再会
ある夜、蓮は奇妙な衝動に突き動かされ、
一人でホテルの非常階段を降りた。
周囲には鉄壁の警備がいるはずだが、
蓮が「俺を見るな」と念じれば、
彼らは彫像のように硬直して視界を逸らす。
深夜のホテルのロビー。
そこに、不自然なほど静かに佇む人影があった。
その少女は、現代的な服を着てはいたが、
その存在感だけが周囲の景色から
浮き上がっていた。
蓮は、心臓の奥が凍りつくような感覚を覚えた。
味覚も嗅覚も失った身体が、
その少女の存在にだけは、
激しく「生命」として反応したのだ。
「……お前、は……」
少女がゆっくりと振り返る。
それは、あの白鷺色の鳥居の向こう側
——黒い靄の隣にいた少女、
**紗夜**だった。
彼女は言葉を発さない。
案内人コトシロが言っていた通り、
彼女は「声」を境界に置いてきたのだ。
だが、彼女の瞳は、
蓮の洗脳を一切受け付けず、
鋭い透明感を持って蓮を射抜いた。
蓮は、石化した右手を無意識に隠した。
「なぜ、ここにいる。お前も、
俺を拝みに来たのか?」
紗夜は首を振った。
彼女は蓮に近づくと、その冷たい石の腕に、
そっと自分の小さな手を添えた。
洗脳された信者たちの、
卑屈で熱狂的な接触ではない。
そこにあるのは、純粋な、
そして深い**「憐れみ」**だった。
彼女の指先が触れた瞬間、
蓮の石化した肌から、
かつての「温もり」が一瞬だけ蘇った。
だが、それは同時に、
蓮が封じ込めていた
「人間としての痛み」を
呼び覚ます激痛でもあった。
『 ……逃げて 』
紗夜の声は聞こえなかったが、
蓮の脳裏にはその意志が鮮明に焼き付いた。
「逃げる? どこへ。
俺は今、世界の頂点にいるんだぞ。
すべてを、思い通りに演出できるんだ!」
蓮は虚勢を張った。
だが、紗夜の瞳が、
自分の背後を指し示していることに気づく。
鏡のように磨き上げられたロビーの壁に、
蓮の姿が映っていた。
そこには、神々しい若者の姿などなかった。
全身から朱色の血を流し、
数万人の呪詛の言葉を全身に刻まれた、
醜悪な**「人柱」**の成れの果てが、
そこに立っていた。
「……消えろ! 俺をそんな目で見るな!」
蓮が右手を振り上げると、
衝撃波のような洗脳の波動が
ロビーを駆け抜けた。
だが、紗夜は消えなかった。
彼女はただ、悲しげに微笑むと、
一輪の「クチナシの花」を床に置き、
霧のように姿を消した。
蓮は床に落ちたその白い花を、
震える左手で拾い上げた。
花からは、何の匂いもしない。
ただ、その白さだけが、
九本目の鳥居の色と同じ、
残酷なまでに純粋な色彩を放っていた。
「……鬼童。次は、お前だ」
蓮は、自分を捨てた男の末路を
確認するために、歩き出した。
復讐はまだ終わっていない。
鬼童を単に廃人にするだけでは足りない。
彼が作り上げた「演出」という名の世界を、
完膚なきまでに「解体」しなければ
ならなかった___。
第2章、完。




