れた」という表現がしっくりくる。なにせ脈絡もなく、唐突にあらゆる場所にそびえ立ったのだから。
そんな樹はやがて白昼夢であったかのように、一時間ほど経過すると消えていった。その間、無数の金色の果実がはじけて消えていったことが、観測されている。当時の映像はインターネットの動画配信サイトなどで、山ほど投稿されていた。
そうして現れたのが、魔術師と呼ばれる異能者であった。
赤崎も魔術の力をその身に宿しており、非科学的な現象を起こすことが出来る。
魔術は強力なものになると、殺傷能力すらある。そのため、原則は魔術の私用は禁止するよう、国が呼びかけている。
しかし「絶対に使ってはいけない」というわけではない。
国が定めた法律の解釈、という極めて面倒な話になるが、魔術の私用はいくつかの「例外」によって認められる。それは自衛であったり、私生活においての利用、といったものだ。例えば体を温めたい、という理由で魔術の火を使う、というのは「認められる例外」だ。
そのため、赤崎が今から行う「魔術の練習」も認められる例外だ。魔術を上手く扱うため、より強力なものにするための鍛錬をするのは自由なのだ。これは魔術を肯定的に捉えている国、アメリカが提唱している「魔術を良きものと解釈し、人々の役に立てるものにする」という考えに日本も影響を受けたからだ。
だが、魔術による殺人・暴行など犯罪に利用する者がいるのもまた事実。
魔術の完全な私用の禁止を呼びかける「魔術反対派」が日本に限らず、世界中に現れたのは必然であった。二十年前に魔術師が現れてから今日に至るまで、この議論は永遠と繰り返されている。
「さて、と。今日も人はいない、ね」
体があったまり、息を軽く乱しながらたどり着いたのは、広い海辺であった。
ここで魔術の鍛錬をするのが、赤崎の日常だ。たまにガラの悪そうな連中が花火をしているが、そういう時はその場から離れてなんとか場所を見つけるようにしている。
「よし。やるよ」
気合いを入れるため、自身へ向けて宣言。
魔術の発動は完全に感覚的なものだ。人によってイメージが異なる。赤崎の場合は、体の内側に炎を宿すような「熱」のイメージ。今ではこなれたそのイメージを浮かべると、右手に赤いソーサリー・タトゥーが浮かんだ。
右手を伸ばし、魔法陣を脳内にイメージする。
出現させるのは、二つ。まずは自分より五メートルほど離れた所に、標的として顕現させる魔法陣。独特の甲高い金属音と共に、イメージ通り魔法陣は現れた。直径三メートルはある、赤い魔法陣だ。
魔法陣には「防壁」としての役割も果たせる。その強度・大きさ・数・顕現までのタイムラグなどは魔術師によって異なるが、強力なものだとあらゆる現代兵器に耐えうるものになる、と言われている。魔術師が軍事力として見られている要因の一つだ。
赤崎はもう一つ、右手の先に赤い魔法陣を顕現。それは直径一メートルほどの大きさの魔法陣であった。
「――焼き尽くせ!」
防壁の魔法陣へ向けて、右手の魔法陣から火炎放射機のような赤い炎が一気に放たれていった。炎は魔法陣と同じ太さであり、発射された炎は目にも止まらぬスピードで防壁へと到達した。
ゴオオオオオ!!! という、炎が物を一気に焼き尽くす轟音が辺りに響き渡る。
魔法によって顕現する炎は、通常の炎とは大きく異なる。酸素がなくても魔術師がいれば顕現することが出来るし、そもそも水によって消される、なんてこともないだろう。
魔術によって起きる炎や氷、雷などは術者によって大きく変わる。そして熟練度が高くなれば、様々な調整が出来た。音だって消せる。狙った対象以外を燃やさない、といった調整も可能だ。例えば、練習場所を山中に変えても、山火事が起きることはない。魔術の炎は術者のイメージのため、調整次第ではそういう便利なことも可能なのだ。
赤崎は音を消すことは出来なかったが、燃やす対象は自在に選ぶことが出来た。もし仮にこの場に人がいて、炎に突っ込んだとしても、赤崎は防壁以外を「焼き尽くす」というイメージをしていないため、人間の方は安全なのだ。
「……なんか、上手くなっている気がしない」
赤い炎を止め、ため息をつく。防壁は変わらず、そこに展開されていた。
炎を撃つのは、熟練度を上げるためだ。
炎の威力を上げるため。より炎を使いこなすため。
何故、そんなことをするのか?
アメリカが推進している、魔術は人の役に立つ、という考えに賛同しているから?
魔術を上手く扱えるようになりたいから?
……それは、違っていた。
彼が毎日練習をするのには、訳があった。
「――あの人が、動き始めた。そうなんだよね?」
赤崎は独り言を呟く。
己に語り掛けるように――いや、違う。己の頭の中に響く、女性へ向けて問いかけたのだ。
声は答える。
――ええ。おそらく、そうよ。
「もしもあの人に会えるのなら。その時は、俺がなんとかしないと」
――……。
声は困ったように、沈黙した。
赤崎は続けて、決然とした声を上げる。
「もっとこの力を使いこなさないと。あの人には、勝てない」
再び、右手を伸ばし赤い魔法陣を顕現させる。
なにかの使命感に駆られるように、延々と防壁の魔法陣へ向けて炎を放っていた。




