五感の剥離
しかし、絶頂と引き換えに、
蓮の身体は急速に「人間」を辞め始めていた。
朝食に運ばれてきた、
時価数十万円の最高級キャビアと
金箔を添えた料理。
蓮がそれを口に運ぶ。
「…………」 味がない。
かつて四畳半で飲んだ三〇〇円の焼酎の方が、
まだ「痛み」という味がした。
今の蓮にとって、
食事は単に**「石の粉を噛んでいる」**
ような感覚でしかなかった。
舌の表面が石化し、味蕾が
死に絶えているのだ。
嗅覚も消えかけていた。
部屋に満たされた数千本の薔薇の香りは、
蓮の鼻には「古い埃」のようにしか
感じられない。
聴覚もまた、
フィルターがかかったように歪んでいる。
人々の賛辞は「金属が擦れるノイズ」に、
風の音は「境界の靄の囁き」に。
「……あと、どれくらいだ」
蓮が鏡の中の自分に問いかける。
右目はすでに瞳孔まで石化し、
焦点が合っていない。
視界の半分は、常に朱色の霧が立ち込めている。
石化が全身を覆ったとき、自分はどうなるのか。
クチナシの村の伝承が頭をよぎる。
(……それでもいい。
あのアスファルトの冷たさに戻るくらいなら、
石になって砕ける方がマシだ)
蓮は、感覚のない石の指で
スマートフォンの画面をスワイプした。
その瞬間、数百万人の信者たちの脳内に、
蓮の「寂しさ」が共有され、
街中の人々が一斉に咽び泣いた__。




