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朱色のゲートウェイ ー境界ー  作者: 此花 陽
第2章:偽りの黄金、熱狂のハッキング
7/10

支配


 生放送当日。


 テレビ局のスタジオ周辺には、

 数千人の群衆が押し寄せていた。


 彼らはプラカードを掲げるわけでも、

 叫ぶわけでもない。


 ただ、蓮が乗った車が通り過ぎるのを、

 静かに、

 そして祈るような表情で待ち構えていた。


 その光景は、

 アイドルの出待ちというよりは、

 宗教的な巡礼に近い。


 蓮は、車の後部座席で

 右腕の石化をさすっていた。


 今日は、石の表面に

「白鷺」の羽のような細い筋が

 浮かび上がっている。



「……もうすぐだ」



 スタジオ入りした蓮を、

 鬼童はセットの裏で待ち構えていた。


 

「よう、蓮くん。立派になったじゃないか。

 石でも食べて修行してきたのかい?」



 鬼童は、蓮の不自然に重そうな右腕を見て、

 せせら笑った。


 蓮は無言で鬼童を見つめた。

 その瞳の奥には、黒い靄が渦巻いている。



「鬼童さん。

 今日は、最高の『演出』をお願いしますね」



 番組が始まった。


 鬼童はカメラに向かって、

 いつもの饒舌なトークを展開する。



「さあ! 今夜のゲストは、

 ネットを騒がせているあの人。

 

 有馬蓮くんです! 彼の復活が『本物』なのか、

 それとも巨大な『嘘』なのか。

 

 今夜、私が白日の下に晒しましょう!」



 蓮がステージに現れた瞬間。

 

 スタジオの温度が、

 一気に五度下がったように感じられた。


 蓮は右手をポケットに入れたまま、

 マイクの前に立った。


 スタジオを埋める観覧客たちが、

 一斉に息を呑む。


 鬼童が攻撃的な質問を投げかけようと、

 口を開いたその時。


 蓮は、ポケットの中で指を弾いた。



神憑かみつきのフィルター:強制発火ハッキング・極』



 それは、これまでの「点」での

 ハッキングではない。


 テレビ局の送信アンテナから

 放たれる電波そのものに、

 蓮の「呪い」を乗せた、広域同時洗脳。


 スタジオのモニターが一瞬、

 白鷺色の閃光を放った。


 そして、その場にいた全員の「認識」が、

 物理的に破壊された。



「……あ、……あ、あ……」



 最初に崩れたのは、カメラマンだった。


 彼は三億円もするカメラを床に叩き落とし、

 その場に跪いた。



「光だ……。本当の光が、今、ここに……!」



 観覧客たちは、一斉に座席から転げ落ち、

 蓮に向かって手を伸ばした。



「蓮さま! 蓮さま! 殺してください!

 あなたに踏まれて、死にたい!!」



 阿鼻叫喚あびきょうかんの熱狂。

 だが、それは音のない、静かな発狂だった。


 彼らは涙と鼻水で顔を

 ぐちゃぐちゃにしながらも、

 その瞳には至上の幸福を宿していた。


 鬼童は、椅子に縛り付けられたかのように

 動けなかった。



「な……なんだ、これは……!

 どんな演出だ……!?

 ライティングか? 薬か!?」



 鬼童は、自分の「演出」のルールが通用しない

 事態にパニックを起こしていた。

 彼は必死に、蓮の姿に不備を探そうとする。



「あ、足が震えてるじゃないか!

 右手はどうした! 出してみろよ!」



 蓮は、ゆっくりと右手をポケットから抜いた。


 そこにあるのは、もはや人間の腕ではない。

 朱色の血管が走る、どす黒い石の塊。

 指先からは、黒い靄が蒸気のように立ち上り、

 周囲の空気を歪ませている。


 蓮はその石の手で、鬼童の喉元を優しく撫でた。



「……鬼童さん。あなたの負けだ」



 その瞬間、鬼童の脳内に、

 これまで彼が虐げてきた者たちの

 悲鳴が一斉に流れ込んだ。


 彼が「演習」してきた偽りの人生が、

 内側から崩壊していく。



「あ、が……あ……あああああ!!」



 鬼童は、全日本が見守るカメラの前で、

 自分の誇りも、地位も、理情も、

 すべてを投げ捨てた。


 彼は床に這いつくばり、

 蓮の靴を舐め回しながら、

 赤子のように泣き叫んだ。



「私は汚物です!

 蓮さま、私は、あなたの美しさを汚すだけの、

 一匹のダニでした! 許してください!

 私を……私をあなたの贄にしてください!!」



 テレビの視聴率は、百パーセントを記録した。

 日本中の家庭で、人々がテレビの前で跪き、

 蓮という名の神に祈りを捧げていた。


 それは、現代文明が「一個人の欲望」によって

 完全にハッキングされた瞬間だった。


 蓮は、火花を散らして爆発する

 スタジオの照明の中で、独り笑った。

 

 右目の端から、パラパラと、

 石の破片が零れ落ちた___。



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