消費期限切れの天才
「 天才の賞味期限は、いつだって死ぬほど短い 」
四畳半のワンルーム。
湿気で角から剥がれかけた壁紙は、
元々の色が白だったのか、
それとも最初からこんな汚物のような
灰色だったのかも思い出せない。
床に転がった格安焼酎のペットボトルからは、
アルコール特有の鼻を突くツンとした
臭いが漂い、それが洗濯物の生乾きの
臭いと混ざり合って、
この部屋の「停滞」を象徴していた。
蓮は、たわんだ畳の上に寝そべり、
ひび割れたスマートフォンの
画面をぼんやりと眺めていた。
青白い光が、
無精髭の伸びた彼の頬を不気味に照らし出す。
画面の中で踊っているのは、十数年前の自分だ。
『国民的子役・有馬蓮、奇跡の歌声!』
そんなテロップと共に、
天使のような微笑みを浮かべた少年が、
汚れ一つない衣装で歌っている。
その瞳は、未来という名の希望に満ち溢れ、
カメラの向こう側にいる数千万人の心を、
いとも容易く掌握していた。
「……死ねよ」
蓮は掠れた声で呟き、酒を煽った。
喉を焼く熱い液体が、
空っぽの胃を無理やり刺激する。
動画のコメント欄には、
現在の蓮を切り刻むための言葉が、
まるで黒い蟻の群れのように列をなしていた。
『これが今の蓮? 劣化しすぎでしょw』
『酒に溺れて仕事飛ばしたってマジ?』
『鬼童さんが言ってた通り、
所詮は演出ありきのガキだったな』
鬼童。
その名を目にするだけで、
蓮の奥歯がガチガチと鳴った。
芸能界という巨大な劇場において、
自分という「商品」を最も高く売り、
そして最も無慈悲に廃棄した男。
蓮は震える手で、もう一度酒を口に含んだ。
十二歳の頃、
鬼童が司会を務める『鬼童のオニ電波』は、
蓮にとっての「神殿」だった。
鬼童は蓮の頭を撫で、
「君は魔法の鍵だ」と囁いた。
その言葉を、蓮は福音だと信じていたのだ。
だが、現実は違った。
ある日の収録。
番組が用意した
「生き別れた恩師」という名の偽物と
対面させられた時、
蓮の純粋な正義感は悲鳴を上げた。
「鬼童さん、嘘をつくのは嫌です」
震える声でそう告げた蓮に対し、
鬼童が見せたのは、慈父のような
微笑みではなく、獲物の価値を査定する
冷酷な商人の顔だった。
『いいかい、蓮くん。
嘘を「真実」に変えるのが僕らの仕事だ。
君が演じる「可哀想で、純粋な少年」を、
日本中の愚民たちが求めているんだよ』
あの時、鬼童に軽く叩かれた頬の感触が、
今でも熱を持って蘇る。
鬼童にとって、
蓮の涙はただの「視聴率という数字」に
変換されるための原材料に過ぎなかった。
蓮が流した涙の一滴一滴が、
鬼童の高価な時計になり、
鬼童のプライベートジェットの
燃料に変わっていった___。




